背景としては、ここ数十年、世界的に肥満が増えていて、その理由の一つとしてデスクワークが増えて身体活動が低下していることが挙げられる。肥満はエネルギー収支のバランスが崩れることが要因だが、なぜ崩れるのかというと、単にエネルギー消費量が低下しているだけでなく、身体活動の低下により食欲が適切にコントロールされなくなって身体が必要とする以上に食べすぎてしまう可能性が論じられている。
★食欲のコントロール
食欲には、短期的なものと中長期的なものがある。
・日々の食欲に影響を及ぼす要因:除脂肪量(≒安静時代謝)、運動量など
・中長期的な食欲に影響を及ぼす要因:体脂肪量(ただし過剰時と不足時で非対称)
1) 除脂肪量の食欲への影響
日々の食欲(自主的にどれだけ食べるか)は、除脂肪量と安静時代謝に相関している。エネルギー消費が多ければ、それだけ多く食べるよう身体に促す。エネルギーの必要性に応じて食欲が調整されるのは当然とも言える。
2) 運動の食欲への影響
理屈の上では運動で失ったエネルギーを取り戻そうとして食欲が高まることが考えれるが、運動で消費したエネルギーをその後の食事でどれだけ埋め合わせて食べるかは個人差が大きい。(トレーニング効果の個人差>・食欲への影響 を参照)
継続的に運動を続けた場合の食欲への影響は2種類ある。
- 食間の空腹感を増す。
- 食後の満足感を高める
食後の満足感を高める効果はすべての人で共通だが、食間の空腹感への効果はとても個人差が大きい。
運動の短期的な食欲への影響のメカニズム
- 食欲に関わるグレリン, GLP-1、PYYなどのホルモンが変化する。継続的な有酸素運動で、食後のグレリンやGLP-1が満足感を高める方向に変化したという研究がある。
- グリコーゲンレベルが低下することで、グリコーゲン補充を求めて食欲が増す可能性がある。
- 脳の神経伝達物質に影響。
運動の長期的な食欲への影響のメカニズム
- 運動で除脂肪量が増えれば安静時代謝が増えてそれが食欲を増進すると考えられる。
- 体脂肪量の変化も食欲に影響する。運動で体脂肪量が減りすぎれば、餓死回避のために代謝低下や食欲増進が起きる。肥満の人が体脂肪量を減らし、レプチンやインスリンの感受性を取り戻せば食欲を抑制しやすくなると考えられる。
- 運動でインスリン感受性が改善すれば食後の満足感が正確に得られるようになる。
- 運動を続ければ消費エネルギーに対しての食欲のコントロールが正確になり、消費エネルギーと摂取エネルギーがバランスしやすくなると考えられる。
3) 体脂肪量の食欲への影響
肥満ではない標準体重の人では、体脂肪はレプチンなどを通じてエネルギー摂取を抑制する働きがある。過体重になるとレプチンやインスリンへの抵抗性が増し、食欲を抑制する機能が低下する。過体重の人は除脂肪量も多くなるので、除脂肪量に応じて食欲が増す。従って過体重になると、体脂肪量の増えすぎによる食欲抑制の低下と、除脂肪量の増加による食欲増加が合わさり、過剰に食べてさらに太りやすくなる悪循環が起きる。
食料不足で体脂肪量が過度に減った場合には、代謝低下や食欲増進が起き身体はエネルギー貯蔵量を維持し元に戻そうとする。ただ、体脂肪量が必要以上に多くなった場合は元に戻そうする力はあまり働かない。身体のエネルギー貯蔵量を一定水準に保つという観点では、身体の機能は非対称の働きをする。
★運動不足による食欲コントロールの喪失
運動量が中程度から多い人では運動量と食べる量が相関し、必要なエネルギー量に合わせて食欲が適切にコントロールされているが、運動量が低い人では運動量と食べる量の相関が崩れ、食欲のコントロールが失われていることが複数の研究で示されている。
上のAのグラフは工場労働者の食事を調べた研究で、職種ごとの摂取カロリーがプロットされている。座りっぱなし(SEDENTARY)の職種は消費カロリーが少ないのに摂取カロリーが多く、食欲がコントロールされていない。身体活動量が多い職種になると、身体活動量の増加に伴い摂取カロリーも増えていき、必要なカロリー消費に合わせて多く食べるよう食欲がコントロールされていることが示唆されている。
上のBのグラフは10の研究のデータを集めて、身体活動レベルと摂取カロリーの関係を調べたもの。このグラフでの身体活動レベルの基準は以下の通り。
low:身体を動かす時間が週に150分以下、それによる消費カロリーが週に1000kcal以下。
mdedim:身体を動かす時間が週に150-419分、それによる消費カロリーが週に1000-2500kcal。
high:身体を動かす時間が週に420-839分、それによる消費カロリーが週に2500-3500kcal。
very high:身体を動かす時間が週に840分以上、それによる消費カロリーが週に3500kcal以上。
このグラフでも身体活動レベルが低いと食欲がコントロールされず、摂取カロリーが必要以上に多くなることが示唆されている。
単に太りやすい性格の人(ものぐさで運動しなかったり自己抑制能力が低かったり)が、エネルギーを過剰摂取している可能性もあるけど、身体を動かすことに本人の意思が関係ない工場での仕事内容(デスクワークから肉体労働まで)での身体活動量と食べる量の関係をしらべたAのグラフでも、身体活動量が低いと食欲が抑制されなくなることが示されているので、身体活動量と食事量には因果関係があると考えられる。
★コメント
普段から運動をしていて体力のある人でなければ、運動による消費カロリーは大したことないので、体型を気にする人は運動を頑張るよりもまず食事を意識したほうが良い、という考え方がある。その考え方は、単なるエネルギー収支の観点からは正しくて、エネルギー収支のバランスをとりさえすれば、運動しなくても太らず体型を維持することは出来るだろう。ただし運動した方が、食欲コントロールの正常な機能を維持することで、エネルギー収支のバランスを取りやすくなると考えられる。減量後に運動を続けたほうが体重を維持しやすいという研究もある(4)。
デスクワークで座りっぱなしの人は、ある程度の運動を意識的に行ったほうが体型維持の観点からは良いだろう。目安になるのは、上のグラフBの「mdedim:身体を動かす時間が週に150-419分、それによる消費カロリーが週に1000-2500kcal」。また、(4)の研究では、「体重増加を防ぐための身体活動の目安が週に150-250分」「減量後のリバウンドを防ぐための身体活動の目安が週に200-300分」となっている。仕事その他の日常生活で身体をあまり動かさない人は、最低でも週に200分程度の運動を行うことで体型を維持しやすくなると考えられる。もちろん運動には健康面での効果もあるので、健康を意識する人は積極的に行っていきたい。
今回の話からわかることは、食欲とエネルギー支出のバランスへの運動の影響で、運動を行うことで普通体型の人の減量のしやすさはどうなるのかや、体組成はどうなるのかはわからない。おそらく肥満の人は運動を行い、レプチンやインスリンの感受性を高めたほうが減量しやすいだろう。
私(普通体型)は減量時も運動したほうが食欲をコントロールしやすいと感じるけど、これが一般的なのかわからない。
体組成は運動量が多いほうが、除脂肪量が多くて体脂肪率が低い状態を維持しやすいと思う。
(1)Low levels of physical activity are associated with dysregulation of energy intake and fat mass gain over 1 year.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26561620
(2)Appetite control and energy balance : impact of exercise
https://pdfs.semanticscholar.org/cb44/be06dbf2cb1ab6b2fca495515fd0d9683436.pdf
(3)Energy Balance, Body Composition, Sedentariness and Appetite Regulation: Pathways to Obesity
http://eprints.leedsbeckett.ac.uk/3210/1/Energy%20Balance,%20Body%20Composition%20and%20Appetite%20Regulation.%20Pathways%20to%20Obesity_Symplectic%20Elements%20.pdf
(4)The Role of Exercise and Physical Activity in Weight Loss and Maintenance
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3925973/