12/31/2019

アシンメトリー

★アシンメトリー
アシンメトリーは左右の非対称のこと。日常動作やウェイトトレーニングでは以下のような症状が出る。

・立った時に重心が片側にいきやすい。
・直立時に骨盤や肩の傾きがある。
・歩く時にどちらかの脚が接地している時はスムーズに動き、反対側の脚が接地している
時はぎこちない動きになる。
・上半身を捻りながら腕を前に伸ばすと、片方の腕は伸ばしやすくて、もう片方の腕は伸ばしにくい。
・スクワットとデッドリフトで重たい重量を持ち上げようとすると、重心が片足に乗って、お尻が横に移動する。重心が乗らない側の脚は、膝がグラグラする。
・スクワットで深くしゃがもうとすると、片側の股関節が先にひっかかり尻が横に動く。

PRI関連を少し調べてみて、アシンメトリー修正として自分の身体に適用してみたら、すごくフィットしたので紹介します。ちなみにセミナーとか受けてないので浅いところしか知らないです。

「PRIのような姿勢矯正やリハビリ系のテクニックって、歩くのも大変になってきた高齢者に使うものでしょ? ハードな筋トレをしている若い自分には関係ないよ」と思う人は、以下の動画をどうぞ。ストレングストレーニングガチ勢がPRIのテクニックを使って、スクワットの際の尻の横移動(Hip shift)を修正しようとしています。

動画:Fixing Hip Shift in the Squat-JTSstrength.com
https://www.youtube.com/watch?v=LnFyYuY2Sro

PRIの理論だと、肝臓など一つしか無い臓器の配置や横隔膜の左右の強さの違い、左右の横隔膜の背骨への付着点の違いなどで、多くの人の身体はアシンメトリー、特にLeft AIC/Right BCパターンと呼ばれる右足重心の姿勢になっている。実際にこのパターンが多いのかは知らないけど、私の身体の状況はこれとはほぼ左右逆で左足重心になっているので、利き腕、利き足(と軸足)、スポーツ歴の影響も大きいのではないかと個人的には思っている。

他のアラインメント異常の問題と同じように、アシンメトリーのアラインメントでの動作を、「日常動作の軽い負荷で何十年と続ける」もしくは「重たいバーベルやダンベルを使って強い負荷で短期間(数ヶ月~数年)続ける」と、アシンメトリーの程度にもよるけど、身体に痛みや痺れなど不具合が出てくる可能性が高くなる。

別に完璧なシンメトリーを目指す必要な無く、日常生活だったらアシンメトリーの動作でも死ぬまである程度元気に動き続ければいいし、アスリートだったら現役の間、最高のパフォーマンスを続けられれば良い。

ただ問題が出ないように、なるべくアシンメトリーを修正すると、怪我を防ぎやすいし、パフォーマンス向上も望めるかもしれないので、なにか問題を感じている場合は試してみるのも良いと思います。私はウェイトトレーニングしかやらないので、アシンメトリーであることのメリットは無く、性格が神経質なので自分の身体はなるべくシンメトリーを目指そうと思うのですが、野球の投手なんかだとある程度のアシンメトリーが最高のパフォーマンスに必要みたいなこともあるようなので、アシンメトリーをどう扱うかは競技次第ですね。

アシンメトリーの形と原因は千差万別なので、今回のやり方ですべてが解決するわけではないけど、これで解決する人も一定割合はいると思われるので、なにか問題を感じている人は試してみると良いと思います。


★アセスメント
信頼できる専門家に診てもらうのがベストだと思うけど、ここでは自分で診断できるやり方を書いてみたい。

Left AIC/Right BCパターンの人はリラックスした場合にダビデ像のような姿勢になりやすい。ちなみにアート用語でこういうアシンメトリーの人物像を contrapposto と言って、人体の自然な姿勢が表現されている。


実際の人間の写真だとこうなる。

Left AIC/Right BCパターンの特徴を見ていくと、
正面から見た場合
- 右足重心
- 左肩に比べて右肩が下がる
- 骨盤の左側が右側に比べて下がる。
- 右側の肋骨と骨盤を近づける筋肉が固くて縮んでいる(腹斜筋や腰方形筋)
- 背骨が右側に曲がる
- 右脚の内転筋が強くて固い
- 左脚の内転筋が弱くて緩い
- 右足の外転筋が弱い。
- 右側骨盤が後傾
- 左側骨盤が前傾


上から見た場合
- 骨盤が右側に回旋(骨盤の左側が前に出る)
- 胸椎のねじれにより左肩が後ろになり、右肩が前側になる。
- 左足が前に出て、つま先が外に開く。

リラックスして立っている時に、右足に重心がきてダビデ像のようなポーズになると楽な人は、Left AIC/Right BCパターンの疑いがある。あと椅子に座って脚を組むと左脚が上に来るのが楽で、床に座って立て膝をすると左脚を立てるのが楽になる。

Left AIC/Right BCパターンだと、スクワットやデッドリフトをした時に もっとも力を入れやすいスタンスが下の図のようになると思う。上が両足のつま先を外側に開くことを優先した場合。下が骨盤が正面を向くことを優先した場合。右側の内転筋と股関節伸展筋が強いので、右側に重心移動してそこをフルに使おうとする。スクワットとデッドリフトで高重量になってくると、尻が右側に移動しやすい。


私みたいにLeft AIC/Right BCパターンと左右逆の人はこうなる。

スクワットの際の尻の横移動の研究だと、股関節周りの筋肉やアラインメントの状態が、左右の方向を考えなければLeft AIC/Right BCパターンと同じような感じになっているので、PRIのアプローチで尻移動が直るケースも結構あるのではと思う。

Presence of a Lateral Hip Shift During Squatting is Associated with Altered Mobility and Neuromuscular Control
https://uncexss.wordpress.com/2015/09/21/presence-of-a-lateral-hip-shift-during-squatting-is-associated-with-altered-mobility-and-neuromuscular-control/
オーバーヘッドスクワットで尻の横移動が起きる人の身体動作を、真っ直ぐ尻を下ろせる人と比較したところ、尻が寄って重心が乗る側の脚では、大腿骨がより内旋、あまり外転せず、足首はあまり曲がらず。重心側の足首があまり曲がっていないのは足首の可動域の問題ではないと思う。重心が乗る側の脚は骨盤後傾気味で股関節がスムーズに深く曲がるので尻を下ろす際に足首をあまり曲げる必要が無い。重心が乗らない側の脚は骨盤前傾気味で、骨の噛み合わせの問題で股関節が深く曲がらなくなっている。この実験のスクワットは写真を見ると、つま先を揃えたナロースタンスなので、股関節の骨がぶつかった後は膝と足首をさらに曲げることで尻の深さを出していると思われる。重心が乗らない側の股関節が深く曲がらないからといって、ここのストレッチをしても効果がない。むしろ重心が乗らない側の股関節の内転筋やハムストリングスは弱っていて伸びているので、これらの筋肉のストレッチはしないほうがよい。重心が乗らず深くしゃがめない側の骨盤の前傾を直す必要がある。


この画像の例だとLeft AIC/Right BCとは逆に左側に重心と尻が寄っている。両足のつま先の開き具合は、Left AIC/Right BCパターンと左右逆の人のつま先と同じで、右足つま先がより外側に開いている。重心側の大腿骨は、上の研究と同じように内旋している。足首の曲がりの違いが研究と違うけど、おそらく重心が乗らない側の股関節の骨のぶつかりを、よりワイドスタンスにすることで解決しようとしている。



★関節の分解
全部の関節がLeft AIC/Right BCパターンに沿ったアラインメント異常を見せるわけではないので、三箇所に分解して考えていく。

(a) 骨盤と股関節

(b) 背骨の横方向の曲がり

(c) 背骨の捻じれ

こうすると、個別ケースに沿って矯正エクササイズを左右逆に適用したりできる。例えば私の場合は、骨盤と股関節、背骨の横方向の曲がりはLeft AIC/Right BCパターンと左右逆になっていて、左側重心で背骨が左側に曲がっているのだけど、背骨の捻じれは左肩が後ろになっていてLeft AIC/Right BCパターンと同じ。なので骨盤と股関節、背骨の横方向の曲がりについては、Left AIC/Right BC用のエクササイズを左右逆にして行い、背骨の捻じれについてはLeft AIC/Right BC用のエクササイズをそのまま行っている。



★アシンメトリー矯正エクササイズ
床に寝たり四つん這いになって行うエクササイズに共通する呼吸方法は、鼻から息を吸って、口から息を深く吐き出す。3-4秒かけて吸い込んで、5-8秒かけて吐き出して、吐ききった状態で2-3秒止める。これを1セット4-5回繰り返す。吸う息の量は適当で良いが、背骨の曲がりと捻じれの矯正エクササイズでは限界近くまで吸い込んだほうが肋骨が広がって良いと思う。以下の関連記事も読んでおくと理解が深まると思う。

関連記事:背中のストレッチ

関連記事:体幹トレーニング

アラインメントがLeft AIC/Right BCと左右逆の人は、エクササイズを左右逆にやる。そうしないと、もともと固く縮こまっている側をさらに固く縮こまらせるので悪化する。専門家の診断を受けず自己判断でやる場合、スクワットやデッドリフトで重心と尻が右側に移動しやすい人は、以下のLeft AIC/Right BC矯正エクササイズと同じやり方でやってみると良いと思う。重心と尻が左側に移動しやすい人は、左右逆にする。やってみて調子が良かったら続ける。コンディションが悪化したら中止する。


(a) 骨盤と股関節
Left AIC/Right BCだと骨盤が右回旋し、骨盤の左側が前に出る。骨盤の左側は前傾、骨盤の右側は後傾。右股関節は内転筋と股関節伸展筋が強く短縮し、右脚大腿骨は内転・内旋。外転の筋肉(殿筋外側)は弱い。左股関節は内転筋やハムストリングスが弱く、左脚大腿骨は外転。

端的に言うと、歩行サイクルにおいて、右脚接地で右脚に重心が乗っていて左脚を前方に振り出すフェーズでのアラインメントと筋肉の緊張のまま固まっている。この状態で固まっているので、歩行の際は左脚接地で右脚を前方に振り出すフェーズがぎこちなくなる。

骨盤左側が前傾しているので、深くしゃがもうとすると左側股関節の骨がぶつかってしゃがめなくなる。右は後傾しているのでしゃがみやすい。この左右の可動域の差により、深くしゃがもうとすると尻が右側に移動しやすい。それと右脚内転筋と股関節伸展筋(ハムストリングスや殿筋)が強いので、特に高重量になってくると右股関節で荷重を受けようとして、尻が右に移動しやすい。

骨盤と股関節のアラインメントを直すには、
1. 固まってる骨盤と股関節をほぐし動かす。骨盤周りはかなり固いので、自由度の高い動作で直そうとすると、他の関節での帳尻合わせ(代償)が起きやすい。まずは背中と足の裏を固定して自由度を下げたエクササイズを行い、骨盤を動かせるようにしていく。
2. 重心が乗らず弱っている方の内転筋とハムストリングスに力を入れる。重心側の外転筋を強化。
3.  骨盤が動くようになったら、片脚に負荷をかけたスクワットやデッドリフトに近いエクササイズを行い、弱っている部分を実践的な動作で鍛える。
4. 普通の両足でのスクワットやデッドリフトの動作をやり、左右対称の動きが出来るよう練習する。

骨盤と股関節周りのエクササイズに共通するやり方は、重心がかかりやすい側の骨盤を前にグイッと出す。その反対側の内転筋、ハムストリングス、殿筋に力を入れる。Left AIC/Right BCなら右側の骨盤を前に出して、左側の内転筋、ハムストリングス、殿筋に力を入れる。息を吐ききる場合は、左側の脇腹と肋骨を特に意識して締め、内腹斜筋中心に収縮させる。

動画:Postural Restoration 90/90 With Hip Shift
https://www.youtube.com/watch?v=3x2uhhcu-LA&feature=emb_title
腰椎をフラットにし背中を床にべったりつけて、左足の裏を壁につけて、右脚を上に(右膝を上に押し上げるイメージで骨盤を左旋回する)。左足の踵を特に意識し、壁につけたまま下に押す感じで力を入れる。すると左のハムストリングスと殿筋が収縮する。膝の間に5-10cm程度のボールを挟むとと内転筋にも力が入るので良い。フォームローラーを挟んでも良いと思う。この状態で鼻から息を吸って、口から息を限界まで吐く。
動画:Adductor Pullback
https://www.youtube.com/watch?v=Rz91r8EbrPk&feature=emb_title
 重心が乗りやすい側を下にして横たわる。Left AIC/Right BCなら右側が下。膝と股関節を90度にし腰を丸める。膝の間に厚手のタオルを挟むとやりやすい。両足の裏を壁につけたまま、鼻から息を吸いながら、上の脚を骨盤を回して後ろに引く。上の脚を後ろに引いた状態で、息を吐きながら上の脚の膝をタオルに力いっぱい押し付ける(下の脚は力を入れない)。上の脚の内股の筋肉が強く収縮する。息を限界まで吐ききると、左の肋骨が締り左脇腹も強く収縮する。その状態で息を2-3秒止める。再び息を吸いながら、さらに上の脚を後ろに引き、また同じように息を限界まで吐きながら上の脚で強くタオルを挟む。呼吸4-5回で1セット。

重心が乗る側の内転筋やハムストリングスが固く縮こまっているので、適当にストレッチしておく。


動画:EricCressey.com: Left-Stance Toe Touch (with Toe Lift and Med Ball)
https://www.youtube.com/watch?v=GonP-y46dwk&feature=emb_title
重心が乗りにくい側の脚を後ろに引いて、股に適当なものを挟んで、後ろに引いた脚の踵に重心をかけてRDLの動きをする。重心が乗らない側の骨盤前傾を直したいので、ハムストリングをストレッチするのではなくて、股関節の関節包の後ろ側をストレッチする。腰を丸め気味にするとやりやすい。左殿筋の上端のちょっと上あたりが伸びると効いている。


内転筋と外転筋を鍛えるエクササイズ
段差で片足を一段上に乗せて、足の裏を床につけたまま上の段の足に重心移動しながらRDLの動き。股が足の真上にくるくらいまで動く。肩とヘソが正面を向くよう注意しながら行う。段差が高いとやりにくいので、低めの段差が良いと思う。ゴブレットスクワットの要領でダンベルを持つと負荷を上げられる。弱っている外転筋(left AICなら右側)を鍛えるのには、横に寝て膝を開くエクササイズもあるのだけど、個人的には横に寝て膝開くエクササイズはやりにくくて、この段差を使ったエクササイズのほうが効いている感がある。

動画:Left AF IR Split Stance KB Deadlift
https://www.youtube.com/watch?v=cS1U9AaFHrM
 重心が乗らない側の脚(Left AIC/Right BCだったら左脚)を後ろに引いて、同側の腕にダンベルなどを持ってRDL。後ろ側の足に重心をのせ、踵と母指球にしっかり荷重を感じながら足底のアーチを作り、内転筋、殿筋に負荷をかけ、ダンベルを持ってる側の体幹(腹斜筋や広背筋)を締めて行う。デッドリフトの前にやっておくと重心が乗らない側の脚に力が入るようになって、左右のぐらつきを抑えやすい。

動画:EricCressey.com: Bowler Squats
https://www.youtube.com/watch?v=X5xW-eVRg6c
 脚は内転筋や殿筋に力が入るように、上半身は捻りが行えるように。左右両方向やったほうがよい。Left AIC/Right BCだと右脚で片足立ちの時は踏ん張りやすいけど上半身が捻りにくく、左脚で片足立ちの時は踏ん張りにくいけど上半身は捻りやすいと思う。


(b) 背骨の横方向の曲がり
Left AIC/Right BCだと背骨が右側に曲がっている。左側内腹斜筋が弱い、左股関節屈筋(腸腰筋など)が強い。

背骨を逆方向に曲げて、息を吸い込む際は普段短縮している側(エクササイズ時は伸びている側)の肺と肋骨(横と前)を大きく膨らまし、息を吐き出す際は普段伸びている側(エクササイズ時は縮んでいる側)の脇腹の筋肉が収縮するようにする。

Left AIC/Right BCなら背骨を左側に曲げて、息を吸い込みながら右側の肋骨の横と前を膨らませて、息を吐きながら左側の脇腹を締める。


(c) 背骨の捻じれ
Left AIC/Right BCだと左側背部の筋肉が固く縮こまっている。ねじれを直した状態で短縮している背部に息を吸い込み、左側背部を膨らませる。

この動画を見ると 、肋骨がどうなっているのかイメージが掴みやすい。赤丸で囲んだ部分を、胸椎を曲げながら肺を膨らませることで内側から広げる。ちなみに胸郭が歪んでいると、肩甲骨も正常に動かなくなるので、肩関節の動きにも支障がでる。
動画:Why the 90-90 With Hip Shift Also Needs Hands and Knees Breathing
https://www.youtube.com/watch?time_continue=142&v=2vxVYYg8XgA&feature=emb_title
 


動画:All Fours Left ZOA Exercise
https://www.youtube.com/watch?v=Bx2Imj_nTn0&feature=emb_title
 左膝の下に厚手のタオルを置くと骨盤のアラインメントも調整できる。関連記事の背中のストレッチのエクササイズと同じように背中を丸めて、背骨を左に曲げて、息を吸い込んで左背部(左肩甲骨の下辺り)を大きく膨らませる。背骨の横方向の曲がりの矯正エクササイズで膨らませる肋骨とは逆側の背部を膨らませる。

12/24/2019

背中のストレッチ

ベンチプレス、デッドリフト、バックスクワット、プルやロウ。コンパウンド種目中心に本格的なウェイトトレーニングを行うと、背中が過度に反った(伸展)状態になりやすく、背中を反らせる筋肉が緊張しやすい。また肩甲骨を寄せて(内転)下げる(下制)状態になりやすい。骨盤が前傾し、腰が反り、肋骨が開きっぱなしになりやすい。




従って、背中を丸めて、肩甲骨を開いて、骨盤を後傾させて、肋骨を締めるエクササイズを行い、動作のバランスを取るとコンディションを整えやすい。

以下のストレッチをやると背中の緊張が取れ、肩甲骨の動きがスムーズになるので、熱心にウェイトトレーニングをやる人は試してみると良いと思う。ウォームアップの段階で行いアラインメント調整すると良いが、BIG3のセット間インターバルや、トレーニング後にもやると背中がリラックス出来て気持ちがいいのでおすすめです。

動画:Lift Moore Monday: All Fours Belly Lift
https://www.youtube.com/watch?v=LgpOlZpVFcQ

1. 口から息をゆっくり限界まで吐き出す。同時に背中を丸めながら、骨盤を後傾させる。恥骨と肋骨を近づけるイメージで行う。殿筋に力を入れる。息を吐ききった後はそのまま2,3秒息を止める。腕は肘を伸ばし床を押しながら(特に親指と人差し指で押す)、手で床を掴む感じをキープする。顎は引く。
2. その姿勢を維持したまま、鼻から息を吸い込む。上背部を膨らませるイメージで行う。
3. 次の吐き出すフェーズでさらに背中を丸めていく。息を吐き出すたびに少しずつ背中が丸まるよう頑張る。
4. 呼吸4,5回で1セット。これを2,3セット行う。


このエクササイズは上手くやると効果が絶大。
・背中の反りを直し、脊柱起立筋群の緊張を緩和する。
・肩甲骨が内転・下制で張り付いているのをスムーズに動かせるようにする。
・横隔膜をしっかり使って肋骨を膨らませて深く呼吸できるようにする。
・肋骨を締め強い体幹を作れるようにする。

熱心にウェイトトレーニングする人がなりやすい症状をオフセットするのに、一つだけエクササイズをするとしたらこれがベストだと思う。


他にも背中を丸めて腕を伸ばすエクササイズがあるので興味がある方は以下のサイトをどうぞ。NFLドラフト候補生のトレーニングを指導している人の記事で、ベンチプレスやデッドリフトやプルやロウを行うアスリートの身体コンディションを保つにはどうすれば良いのかという内容です。

Why You Must Reach
https://dsstrength.com/why-you-must-reach/


関連記事:プッシュとプルのバランス


11/26/2019

体幹トレーニング

★体幹の役割
身体動作における体幹の役割は、下半身と上半身をつなぐこと。日常動作やスポーツの多くにおいて、体幹は下半身の生み出した力を上半身に伝える。重いものを持ち上げたり、ボールを投げたり、棒を振り回したり(野球やゴルフ)。

力の伝達の橋渡しを効率的にするには、体幹はグニャグニャ動いてはいけない。また腰椎の健康のためにも、強い力をかけながら腰椎をグニャグニャ動かさないほうが良い。

日常動作やスポーツで、体幹を積極的に動かして力を生み出すケースはあまりないので、体幹を積極的に動かして筋力トレーニングを行うシットアップやバックエクステンションといったエクササイズは、機能的な身体動作の面からいって効果的とはいえない。そして腰の健康にも悪い。

体幹のトレーニングの基本的な考え方は、
(1)腰椎のニュートラルポジションを保ちつつ、腹圧を高め体幹を固める。

(2)日常動作やスポーツによって体幹をどの程度固めるかは異なる。目的に応じて、適切な強度と適切なタイミングで体幹を固めることが出来るようにトレーニングする。

日常動作だけだったら、そこまで強く体幹を固める必要はない。物を持ち上げるときにフッと力が抜けてぎっくり腰にならないように、意識せず自動的に適切なタイミングで体幹の筋肉が働くようにトレーニングすると良いだろう。重たいバーベルでスクワットやデッドリフトを行うなら、せん断方向と圧縮方向の強い力がかかる時に体幹をガチガチに固められるようトレーニングする。野球やゴルフなどねじりの動作があるスポーツを行うなら、捻り方向に力がかかったときにも体幹が固まるようトレーニングする。

トレーニングの順序としては、まずは股関節や肩関節などを動かさず、外部からの負荷もかけない状態で体幹を固める練習をする。それからこの状態を保ったまま肩関節や股関節を動かし、徐々に動作を複雑にし、かける負荷を強くしていく。



★体幹を固める練習
PRIなど姿勢系の分野でキャニスターポジションと呼ばれる姿勢を作れるようにする。競技によっては腰を反ったり丸めたりしたほうが競技パフォーマンスの面で良いケースもあるけど、ほとんどの人にとっては腰椎ニュートラルが効率的な身体動作の面でも腰の健康の面でもメリットがあるので、腰椎ニュートラルで体幹を固める方法を書いていく。

キャニスターは蓋のある密閉容器のことだけど、個人的にあまり馴染みがないので海苔の缶で例え話を書きます。海苔の缶の蓋をまっすぐ下ろしていくと、缶の中で空気がパンパンになる感じがする。これと同じように、骨盤に肋骨を真っ直ぐ下ろして蓋をするイメージで姿勢を作ると、腹圧がパンパンになって体幹が固まる。正確には横隔膜と骨盤底を平行にして真っ直ぐ下ろして蓋をするのだけど、横隔膜と骨盤底の身体イメージを持つのは困難なので、肋骨で骨盤に蓋をするイメージで良いと思う。

今回説明する体幹を固めるエクササイズが主に向いているのは、腰が過度に反っているタイプの人。熱心にトレーニングをしていたり、背筋をぴんと伸ばした姿勢で長時間座っていたりするとこうなりやすい。他のパターン、例えば腰がフラットになっているケースだとまた別のアプローチが向いているかもしれない(ただ腰がフラットだとすでにウェイトトレーニングで怪我をしている可能性が高いので、この記事を読む人にはそのケースはほとんどいないと思う)。


自分がどのような姿勢になっているのか知るには、能力の高い専門家による正確なアセスメントが一番良いのだけど、自己診断するなら、
・固い床に仰向けに寝ると、背中が反って腰の部分にかなりスペースが出来る、後頭部を床につけると肋骨が上方に突き出る。
・太っているわけではないが、直立姿勢になると下腹部がぽっこり前に出る。
・腰を反ると腰が痛い。
・自重で踵とお尻をぺったりとつけて座り込むフルボトムスクワットのポジションが出来ない。
このような状態だと、骨盤が前傾して、腰が反っていると思われる。

骨盤が前傾して腰が反っていると、以下のような症状が出やすい。
・股関節を深く曲げた時に腿の前側の付け根(鼠径部)が痛む。
・腰が張ったり、痛くなったりする。
・デッドリフト系のエクササイズをやると、ハムストリングスが伸び過ぎてハムストリングスが痛む。
・スクワットやデッドリフトで膝が内側によれやすく、膝が痛くなる。

骨盤の前傾を修正し、体幹を意識して固めるエクササイズは、ウォームアップの段階で行う。アラインメントの調整や、スタビライザーへの刺激はウォームアップでやったほうが良い。ウェイトやケーブルマシンを使って本格的に体幹に負荷をかけるエクササイズは、トレーニング本番で行う。

関連記事:ストレッチとウォームアップ


◇◇◇ステップ1◇◇◇
骨盤が前傾した状態で固まってしまっている場合は、まず骨盤が動くようにする。

関連記事:骨盤の前傾の矯正

a) 腰椎を曲げ、脊柱起立筋を伸ばし、骨盤を後傾させよう。強い負荷をかけて腰椎を曲げ伸ばしするのは腰に悪いけど、負荷をかけない状態で軽く曲げ伸ばしするのは腰に良い。motion is lotion!(関節は適度に動かすと関節の健康に良い)。

背中が強く反っている人は、この背中のストレッチをやっておくと良い。

関連記事:背中のストレッチ

キャットキャメル。息を吐き出しながら背中を丸める。背骨の可動域の限界を攻めないこと。腰椎を曲げて、骨盤が後傾できるようにすれば良い。
動画:RTS Coaching: The Cat-Camel

b) 股関節の屈筋を伸ばす。脛が地面と並行だと股関節の単関節筋(腸腰筋)が主に伸びる。足首を持ち上げると、膝と股関節の二関節筋(大腿直筋)が伸びやすくなる。両方やろう。コツは前後にグイグイ動いたりせず、腰を反らないように注意し、殿筋に力を入れ、恥骨をクイッと上に向ける感じでやる。


c) 広背筋を伸ばす
デッドリフトや懸垂など背中のトレーニングを熱心にやる人は広背筋もストレッチしておくと良い。適当なものに掴まって、体重を後ろにかけて伸ばすのが手軽。肩関節だけ伸ばすのではなくて、肩甲骨も一緒に引っ張られる感じにすると良い。

動画:Best Lat Stretch EVER!


◇◇◇ステップ2◇◇◇
体幹を固める練習を行う。

寝転んで膝と股関節を90度に曲げて、足を壁につけるか椅子に乗せるかして、膝の間にフォームローラーなど適当なものを挟んで、踵を下方向に軽く押して、臀筋とハムストリングスと内転筋に軽く力を入れて尾てい骨を少し浮かせて、腰の部分がぺったり床につくようにする。首には力を入れない。首が辛い場合は、後頭部の下に数センチの厚みのものを置いて枕にする。腕はやりやすい位置に置いておく。顔の上あたりに伸ばしておいたり、手のひらを膝に軽く乗せたりするのも良いだろう。



ニュートラルポジションよりも骨盤が後傾して、腰椎がフラットになるが、このエクササイズはこれで大丈夫。その状態で、鼻から息を吸って、口から息を深く吐き出す。目安としては、吸い込む息の量は限界の75%程度、吐き出す息の量は限界100%。3-4秒かけて吸い込んで、5-8秒かけて吐き出して、吐ききった状態で2-3秒止める。これを4-5回繰り返す。

腹直筋だけでなく腹斜筋のあたりも締まり肋骨がタイトになればOK。鏡や窓ガラスに顔を近づけて、「はー」と息を吐きかけて曇らせるイメージでやると感覚を掴みやすい。クランチのように上半身を丸めないこと。海苔の缶の例えだと、腹直筋だけでなくお腹周り360°を筋肉の壁で固めることで、腹圧を高め体幹を強く固めることが出来る。息を吸って深く吐き出すのを何回か繰り返して練習する。

吸って吐く動作に慣れてきたら、今度は体幹を締めた状態をキープしながら、ある程度息を吸ってお腹に空気を入れる。この時、息を止めたまま全力で叫ぼうとすると腹圧が高まる感覚を掴める。この腹圧を高めた状態で息を止め、上の歯と下の歯をあわせて、舌を口蓋(口の中の上の部分)にベタッと押し付けると、体幹を非常に強く固めることが出来る。スクワットやデッドリフトなどガチガチに体幹を固める際は、このやり方で体幹を強く固めると良い。

動画:90-90 Breathing Drill


動画:90/90 Hip Lift | Melbourne Strength Culture Tutorial


このエクササイズで体幹を固めることができるようになったら、目的に応じて股関節や肩関節を動かし、動かす関節の数を徐々に増やし、負荷を上げていく。下半身だったら、最初は股関節だけで、次に股関節と膝関節といった具合に、動作の複雑性を上げていく。負荷も最初は軽い負荷で、慣れてきたら徐々に上げていく。



★目的に応じた体幹トレーニング
アラインメント調整や体幹を固める練習をやったら、目的に応じた体幹トレーニングへ。目的の数だけエクササイズの種類はあると思うけど、ざっと例を挙げていく。基本的な考え方を理解すれば、自分で効果的なエクササイズを選んだり、新たに作り出したり出来る。

例1) 日常動作で元気に動きたい。ぎっくり腰になりたくない。
軽めの負荷でスクワットとデッドリフトの動きをやっておくと良い。スクワットはゴブレットスクワットがおすすめ。バーベルバックスクワットは体幹を固めるのが難しいので、重い重量を必要としないなら無理にやる必要はない。

関連記事:バックスクワットでのバーベルの担ぎ方


関連記事:butt winkの話


デッドリフトは股関節の使い方だけでなく、低い位置のものを持ち上げるときにタイミング良く体幹を固める練習も大事なので、ルーマニアンデッドリフトのような「エキセントリック→コンセントリック」のパターンと、床に置いたバーベルやダンベルを持ち上げ、1レップごとに床に置いて、一旦直立姿勢に戻りまた床から持ち上げる「最初からコンセントリック」のパターンの両方をやると良い。

・ゴブレットスクワット

・ダンベルデッドリフト



例2)バーベルを使ったスクワットやデッドリフト
背中を反らないスクワットとデッドリフトの動きを一から学ぶ場合は、息を吐ききった状態で息を止め体幹を固め、非常に軽い負荷をかけながらルーマニアンデッドリフトやゴブレットスクワットをしてみると良い。腰を反って背中で重量を受け止めるのではなく、大腿四頭筋、殿筋、ハムストリングス、内転筋などで負荷を受け止め、体幹は固い筒になるのをイメージする。1レップごと直立時に息継ぎをする。腹圧が弱くなっているので、必ず非常に軽い負荷でゆっくり行うこと。慣れてきたら、息をお腹に吸い込んだ状態で同様に体幹を固めて腹圧をかけ、バーベルの重量を上げていく。

前半が腰を反りすぎのデッドリフトの例。後半が腰を反らないデッドリフトの例。後半のやり方のほうが良い。
動画:over driving erectors on deadlift


腰を反らず最短距離でバーベルを挙げ、最小の動きで直立姿勢になる。
動画:Simple Tip For Better Lifting | Plymouth Back Pain Experts


デッドリフトのロックアウトの動きはヒップスラストと同じなので、ヒップスラストをやると良い練習になる。ヒップスラストは無理に重たい重量でやると腰を反って無理やり挙げるので、軽めの重量で股関節のみをバシンとロックアウトするよう意識すると良い。

関連記事:ヒップスラストのやり方


関連記事:デッドリフトのやり方



例3)プッシュ・プレス動作の体幹トレーニング
プル動作での体幹トレーニグはデッドリフトで手軽に出来るけど、プッシュ・プレス時の体幹トレーニグは負荷の調整と手軽さの面で結構難しい。

手軽に出来るのは bear crawlかな。ケーブルマシンでプッシュ動作をするのも良いと思う。

強い負荷をかけるならシンプルにソリを押すトレーニングが良いだろう。アメフトやラグビーといった競技をするならこのようなトレーニグが効果的。


例4)横方向の体幹トレーニグ
サイドベントのように体幹を動かすのではなく、体幹を固めながら横方向の力を加えるのが良い。手軽に出来るのはサイドブリッジ(サイドプランク)。



やり方を少し変えることで負荷を上げることも出来る。

動画:EricCressey.com: 1-leg Side Bridge, Top Leg on Bench

動画:EricCressey.com: Side Bridge with Top Leg March



例5) 捻り動作の体幹トレーニング
ケーブルマシンが負荷を調整しやすくて使いやすいと思う。捻りの動きを生み出すのは、股関節や胸椎や肩関節で、体幹(腰椎)は捻らない。

動画:Half-Kneeling Chop/Lift | Core Stability | Controlled Rotation


動画:Band Half Kneeling Pallof Press


あとはメディシンボール投げとか。




★ベルト
体幹トレーニングの際はリフティングベルトはしないほうが良いと思う。体幹の筋肉の力の入り方が微妙に変わってくるし、日常動作や多くの競技ではベルトはしないで動作を行う。スクワットやデッドリフトでとにかく重たい重量を挙げたいなら、多くの人はベルトをしたほうがより重い重量を挙げられるので、したほうが良いだろう。




★見た目問題
腹直筋の見た目を良くするにはクランチ系をやるのが手っ取り早いので、ボディメイクの観点では少しは腹筋運動的なエクササイズをやっておくのもありだと思う。肩周り(三角筋や大胸筋)のトレーニングもそうなんだけど、ベンチプレスや三角筋のアイソレート種目や腹筋運動は、機能的な身体動作と怪我リスクの面ではデメリットがあるが、見た目重視の筋肉を筋肥大させるには効果的。個人的にはこんな感じの腹筋マシンが腰に負担をかけず、腹直筋の中部上部を収縮させられる。

10/25/2019

パワーリフターの骨格

筋肉が太ければ重い重量を持ち上げられる。そのためパワーリフティングの選手は筋肉量は多いし、腕や脚の周径は太い。しかし趣味でトレーニングしている人に比べると、パワーリフティングの選手は非常に重いバーベル、時には数倍の重量を持ち上げることが出来る。なぜそれほど重量に差が出るのか、筋肉以外にも要因があるのではないかと思い、彼らの骨にはどのような特徴があるのかと調べてみたら、いくつか面白いことがわかった。なぜ骨を調べるのかと言うと、骨格はバーベルを持ち上げるときのレバレッジや挙上距離に関係するから。

パワーリフターの骨格について調べている3つの研究が見つかったので、順に見ていく。全身の筋肉量や腕・脚の周径のデータもあるけど、標準体型に比べて筋肉量は多く、腕や脚は太いという当たり前の結果なのでそこは省いて、骨についてのデータを見ていく。


★予備知識 Zp-scoreについて
身体が大きければ、それだけ骨は太くて長くなる。背の高い人と背の低い人の身体測定の絶対値を比べてもあまり意味はない。従って、標準的なバランスの体型と比べて、身体測定の各項目がどれだけ逸脱しているかを示す、Zp-scoreという指標を使って見ていく。

多くの人の身体測定データから作ったPhantomという男女合わせた人間の標準体型みたいなデータがあって、それと比較してどうなのかを示したのがZp-score。Z-scoreのPhantom参照という意味。

身長の影響を考慮していて、例えばAさんの身長が160cmで大腿骨の太さが10cm、Bさんの身長が176cmで大腿骨の太さが11cmだった場合、二人の大腿骨のZp-scoreは同じになる。

Zp-scoreは0が平均で、標準偏差が1。数字が大きくなるほど平均を上回ることを示す。数字がマイナスだと平均を下回ることを示す。正規分布に従う場合、出現確率はZp-scoreが1以上が上位16%、2以上が上位2.3%、3以上が上位0.13%、4以上が上位0.0032%となる。

偏差値に例えて書くと、偏差値は平均が50で標準偏差が10なので、Zp-score0が偏差値50、1が偏差値60、2が偏差値70、3が偏差値80、4が偏差値90となる。

測定方法の一例。大腿骨の幅は以下のように測定。膝のすぐ上の骨の幅。
 動画:Epicondylar Femur Width (Breadth) Measurement
https://www.youtube.com/watch?v=gLSniqEX3n8

上腕骨の幅は以下のように測定。肘のすぐ上の骨の幅。
動画:Epicondylar Humerus Width (Breadth) Measurement
https://www.youtube.com/watch?v=lyjVA9d6hQ8

測定箇所のPhantomデータがあれば、Zp-scoreを計算できる。計算方法は、Phantom身長とその人の身長の比で測定箇所の数値を調整して、Phantom平均で引いてから、Phantom標準偏差で割る。





★研究1
(1)Anthropometric dimension of male powerlifters of varying body mass
https://www.researchgate.net/publication/6053231_Anthropometric_dimension_of_male_powerlifters_of_varying_body_mass

被験者はニュージーランドでの国際大会とニュージーランドの全国大会の参加者で全て男性。

各階級の被験者を軽量級(Lightweights)、中量級(Middleweights)、重量級(Heavyweights)の3つにグループ分けして分析。

軽量級:75kg級以下
中量級:82.5kg級、90kg級、100kg級
重量級:110kg級以上

軽量級平均:身長163.0cm、体重68.9kg
中量級平均:身長174.7cm、体重87.7kg
重量級平均:身長174.7cm、体重121.9kg

被験者は非常に高いレベルのパワーリフター
- 世界大会出場経験者が6名
- オセアニア大会出場経験者が35名
- ニュージーランド全国大会出場経験者が10名
- ニュージーランド地区大会出場経験者が3名

以下の図は、骨の太さと腕・脚の長さのZp-score。正規分布に従うなら、Zp-scoreが2で100人に2人くらいの出現確率。Zp-scoreが4だと10万人に3人といったレベルなので、重量級の選手は規格外の骨格の太さや厚みを持っている。






★研究2
(2)To what extent does sexual dimorphism exist in competitive powerlifters?
https://www.researchgate.net/publication/5577046_To_what_extent_does_sexual_dimorphism_exist_in_competitive_powerlifters

(1)の研究と同じ研究者によるもの。被験者はオーストラリアの全国大会とニュージーランドでの国際大会の参加者。男女分けて分析。女性14名、男性54名。

女性被験者平均:身長159.9cm、体重65.1kg
男性被験者平均:身長172.9cm、体重94.2kg



★研究3
(3)Anthropometric profile of powerlifters: Differences as a function of bodyweight class and competitive success
https://www.researchgate.net/publication/271331626_Anthropometric_profile_of_powerlifters_Differences_as_a_function_of_bodyweight_class_and_competitive_success

被験者はアルゼンチンの全国大会の参加者で全て男性。階級は56kg級から125kg超級まで。

各階級の勝者(Winners)と、それ以外(Non-winners)でデータを分けて分析している。




★パワーリフターの骨格の特徴
3つの研究の結果をまとめると、
・男性重量級は骨格の太さ・幅が規格外。
・男性中量級・軽量級と女性選手は骨の太さと幅が似通っている。ただ上腕骨の幅と肩幅は男性中量級・軽量級のほうが太い。
・胸の厚みは男性選手も女性選手もかなり厚みがある。
・男性重量級以外は、大腿骨の太さはそれほど太くはない。常人離れしたスクワット重量を考えると意外。
・腕や脚の長さは、重量級も軽量級も、男性選手も女性選手も標準体型のバランスに近い。パワーリフターは腕や脚が短いわけではない。むしろ前腕は長め。



★考察
<骨の太さ>
パワーリフターの骨は太い。特に上半身が太くて幅がある。骨が太いとパワーリフティングで有利な点は、まず筋肉量の遺伝的限界が高いこと。遺伝的限界まで鍛え続けた場合、多くの男性は、「筋肉:骨=5:1(重量比)」になる(女性は4:1)。骨が太くて骨量が多ければ、それだけ筋肉を多く付けることが出来る。筋繊維の単位面積当たりの筋力には個人差があるが、筋肉が太ければそれだけ強い筋力を出せる。

(3)の研究のデータを見ると、75kg級~100kg級では筋肉と骨の比率(Muscle to Bone ratio)は5.0付近になっている。この辺の階級の選手は、生まれ持ったポテンシャルの限界近くまで筋肉を発達させていると考えられる。重量級は選手数が少なく、また測定精度の問題もあって、数値がばらついている。軽量級は、競技歴が短く筋肉が発達しきっていないのか、意図的に筋肉量を抑えて階級を下げているのかわからないが、筋肉と骨の比率は低めになっている。

骨が太いとパワーリフティングで有利になるもう一つの点は、腱の付着点が関節の回転軸から遠くなりやすいので、レバレッジ(てこ比)の点で強い筋力を発揮しやすいこと。レバレッジには、骨の長さと骨の太さの両方が関係する。詳しくは以下の記事を参考に。

参考記事:力持ちの身体的特徴

胸の厚みがかなりあるのは、ベンチプレスで有利になるからだろう。挙上距離が短くなるだけでなく、強い筋力を発揮しやすいレンジで動作を行うことが出来る。

男性選手の上腕骨はかなり太い。上腕骨が太くてベンチプレスが有利になるのと、大腿骨が太くてスクワットが有利になるのとでは、後者のほうがトータルの記録は伸びそうな気がするのだがそうはなっていない。テープで周径を測ったデータ(筋肉の太さも含まれる)でも、大腿部の太さが極端に太いわけではない。

男性重量級を除けば、男女とも大腿骨はそれほど太くはない。脚が極端に太くないのは、脚の筋力ももちろん大事だけど、ロウバースクワットとデッドリフトだと股関節の筋力と背中が耐えられるかどうかが重要だからかもしれない。また脚の骨が太くなるとそれだけ体重が重くなるので、体重制限がある場合は、このくらいの大腿骨の太さがもっともパフォーマンスがよくなるのかもしれない。

もしくは、男女の骨格差は上半身で顕著なので、内分泌系かなにかわからないけど骨格の発達に影響する因子が極めて男性型の人は、上半身の骨格全体が太く厚みのあるものになるが、下半身の骨格にはあまり影響が無いのかもしれない。


<腕と脚の長さ>
パワーリフターの腕や脚の長さは、標準体型のバランスに近く、前腕が長めの傾向がある。体重が重くても軽くても、女性でも男性でも、同じような腕と脚の長さのバランスになっている。

各種目に有利な腕と脚の長さを考えてみると、

・スクワット:太腿が短いほうが股関節とバーベルの水平距離が短くなるので有利。脛の長さはたぶん関係ない。
・ベンチプレス:上腕が短いほうが肩関節と手の距離が短くなるので有利。前腕が短いほうが挙上距離が短くなるので有利。
・デッドリフト:上腕も前腕も長いほうが有利。太腿が短いほうが股関節とバーベルの水平距離が短くなるので有利。コンベンショナルでは脛が長いほうが股関節の位置が高くなり、股関節とバーベルの水平距離が短くなり、また膝関節をより伸ばした状態でスタート出来るので有利。それと股関節の位置が高いと、スタート時にハムストリングスと広背筋が適度に伸ばされて力が入れやすくて有利だと思う。スモウも太腿が短いほうが有利。スモウの脛は・・・ちょっとよくわからない。横から見た場合、スモウは脛が垂直に近くなるので、この場合は脛が短いほうが有利かもしれない。

各種目で有利になる腕や脚の長さは違っているので、3種目トータルで記録を出せる人は、ほぼ標準体型のバランスの腕と脚の長さになるのだろう。前腕が長めなのは、ベンチプレスで少し不利になってもデッドリフトでの有利さが勝るのだと思う。上腕が長くなるとベンチプレスはレバレッジが不利になるが、前腕なら挙上距離が少し長くなるだけでデメリットが小さい。太腿は短くてもデメリットは無いと思うが、(1)と(2)の研究では太腿は短くなっていない。各部位全てで都合の良いパラメータを引くのは確率的に非常に稀だということだろうか。

デッドリフトがコンベンショナルとして、3種目で記録を出すのに力学的に理想の体型は、「上腕が短くて前腕が長い、太腿が短くて脛が長い」だと思う。(3)の勝者グループがまさにこの体型になっている。


ちなみにこのようなことを調べて何の役に立つのかと言うと、まず第一に競技に向いている人の発掘で、論文にも研究実施の背景として書かれている。あとは、中量級と重量級の中間ぐらいの体重の人が、どの階級で競技を行うか判断する際にも役立つかもしれない。骨格を調べて重量級で戦えるくらいの太さなら、重量級を選ぶと良いだろう。



★他の競技の骨格データ
競技によって骨格が様々で興味深い。ただ多くのスポーツは要求される要素が多くて、チームスポーツだったら、ポジション毎に特徴が異なるだろうし、筋肉の質(持久力・瞬発力)、全身持久力、速さの質(スピード、クイックネス、アジリティ)、動体視力、空間認識能力、ボールの軌道をシミュレートする能力など、競技によって様々な能力が必要になると思われ、骨格のみで才能を発掘することは難しいだろう。

ブラジリアン柔術:Anthropometric Characteristics of Top-Class Brazilian Jiu Jitsu Athletes: Role of Fighting Style
http://www.intjmorphol.com/wp-content/uploads/2015/06/art_48_323.pdf

水球:Anthropometric changes in elite male water polo players: Survey in 1980 and 1995
https://www.researchgate.net/publication/8600662_Anthropometric_changes_in_elite_male_water_polo_players_Survey_in_1980_and_1995

合気道:Anthropometric Characteristics and Body Composition in Aikido Practitioners
https://scielo.conicyt.cl/scielo.php?script=sci_arttext&pid=S0717-95022016000200001

ボディビルダー:Body composition, somatotype and proporcionality of elite bodybuilders in Brazil*
http://www.scielo.br/scielo.php?pid=S1517-86922003000600005&script=sci_arttext&tlng=en

9/26/2019

筋肥大研究の見方

一般的に筋肥大研究のイメージは、「レジスタンストレーニングを続けると、筋繊維内の筋原線維に筋節が付着することで筋繊維が太くなる。超音波や電磁波を用いて筋肉の厚みや断面積を測定したり、微量の筋肉組織を採取して筋繊維の断面積を測定したりすることで、筋肥大がどれだけ起こったかを計測することができる」

筋肥大の測定の難しさを具体的に見ていくと、現実はそれほどシンプルではないことがわかる。以下の論文を参考にして、筋肥大の様々な測定方法の留意点や問題点、筋肥大研究を評価する際に考慮することを書いてみたい。

A Critical Evaluation of the Biological Construct Skeletal Muscle Hypertrophy: Size Matters but So Does the Measurement
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphys.2019.00247/full


★筋肉の構造
筋肉の構造を階層化して書くと、以下のようになる。

筋外膜に包まれた筋肉
- 筋周膜と筋内膜に包まれた筋繊維の束(筋束)
-- 筋繊維内の筋原線維、ミトコンドリア、筋小胞体、T管、グリコーゲン、トリグリセリド
--- 筋原線維を構成する筋節
---- 筋節を構成するアクチン、ミオシンなどのタンパク質 

筋繊維内の組織の役割を大雑把に分けると、
a) 筋原線維は収縮することにより筋力を発揮する。
b) ミトコンドリアや筋小胞体など筋原線維以外の部分は、ATPの供給やイオン輸送により筋原線維が収縮と弛緩を繰り返すのをサポートする。

理屈の上では、
a) 短い時間の強い筋力発揮を続けると、筋原線維が肥大する。
b) 持久運動(筋原線維の持続的な収縮と弛緩)を続けると、筋繊維内のサポート部分が肥大する。(組織の肥大およびグリコーゲンやトリグリセリドの貯蔵量の増加)

ただ、これを直接調べた研究は現時点では乏しく、ヒト対象の研究で継続的なレジスタンストレーニングにより筋原線維の筋節が増加したことを明確に示すエビデンスはまだ無い。除脂肪量、四肢の周径、CTなどの方法は、筋肉全体が肥大ことは示せても、筋肉のどの部分が肥大したかはわからない。

筋肉組織を採取し筋原線維のタンパク質量が増えたかを調べる(例えばミオシン濃度の変化などを調べる)研究があるのだけどまだ数が少なく、また通常は被験者にとって新たな刺激となるトレーニングを数カ月間行う実験デザインなので、その場合は筋繊維のダメージの修復やミトコンドリアや筋小胞体などサポート部分の強化によるトレーニングキャパシティの増大が初期段階として起こり、筋原線維の肥大はその後起こる可能性がある。そのため、数カ月間しか行わない研究では筋原線維タンパク質の増加は示されにくいかもしれない。

ただ長期間のレジスタンストレーニングにより、筋肉が大きく肥大し筋力が大きく増加するのは事実なので、筋原線維の肥大は起こるはずではある。




★筋肉の組成
主に水分、タンパク質、貯蔵エネルギー源(グリコーゲン、トリグリセリド)から組成される。筋肉全体で見れば、筋細胞内のタンパク質は15%程度。筋細胞内のタンパク質のうち筋原線維のタンパク質は60-70%程度。


★筋肥大の測定方法と問題点
筋肥大の測定方法は、大きく分けてマクロレベル、ミクロレベル、分子レベルの3つがある。マクロレベルは非侵襲的な方法で、除脂肪量や筋肉の太さを調べることができる。ミクロレベルは筋肉組織を採取し、筋肉を構成する筋繊維の太さを調べることができる。分子レベルは筋肉組織を採取し、筋細胞の各組織を構成するタンパク質の濃度を調べることが出来る。


・マクロレベル
- 全身の除脂肪量を測定する各方法:水中体重秤量法、空気置換法、生体電気インピーダンス法、二重エネルギーX線吸収法(DXA)など。除脂肪量イコール骨格筋ではない点に注意。
- 超音波で測定する方法:変化を測定できるのは筋肉の特定の箇所の厚み(1次元)に限られる。筋肉の幅や長さの変化はわからない。また機器使用者のスキルによって測定値に差がでやすい(例えば皮膚にどれくらいの圧力で押し付けながら測定するかで測定される厚みが変わってくる)。測定箇所を少しずつずらし、得られたデータをつなぎ合わせることで2次元、3次元のデータを作る方法もある。
- EFOV超音波:少しずつずらして通常の超音波計測を行い、それを繋ぎ合わせて筋肉の断面画像(2次元)を得ることができる。
- 3次元超音波:2次元超音波検査と位置トラッキングシステムを組み合わせることで、筋肉の3次元モデルを得ることが出来る。今後有望な測定方法。
- 二重エネルギーX線吸収法(DXA):全身だけでなく、腕や脚といった部位ごとの測定もできる。体脂肪と骨と筋肉を分けて測定することはできるが、筋肉の部位を分けて測定することはできない(例えば外側広筋と大腿直筋の区別は出来ない)。また身体の保水量の影響を受けやすく、食前と食後で測定結果が大きく変わる。最近では、生体電気インピーダンス分光法を組み合わせることで、水分量の変化を除いた除脂肪量変化を推測する方法も出てきている。
- CT:人体の断面のスキャン画像(2次元)を得ることができる。手動で皮下脂肪、筋肉、各筋肉の部位を分けて、それぞれの面積を算出する。短所は、放射線への暴露と費用が高いこと。
- pQCT:CTと同じように断面画像を得られる。筋肉内の脂質の濃度も測定することができる。
- MRI:高い解像度で筋肉の断面画像を得ることができる。誤差の小さい信頼性の高い計測方法だが、費用も高く筋肥大研究で使われることは稀。少しずつずらして撮影した断面画像のデータから、筋肉の部位ごとの体積を求めることも出来る。

マクロレベルの測定方法に共通する問題点は、測定誤差や水分量の変化に対して変化量が小さいこと。一般的にこれらの測定方法では、数カ月の実験期間で一桁%しか変化しない。そのため有意差も出にくい。また筋肉内のトリグリセリドや水分やグリコーゲンの変化、筋繊維内のどの組織(筋原線維や筋小胞体)が肥大したのかわからない。


・ミクロレベル
注射器の針みたいな器具を筋肉に突き刺し、微量の筋肉組織を採取して、凍らして薄切りして着色処理などをして顕微鏡で拡大し筋繊維の断面積を調べる。数ヶ月のトレーニングで筋繊維の断面積が20-30%増加することもある。

注意点は、全く同じ筋繊維を二度採取することは出来ないこと。近い部分の筋繊維は平均断面積が同じだろうという仮定に基づいている。また筋肉は3次元の物体で、例えばレッグプレスを続けたことによる外側広筋の肥大は、場所によって肥大の仕方は異なると思われるが、この計測方法では組織を採取した一箇所の変化しか測定できない。また水分やグリコーゲン貯蔵量の変化による断面積変化と、筋原線維の変化による断面積変化と、筋小胞体やミトコンドリアの変化による断面積を区別できない。筋肉組織の処理や測定手順が研究によって異なり、具体的な手順が論文に詳しく書かれていないことも多いので、研究間の数値の比較は困難。


・分子レベル
微量の筋肉組織を採取して、筋繊維内の各組織を構成するタンパク質がどれくらい含まれているか、それぞれのタンパク質の濃度がトレーニングによって変化するかを調べることで、筋繊維内の筋原線維や筋小胞体やミトコンドリアのどの組織が肥大したのかを推測する。研究によって結果がまちまちで、数ヶ月のトレーニングで筋原線維のタンパク質濃度が80%増加したものもあれば、変わらなかったものもあり、逆に濃度が低下した研究もある。

筋原線維のタンパク質の濃度変化は、筋原線維以外の組織や水分の変化との相対的なものなので、筋肉全体で見て筋原線維の絶対量が増えていても、その他の部分のほうがより増えていれば濃度は低下する。


★各レベルの測定方法の結果が一致するか
同一の実験で、被験者をマクロレベル、ミクロレベル、分子レベルでそれぞれ測定すると、それぞれのレベルの結果が一致しないことも多い。DXAでは除脂肪量が数%増加、筋繊維の断面積は数十%増加、筋原線維のタンパク質濃度は低下、といった研究もある。



★筋肥大の質
筋肥大が起きたとして、筋肉のどの組織、どの成分が増加しているのか。肥大する組織を大きく3つに分けて考える。

・結合組織の肥大
細胞外基質の増加。

・筋形質の肥大
筋細胞内の筋原線維以外の部分、具体的には筋鞘や筋形質(ミトコンドリア、筋小胞体、T管、酵素など)の増加。

・筋原線維の肥大
筋肉の収縮部分である筋原線維の肥大。



★測定誤差
この論文著者の研究室で、測定誤差ではないだろうと言える変化率を測定方法ごとに求めている。以下の表で、右端の変化率(95% CI)を上回ると測定誤差ではないだろうと言える。例えば、DXAの除脂肪量測定では、トレーニング前後で除脂肪量が1.81%以上増加すると、測定誤差ではなさそうと言えることになる。この研究室でのデータを使って求めた数値なので、他の研究にそのまま適用できるわけではないけど、測定方法ごとにどれくらい測定誤差の影響があるのか目安になる。(私は統計に詳しくないですが、たぶんこういうことをやって数値を出している)





★信頼性の高い筋肥大研究はどういうものか
a) 被験者数が多い
レジスタンストレーニングに対する筋肥大の反応は個人差が大きいので、その影響を小さくするために被験者数は多いほうが良い。実験途中でグループを入れ替えるクロスオーバー手法や、被験者の右脚と左脚でそれぞれ異なるトレーニング方法を割り当て、利き脚振り分けをランダム化することで筋肥大反応の個人差をなくす方法もある。

b)実験期間が長い
測定誤差の影響があるので、実験期間をなるべく長くして、筋肉の断面積や筋繊維の太さの変化率が大きくなっていると良い。

c) 複数の計測方法を採用している
ミクロレベルとマクロレベルの両方があると良い。例えば、CTなどで筋肉の断面積変化を調べ、それに加えて筋肉組織の採取により筋繊維の断面積変化を調べ、それぞれの結果で筋肥大が示されていると、研究結果の信頼性が高まる。分子レベルの計測方法については今のところ採用が限られているし、測定するのは濃度変化で絶対量の変化ではないので解釈が難しい。ただ分子レベルの計測方法の精度が上がり、トレーニングの種類と筋細胞内組織の反応に一貫した関連性が示されていくと面白い。例えばストレングスが重要な階級制競技の選手の場合、なるべく体重を増やさずに筋力を上げたいので、筋原線維が優先的に肥大するトレーニングを行いたい。

d) 水分量の変化を考慮している
上述のようにDXAに生体電気インピーダンス分光法を組み合わせることで水分変化を除いた除脂肪量の変化を求める方法を採用していると信頼性が高まる。また、トレーニングを始めると筋肉への水分の引き込み(浮腫)により筋肉が太くなるので、これを考慮した測定タイミングにしていると水分量変化の影響を抑えやすい。例えば、トレーニング開始して1,2週間後に測定して、数ヶ月のトレーニング実施後に測定するといったやり方や、トレーニング開始直前に測定して、トレーニング終了後一週間くらい経って浮腫が抜けてから測定といったやり方が考えられる。またマクロレベルの除脂肪量測定だと食事の影響も大きく、グリコーゲンの貯蔵具合も影響するので、1日のうちで同じタイミング(食後◯時間)で測定すると良いだろう。

8/28/2019

効果が頭打ちになるトレーニングボリュームの研究

★背景
トレーニングボリュームとトレーニング効果の関係は逆U字型になると言われている。ある程度までは、ボリュームを増やすとトレーニング効果も上がる。そのままボリュームを増やしていくと効果が頭打ちになり、さらに増やすとトレーニング効果が小さくなっていき、さらにボリュームを増やすとトレーニング効果がマイナス(筋肉量が減ったり筋力が低下したりする)になる。


具体的にどの程度のトレーニングボリュームで頭打ちになり、どの程度のトレーニングボリュームでトレーニング効果が低下していくのか。ここ数年でトレーニング歴のある被験者を対象としたボリューム関連の研究が増えてきたのでまとめてみた。今回の観点は、「1回のトレーニングセッションにおける部位あたりのボリューム上限」。



★低ボリュームと高ボリュームの効果を比較した研究
(1)Evidence of a Ceiling Effect for Training Volume in Muscle Hypertrophy and Strength in Trained Men - Less is More?
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31188644

被験者:若い男性。ベンチプレス10RMが100kg弱。
グループ分け:5セット、10セット、15セット、20セット
実験期間:24週間
追い込み度:全セット限界まで

トレーニング内容:週3回トレーニングを行う。部位ごとに見ると週1回ペース。

<結果>



ストレングス:ベンチプレス、レッグプレス、ラットプルダウン、スティッフレッグドデッドリフトの10RMの伸びは、5セットグループと10セットグループがほぼ全ての種目で、15セットグループと20セットグループを上回った。

筋肥大:有意差なしだが24週時点では5セットグループと10セットグループが優位な傾向。15セットグループと20セットグループは12週時点から24週時点の比較で筋肉の厚みが減っている傾向。

ストレングスの伸びも筋肥大も、5セットと10セットグループが最も良い結果となっている。15セットと20セットグループはトレーニング効果が低下していて、トレーニングボリュームが過多だったと考えられる。

この研究は他の研究に比べてかなり綺麗な結果が出ている。この研究グループは、女性を対象とした同じデザインの研究も行っていて、そちらも同様に綺麗な結果が出ている。この手の研究は結果がばらつくことが多いので、結果が綺麗すぎる気もする。

気になる点は、上半身種目は既にこれだけの重量を扱えるのに、24週間でかなりストレングスが伸びていること。被験者の平均体重は80kg台前半なのだけど、1RM換算でのベンチプレス約130kgが半年で約160kgになっている。5セット週1回(ベンチプレス自体のセット数は2セット)で、このような高レベルの人のベンチプレスがこれほど伸びるのは普通のことなのだろうか?

※2020年7月21日追記
この研究者(Matheus Barbalho)は複数の研究でデータの捏造っぽいことをやっている可能性が高いので、この研究の結果は考慮に入れないことにする。

Improbable Data Patterns in the Work of Barbalho et al: An Explainer
https://www.strongerbyscience.com/barbalho/?ck_subscriber_id=699589358


(2)Dose-Response of Weekly Resistance Training Volume and Frequency on Muscular Adaptations in Trained Males.
https://research.birmingham.ac.uk/portal/files/54153731/Heaselgrave_et_al_Dose_response_of_weekly_International_Journal_Sports_Physiology_and_Performance_2018.pdf

被験者:若い男性。トレーニング歴あり。
期間:6週間
グループ分け:低ボリューム、中ボリューム、高ボリューム
追い込み度:10-12レップで、限界まで2レップ残し。

トレーニング内容:
a)低ボリュームグループ
週1回トレーニングで、アームカール3セット、ベントオーバーロー3セット、プルダウン3セット
b)中ボリュームグループ
週2回トレーニングで、両日ともアームカール3セット、ベントオーバーロー3セット、プルダウン3セット
c)高ボリュームグループ
週2回トレーニングで、アームカール5セットor4セット、ベントオーバーロー5セットor4セット、プルダウン4セットor5セット

<結果>
ストレングス:上腕二頭筋の筋力やプルダウン1RMは、低ボリュームに比べて中ボリュームと高ボリュームが優位。ベントオーバーロー1RMは低中ボリュームに比べて高ボリュームが優位。

筋肥大:上腕二頭筋の厚みを測定。増加率に有意差なしだが、効果量比較では中ボリュームが優位。

上腕二頭筋のような小さな筋肉のアイソレート種目は1回あたり3セット程度にするのが良さそう。頻度は週1回よりも2回のほうが効果が高くなるだろう。上半身のコンパウンド種目は、1回のトレーニングあたりプルとロー合わせて5-10セットが効果の上限になりそう。


(3)The effect of weight training volume on hormonal output and muscular size and function
https://www.researchgate.net/publication/232177076_The_Effect_of_Weight_Training_Volume_on_Hormonal_Output_and_Muscular_Size_and_Function

被験者:若い男性。スクワット1RMが130kg前後、ベンチプレス1RMが90kg弱。
グループ分け:各種目1セット、2セット、4セット
期間:10週間
追い込み度:全セット限界まで

トレーニング内容:
部位ごとに3種目ずつ行っているので、部位あたりのボリュームは3セット、6セット、12セットを週1回。

<結果>
ストレングス:スクワット1RMとベンチプレス1RMの伸びはグループ間で有意差なし。

筋肥大:大腿直筋の断面積と上腕三頭筋の厚みはグループ間で有意差なし。

いずれも有意差がないだけでなく、ボリュームの増加に伴い伸びが高くなるといった傾向もなし。テストステロン/コルチゾール比の変化では、高ボリュームグループがオーバートレーニングの可能性。


(4)Effects of a Modified German Volume Training Program on Muscular Hypertrophy and Strength.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27941492

中身が読めないので拾ったこの画像で判断。有意差があるのかもわからないが、被験者数が少なくて有意差が出にくいだろうから、全体的に見てどちらが効果的か見ていきたい。
被験者:若い男性。トレーニング歴あり。
グループ分け:5セット、10セット
実験期間:6週間
追い込み度:60%1RMで10レップ

トレーニング内容:
day1) ベンチプレス5セットor10セット、ラットプルダウン5セットor10セット、補助種目はインクラインベンチプレス・シーテッドロー。
day2) レッグプレス5セットor10セット、ランジ5セットor10セット、補助種目はニーエクステンション・レッグカール・カーフレイズ。
day3) ショルダー・プレス5セットor10セット、アップライトロー5セットor10セット、補助種目はアームカール・トライセップスプッシュダウン

部位ごとのボリュームを計算すると(補助種目は各種目のセット数が不明なので3.5セットで計算)、
大胸筋:8.5セット or 13.5セットを週1回  
広背筋:8.5セット or 13.5セットを週1回
大腿四頭筋:13.5セット or 23.5セットを週1回
ハムストリングス:足幅によるがランジである程度使いそう。レッグカールは両グループとも3セットか4セット。
腕の筋肉は計算と判断が難しい。コンパウンド種目でどれだけ上腕二頭筋・上腕三頭筋に負荷がかかるかは個人差が大きい。

<結果>
ストレングス:ベンチプレス1RMとラットプルダウン1RMの伸びは5セットグループが10セットグループよりも大きい。

筋肥大:
- 大胸筋と広背筋をまとめて胴体の除脂肪体重で見ると5セットグループのほうが増えた。
- 大腿四頭筋については、腿の前側の筋肉の厚みは5セットの方が増えた。
- ハムストリングスについては、腿の裏側の筋肉の厚みは10セットの方が増えた
- 腕の除脂肪体重は5セットが上、上腕二頭筋の厚みは5セットが上、上腕三頭筋の厚みは10セットが上。

上半身は部位あたりの1日のセット数が10セットを超えていくと効果が低下するようだ。上半身のコンパウンド種目は部位あたり1回5-10セットが良さそう。上半身に比べると脚は上半身よりもボリュームを増やしても大丈夫な感じがするが、1日に部位あたり20セット以上は多すぎると思われる。


(5)Effects of a 12-Week Modified German Volume Training Program on Muscle Strength and Hypertrophy—A Pilot Study
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5969184/
(4)の研究と同じグループによるもの。実験期間が12週に伸びている以外はほぼ同じ研究デザイン。

被験者:若い男性。ベンチプレス1RMが80kg前後 除脂肪体重60kg程度。
グループ分け:5セット、10セット
実験期間:12週間
追い込み度:種目によって異なる。60%1RM~80%1RMで10レップ。

トレーニング内容:
部位ごとのボリューム計算も(4)の研究とほぼ同じになる。

<結果>
ストレングス:被験者数が少ないので有意差が出にくいが、両種目で両グループとも実験前後では1RMは伸びている。グループ間の効果量比較だとベンチプレス1RMは5セットグループがまあまあ優位。レッグプレス1RMは10セットグループが少し優位。

筋肥大:
- 除脂肪体重は両グループとも僅かに増えた。グループ間比較だとほとんど差なし。
- 部位別の除脂肪量の効果量比較は全般的に5セットグループが僅かに優位。胴体は5グループが僅かに優位。腕の除脂肪量は5セットグループが僅かに優位。脚の除脂肪量は6週時点では10セットグループが僅かに優位だが、12週時点では5セットグループが僅かに優位で、0週→12週の変化だと10セットグループの効果量は僅かにマイナス。

脚の除脂肪量は10セットグループは6週時点では増加しているのに、12週時点では減少していて、オーバートレーニングになっていると考えられる。レッグプレス10セット・ランジ10セット・ニーエクステンション4セットを1日でやるのはボリュームが多すぎるのだろう。

注意点は、実験前後の体脂肪率変化を見ると5セットグループは増えていて、10セットグループは減っているので、5セットグループのほうが摂取カロリーが多く筋肥大に有利だった可能性がある。


(6)Resistance Training Volume Enhances Muscle Hypertrophy but Not Strength in Trained Men
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6303131/

被験者。若い男性。スクワット1RMが100kg強、ベンチプレス1RMが100kg弱。
グループ分け:各種目1セット、3セット、5セット
実験期間:8週間
追い込み度:8-12レップを限界まで

トレーニング内容:
週3回のトレーニングは全て同じ内容。以下の各種目をグループごとに1セット、3セット、5セットずつ行う。
ベンチプレス、ミリタリープレス、ラットプルダウン、シーテッドロー、バックスクワット、レッグプレス、レッグエクステンション

1回のトレーニングでの部位ごとボリュームを計算すると、
- 大腿四頭筋:3セット or 9セット or 15セット
- 上腕二頭筋(プルとロー):2セット or 6セット or 10セット
- 上腕三頭筋(プレス):2セット or 6セット or 10セット

注意点は、大腿四頭筋はスクワットでもレッグプレスでもレッグエクステンションでもフルに負荷がかかるけど、上腕二頭筋と上腕三頭筋は個人差があるがコンパウンド種目ではフルに負荷がかからないこと。

<結果>
ストレングス:ベンチプレス1RMとスクワット1RMはグループ間で伸びに有意差なし。ボリュームの増加に伴い伸びが大きくなるといった傾向も無し。

筋持久力:ベンチプレス50%1RMで何レップ出来るかはグループ間で伸びに有意差なし。

筋肥大:
- 上腕二頭筋は1セットグループに比べて5セットグループのほうが厚みの増加率が高かった(有意差あり)。
- 上腕三頭筋は厚みの増加にグループ間で有意差なし。
- 大腿直筋は1セットグループに比べて5セットグループのほうが厚みの増加率が高かった(有意差あり)。
- 外側広筋は1セットグループに比べて5セットグループのほうが厚みの増加率が高かった(有意差あり)。

筋肥大は各部位ともボリュームが多くなるにつれて、厚みの増加率が高くなる傾向があった。脚は1日あたりのセット数が10セットを超えても、筋肥大面では効果が高くなっていくかもしれない。ただ、(4)(5)の研究結果を考えると、1日に20セット超えは脚でもボリューム過多だろう。腕についてはコンパウンド種目でどれだけ負荷がかかるかは個人差が大きいので、あまり参考にならないと思う。プレスやプルのあとに腕に余力があれば、アイソレートで3セットほどやっておけば良いのではないだろうか。

このSCHOENFELD他の研究をライル・マクドナルドが叩きまくっているけど、1日の部位あたりボリューム上限の観点では他の研究と大きな食い違いが出るわけではない。週ベースのボリューム上限の観点では、5セットグループのボリュームを週3回ペースだと、追い込み度を下げないと回復が追いつかないと思う。



★まとめ
以上の研究結果を参考に、トレーニングレベルが中程度の人にとって、1回のトレーニングで効果が頭打ちになるセット数の目安を書くと以下のようになる。時間と体力に余裕がある人はこのくらいのセット数を行うのが、高いトレーング効果を期待できて良いだろう。

脚:同系統の種目合わせて5-15セット程度。例えば、スクワット5セットとレッグプレス5セットで10セット。

上半身のコンパウンド種目:同系統の種目合わせて5-10セット程度。例えば、フラットベンチプレス4セットとインクラインベンチプレス3セットで7セット。シーテッドロー4セットとラットプルダウン3セットで合わせて7セット。

腕の単関節種目:上半身のコンパウンド種目をやっている前提で、アームカールやトライセップスエクステンションを3セット程度。

トレーニングレベル中程度の目安は、ベンチプレス1RMが体重の1.0倍~1.2倍程度、スクワット1RMが体重の1.2倍~1.5倍程度。トレーニグでの想定レップ数は6-12レップ程度で、追い込み度は限界まで2レップ残し以内(RPE8以上)。

これらは1回のトレーニングセッションあたりのトレーニングボリュームの上限の目安。週あたりのトレーニングボリュームの目安だと、週2回なら回復できるだろうからもっと多くなると思う。全セット限界までを週3回だと回復できないかもしれない。



★ボリュームを考える時の注意点
研究に基づいて目安のボリュームを示すことは出来るが、人によって適切なボリュームは変わってくる。影響を与える要因としては、

・トレーニングレベル。長くトレーニングしていてハードなトレーニングに適応している人はそれだけ多くのボリュームに耐えられる(また多くのボリュームがさらなる向上に必要となる)。

・部位によってボリューム上限は異なる。普段から強い負荷がかかる大きな筋肉ほど多くのボリュームに耐えられると考えられる。一般的に下半身(特に大腿四頭筋)がもっとも多くのボリュームに耐えられ、次に上半身のコンパウンド種目(広背筋や大胸筋メイン)、そして腕の単関節種目。あまり鍛えてこなかった部位をトレーニングする際は、ボリュームを少なめにすると良いだろう。

・追い込み度。限界までやるか、限界まで数レップ残すか。限界までやると効果が頭打ちになるトレーニングボリュームは少なくなると考えられる。ただ、フォームの崩れや怪我リスク、メンタル面での消耗、その日行う予定の他の種目への影響を考えると、フリーウェイトのコンパウンド種目では全セット限界までやらないほうが良いと思う。アームカールなどの単関節種目なら限界までやっても良いだろう。

・レップ数。おそらく高重量低レップ(だいたい5レップ以下)のほうが、効果が頭打ちになるセット数は多くなり、トータルのレップ数は小さくなる。例えば、3レップ10セットと10レップ3セットだったら、前者の方が強い刺激になる。

・筋肉の反応の個人差。同程度のトレーニングレベルの人を集めて同じトレーニングメニューを行っても、トレーニング効果の反応は大きくばらつく。この辺はわかっていないことだらけなので何とも言えない。


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