6/23/2017

筋トレの消費カロリー

筋トレでどれくらいカロリーを消費するのか調べてみました。


★研究例
エネルギーの消費は、運動中(セット間インターバル含む)と運動後の両方で行われる。筋トレの消費カロリーはどのくらいあるのか、日常的にトレーニングをしている人を対象とした研究を中心に見てみる。

(1)The effect of between-set rest intervals on the oxygen uptake during and after resistance exercise sessions performed with large- and small-muscle mass.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21993043

被験者:男性
ボリューム:15RMの重量で10レップ×5セット
種目:1種目(レッグプレス or チェストフライ)
インターバル:1分 or 3分
運動後測定時間:90分間
消費カロリー:運動中と運動後合わせて、レッグプレスが約90kcal、チェストフライが約50kcal(インターバル1分or3分で違い無し)。


(2)The metabolic costs of reciprocal supersets vs. traditional resistance exercise in young recreationally active adults.
http://clinicahomeostase.com.br/wp-content/uploads/2015/03/Valmor-Tricoli_JSCR-2010-superset.pdf

被験者:趣味で運動している若い男性。平均値は身長175cm、体重76kg。
ボリューム:70%1RMの重量で各セット疲れるまで×4セット×6種目。スーパーセットと通常トレの2グループ。
種目:6種目(ベンチプレス/ベントオーバーロー、アームカール/トライセップスエクステンション、レッグエクステンション/レッグカール)
インターバル:スーパーセットは1種目目→2種目目は即座、1種目目に戻る時は1分。通常トレは各セット間1分。
トレーニング時間:スーパーセットは29分、通常トレは36分。
運動後測定時間:60分間
消費カロリー:運動中はスーパーセットが241kcal、通常トレが228kcal。運動後はスーパーセットが19kcal、通常トレが14kcal。血中乳酸濃度から算出した無酸素解糖系の寄与はスーパーセットが18kcal、通常トレが17kcal。


(3)Effects of Load-Volume on EPOC After Acute Bouts of Resistance Training in Resistance-Trained Men
https://www.researchgate.net/publication/232532830_Effects_of_Load-Volume_on_EPOC_After_Acute_Bouts_of_Resistance_Training_in_Resistance-Trained_Men

被験者:トレーニング歴のある若い男性。平均値は、年齢22歳、身長177cm、体重88kg、体脂肪率9.9%、ベンチプレス1RM137kg、スクワット1RM177kg。 
ボリューム:85%1RMを各セット6-8レップ。4種目の重量×セット数×レップ数が計10000kgと計20000kg。
種目:スミスマシンを使用して4種目(スクワット、ベンチプレス、ベントオーバーローイング、ルーマニアンデッドリフト)
インターバル:2分
トレーニング時間:10000kgが44分、20000kgが90分。
運動後測定時間:12、24、36、48時間後に安静時代謝を測定。
消費カロリー:運動中の消費カロリーは10000kgが247kcal、20000kgが484kcal。運動後の測定タイミングでは安静時代謝の上昇は無し。


(4)Circuit weight training and its effects on excess postexercise oxygen consumption.
https://www.researchgate.net/profile/Edward_Hebert/publication/12711214_Circuit_weight_training_and_its_effects_on_excess_postexercise_oxygen_uptake/links/02bfe5112c787a9f92000000/Circuit-weight-training-and-its-effects-on-excess-postexercise-oxygen-uptake.pdf

被験者:トレーニング歴のある若い男性 平均値は身長180cm 体重85kg 体脂肪率16%。
ボリューム:75%20RM(41.4%1RM))の重量で20レップ。8種目を2周(サーキットトレーニング)
種目:8種目(レッグプレス、ベンチプレス、レッグエクステンション、ラットプルダウン、レッグカール、シーテッドロウ、トライセップスエクステンション、アームカール)
インターバル:20秒 or 60秒
トレーニング時間:インターバル20秒グループは13分、60秒グループは23分。
運動後測定時間:60分間
消費カロリー:運動中は20秒グループが191kcal、60秒グループが240kcal。運動後は20秒グループが52kcal、60秒グループが37kcal。


(5)Resistance and aerobic exercise have similar
effects on 24-h nutrient oxidation
http://www.luzimarteixeira.com.br/wp-content/uploads/2015/07/Resistance-and-aerobic-exercise-have-similar.pdf

被験者:日常的に運動している男性。平均値は年齢31歳、体重75kg、体脂肪率19.4%。
ボリューム:70%1RMを10レップ(4セット目は限界まで)×4セット×10種目。
種目:スーパーセットでマシン10種目(チェストプレス/ローイング、レッグエクステンション/レッグカール、トライセップスエクステンション/アームカール、クランチ/ミリタリープレス)
インターバル:スーパーセットを3分サイクル
トレーニング時間:60分
運動後測定時間:運動中と合わせて24時間(被験者のいる部屋まるごと測定)。食事コントロール有り(タンパク質割合15%)。尿(窒素)計測
消費カロリー:運動中322kcal、運動後148kcal



★筋トレによる消費カロリーの目安
扱える重量や短いインターバルのトレーニングをこなせる体力によって、トレーニングレベルを初級・中級と上級に分ける。上に紹介した研究だと(3)(4)が上級、それ以外が初級・中級。

運動時間30分あたりの運動中の消費カロリーを大雑把に書くと以下のようになるだろう。これは男性の消費カロリーの目安で、女性はこの数値を0.5-0.7倍して考えると良いと思う。消費カロリーに影響を与える要因については、後ほど細かく見ていく。

a) フリーウェイトのコンパウンド種目中心に1セットあたり6-12レップ、インターバル2-4分の一般的なウェイトトレーニングを30間分行った場合。
初級・中級: 100-150kcal
上級: 150-200kcal

b) 1分以内の短いインターバルでの高レップウェイトトレーニングやサーキットトレーニングを30分間行った場合。
初級・中級: 150-250kcal
上級: 300-400kcal

これに加えて運動後の消費カロリーが24時間で20-150kcal程度だろうか。短いインターバルで高強度の運動を長時間やると、運動後の消費カロリーも大きくなる。


実用面ではこんな感じで良いだろう。それでは細かい話を書いていく。知っててもあまり役に立たないかもしれないけど、自分の勉強メモなので。



★運動中の消費カロリー
運動中の消費カロリーは、仕事(物理学)に概ね比例する。

ウェイトトレーニングにおいて身体が発揮する力がバーベルに対して行う仕事を単純化して書くと、

仕事=力×移動距離

つまり、より重いものをより長い距離動かすと、より多くカロリーを消費する。

- 一般的に下半身の種目の方が重量と動かす距離が大きいので、より多くのカロリーを消費する。
- 重量が同じならパーシャルよりもフルレンジの方が多くカロリーを消費する。
- 高重量を扱える上級者ほど、消費カロリーが大きくなる。
- (3)の研究のようにトレーニングボリュームを倍に増やすと、消費カロリーも倍になる。
- 同じトレーニングボリュームなら、インターバルを短くすると時間あたりの消費カロリーが大きくなる(トータルの消費カロリーはほぼ同じ)。



★運動後の消費カロリー
激しい運動を行った後は、休んでいてもしばらくの間は酸素の消費量が増加し、安静時代謝も上昇する。運動後の酸素消費量の増加のことをEPOC(Excess Postexercise Oxygen Consumption)と言う。

(2)の研究のデータから一般的な運動後の安静時代謝のグラフの例を示す。運動直後が最も大きく、その後は急激に下がっていく。

EPOCがなぜ起こるかざっくりした説明をすると、

a) ストレス反応
強度の高い運動によりストレス反応が起きる。交感神経が活発になり、体温・心拍が上昇し、呼吸が速くなり、体脂肪やグリコーゲンの分解によるエネルギーの動員が活発になり、「闘争か逃走か」に身体が備える。これが運動後もしばらく続く。

b) エネルギー源の補充
激しい運動で失われたATP/PCrの補充。有酸素性エネルギー代謝により、ATP/PCrを補充する。乳酸塩の一部は肝臓に運ばれピルビン酸塩に変換され、ATPを消費し糖新生でグルコースが生成され(コリ回路)、グリコーゲンの再合成が行われる。

c) 組織の回復・適応
ダメージを受けた組織を回復する。刺激が大きく適応が必要な場合は、筋肥大、腱・靭帯の強化、有酸素能力増大などの適応反応も起こる。


酸素の消費量が増え、安静時代謝が増加する要因は複数あって、全てが明らかになっているわけではないが、今のところわかっている主なメカニズムを書いていくと、

- ATP-PCrの再合成。運動直後の数分間に盛んに行われる。運動中のセット間休憩の時も行われている。
- ナトリウムイオンやカリウムイオンの再配分。細胞膜内外のイオンのバランス回復。
- トリグリセリド/脂肪酸サイクルの増加。体脂肪の分解・合成が増え、エネルギーが動員される。この分解・合成にはエネルギーが必要なので、消費カロリーも増える。(8)の研究参照。
- 体温・心拍が上昇し。呼吸が速くなる。消費カロリーが増える。
- 脂質代謝優位。グリコーゲンを多く消費する高強度の運動のあとは、脂質の代謝の割合が高まり、糖質はグリコーゲンの補充に回されやすくなる。1kcalを生み出すのに必要な酸素の量は糖質よりも脂質のほうが多いので、仮に消費カロリーが変わらなくても脂質代謝の割合が高まる時は酸素の消費量が増える。
- コルチゾールや甲状腺ホルモンや成長ホルモンやノルアドレナリンやイリシンやANPなどの各種ホルモンの効果。
- ヘモグロビンとミオグロビンへの酸素の貯蔵。
- 交感神経が活発になる。
- 筋肉のダメージの回復。タンパク質合成はコストの高い活動で、エネルギー消費量が増える。


酸素消費量の増加が続くのは、通常は運動後1時間程度。非常に強度の高い運動をすると24時間~48時間続くこともある。

酸素の消費量が増えれば、だいたいは安静時代謝も増える(消費カロリーが増える)。ただ脂質代謝の割合が高まることや、ヘモグロビンとミオグロビンへの酸素の貯蔵については、消費カロリーが増えているわけではない。

EPOCの大きさに影響するのは、運動強度、運動時間、セット間インターバルなど。高強度の運動を長時間、インターバルを短くして行うと、EPOCの程度が大きくなり運動後も長時間続くようになる。

多くの研究での運動プログラムは、被験者にとって普段のトレーニングに比べて新規の刺激になっている。現実ではトレーニングを繰り返すに従ってトレーニングに慣れ、身体が受ける刺激の程度も弱まって、EPOCも小さくなると考えられる。(3)の研究のように、継続的にトレーニングをしている人がいつもと同じようなトレーニングをした場合は、EPOCは長時間は続かないだろう。

もちろんトレーニングに慣れるのは良いことで、適度な慣れと適度な漸進的過負荷が向上には必要。仮にEPOCを最優先するなら、短いインターバルのトレーニングを繰り返すことで筋持久力が高まりサーキットトレーニング向きの適応が起こるか、トレーニングの強度を高くしすぎることで一週間はまともにトレーニングできないレベルの疲労状態になって、次のトレーニングに支障が出るかするだろう。



★エネルギー消費量測定方法の問題点
ほとんどの研究では、間接熱量計を用いて被験者の吐き出す息(呼気)を分析し、酸素消費量と二酸化炭素産生量からエネルギー消費量を算出している。この分析方法には問題点がいくつかある。

a) 測定時間の問題
運動後のエネルギー消費量の増加はだいたい1時間以内に終わることが多いが、運動強度が高かったりした場合は、わずかな安静時代謝の上昇が1,2日後まで続くことがある。12時間後、24時間後といったポイントでの測定を行っている研究もあるが、正確性を期すなら(5)の研究のように連続して測定するのが良いと考えられる。

b) 無酸素解糖系の問題
無酸素解糖系で乳酸塩を生成する際に失われるエネルギーは不可逆で、運動中も運動後も呼吸に表れない。乳酸塩が最終的に有酸素性エネルギー代謝で水と二酸化炭素になるとしても、無酸素解糖系部分の消費エネルギーは酸素の消費量の測定からは拾えない。詳しくは(9)の論文参照。従って高レップウェイトトレーニングやサーキットトレーニングなど無酸素解糖系の寄与が大きい運動の実際の消費カロリーは、間接熱量計の測定値から算出した数値よりも大きいと思われる。

(2)の研究では血中乳酸濃度から、この無酸素解糖系のエネルギー消費量を推測している。(9)の論文では、論文著者と学生がウェイトトレーニングでの血中乳酸濃度から無酸素解糖系の寄与を算出したら、1セットあたり3-12kcalになったと書かれている。ただ筋肉中と血液中の乳酸濃度は異なるので、血中乳酸濃度から算出する方法も正確ではないだろう(もちろん呼気のみから消費カロリーを算出するよりは良い)。

ちなみに当初貯蔵されていたATP/PCrも無酸素で運動中に使われるけど、最終的には運動後の有酸素性エネルギー代謝により再び貯められるので、これらのエネルギー消費は呼吸の測定で拾える。

c) タンパク質摂取量の影響
多くの研究が尿素窒素を測定しないで呼気のみから消費カロリーを算出する方法を用いているが、この方法では摂取エネルギーに占めるタンパク質の割合が12.5%と仮定している。トレーニングに熱心な人はその倍くらいタンパク質を摂取していることが多いので、被験者がトレーニングに熱心な人で研究者側で食事をコントロールしていない場合は誤差につながる。



★トータルの消費カロリーが増えるかどうか
運動するとNEATが減ってしまう人もいる。トータルの消費カロリーが増えるかどうかは個人差があるだろう(関連記事:トレーニング効果の個人差)。運動して疲れた~とゴロゴロしてると、運動と運動後の安静時代謝上昇で消費カロリーが増えてもNEATが減って、トータルではあまり意味がないかもしれない。



参考文献:
(6) 接熱量計によるエネルギー消費量と基質代謝の測定
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspen/24/5/24_5_1021/_pdf

(7) Effects of excess post-exercise oxygen consumption
http://www.scielo.br/pdf/rbme/v12n6/en_a18v12n6.pdf

(8) Triglyceride/fatty acid cycling is increased after exercise.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2392063

(9) Contribution of anaerobic energy expenditure to whole body thermogenesis
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1182393/

(10) 解糖 代謝マップ
http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/glyclysis.htm

6/07/2017

ストレッチとウォームアップ

運動前にストレッチとウォームアップをどのように行っていけば良いのか書いていきます。

運動前の準備で行いたいことは、

高いパフォーマンスを発揮し、トレーニング効果をしっかり得られる身体の状態にもっていくこと

関節の可動域が足りなかったり、特定の筋肉が固くて姿勢が歪んでいる場合、そのコンディションでトレーニングを行っても、質の高いトレーニングを行うことは出来ず、 トレーニング効果を得にくくなります。競技を行う場合も高いパフォーマンスが発揮できません。

運動前の準備に必要な要素を2つのフェーズ分けて書くと、

<フェーズ1(主にストレッチ)>

・可動域の確保
これから行う運動に必要な関節の可動域を確保する。

・アラインメントの修正
アラインメント(身体のパーツの配列)に異常がある場合、簡単に言えば姿勢が悪い場合は、なるべく正常に近づける。

・ 筋肉・筋膜のインバランスの修正
緊張して固くなっている筋肉・筋膜を緩める。緩んで伸びている筋肉をアクティベートし、力が入るようにする。

<フェーズ2(主にウォームアップ)>

体温上昇と脈拍上昇、それと運動に必要な動作の予習(フォーム確認と力の発揮)を行う。

 

これらの要素を達成し、運動前の準備を完了するために、静的ストレッチ、動的ストレッチ、フォームローラー、全身を動かす軽い有酸素運動、競技特有のウォームアップといった手段を使います。それぞれ得意な要素、不得意な要素、また得意な関節・筋肉、不得意な関節・筋肉があるので、身体の状態に合わせて適材適所で組み合わせてコンディションを作っていきます。

例えば、アラインメントの修正や、筋肉・筋膜のインバランスの修正は、静的ストレッチやフォームローラーが適しています。可動域を広げるのは動的ストレッチでも静的ストレッチでも出来ますが、やりやすさは関節と筋肉によって異なり、例えば前腕やふくらはぎの筋肉を伸ばしたいといった場合は、動的ストレッチよりも静的ストレッチのほうが適しています。体温上昇と脈拍上昇は、動的ストレッチや軽い有酸素運動が適しています。

「運動直前の静的ストレッチは運動パフォーマンスを低下させたり、筋肥大効果を低下させたりするから、運動前には静的ストレッチをやらないほうが良い」といった主張を見ることがありますが、運動前の準備に必要な要素を理解し、ストレッチとウォームアップの目的を明確にし、各手段を使い分けていくことが重要です。

ストレッチをどう使えば良いのか理解するため、まずは静的ストレッチと動的ストレッチについての予備知識から。

 

静的ストレッチによる短期的なパフォーマンス低下

静的ストレッチを行ってすぐに運動をした場合、パワー(ジャンプ力など)、ストレングス(1RMなど)、スピード(スプリントなど)が低下することを示す研究が多くあります。

中レップ・高レップのレジスタンストレーニングをする場合でも、最大レップ数が低下しやすいです。筋トレの直前に静的ストレッチを行うと、行わなかった場合に比べてトレーニングボリュームが低下し、筋肥大効果が低くなることを示す研究もあります。

静的ストレッチの影響は実施時間や強度によっても変わり、長い時間(30-60秒以上)やったり、痛みが強くなるレベルまでハードにやると、パフォーマンスが大きく低下する傾向があります。

ただ、こういった研究は、レッグエクステンションの直前に大腿四頭筋を静的ストレッチするといった、現実にあまり関係のないデザインです。静的ストレッチをすると、筋肉-腱が緩んで直後の出力が低下するのは事実ですが、高い出力が求められる主働筋を静的ストレッチする必要があるケースはあまり無いです。上の例で言えば、ほとんどの人は大腿四頭筋のストレッチをしなくても、膝の可動域はレッグエクステンションをするのに十分です。



静的ストレッチの長期的な効果

静的ストレッチを長期的に行うと、柔軟性が向上します。長期的には、運動パフォーマンスの低下は無いとする研究が多いです。

静的ストレッチを数週間続けると筋力が向上したという研究がいくつかあります。しかしこれはエキセントリックトレーニングと似たメカニズムで筋肉に負荷がかかったためでしょう。普段から筋トレしている人にとっては、ストレッチでの負荷では過負荷にならないので、筋力向上や筋肥大は起きないと思います 。

長期的な静的ストレッチによる身体の変化を考えると、理論的には運動パフォーマンスに微妙な影響が出るかもしれません。長期的な静的ストレッチでエキセントリックトレーニングと同様に筋肉の長さがが変わる可能性があって、そうすると最も力を発揮できる筋肉の長さ(関節の角度)も変わります。実践面では、競技に必要な関節の可動域を得たら、あとはそれを維持する程度に静的ストレッチを行えば良いでしょう。


動的ストレッチの効果

動的ストレッチは可動域を拡げつつ、運動パフォーマンスを向上させます。運動パフォーマンスが向上するのは、体温上昇と脈拍上昇といったウォームアップとしての効果があるからでしょう。ただ、強度の高い運動をするなら、動的ストレッチだけではウォームアップとしては不十分だと思います。

動的ストレッチは長期的に行っても、柔軟性の向上は起こらないようです。長期的に柔軟性を向上させるには、静的ストレッチかフォームローラーが良いでしょう。


ストレッチが筋肉-腱に及ぼす影響の推定メカニズム

推定メカニズムはいくつかあるのですが、そのうちの1つだけが正しいわけではなくて複合的に効果を発揮すると思われます(かなり難しいです。間違いがあったら申し訳ないです)。

- 神経-筋肉がリラックスする説。持続時間は短期か。

- 筋肉-腱が伸ばされるときの抵抗が小さくなる説。持続時間は短期と長期か。

- 筋肉が伸ばされると身体が筋肉断裂の警告を痛みとして発するのですが、ストレッチでこの痛みに慣れることで警告が発せられるラインを引き上げる説。このメカニズムだけだと本当に筋肉が断裂する危険域は変わらないので、警告から断裂までの安全マージンが小さくなって、筋肉が伸ばされる競技だと怪我のリスクが上がるかもしれない。持続時間は短期と長期か。

- 筋肉-腱の粘弾性が低下する説。筋肉-腱が伸びたゴムみたいになる。エキセントリックからコンセントリックに移る際の弾性エネルギーの蓄積が減り、コンセントリックフェーズでの力の発揮が低下する可能性。持続時間は短期か。

- 筋節が直列に追加されて筋繊維が長くなる説(長期的な効果)。人間が行う普通のストレッチで起こるか疑問だという考察もあるが、エキセントリックトレーニングで筋束が伸びることが示されていてそれは筋節の追加によるものだと推測されているので、静的ストレッチでも筋節が追加されて伸びるのではないだろうか。2017年の研究でも長期的な静的ストレッチで筋束が伸びることが示されている。


怪我のリスク

運動前にストレッチをしても特に怪我のリスクが低下するわけではない、とする研究が多いです。

メカニズム的には、運動前に静的ストレッチをやりすぎると神経-筋肉の反応が遅れ、咄嗟の動きが鈍くなって怪我リスクが上がる可能性があります。また前述のように安全マージンが小さくなって、競技によっては筋断裂リスクが上がる可能性もあるかもしれません。



以上がストレッチについての予備知識です。次にストレッチの組み込み方を考えていきます。


運動前にやるべきこと

記事の最初のほうでも書いたように、ウォームアップ以外で運動前にやるべき準備を3つ挙げると、

(a) 可動域の確保
これから行う運動に必要な関節の可動域を確保する。

(b) アラインメントの修正
アラインメント(身体のパーツの配列)に異常がある場合、簡単に言えば姿勢が悪い場合は、なるべく正常に近づける。

(c) 筋肉・筋膜のインバランスの修正
緊張して固くなっている筋肉・筋膜を緩める。緩んで伸びている筋肉をアクティベートする(これはストレッチでは難しい)。

関節の可動域が足りないと、運動でパフォーマンスを発揮しにくくなったり、怪我をしやすくなったりします。例えば股関節の可動域が足りないままデッドリフトを行うと、背中を丸めてバーに手を届かすことになり、腰を痛めやすくなります。他には、背中が丸まって猫背になっている状態でベンチプレスをやると、肩を痛めやすいです。また、アラインメントと筋肉・筋膜のバランスが悪い状態でトレーニングすると、過度に使われている筋肉ばかりを悪い姿勢のまま使うことになり、症状が悪化してしまいます。

可動域の確保は静的ストレッチでも動的ストレッチも効果がありますが、動的ストレッチはパフォーマンス低下が起こらないので、可動域の確保のみが必要な場合は動的ストレッチを優先的に行ったほうが良いでしょう。ただ、前腕やふくらはぎなど、動的ストレッチだと伸ばしにくい関節・筋肉もあるので、そこは適材適所でやっていきます。

静的ストレッチを主に使う目的は、アラインメントの修正、筋肉・筋膜のインバランスの修正です。これらは動的ストレッチではなく、静的ストレッチで丁寧にやったほうが良いです。

フォームローラーも、可動域の確保、アラインメントの修正、筋肉・筋膜のインバランスの修正にそれぞれ効果があるので併用すると良いでしょう。フォームローラーは運動パフォーマンスの低下がないようなので、フォームローラーだけで目的を達成できる部位は静的ストレッチより優先したほうが良いかもしれません。またフォームローラーは、筋肉を伸ばしすぎるリスクが無いのもメリットです。(例えばハムストリングスをストレッチで伸ばしすぎると痛めたりするので、そういった筋肉はフォームローラーのほうが適しています)

どの部位をどのくらいストレッチすべきかは、その人のコンディションと行う運動次第になります。良いコンディションの人はウォームアップを兼ねて軽く動的ストレッチをするだけで十分な場合もあるでしょう。


ストレッチを行う具体例

運動前の静的ストレッチは、ストレッチされた筋肉のストレングスやパワーを低下させる可能性が高いです。ただ後述しますが、静的ストレッチのあとにウォームアップを行えば、静的ストレッチによるパフォーマンス低下を打ち消せるので、静的ストレッチに対してあまり神経質になる必要はありません。

筋トレのトレーニング種目を考えていきますと・・・単関節種目だと、主働筋のストレッチが必要なケースはあまり無いと思います。アームカールの前に上腕二頭筋をストレッチする必要はないですし、トライセプスエクステンションの前に上腕三頭筋をストレッチする必要はないですし、レッグカールの前にハムストリングスをストレッチする必要はないですし、レッグエクステンションの前に大腿四頭筋をストレッチする必要はないです。

ストレッチが必要になるのは、複数の関節を連動させて動かす場合です。

例えばデッドリフトで、ハムストリングが固くて股関節の可動域が足りない場合は、トレーニング実施前にハムストリングをストレッチしたり、フォームローラーでほぐしたりすると良いでしょう。セット間インターバルには、静的ストレッチはやらないほうが良いです。

骨盤が前傾している場合は、トレーニング前に股関節の屈筋を静的ストレッチしてこれらの筋肉を緩め、同時に臀筋に力をいれてアクティベートすると、骨盤の前傾を矯正できます。股関節の屈筋には大腿直筋も含まれるので、スクワットなど大腿四頭筋を主働筋とする種目の直前やセット間インターバルに、股関節屈筋の静的ストレッチをするのは避けたほうがよいでしょう。

セット間インターバルに静的ストレッチをしても問題ないケースとしては、ベンチプレスがあります。骨盤が前傾しているとベンチプレスでブリッジを組みにくいので、その場合は、ベンチプレスの直前やセット間インターバルに股関節の屈筋の静的ストレッチをしても悪影響は出ないです。

猫背・巻き肩の人は、肩のトレーニングをする前にフォームローラーなどで胸椎を伸ばし、静的ストレッチで大胸筋や広背筋を伸ばすと良いでしょう。ベンチプレスのセット間インターバルで大胸筋の張りを取りたい場合は、軽く両腕を開いて動的ストレッチをすると良いでしょう。

また長時間のデスクワークなど一定の姿勢を取り続けた後は、短縮ポジションに置かれて固くなった筋肉をストレッチすると良いです。

どういうコンディションの人が、何の運動ために、どの筋肉をストレッチするのかを考えて、適材適所でストレッチをやっていくことが重要です。


ウォームアップによるパフォーマンス低下の回復

主働筋を静的ストレッチする場合は、静的ストレッチのあとに全身ウォームアップと競技特有のウォームアップを行うことで、低下した運動パフォーマンスを元に戻せるようです。完全に戻るかどうかは、ストレッチの強度やウォームアップの程度、ストレッチからトレーニング実施までの時間間隔や、求められるパフォーマンスによります。

静的ストレッチ後の運動パフォーマンス回復についての研究を見てみると、

- 何もしなくても10-15分位である程度は運動パフォーマンスが戻る。

- 静的ストレッチの後にジョグや動的ストレッチをするとある程度戻るが動的ストレッチのみ実施した場合に劣る。

- 静的ストレッチの後に競技特有のウォームアップをすると動的ストレッチと差なしになる。

- 先にウォームアップしてから静的ストレッチをすると、静的ストレッチのパフォーマンス低下が残る。

実際の運用面では、必要があれば静的ストレッチをしたりフォームローラーを使ったりして、その後に動的ストレッチを行い、5-10分の軽い有酸素運動を行って、最後に競技特有のウォームアップを行うのが理想だと考えられます。この順序で行えば、主動筋の静的ストレッチをやったとしても、運動パフォーマンス低下は無くなっているでしょう。

運動前の静的ストレッチは一部位1セットあたり10-20秒程度を2,3セット、ゆっくりと伸ばしていき心地よい痛みを感じる程度にしておくとパフォーマンスが低下しにくいです。長期的に柔軟性を向上させたい人は、運動後や就寝前などに30秒くらいの長めの静的ストレッチをすると良いと思います。

運動にもよりますが、あまり時間がない場合は、動的ストレッチや負荷の軽い運動をすれば、有酸素運動を省いても大丈夫です(私は筋トレ前に有酸素運動はやらず、動的ストレッチと、ランジやスクワットなど自重種目で身体を温めています)

筋トレでの競技特有のウォームアップは、BIG3などコンパウンド種目のウォームアップになります。トレーニング重量の50%くらいで10レップくらい→75%くらいで5レップくらい→トレーニング重量付近もしくは90%1RMくらいで1-3レップといった一般的なやり方を参考にして、自分がやりやすい方法で行うのが良いでしょう。




参考文献:
The Effects of Stretching on Performance
http://journals.lww.com/acsm-csmr/Fulltext/2014/05000/The_Effects_of_Stretching_on_Performance.12.aspx

The Effects of Stretching on Strength Performance
https://www.researchgate.net/publication/6479273_The_Effects_of_Stretching_on_Strength_Performance

Effect of acute static stretch on maximal muscle performance: a systematic review.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21659901

Effect of the flexibility training performed immediately before resistance training on muscle hypertrophy, maximum strength and flexibility.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28251401

Acute and chronic effects of a static and dynamic stretching program in the performance of young soccer athletes
http://www.scielo.br/scielo.php?pid=S1517-86922013000400003&script=sci_arttext&tlng=en

Influence of strength and flexibility training, combined or isolated, on strength and flexibility gains.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25268286

長期的なストレッチが筋力に及ぼす影響―他動ストレッチと自動ストレッチでの検討―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2013/0/2013_0569/_article/-char/ja/

Does stretching really change muscle length?
https://www.strengthandconditioningresearch.com/2013/11/18/stretching/

Stretch training induces unequal adaptation in muscle fascicles and thickness in medial and lateral gastrocnemii
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/sms.12822/abstract

Acute Effects of Foam Rolling, Static Stretching, and Dynamic Stretching During Warm-Ups on Muscular Flexibility and Strength in Young Adults.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27736289

THE EFFECTS OF SELF‐MYOFASCIAL RELEASE USING A FOAM ROLL OR ROLLER MASSAGER ON JOINT RANGE OF MOTION, MUSCLE RECOVERY, AND PERFORMANCE: A SYSTEMATIC REVIEW
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4637917/

Negative effect of static stretching restored when combined with a sport specific warm-up component.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18768355

Secondary warm up following stretching on vertical jumping, change of direction and straight line speed
https://www.researchgate.net/profile/Alan_Pearce/publication/232896502_Secondary_warm-up_following_stretching_on_vertical_jumping_change_of_direction_and_straight_line_speed/links/02bfe50e609bc244f3000000/Secondary-warm-up-following-stretching-on-vertical-jumping-change-of-direction-and-straight-line-speed.pdf