一言で言うと、ハイパーベンチレーションを使います。ハイパーベンチレーションは、速いペースで深く息を吸って吐くのを繰り返す呼吸法で、素潜りの時間を伸ばすのに使われます。
素潜りでは、ハイパーベンチレーションを行うことで血液中の二酸化炭素濃度を低下させ、これにより脳が息苦しいと感じるタイミングを後ろにずらし、長く潜っていられるようになります。取り込む酸素の量が増えて長く潜れるようになるのではなくて、息苦しさを感じにくくなることで長く潜れるようになります(やりすぎると水中で酸素不足になって意識消失して死亡するケースもあります)。
筋トレでハイパーベンチレーションを使う場合の想定効果は、血液中の二酸化炭素濃度を低下させることで血液と筋肉をアルカリ性に傾け、無酸素解糖系で発生する水素イオンによる酸性化を緩衝することで疲労を遅らせ、中・高レップのセットの最大レップ数を増やします。水素イオンによる酸性化の緩衝作用の点では、ベータアラニンや重曹や水素水と同じです。
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ベンチプレスでハイパーベンチレーションを使った場合の効果を調べた研究は2つあって、一つはかなり良い効果(限界レップ数が増える)、もう一つは効果なしです。
まずは効果があったほうの研究から。
(1)Hyperventilation-Aided Recovery for Extra Repetitions on Bench Press and Leg Press
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32329989/
種目は、ベンチプレスとレッグプレス。80%1RMの重量で全セット限界までおこない、実施できたレップ数を比較しています。
被験者のベンチプレス1RMの平均は129kg。
セット間インターバル5分で、各種目6セット実施(そのうち3セットでハイパーベンチレーション実施)。
ハイパーベンチレーションのタイミングは、セット開始前の30秒間。呼吸ペースは30秒で25回。
吐き出した二酸化炭素の量を測定し、きちんとハイパーベンチレーションが行われているか、やりすぎていないかを管理している。
<結果>
6セットのトータルレップ数は、ハイパーベンチレーションを行ったほうが多くなった。
・ベンチプレス
ハイパーベンチレーション44レップ 普通呼吸36レップ
・レッグプレス
ハイパーベンチレーション64レップ 普通呼吸50レップ
次に、ハイパーベンチレーションの効果がなかった研究です。
(2)Inter-Set Voluntary Hyperventilation-Aided Recovery Does Not Improve Performance of Bench Press and Squat in Recreationally Trained Individuals
https://www.researchgate.net/publication/358150715_Inter-Set_Voluntary_Hyperventilation-Aided_Recovery_Does_Not_Improve_Performance_of_Bench_Press_and_Squat_in_Recreationally_Trained_Individuals
種目はベンチプレスとスクワット。70%1RMと90%1RMの重量で全セット限界まで行い、実施できたレップ数を比較しています。
被験者のベンチプレス1RMの平均は97kg。
70%1RMでは、2分インターバルで3セット実施。
90%1RMでは、5分インターバルで3セット実施。
ハイパーベンチレーションのタイミングは、セット開始前の30秒間に60拍/分のメトロノームに合わせて呼吸。吐き出した二酸化炭素の量を管理していないのでハイパーベンチレーションがきちんとできているか不明。
<結果>
ハイパーベンチレーションの有無でトータルレップ数は変わらず。
両条件ともベンチプレスは70%1RMが3セットで合計30レップくらい、90%1RMが合計14レップくらい。
両条件ともスクワットは70%1RMが3セットで合計40レップくらい、90%1RMが合計21レップくらい。
なぜ2つ目の研究では効果が見られなかったのかの考察
・ハイパーベンチレーションが上手くできなかった?
吐き出される二酸化炭素量を測定していないので、ハイパーベンチレーションが上手くできていたか不明です。30秒で30回の呼吸だと、浅い呼吸になりやすく、ハイパーベンチレーションが上手くいかなかった可能性があります。・セット間インターバルが問題?
70%1RMはインターバルが2分なのでボトルネックがATP/PCr系になってるのかもしれません。全セット限界までなので、インターバル2分だとATP/PCr系が回復しきらないと思います。水素イオンによる酸性化を緩衝していても、それがボトルネックになる前に、不十分な回復のATP/PCrが枯渇して動かなくなった可能性があります。・強度が問題?
90%1RMは5分インターバルですが、セット完遂までの時間が短いため、主なエネルギー源はATP/PCr系で無酸素解糖系の寄与割合が低く、水素イオンによる疲労はボトルネックになりにくいです。筋トレだと筋肉のバーン感が出るような中・高レップのセットを多セットやった場合に、水素イオン緩衝の効果が出やすいと考えられます。・セット数が3セットで少ない
筋トレで水素イオン緩衝の効果が出やすいのは、中・高レップのセットを多セット行う場合です。各種目3セットしかやっていないので、効果が出にくかったのかもしれません。・被験者のトレーニングレベルが影響?
ハイパーベンチレーションに効果がなかった研究(2)は、被験者の平均が体重82kgでベンチプレス1RMが97kgなので、あまりベンチプレスをやり込んでいないと考えらます。限界まで追い込むのが上手くできなく、水素イオン緩衝のメリットを生かせなかった可能性があります。ハイパーベンチレーション実施の場合の注意点
ハイパーベンチレーションを行うと、頭がクラクラして目眩がすることがあり、やり過ぎると失神することもあるので、あまりアグレッシブにやらないほうが良いでしょう。いきなり30秒間の全力呼吸ではなくて、最初は10秒くらい速めの深呼吸(肩を上下させる胸式呼吸です)をして、そのあと10秒普通に呼吸して目眩などが起こらないか確認してからセットを開始するといった保守的な方法で試してみると良いと思います。個人的には、このやり方でも効果を感じます。
ハイパーベンチレーションの呼吸で目指すのは、肺の中の空気の二酸化炭素濃度を、外の空気に近づけることです。こうすると血液中の二酸化炭素濃度が下がりやすくなります。したがって息を吐き出すときは限界まで吐き出し、肺の中の空気を全部入れ替えるつもりで呼吸します。呼吸の速さよりも、まず息を吐き切ることを意識します。
(3)Pre-exercise hyperventilation can significantly increase performance in the 50-meter front crawl
https://www.researchgate.net/publication/275671458_Pre-exercise_hyperventilation_can_significantly_increase_performance_in_the_50-meter_front_crawl
ハイパーベンチレーション向きの種目・トレーニング
ハイパーベンチレーションの水素イオン緩衝作用は、中・高レップ(8~15レップ程度)のセットを高ボリュームで行いたい場合に有用でしょう。コンパウンド種目を5セットや6セットやる場合に、それほど長くインターバルを取らなくても後半セットの質の低下を抑えやすいです。5分インターバルを4分に縮めても、ハイパーベンチレーションを使うことで同等以上のボリュームでトレーニングが出来るといった感じになると思います。
ベンチプレスについては、セット前のハイパーベンチレーションで胸郭が広がることでブリッジが安定する、息継ぎが減ることでブリッジや肩周りの安定が増すといったメリットもあると考えられ、これについては初心者含めて全ての人が使えるテクニックです。パワーリフティングに寄せたフォーム、ブリッジをしっかり組んでなるべく息継ぎ無しでベンチプレスを行う人はメリットが大きいでしょう。ベタ寝で1レップごとに息継ぎするといったフォームだと、おそらくメリットはあまり無いと思います。
スクワットやデッドリフトは、個人的には目眩でバランスを崩すのが怖いので、ハイパーベンチレーションは積極的に使う気にはならないです。レッグプレスなどバランスを取る必要が無い種目では安全に使えます。
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