アナボリックステロイドなどのPEDsについての話です。
PEDsは、Performanc Enhancing Drugsの略で、運動パフォーマンス向上効果のある薬物のことです。具体的には、アナボリックステロイド、IGF1、成長ホルモン、インスリン、EPOなど、いわゆるドーピングに使われる薬物です。
筋トレ業界だと、アナボリックステロイドが代表的な薬物ですが、ステロイド以外にも多くの薬物が使用されるので、PEDsという言葉を使っていきます。
PEDsの使用についての議論が荒れる原因
世の中には、人間の感情的な反応を引き起こしやすいトピックと、引き起こしにくいトピックがあります。脳に生まれつきそういう回路が入っていて、ある特定のトピックは感情的な反応を引き起こしやすくなっています。
例えば、公平性、自由、権威、序列、伝統といったトピックは感情的な反応を引き起こしやすいです。大昔、人間が群れで生活する上で、これらのトピックを重視し感情的に反応することは生存上のメリットがあったのでしょう。たとえば狩猟採集社会で群れで生活する状況で、ズルして食料を独り占めしようとするメンバーがいた場合、そのメンバーに公平性の面で怒りを感じ罰することは群れの生存にプラスになります(そういう性質を持った人が多く含まれる群れが生存競争で勝ち残ってきたことで現代の人間にその性質がある)。また統制が取れていない群れは生存競争で不利なので、リーダー(権威や序列)に従うことは生存競争でプラスになります。経験による学習や論理的思考で公平性や権威を考えて判断するよりも、本能的に感情で判断したほうが、メンバー全員が経験なしに即座に反応できるので生存上のメリットがあります。
ちなみに、どのトピックを重視するかはある程度の個人差があって、それは性格と同様に生まれつきの面が強いです。
これは政治的傾向に影響して、公平性や自由を重視する性質の人は政治的にリベラルになりやすいし、権威や序列や伝統を重視する性質の人は政治的に保守になりやすいです。保守も国によってちょっとずつ違うのですが、例えばアメリカだと「自由」が国の伝統なので、伝統を重視する保守派は自由を重視します。日本には自由の伝統はないので、保守派は自由を重視しないです。政治には経済政策も絡み、リベラルだと公平性を重視することから大きな政府を志向しそれは結局個人の自由をある程度制限することにつながるのですが、公平性が優先される場合が多いです。
脳の感情反応システムにひっかかるため、政治的な論争は感情的になって荒れます。物理や数学の問題で、感情的な論争になることはないです。
どの分野の議論でもそうですが、自分が感情的な反応をしているのを自覚したり、他の人が感情的な反応を見せたりしているときは、「感情反応システムにひっかかるトピックがあるんだな」と思い、理性的な議論が出来ているのか注意してく必要があります。
人間の脳は優秀なので、感情的な反応を正当化するための屁理屈を、自分でも無意識のうちに作り上げることがよくあります。
PEDs関連の議論だと、公平性に対する感情的な反応のシステムが使われているでしょう。「ステロイドを使うのはズルい」という反応です。
他には、毒物への警戒感といった感情も使われていると思われます。「ステロイドは身体に悪い」という反応です。
PEDsで身体が汚染されていると感じ、感情的に反応するのでしょう。
感情的にステロイドは社会悪と批判するのではなくて、冷静に議論を進めたいと思います。
PEDsの使用は違法か
日本国内において、アナボリックステロイドの使用は違法ではないです。個人輸入して個人で使う分には法的に問題はないです。ただ、販売目的で輸入することは違法です。IGF1や成長ホルモンなどの他の薬物はわからないですが、たぶんアナボリックステロイドと同様の扱いでしょう。
PEDsの使い方と個人輸入の方法について教えるステロイド・パーソナルという職業をしている人がYouTubeに動画を出しているのですが、大手を振ってこの商売が出来るということは、PEDs全般を個人輸入して個人使用することは問題ないのでしょう。同様のことを覚醒剤などの薬物でやったら、芋づる式に捕まるでしょうから。
PEDsを使うと死にやすくなるのか
PEDsは効果も副作用も用量依存なので、大量に使って筋肉を巨大化させている人ほど死にやすくなると考えられます。
Do Pro Bodybuilders Die Younger Than Average? (Updated)
https://www.thebarbell.com/do-pro-bodybuilders-die-younger-than-average/
トップレベルのプロボディビルダーの死亡率と、一般アメリカ人男性の死亡率を比較した記事では、プロボディビルダーと一般アメリカ人の死亡率は同じくらい(プロボディビルダーのほうがわずかに低い)という結果になっています。ただこれについては、
・プロボディビルダーがPEDsを使いだすのはおそらく20代が多い。
・一般アメリカ人の死亡数は20代になるまでに死んだ人が含まれる。
・プロボディビルダーの死亡数は20代になるまでに死んだ人は含まれない(そこまで生き延びた人のみがボディビルダーになる)。
・世代によって20代になるまでの死亡率は異なるが、おおよそ男性の1-2%くらいが亡くなる。
・20世紀のプロボディビルダーは現代ほどPEDsを大量使用していない。歴代のMrオリンピアのBMIを比較すると、1990年代のドリアン・イエーツあたりから巨大化が進んでいる。近年の巨大なプロボディビルダーが50代60代になったときに早死しやすくなるかどうかは、まだわからない。
20代になるまでに亡くなる人の数を考慮すると、現時点ではプロボディビルダーのほうが一般アメリカ人男性よりもわずかに死亡率が高い程度だと思われます。一般アメリカ人男性が不健康(肥満、酒、タバコなどが原因)なこともあって、おもったよりも差が小さいです。
ただ、野球(MLB)やアメフト(NFL)と比べるとプロボディビルダーの死亡率は高いです。ハードな運動をしていた人同士で比べれば、プロボディビルダーは死にやすい。統計期間のMLBやNFLもPEDsを使っている選手が大勢いたでしょうけど、使用量が少なく、全員が使っていたわけではないので、全員が大量に使っているプロボディビルダーに比べると死亡率はずっと低くなるのでしょう(運動のメリットのためかMLBとNFLは一般アメリカ人よりも死亡率はずっと低いです)。そしてプロレスはプロボディビルより死亡率が高い。PEDsの使用に加えて、他の薬物使用、競技による脳や内蔵への物理的なダメージなどが要因らしいです。
プロボディビルダーと一般アメリカ人男性の死因を比較すると、プロボディビルダーは心血管と腎臓の疾患が多いです。
心血管疾患が死因になりやすのは、薬物によって心血管系へのダメージが蓄積し、巨大化した筋肉の代謝を支えるために心臓に過負荷がかかり、心不全などで死亡するようです。
動画:アナボリックステロイドの副作用で突然死する原因を医学的に解説します。
https://www.youtube.com/watch?v=Dq_j0mGe3TE
bigarmというステロイド使用を公言している人が良い実例ですが、座って話しているだけで息が上がっています(ステロイド・パーソナルをやっている人です)。身体が大きすぎて、心臓に負担がかかっているでしょう。
他には、腎臓を壊して死ぬケースも多いです。インスリン注射で低血糖発作、薬物チャンポンで薬剤性の急性膵炎、利尿剤で死亡などもあるようです。
ざっと今年去年のプロボディビルダーの死亡ケースを調べて見ると、Paul Poloczek(37)、Cedric McMillan(44)、Shawn Rhoden(46)、George Peterson(37)といったケースが見つかります。女性だと Jennifer Hernandez(58)、Ashley Gearhart(37)。全員IFBBプロです。
国内と海外の死亡例を見ると、男性だと身長170cmや180cmで除脂肪体重が100kgを超えるとかなり危険な感じです。デカいほど大量にPEDsを使っていて、またデカさ自体が内蔵への負担になるので死にやすくなります。とくに減量期に死ぬケースが多いです。
トップレベルのプロボディビルダーだと、PEDsの使い方をわかっているコーチの指導を受けていて、なるべく副作用を抑える使い方をしているはずですが、それでも死にます。自己流で大量使用するともっと死にやすくなるでしょう。
なぜPEDsを大量使用しての巨大化を目指すのか
自然ではありえない刺激のほうが生物に強い反応を引き起こすことがあって、これを超正常刺激といいます。
例えば、大きいほうの卵を好んで抱卵する鳥に、自分の卵ではありえないサイズの巨大な卵を与えるとそっちの卵を温めます。
大きいほうの筋肉を好む業界に、自然ではありえないサイズの巨大な筋肉を与えるとそっちが選ばれます。
現実ではありえないより強い刺激、ボディビルだったらデカい身体が、選手自身とファンに好まれることによって、自然ではあり得ない巨大なプロボディビル選手が出てくるようになります。
「逆三角形で胸と腕と肩がデカいのがかっこいい」が好まれることで、自然ではあり得ない身体のプロフィジーク選手が出てきます。
「目が大きい女の子が可愛い」がエスカレートして、巨大な目の少女漫画キャラになります。
わかっているファンと選手だけなら良いのか
オリンピアといった世界最高レベルの大会に出る選手と、背景を理解した上でそれを楽しむマニア。個人的には、これはまあいいんじゃないかなと思います。本人たちが納得しているならそれは個人の自由でしょう。登山でもよく人が死んでいますが、死亡率の高い山に登る人は後を絶ちません。トップレベルのプロボディビルダーを目指す気持ちは、ヒマラヤ登頂を目指すのと似ているのかもしれません。
マニアと一般層の境界が混ざりつつあることから起きているのが今の問題でしょう。具体例を挙げると、オリンピアのフィジーク部門への出場権をかけた国内大会に複数の筋トレYouTuberやインフルエンサーが出場していて、そのYouTuberのファン層はPEDs前提の大会だとあまり認識しておらず、YouTuberやインフルエンサーは薬物で作り上げた自分の身体をモデルにしてサプリメントやアパレルやジム経営などの商売をしている。他にはステロイドの大量所持で捕まったことがあって本人も大量に使用していたであろう元ボディビルダーがカリスマ扱いされたり、薬物禁止の大会に薬物使って出場して検査に引っかかったことのある人が先生と呼ばれて持ち上げられたり。これらの現状に対して、憤る気持ちはよくわかります。
PEDsは不公平か
ケースごとにわけて考えていきます。
<趣味のトレーニング>
他人がPEDsを使おうが別にどうでもいいでしょう。公平性の感情システムが反応して怒っている人が多いと思いますが、論理的に考えれば自分が競技をやらないならどうでもいい。趣味の筋トレは他人との競争ではないからです。もし他人に対して優越感を感じるために筋トレしていて、PEDsユーザーが増えるとイキれなくなるからムカつくと思っているなら、それはあまり健全な考えではないでしょう。
<競技>
ナチュラル前提の大会にPEDs使用者が出るのはルール違反です。競技をやっている人が怒るのはもっともなこと。これは明確なルール違反なので、主催者側が薬物検査をもっと厳格にすべきでしょう。
ただ、現実としては、どこまで対策できるかというと難しい。薬物検査は費用がかかります。検査を厳しくしていくと大会参加費用が高くなって、競技の普及にマイナスになったりで、団体側も二の足を踏みます。
JBBF(ナチュラル前提)は大会時にランダムに選んだ選手のみ薬物検査で、それもアナボリックステロイドの使用は検出できてもIGF1や成長ホルモンなど他の薬物は検出が困難な尿検査です。トップ選手になると成長ホルモンなども検出できるらしい血液検査も抜き打ちでやるみたいです。真偽は不明ですが、ステロイド・パーソナルを仕事にしている人が動画でボディコンテストのクライアントのうちFWJ8割、JBBF2割と語っていたので、JBBFでもトップ選手以外ではPEDsユーザーは相当いるのかもしれません。大会時の尿検査だけなら、対策は容易です。
トップ選手でJADA登録選手に選ばれた人は、オリンピック基準の抜き打ち検査をされていると思われるので、ドーピングをしている可能性は非常に低いと思います。JBBFのトップになっても何千万円も稼げるわけではないので、わざわざ今の立場を失うリスクを犯してPEDsを使うインセンティブもないですしね。
動画:「嶋田慶太」が経験した《抜き打ち》ではない《不意打ち》ドーピング検査
https://www.youtube.com/watch?v=snP9PrNsTZU
下はUFCが厳しい薬物検査を導入する経緯を紹介した記事ですが、本気で薬物撲滅を目指すならこれくらいやらないといけないのだと思います。しかし相当費用がかかるので、ナチュラルが前提のボディビル団体やパワーリフティング団体が、トップ選手だけでなく地方大会レベルの競技者にまで実施するのは実質不可能です。
【コラム】プロ格闘技史上初! ドーピング徹底排除を目指すUFCの取り組み【前編】
https://kr.ufc.com/node/76333
米国のMMAではドーピングは禁止されていたが、それは州法に基づいていたのだ。薬物検査で失格すれば、おおむね9カ月から12カ月の出場停止処分が下される場合が多かった。ところが多くの州では予算が不十分で、薬物検査と言っても、大会当日に尿検査を実施するのが精いっぱい、というのが実態だった。しかしながら、ある種の違法薬物は血液検査でなければ検出できない性質を持っていたり、また薬物によっては摂取後短い時間で体内から排出されてしまうことから、「試合当日の尿検査にさえ合格すれば良い」ことが分かっている状態では、日数計算をして薬物を使っている限り発覚の可能性は極めて低く、事実上、さまざまな薬物が使い放題であったとも言えるのである。
2014年から2015年初頭にかけて、UFCの献金を受けたネバダ州では、これまで行っていなかった抜き打ち検査を実施。すると、チェール・ソネン(ステロイド)、ヴァンダレイ・シウバ(検査拒否)、ジョン・ジョーンズ(コカイン)、ニック・ディアス(マリファナ)、アンデウソン・シウバ(ステロイド)、ヘクター・ロンバード(ステロイド)と、チャンピオンクラスの大物選手が次から次に検査に失格するという異常事態が発生したのである。特に、武道家のたたずまいと神秘的なまでに高度な技術でUFCの絶対王者として君臨し、ムダのない体格から見ても、違法薬物とは縁遠い印象が強かったアンデウソン・シウバの失格はUFC首脳陣に大きな衝撃を与えた。
【コラム】プロ格闘技史上初! ドーピング徹底排除を目指すUFCの取り組み【後編】
https://kr.ufc.com/node/76614
USADAでは1暦年において、最低でも2,750回の検査を行うとしている。当時の登録選手数が574人で計算すると、選手1人当たり年間平均の抜き打ち検査回数は4.8回だ。米国でも海外でも、すべての検査はWSADA認定のラボラトリーがサンプル回収と分析を行う。検査内容は、尿検査、血液検査に加え、カーボンアイソトープテスト、EPOテスト、バイオロジカル・パスポートも利用される。
前回の記事の冒頭で、早朝や深夜など、24時間いつでも抜き打ち検査の検査官が選手の元を訪れていると紹介した。これは、薬物検査が昼間など常識的な時間にしか行われないということになると、成長ホルモンなど、摂取後6時間から12時間で身体から排出されてしまう種類の違反薬物を就寝前に使用すれば、決して発覚しないことになってしまうからである
<ナチュラルの同業が割を食う>
薬物筋肉モンスターが増えると、ナチュラル筋肉がしょぼく見えて、筋肉を仕事に使っている人に悪影響が出るという主張。ナチュラルの筋トレYouTuberやインフルエンサーあたりがこれを言っているのですが、「ムキムキバキバキで競技で好成績を収めている人がすごい」という価値観を広めて、その価値観を利用して「俺みたいな身体に憧れるだろう?」とワナビー相手に仕事をしてきたのはその人自身です。PEDsユーザーのインフルエンサーも同じ価値観で仕事をしているだけ。これについては、ただの個人的な文句でしょう。
ソシャゲやMMOで無課金で廃人プレイしてたら、課金プレイヤーに抜かれて文句言っているようなものです。日本においてはPEDsの使用は違法ではないので、「コアなフィットネス界隈でのYouTuberやインフルエンサーのファン獲得ゲーム」の枠組みでは、PEDsの使用はチートでもルール違反でもないです。
実効性のない文句を言うくらいなら、違う価値観のもとで仕事をすれば良いでしょう。例えば、きんにくんは、本人はムキムキですが、ターゲットは初心者や女性で、きんにくんのようになりたい人をターゲットにしていないです。他には、初心者の中高年ターゲットのsexyfitnessの人。本人は相当絞った身体をしていますが、中高年は腹筋われなくてもOK、服着て格好良く見えればOKといった現実的なことを言っています。
<ワナビー搾取問題>
PEDsユーザーであることを隠してスタイリッシュな動画を作って、ナイーブな初心者にトレーニング方法やサプリメントやアパレルを紹介してお金儲けする。そうすれば彼らのような身体になれると思い込ませて・・・。これは詐欺みたいなものだ、という意見。
これはたしかフェアではない。憤る気持ちもよくわかります。私も思うところがあります。可能ならば、PEDsを使っていることを自己開示して、お注射シーンの動画でも公開してほしいものだけど、ファン商売なのでなかなか難しいでしょう。海外だと、Jeremy BuendiaやLarry WheelsなどPEDs使用を公言している人もいますが、海外でもまだまだセンシティブな話題のようです。
ただまあ、ナチュラルであっても筋トレYouTuberやトップ選手のような身体にはほとんどの人がなれないので、参考にならない点では同じです。ナチュラルであっても筋トレYouTuberやJBBFトップ選手のような身体は、筋肉の素質があって、週5日以上、1日あたり2、3時間以上トレーニングするとかしないとなれないです。
普通の人から見れば、その特殊な素質と環境を前提とした身体を、憧れの目標として提示するのもあまりフェアではないかなと思います。0%と0.1%の違いくらい。プロ大会に出場するYouTuberのような身体にナチュラルでなれる可能性は0%ですが、ナチュラルの筋トレYouTuberや大会の上位選手のような身体になれる可能性は0.1%くらいです。可能性はゼロではないと考えるか、実質ゼロと考えるか。
国内で具体例だすのはちょっとアレなので、海外の具体例を出すとJeremy Ethierくらいだったら現実的だけど、Jeff Nippardくらいだと非現実的ですね。
身体に悪い問題
PEDsは身体に悪いです。これは疑いのない事実。容量や使用法やケア目的の他の薬物の併用といった工夫をしても、身体への悪影響はゼロではないでしょう。
ただ、フィットネス競技はナチュラルであろうが身体に悪い。摂食障害や醜形恐怖症になる人が多くいます。過酷な減量は心身への悪影響も強い。体脂肪率が10%を切るくらいから眠りが浅くなりイライラするようになってくる。増量は胃腸への負担も大きい。ある程度身体が大きくなってから、さらに体重を増やそうとすると食べるのがかなりきつくなってくる。トレーニングの重量とボリュームが増えてくると怪我もしやすくなる。それと何故あんなに肌を黒くするのか。年を取ってからの皮膚のシミ、皺、あとは皮膚がんリスクがあります。
ある女性YouTuberがコンテストに出るために減量している動画のサムネイル画像が、ガリガリに痩せていてぎょっとする印象だったので、動画とコメント欄を見てみたら、ファンと思しき人から「すごく綺麗です」みたいなコメントがあって、これはやばいなと思ったことがあります。フィットネス業界の感覚は、一般的な感覚とかけ離れています。
新体操やフィギュアスケートなどの審美系競技も摂食障害や月経不順などの悪影響があるけど、気軽に出来る競技ではないので絶対数はそれほど多くないでしょう。フィットネス競技は、バックグラウンドがなくても気軽に出来る競技なので、健康被害を起こしている人も多いと思われます。
ナチュラルであっても競技選手の身体は男女ともに現実離れしているし、あのような身体になるためのコストやリスクも大きいです。ナチュラルでもPEDsユーザーでも、トップレベルになるためにはそれなりの「犠牲」が必要です。
負の面を表に出さず、明るい面だけ出して「理想のかっこいい、美しい、健康的な身体」として印象づけるのは、ちょっとなあ・・・と思います。Tarzan(雑誌)の表紙くらいだったら現実的で健康的だけど、競技選手や筋トレYouTuberの身体はナチュラルもPEDsユーザーも同様に、現実的でも健康的でもありません。
それとフィットネス競技で良い結果を出すことを、フィットネス業界のヒエラルキーの頂点みたいな考え方を広げるのもなんだかなと。ナチュラルでも、フィットネス競技を突き詰めれば突き詰めるほど不健康になり、フィットネス(身体の健康)から離れていきます。
コアなフィットネス界隈の価値観は異質
コアなフィットネス界隈をまず定義すると
・ある程度真剣にトレーニングする人たち
・筋トレYouTuberや筋トレ情報発信サイトとその視聴者
コアなフィットネス界隈では、筋肉量の多さやバキバキに絞った身体、挙上重量の重視が強いです。競技に出場して良い成績を収める人がすごいという意識も強い。
発信者側と受け取り側の両方でその価値観を作り出していると思います。傍から見てると異質です。仕事でもないのに、なぜ価値観がそんなにストイックで画一的なのか。
例えばランニングだったら、楽しんで走ることが目的の人が大半です。趣味でもサブスリーを目指したいといったガチ勢もいますが、大半は走ること自体が楽しい、少しでもタイムを縮められたら嬉しいといった人が多いです。
コアなフィットネス界隈では、価値観に多様性がないこと、筋肉資本主義とでも呼ぶような筋肉量とバキバキの身体を重視すること、競技者をヒエラルキーの頂点に置くことが、PEDsの使用を促している面があります。
前述したように、ナチュラルでもフィットネス競技自体が真剣にやると身体に悪いです。競技を頂点に考えるような価値観は、個人的には好きではありません。ステロイドユーザーを批判するナチュラルのYouTuberも、コンテストに出場して自慢のボディを披露している人が多く、フィットネス界隈の異質な価値観を押し広めている点では、ナチュラルであろうがユーザーであろうが同じ穴のムジナです。
もっとさ、楽しく健康に、マイペースで筋トレしようでいいじゃない。筋トレすると身体の調子が良くなるし、自分の身体が好きになる、それでいいじゃない。そういう価値観が広まれば、一般層がPEDsに手を出すケースも減ると思います。
一昔前のボディビル界隈みたいに、競技のネガティブな面も理解した上で、ストイックな変人がコンテストを目指すという状況ならいいのですが、かっこいい、健康的、といったイメージで一般層にフィットネス競技を普及させようとするから、問題が起きるのではないでしょうか。
PEDsは競技の発展を妨げるのか
PEDsのおかげで、逆にブームになっています。ここ10年くらいのMr.オリンピアの賞金額はうなぎのぼり、ストロングマンの賞金も高額。パワーリフティングの薬物OK大会の賞金も高額。そもそもボディビルブームの火付け役のシュワルツネッガーもPEDsを使っています。
ボディビルもパワーリフティングもストロングマンも、アマチュアではカネが稼げずタコツボ化していく競技ですが、PEDsの使用を黙認するプロ大会のおかげでファンが増えてカネが稼げるようになりました。健全なスポーツではなく、モンスターが見たいという大衆心理を利用したフリークショウであるとは思うけど、競技はメジャーになっていってます。
世界的に見てナチュラル前提のプロ競技が興行として成立するケースはあまり多くなく、素人目にも観戦していて面白くてマニアも楽しめるサッカー、野球、バスケ、ボクシング、総合格闘技(UFC)などごく一部です。マイナースポーツはトップ選手でも、他に仕事をしつつ、自腹で競技を続けるのが基本です。フリークショウとして成立するだけでも恵まれているのかもしれません。
かくいう私もボディビル系は興味ないですが、Eddie Hallの鼻血出しながらの500kgデッドリフトを見て興奮したり、John Haackがどこまで記録を伸ばすのかワクワクしたりするので、フリークショウビジネスに取り込まれているうちの一人ですね。
PEDsの副作用は社会問題か
マクロレベルで見れば、アルコールで身体を壊す人のほうが遥かに多いです。タバコも身体に悪い。他には座りっぱなし、運動不足、食べ過ぎも身体に悪い。
そもそもトップレベルのプロボディビルダーなみの異常な量のPEDsを使用しない限りは若いうちに急死したりはしません。20世紀終盤からMLBではステロイドが蔓延しているみたいですが、MLB選手の死亡率は一般アメリカ人男性よりも低いです。ステロイドを使おうが、大量に使わない限りは運動の健康メリットが上回るようです。
自転車競技、登山、格闘技なども事故での死亡率が高いです。危険な競技は世の中にたくさんあります。
攻撃的な性格(ロイドレイジ)になって周囲の脅威になる、みたいな話もありますが、酒飲んで酔って暴行する人間の数のほうが圧倒的に多いです。
駅員・乗務員への暴力、1年で「400件以上」 おとなしい人が豹変、声をかけたら突然殴打 SNS晒しの危険性も 一体どうしたらいいのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/373f67cb5472233b6edc2fbab461fe8818064e2b
普通の人が突然キレて暴力を振るうこともあるので、もしロイドレイジが周囲の脅威になるというのなら、ステロイドユーザーとナチュラルの人をたくさん集めて、統計を取る必要がありますね。
PEDsを批判する人たちはPEDsの使用を社会問題化したがっているみたいですが、現時点では社会問題だとは言えないでしょう。
PEDsの蔓延を防ぎたいなら、穴を塞ぐか、ゲームを変えるか
「水はひび割れを見つける」という言葉があって、プレイヤーの利用できるゲームデザイン上の穴があった場合、それが発見されて悪用されるのは絶対に不可避になるという意味なのですが・・・
翻訳記事:水はひび割れを見つける
http://spa-game.com/?p=1659
“Civilization”開発チームで使っていた言い回しが「水はひび割れを見つける」というものだ。つまりプレイヤーの利用できるゲームデザイン上の穴があった場合、それが発見されて悪用されるのは絶対に不可避である。最大の危険は、プレイヤーがひとたび利用できる穴を見つけてしまうと、最早それを使わずにプレイする事が不可能になってしまうという事だ。得た知識は忘れたり無視する事はできない。知らなかった方が良いと思っていてもだ。
「ムキムキバキバキのかっこいい身体になるゲーム」においての穴は、PEDsの使用です。
そしてPEDs使用という穴を塞ぐための手段は、
・ナチュラル前提の大会では、大会主催者が薬物検査を厳格に行う。
・筋トレYouTuberやインフルエンサーのファン獲得競争や、トレーニー間でのデカさマウント合戦では、日本政府がPEDsの使用を法律で禁じて、覚醒剤やコカインなどの薬物と同レベルに取り締まる。
というのものになります。しかし、これまで見てきたように、厳格な薬物検査を地方大会レベルでも行うのは費用面で実行不可能です。また、PEDsは覚醒剤などの薬物に比べると社会悪とはいえないものなので、政府が厳しい取り締まりを行う可能性は低いです。したがって、ムキムキバキバキのかっこいい身体になるゲームにおいて、PEDs使用という穴を塞ぐのは無理だと考えられます。穴を塞ぐのは無理なため、ムキムキバキバキのかっこいい身体になるゲームが多くの人に広まれば広まるほど、PEDsを使用する人は増えていくでしょう。
PEDsを使用する人を減らしたいなら、ムキムキバキバキのかっこいい身体になるゲームのプレイヤー数を減らすのが現実的な対策です。だから私は、ムキムキバキバキがかっこいいという画一的な価値観を押し広めるのは止めたほうが良い、フィットネス競技は一般層に普及しないほうが良い、やりたければコアな変人だけがやれば良い、と考えています。
ステロイドユーザーを批判する作戦は有効なのか
水はひび割れを見つけるので、あまり効果がないと思います。人々の行動は、水の流れのようなものだと考えたほうが良いです。ゲームにバグが有って、「そんなバグ技つかうのはズルいよ、ゲームがつまらなくなるよ」と言われても、使う人は使います。良心に訴えて一人や二人の行動が変わったとしても、大局に変化はない。
PEDs使用についての認識が日本より広まっているアメリカで、一般層のPEDs使用が抑えられているかというとそうではないです。使う人は使うし、インフルエンサーが公表したとしても一定のファンはつきます。Larry Wheelsは昔からPEDs使用を公言しているけどファンは多いです。(彼は最近PEDs使用を止めたらしい)
やはり価値観が根本原因です。アメリカは処方箋なしのアナボリックステロイドの所持は違法で、日本よりもPEDsに対して厳しいみたいですが、PEDsの使用は蔓延しています。なぜなら、日本よりもずっとムキムキマッチョ志向が強いからです。
今の日本の、コアなフィットネス界隈の価値観は、アメリカから持ち込んだものです。ムキムキバキバキがかっこいいという価値観。アメリカの価値観を日本で広げれば、アメリカと同様にPEDsが広がるのも当たり前です。筋トレYouTuber、インフルエンサーたちのやり方も、アメリカの成功例を真似ています。だから、ナチュラルであっても筋トレYouTuberやインフルエンサーたちは、フィットネスブームを広げることで日本でのPEDsの広がりに間接的に貢献していると言えます。
PEDsをすすめるか
個人的にはすすめません。どうしても使いたいなら、自己流でやらないこと。詳しい使い方をわかっている人に教わったほうが良いでしょう。
使うかどうか悩んでいる場合は、以下のポイントを自問自答すると良いでしょう。
・目指す目標があるのか
大会に出てトッププロを目指すのか? 自分にそれだけの素質があるのか? 人生において達成したい目標だと心の底から思えるのか?
・PEDsを止めるラインは決めているのか
PEDsには精神的な依存性があります。競技をやっている間だけ使う、という決め方だと引退後にスパッと止められるかもしれませんが(現実には引退後も止められない人も多い)、趣味で使うとズルズルと使い続けてしまう恐れがあります。
・PEDsを止めたあと、自分の筋肉が萎むのを受け入れられるか
受け入れられないなら、一生PEDsを使い続ける人生が素晴らしいと思うのか?
・金玉縮むけどいいのか?
長期間アナボリックステロイドを使い続けると自分の精巣がテストステロンを出さなくなっているので、アナボリックステロイドの使用を止めたあとも、HRT(ホルモン補充療法)で通常レベルのテストステロンを投与する必要がありますが、それでもいいと思うのか?(一生続ける必要があるのか、精巣がだんだん回復するのか私は知らない)。
・PEDsを使ってデカくなりたい強くなりたいという価値観は自分が考えて選んだものなのか
どこかの誰かが作った価値観に流された結果では無いのか?
・PEDsを使うことで、幸せになれると確信できるか
PEDsを使って筋肉が増えて幸せかになるか。これじゃ足りない、もっと筋肉を増やしたいと感じて、際限なく使うことにならないか。自分自身の価値観を確立しない限りは、PEDsを使っても満足は得られないでしょう。
このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除トテモ面白く読ませていただきました。よく引用されるきじではありますがまさかここで「水はひび割れを見つける」を見ることになるとは。
返信削除こういう文章とても好きなのでもっと読めると嬉しいです。
SADHIさん、
削除コメントありがとうございます! 楽しんでいただけたようで幸いです。
普段は余計な情報を入れず、簡潔に文章を書くようにしているのですが、今回は書きたいように書いてみましたw
記事で触れられていたbigarmさんですが、永眠されたそうです。
返信削除急逝した46歳YouTuber、3カ月前には“体にガタ来てる” 死去直前には体重減し「完全ナチュラル」へ(1/2 ページ) - ねとらぼ
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2303/13/news172.html
コメントありがとうございます。
返信削除私も昨日、ネットニュースで知ってびっくりしました。少し前まで元気な姿を見せていた人が突然亡くなるのは衝撃ですね・・・