5/09/2017

疲労のメカニズム



Fatigue in Sport and Exercise
Shaun Phillips


疲労ってなんだろう?と最近考えていて、適当に探してみたら良い本が見つかった。運動による疲労について書かれていて、慢性的に身体がダルいなど病気の疲労は扱わない。2015年出版なのでかなり新し目の情報が得られる。著者はエディンバラ大学の講師。運動生理学を学ぶ大学生向けのテキストのようだ。

この本で取り上げられるのは、現時点でわかっている疲労の主なメカニズム。細かいものは他にもあるし、今後の研究でアップデートされていくだろう。

研究結果についての解釈で注意したいのは、生体外(in vitro)と生体内(in vivo)では挙動が異なる場合も多くあり、生体外でしか確認されていないメカニズムもあるので、疲労の原因だと断言するのが難しいものもある。そのため、~の可能性がある、~かもしれない といった表現が多い。

この記事では本の内容を簡単にまとめる。


★疲労(fatigue)とは何か
運動の継続による筋力の低下や、疲れているという感覚(主観的な苦しさや筋肉のバーン感など)を特徴とする現象。

しかし現時点でも、研究者の間では疲労についての明確な共通の定義が定まっていない。fatigueとexhaustion(力を使い果たすこと)の区別も曖昧。そのため研究結果の比較や解釈が難しくなっている。

例えば、運動を続けていると競技に必要なパフォーマンスの継続が難しくなること、最大の筋力を保てなくなること、徐々に出力が低下すること、など様々な疲労の定義がある。

実際に、スプリント、長距離走、チームスポーツ、ストレングス競技など運動の種類によって疲労は異なる。また疲労のメカニズムについては依然として解明されていないことが多くあるので、定義が明確に定まっていないほうが、探求の幅を狭めたり先入観を持って研究したりということが避けられるメリットもある。



★疲労の測定の難しさ
筋力の変化を測定したり、EMGで筋肉の活動を調べたり、筋肉の組織を採取したり、血液検査をしたり、TMSで脳の活動を調べたり、MRIで身体内部の活動を調べたりといった手段があるけど、疲労の一部分しかわからないし、運動している人間をリアルタイムで測定するのはとても難しい。



★神経-筋肉の伝達経路
前提知識として、脳から運動指令が出て、筋肉に到達し、筋肉が収縮するまでを簡単に書いておく。

まず、脳から筋肉まで・・・

脳→神経→脊髄→神経→筋肉

筋肉に電気信号が到達してから筋繊維が収縮するまで・・・

神経→(電気信号)→神経終末→アセチルコリン放出→Na+が筋細胞内に流入(脱分極)→T管が脱分極→リアノジン受容体が開孔→筋小胞体からCa2+が放出→Ca2+がトロポニンCに結合→アクチンとミオシンの滑走(筋繊維の収縮)

参考サイト:
神経のしくみと機能|動作のしくみから理解する(7)
https://www.kango-roo.com/sn/k/view/1989

骨格筋収縮のメカニズム(1)|骨格筋の機能
https://www.kango-roo.com/sn/k/view/2088

骨格筋収縮のメカニズム(2)|骨格筋の機能
https://www.kango-roo.com/sn/k/view/2089



★疲労の起こる場所の分類
大きく分けて、中枢系(central)と末梢系(peripheral)の疲労がある。
- 中枢系の疲労は、中枢神経系(脳と脊髄と運動神経)で起こる疲労(主に脳)
- 末梢系の疲労は、神経と筋肉の接合部分から先の部分で起こる疲労(主に筋肉)

中枢系の疲労と末梢系の疲労は、それぞれ独立しているわけではなく、相互作用をしていると考えられる。



以下、主な疲労のメカニズムである、エネルギーの枯渇、代謝性アシドーシス、脱水と体温上昇、カリウムとカルシウム、中枢系の疲労を順に見ていく。


★エネルギーの枯渇
・ATP

ATP + H2O ⇔ ADP + Pi + H+ + energy

ATPの貯蔵量:筋肉の最大出力を2秒間続けられるだけの量

ATPの補充ルート
- PCr(クレアチンリン酸)系
- 無酸素(解糖)系
- 有酸素系

強度の高い運動であっても筋肉内のATPレベルは60%以下には低下しない。ただ個別の筋繊維(特に速筋)を見ると20%程度の低いレベルまで低下することもあり、疲労の原因になっている可能性がある。

ATPレベルが身体組織にとって危機的な水準まで低下しないように身体活動にブレーキをかけるのが疲労の役割だという見方もある。


・PCr(クレアチンリン酸)

PCr + ADP + H+ ⇔ ATP + Cr

PCrの貯蔵量:筋肉の最大出力を10秒間続けられるだけの量

理想的な状況下ではPCrの貯蔵量は2-4分で回復する

- 6秒のスプリントでPCrの貯蔵レベルは35-55%に低下
- 20秒のスプリントでPCrの貯蔵レベルは27%に低下
- 30秒のスプリントでPCrの貯蔵レベルは20%に低下

5-30秒のスプリントではPCrレベルの低下が疲労の一因になっているようだ。ただ完全に枯渇はしていないので他にも疲労の要因があると考えられる。

PCrの回復の早さは全身持久力と相関する。高強度の運動を繰り返し行う場合、全身持久力を高めるトレーニングを行っておくと、回復が早まり高いパフォーマンスを維持することが出来るだろう。


・グリコーゲン
長時間の運動で筋グリコーゲンの貯蔵レベルが大きく低下した場合でも、筋肉内のATPレベルは保たれている。
ただ、筋繊維内のグリコーゲンの低下が局所的なATPレベルの低下を招き、筋小胞体からのCa2+の放出を阻害することで、筋繊維の収縮が抑制される可能性がある。

また長時間の運動で肝グリコーゲンが枯渇することにより低血糖になり、中枢系と末梢系の両方の疲労を引き起こす可能性があるが、これには個人差がかなりあるようだ。


・脂質
トリグリセリドの形で脂肪組織に大量と、筋肉内に少量貯蔵されている。トリグリセリドはグリセロールと脂肪酸に分解され、脂肪酸が筋肉に取り込まれ酸素を用いてATPを再合成する。

脂肪酸→アセチルCoA→(β酸化)→クレブス回路

脂質は大量にあるので疲労には直接には関わらないが、もし脂質を優先的に使用することでグリコーゲンの消費を抑えることが出来れば、疲労を遅らせることが出来る。実験では炭水化物の摂取を制限し空腹時の運動をすることで脂質を優先的に使用する適応が起きるが、再び炭水化物を摂取すると元に戻るので、グリコーゲンを蓄えた状態で脂質を優先的に使用してグリコーゲンを節約し疲労を遅らせることが出来るかは微妙なところ。

図. スプリントの際のATP再合成源エネルギーシステムの割合推移

図. 持久運動の際の主なエネルギー源の割合推移




★代謝性アシドーシス
・乳酸への誤解
グルコースの解糖ではピルビン酸塩が生成され、その過程でH+も生成される。高強度の運動ではクレブス回路によるピルビン酸塩の有酸素代謝が間に合わず、ピルビン酸塩が蓄積していく。ピルビン酸塩が蓄積されると解糖ペースが落ちて運動パフォーマンスが低下し、またH+が蓄積されると酸性度が高くなりすぎ体組織の機能に悪影響がでる。H+を処理しつつピルビン酸塩を乳酸塩に変換することでこれを防ぐ。

ピルビン酸塩 + NADH+ + H+ → 乳酸塩 + NAD+

このようにグルコースの解糖の結果、生成されるのは乳酸塩であって乳酸ではない。また乳酸塩はピルビン酸塩とH+を処理することで疲労を和らげる役割を果たしていて、乳酸が溜まるから疲れるわけではない。

乳酸塩は運動後1時間くらいで無くなるので筋肉痛の原因にはならない。またバーン感が乳酸塩によるものだというエビデンスはない。バーン感は、H+などの蓄積や、筋繊維の収縮によるメカニカルな刺激を神経が検知しているのかもしれない。


・H+によるアシドーシスの影響
1) Ca2+がトロポニンCへ結合する際にH+が競合することで筋収縮を弱くするかもしれないが、あってもわずかだと考えられ、むしろ酸性環境ではカルシウムポンプに結合するCa2+が減り、そのぶんトロポニンCに多くのCa2+が結合することが出来、筋収縮に好都合の可能性がある。

2) H+はクロスブリッジによる力の生成を妨げ、その結果筋力の低下を起こす可能性がある。また筋収縮の最大収縮速度を低下させる可能性もある。

3) 高強度の運動による血液内のH+の増加は、酸素と結合するヘモグロビンの割合を減らし、脳に運ばれる酸素量が少なくなることで、中枢系の疲労の原因になる可能性がある。



★脱水と体温上昇
脱水と体温上昇は、主に長時間の持久運動や屋外でのスポーツで問題になる。

・脱水
血液中から水分が減ることで、一拍ごとに心臓から送り出される血液の量が減り、心拍数を増やすことでこれを補う。また内蔵などコア部分への血液が優先され、皮膚へ回される血液量が減ることで、体表面からの放熱が妨げられ体温が上がり、これも疲労につながる。また筋肉への血流も少なくなり、グリコーゲンの消費量が増えることで疲労が早まる。

脱水になると運動の主観的な辛さが増す。

運動による脱水で体重が2%減るとパフォーマンスに悪影響が出るという研究結果があるが、これは他人に決められたペースで運動し続けた場合。自分でペースをコントロールできる状況では、この程度の脱水では悪影響は出ない。

そもそも運動による体重減少は、減少分がそのまま水分不足になるわけではない。例えばグリコーゲンは水と一緒に1:3の割合で貯蔵されているが、運動でグリコーゲンが消費されてそれにくっついていた水が発汗で失われたとしても、身体は水分不足の状況にはならない。

水分補給は、「喉が渇いたら適宜飲む」という戦略が最も効果的なようだ。体重減少分を無理して飲む必要は無い。飲み過ぎも飲まなすぎも極端なのは悪影響が出る。


・体温上昇
高温多湿の環境で体温上昇しやすい。

体温上昇により、脳の温度上昇、脳への血流減少、脳の活動低下、脳からの運動指令の低下が起こり、これらが疲労になっていると考えられる。

体表面の温度の上昇により、放熱のための皮膚への血流が増加することで、筋肉への血流が減少し疲労につながる。



★カリウムとカルシウム
・カリウム
運動神経から伝わってきた活動電位が筋肉の細胞膜に伝わりそれが筋全体に伝搬する仕組み
A:脱分極
ナトリウムチャネルが開き、Na+が細胞内に流入し、電位上昇。
B:再分極 
ナトリウムチャネルが閉じ、カリウムチャネルが開き、K+が流出し、電位が低下する。
C:過分極
カリウムチャネルが開き続け、電位が安静時よりも低下する。
D:安静時の電位
カリウムチャネルが閉じ、ナトリウム・カリウムポンプの働きにより安静時の電位に戻る。

理屈の上では、筋肉の活動が続いて細胞外へのK+の流出が続くと、細胞内のK+が少なくなり、脱分極による活動電位の上昇が小さくなり、筋小胞体からのCa+放出が少なくなり、筋肉の収縮が弱くなる。

ただ生体内ではこれをカバーするメカニズムが色々とあるようだ。動員する運動単位を切り替えて負荷分散したり、発火頻度を調整して活動電位を必要最小限に抑えて筋肉を収縮させたり、活動電位が多少低下してもCa2+の放出には十分だったり、ナトリウム・カリウムポンプが筋肉の活動中もNa+とK+のバランス調整を行いK+の蓄積を抑制したり、Cl-の存在がK+の蓄積や細胞内への流入を促進したり・・・といったメカニズムにより、K+の細胞外への蓄積は疲労の大きな原因ではないと現時点では考えられる。

一方で、細胞外のK+の蓄積は、求心性神経を刺激し、脳がそれを検知し、疲れているという感覚やバーン感を感じさせ、脳からの運動信号の弱まりをもたらす可能性がある。


・カルシウム
筋小胞体からCa2+が十分に放出され、それが再び取り込まれることは、筋肉の活動にとって非常に重要である。この働きが低下すると筋肉の出力が弱まる。

1) グリコーゲンレベルが低下すると、筋小胞体の機能が低下し、Ca2+の動きが妨げられ、筋肉の収縮が弱まる(疲労する)。

2) 無機リン酸塩(Pi)
PCrの分解やATPの加水分解でPiが生成される。
- Piが蓄積されると筋収縮が妨げられる。
- Piが蓄積されると、Ca2+に対する筋収縮の感受性が低下し、Ca2+の量が同じだった場合でも筋力が低下する。
- Piは筋小胞体からのCa2+放出チャネルを抑制し、また筋小胞体内でPiがCa2+と結合し蓄積することで、Ca2+の放出が低下し、筋力の低下(筋肉の疲労)を引き起こす可能性がある。

3) Mg2+の蓄積によりCa2+への感受性の低下や、筋小胞体からのCa2+の放出の減少が起こる。



★中枢系の疲労
・末梢系からのフィードバック
筋肉の収縮によるメカニカルな刺激や、代謝物の蓄積による化学的な刺激が求心性神経によって脳に伝えられ、そのことにより脳からの運動指令が抑制され、筋肉の活動が弱まる。

・脳内の神経伝達物質
セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンが脳の疲労に関わっているようだ。ただ、前駆体や受容体ブロッカーの投与により高温での長時間の運動のみパフォーマンスが変化するなど、一定条件下で脳の疲労に影響を及ぼしているようだ。

・アンモニア
運動中の筋肉では、プリンヌクレオチドサイクルでの脱アミノ反応とBCAAの酸化によりアンモニアが生成される。アンモニアの疲労への影響は、長時間の運動による認知能力への悪影響に限られると考えられる。

・サイトカイン
運動中の筋肉からは、エネルギー枯渇(主にグリコーゲンレベルの低下)により、炎症性サイトカインであるインターロイキン-6(IL-6)の生成量が急増する。運動による筋肉へのダメージによっても、IL-6は作られるようだ。また同時にIL-1とTNF(腫瘍壊死因子)も生成される。これらの炎症性サイトカインは血液経由で中枢神経系に働きかけ眠気や発熱を促す効果がある。これらのサイトカインにより、運動による疲労感を感じるようだ。IL-6の投与により、疲労感の増大と運動パフォーマンスの低下が見られる。サイトカインは神経伝達物質の働きにも影響を与えるようだ。病気の時の慢性的な疲労感やダルさにもサイトカインは関わっている。

・意識下・無意識下でのペース配分
運動を完遂するのに必要なペース配分を、意識的に、もしくは無意識で調整して、その調整に疲労感が使われているという説。オーバーペースだと疲労を感じ、ペースが遅いと楽に感じる。生理学的な疲労現象が起きて脳が疲労を感じるだけではなく、ペース配分の調整のために脳が疲労を感じて、体力の使い方を調整する。持久運動で途中どんなに疲れていても、大抵はゴールが近づくと主観的に楽になるし、実際に身体も動くようになってラストスパートが出来る。

またもっと極端な状況、例えばATP、PCr、グリコーゲンといったエネルギーが完全に枯渇したり、代謝物が溜まりすぎたり、体温が上昇しすぎたりして、身体が危機的な状況になるのを防ぐため、疲労感を用いて身体活動にブレーキをかけているという考え方も出来る。



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