G.O.A.T.は Greatest of All Time の略で、史上最も偉大な選手という意味です。ジョン・ハークは最も偉大なのパワーリフターなのか? 今回の記事ではそれを考察していきます。
パワーリフティング界でG.O.A.T.としてまず名前を挙げられるのが、エド・コーンです。
エド・コーンは、1980年代半ばから1990年代後半にかけて100kg級や110kg級でパワーリフティング界のトップとして君臨し続け、71回も世界記録を更新しました。
ジョン・ハークは2016年にIPF(国際パワーリフティング連盟)で83kg級でトップになったあとIPFを去り、薬物黙認の大会に出るようになりました。現在は90kg級と100kg級の世界記録保持者です。
パワーリフティングもボディビルと同様に、薬物検査有りで薬物禁止の団体と、薬物検査無しで薬物黙認の団体があります。IPFは薬物禁止です。
ジョン・ハークのIPF離脱の経緯についてはこちらの記事にくわしく書いてあります。お金の面もあるでしょうけど、自分がどこまでいけるか試してみたいといった内容を語っている動画を見たことがあるので、そういった気持もあったのでしょう。
【IPFを去った二人の若きチャンピオンとパワーリフティングの未来について】
http://mbcpower.web.fc2.com/17.09.11.html
ベスト記録を比較(Dotsが最も高いときの記録)
階級が違うので、階級と重量から算出するスコア「Dots」で比較します。
<エド・コーン>
100kg級(シングルプライスーツ+ニーラップ)
スクワット 435kg
ベンチプレス 247.5kg
デッドリフト 408.6kg
トータル 1091.1kg(Dots 671.64)
<ジョン・ハーク>
90kg級(ノーギア)
スクワット 345kg
ベンチプレス 267.5kg
デッドリフト 410kg
トータル 1022.5(Dots 661.52)
このサイトにパワーリフティングの記録が集計されていて、いろいろな条件をつけてランキングを出すことができます。
https://www.openpowerlifting.org/
ノーギアの歴代Dotsランキング(男性のみ)だと、ジョン・ハークはトップです。ちなみに100kg級に体重95.6kgで出場したときの記録がトータル1030kg、Dots646.87で、実質2位もジョン・ハークです。
シングルプライでの歴代ランキング(男性のみ)を見るとエド・コーンは8位ですが、上位記録は全て21世紀のもの。記録を見ると、今のシングルプライスーツは高性能で重量アップ効果が相当高いように見えます。20世紀だけで比較すれば、エド・コーンもジョン・ハーク同様にトップです。
条件がいくつか異なり単純に記録を比較できないため、条件をなるべく揃えるための考察をしていきます。ギアの有無、デッドリフトで使っているバーの違い、計量タイミングの違いによる試合時点での体重の考慮が考察ポイントです。
ギアの影響
エド・コーンのスクワットの記録はシングルプライスーツとニーラップを着用してのものです。
こちらの記事だと、シングルプライ+ニーラップのスクワットの重量への影響は15%~20%と推測されています。
Who is the true GOAT of powerlifting?
https://www.lawrentian.com/archives/1019999
他の視点からも、エド・コーンのノーギアスクワット推定値を考えてみます。
デッドリフトの自己記録との比較では、デッドリフトが得意なタイプのエド・コーンが、ノーギアスクワットでデッドリフトの重量を上回るのは考えにくいです。一般的にスクワット記録がデッドリフト記録を上回るのは、胴体が長くて、腕と脚が短い、ずんぐりむっくり型の選手です。エド・コーンは、胴体と脚の長さの比率はバランス型の体型で、腕が長めです。この体型だと、スクワット記録は、ナローデッドリフトの記録よりも少し下くらいになるでしょう。
エド・コーンはナローデッドリフトで392.5kg@体重108.8kgを挙上しています。
また、100kg級のノーギアスクワットの歴代最高記録は385kg、デッドリフトの歴代最高記録は433.5kg。いずれもスクワット特化型、デッドリフト特化型の選手が出している記録です。
エド・コーンの100kg級のスクワット435kgを15%引きすると370kgです。さすがにノーギアスクワットの歴代最高記録を上回らないだろう、本人のナローデッドリフトの記録よりもやや下くらいか、という条件にも一致するため、370kgくらいがエド・コーンの体重100kgの時のノーギアスクワットの妥当な推測値かなと思います。
当時のシングルプライスーツのベンチプレスとデッドリフトへの影響は不明で、ここでは影響はゼロと仮定します。
バーの硬さ
ほぼ同じ重量を挙げている動画でのバーのしなり具合を比較すると、エド・コーンのほうがしなっておらず硬いバーを使っていたと考えられます。硬いバーの方がデッドリフトで記録が出にくいので、もしジョン・ハークと同じバーなら、エド・コーンはもっと重たい重量を挙げられたでしょう。
IPFの試合では今も硬いバーでデッドリフトを行います。ジョン・ハークが現在出場しているUSPAなどの興行寄りの大会では、デッドリフト用の長くてしなる「デッドリフトバー」を使います。
IPFのレイ・ウイリアムズのデッドリフトのバーのしなりとエド・コーンのしなりが同程度なので、エド・コーンの使っていたバーと、今のIPFのバーは同程度の硬さと仮定します。
IPF時代のジョン・ハークのデッドリフトのベストが320kgです。2017年に他団体に出場したときのデッドリフト記録が1回目の試合で325kg、2回目が330kgです。
ジョン・ハークは2017年から薬物を使い始めたと語っています。2017年の他団体の大会では、ベンチプレスはベスト記録を2.5kg更新してますが、スクワットは記録更新していないので、薬物を使い始めて効果が出ているのか微妙な時期です。
薬物の影響でデッドリフト記録が伸びたのか、バーの違いで伸びたのか不明ですが、ジョン・ハークにとってデッドリフトバーの重量アップ効果は、あるとしても5kgか10kgだと推測されます。
動画:How Much Difference Does A Stiff Bar Make?
https://www.youtube.com/watch?v=gT8Z2QMr8eY
この動画では、硬いバーとデッドリフトバーの比較をしています。動画内では、ジョン・ハークはデッドリフトバーの重量アップ効果は+10kg程度と推測されています。
これは去年の11月の動画で、スモウデッドリフトのジャマル・ブラウナーも出ていて、彼は硬いバーで410kgを引いています。その近辺のジャマル・ブラウナーの大会(デッドリフトバー使用)でのデッドリフト記録は420kgと417.5kgです。
スモウは床から浮かせるのがきついため、しなることでスタートを楽にできるデッドリフトバーはスモウのほうがメリットが大きいと書かれているのも見るのですが、ジャマル・ブラウナーも硬いバーとの比較では+10kg程度のようです。
エド・コーンは、ジョン・ハークと同じデッドリフトバーなら+10kg挙げられたと仮定してデッドリフト418.6kgとします。エド・コーンのデッドリフトのベスト記録は100kg級の時の408.6kg、2番目の記録が110kg級の時の402.5kgで、400kg以上を成功させたのはこの2回のみなので、これでも大きめに上乗せしています。
計量のタイミング
エド・コーンの時代は当日計量で、ジョン・ハークは前日計量のようです。前日計量で試合までに大きく体重を戻せるほうが有利なため、計量タイミングによる体重への影響も考慮にいれます。
試合時点でエド・コーンが体重を2kg戻せて、ジョン・ハークが体重を5kg戻せたと仮定します。条件を同じにした場合の想定記録
仮想ノーギア、バーを統一、試合のタイミングでの体重を考慮してDotsを計算し比較すると
<エド・コーン>
体重102kg(100kg級)
スクワット 370kg
ベンチプレス 247.5kg
デッドリフト 418.6kg
トータル 1036.1kg(Dots 632.37)
<ジョン・ハーク>
体重95kg(90kg級)
スクワット 345kg
ベンチプレス 267.5kg
デッドリフト 410kg
トータル 1022.5kg(Dots 644.04)
仮想ノーギアのエド・コーンは、Dotsだとジョン・ハークを下回りますが、それでも歴代2位のレベルです。シンプルに記録だけ見れば、ジョン・ハークは歴代最強のパワーリフターです。
トップに君臨している期間の長さ
エド・コーンのほうが長いです。同時代のライバルを長期にわたって圧倒しているかは大事です。ジョン・ハーク自身も、G.O.A.T.は自分ではなくエド・コーンだと語っていて、その理由としてエド・コーンがトップに長期間君臨し続けたことを挙げています。
動画:John Haack Still Thinks Ed Coan is the GOAT
https://www.youtube.com/watch?v=UwrKLGUU6qs
トレーニング方法や技術は進歩していくので、どの競技でも昔より記録は出やすくなります。そのため、同時代の同環境のなかで、抜きん出た成績を残し続けるか、という視点は、G.O.A.T.かどうかを考えるのに非常に重要です。
フォーム
競技としては記録が全て。
なのですが、競技外の人にとって、スモウデッドリフトやワイド手幅で高いブリッジのベンチプレスなど、挙上距離を縮めるテクニックは「セコい」と思われがちです。ベンチプレスはナロー手幅、スクワットはハイバー、デッドリフトはナロースタンスで行うジョン・ハークのフォームは、素人目にも格好が良いです。人間性
エド・コーンはIPFの世界大会で5回世界チャンピオンになっています。ただ、薬物検査に3度引っ掛かり、IPFを永久追放されています。
1985年 薬物検査で陽性になり失格
1988年 世界チャンピオン
1989年 薬物検査で陽性になり失格
1993年 世界チャンピオン
1994年 世界チャンピオン
1995年 世界チャンピオン
1996年 薬物検査で陽性になり失格 永久追放
USPFという薬物検査のない団体の大会には1980年代と1990年代に出場し続けて何度もチャンピオンになっています。
IPFの大会に出場して薬物検査で引っかかって失格し、その後は他の団体の大会に出場。IPFの出場停止期間が明けたらIPFの大会に出場して、1度はクリアしてチャンピオンになったけど翌年に再び検査に引っかかって失格。出場停止期間が明けてからまた出場したけど、1996年に三度目の陽性になって永久追放。
実績はものすごいですが、「最も偉大な」選手かと言われると、個人的には抵抗があります。薬物禁止のIPFの大会に薬物を使って出場して、3度も検査で陽性になって永久追放されるのは、あまり偉大ではないかなと。
当時はみんなこっそり使っていて検査はザルだったため、何らかの理由でエド・コーンが恣意的に運営側から狙われて追い出された可能性はありますし、逆に周囲がナチュラルの中でアナボリックステロイドを使って無双していた可能性もあります。当時の詳しい事情は不明です。
ただ、当時のIPF100kg級のトップクラスがトータル800kg台後半の中で、一人だけ1000kg超えをしているので、薬物抜きでもトップだったと思います。同じ階級なら、薬物の効果はトータル重量+10%くらいです。今の中重量級だと、薬物検査無しの大会のトップは全員使用、IPFのトップはおそらくほぼ全員ナチュラルで住み分けが出来ているので、各階級でのそれぞれのトップの記録を比較すると、おおよそ10%です。
ジョン・ハークは2016年にIPFで世界チャンピオンになったあと、IPFを離脱し薬物検査なしの大会に参加し始めています。本人の話だとIPF時代はナチュラル、その後薬物を使い始めたとのことです。IPFを離脱したあとの急激な記録の伸びからみても、IPF時代がナチュラルだったというのは本当でしょう。実直そうな性格で、嘘はつかなそうですし。
結局どっち?
ベスト記録はジョン・ハークのほうが上ですが、実績を残し続けた期間の長さではエド・コーンのほうがずっと上です。人間性やフォームは私の主観なため、客観的に見ればエド・コーンがG.O.A.T.でしょう。
今後、ジョン・ハークが何年にも渡って実績を残し続ければ、皆が彼をG.O.A.T.と呼ぶ日も来るでしょう。
薬物使用が前提なのは・・・
薬物使うのが前提って競技としておかしくない?という考えもあります。私も感覚が麻痺しているので使う前提で比較していますが、薬物前提の大会が存在する競技は、パワーリフティングとストロングマンとボディビルなどのフィットネス競技だけですね。
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