9/26/2019

筋肥大研究の見方

一般的に筋肥大研究のイメージは、「レジスタンストレーニングを続けると、筋繊維内の筋原線維に筋節が付着することで筋繊維が太くなる。超音波や電磁波を用いて筋肉の厚みや断面積を測定したり、微量の筋肉組織を採取して筋繊維の断面積を測定したりすることで、筋肥大がどれだけ起こったかを計測することができる」

筋肥大の測定の難しさを具体的に見ていくと、現実はそれほどシンプルではないことがわかる。以下の論文を参考にして、筋肥大の様々な測定方法の留意点や問題点、筋肥大研究を評価する際に考慮することを書いてみたい。

A Critical Evaluation of the Biological Construct Skeletal Muscle Hypertrophy: Size Matters but So Does the Measurement
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphys.2019.00247/full


★筋肉の構造
筋肉の構造を階層化して書くと、以下のようになる。

筋外膜に包まれた筋肉
- 筋周膜と筋内膜に包まれた筋繊維の束(筋束)
-- 筋繊維内の筋原線維、ミトコンドリア、筋小胞体、T管、グリコーゲン、トリグリセリド
--- 筋原線維を構成する筋節
---- 筋節を構成するアクチン、ミオシンなどのタンパク質 

筋繊維内の組織の役割を大雑把に分けると、
a) 筋原線維は収縮することにより筋力を発揮する。
b) ミトコンドリアや筋小胞体など筋原線維以外の部分は、ATPの供給やイオン輸送により筋原線維が収縮と弛緩を繰り返すのをサポートする。

理屈の上では、
a) 短い時間の強い筋力発揮を続けると、筋原線維が肥大する。
b) 持久運動(筋原線維の持続的な収縮と弛緩)を続けると、筋繊維内のサポート部分が肥大する。(組織の肥大およびグリコーゲンやトリグリセリドの貯蔵量の増加)

ただ、これを直接調べた研究は現時点では乏しく、ヒト対象の研究で継続的なレジスタンストレーニングにより筋原線維の筋節が増加したことを明確に示すエビデンスはまだ無い。除脂肪量、四肢の周径、CTなどの方法は、筋肉全体が肥大ことは示せても、筋肉のどの部分が肥大したかはわからない。

筋肉組織を採取し筋原線維のタンパク質量が増えたかを調べる(例えばミオシン濃度の変化などを調べる)研究があるのだけどまだ数が少なく、また通常は被験者にとって新たな刺激となるトレーニングを数カ月間行う実験デザインなので、その場合は筋繊維のダメージの修復やミトコンドリアや筋小胞体などサポート部分の強化によるトレーニングキャパシティの増大が初期段階として起こり、筋原線維の肥大はその後起こる可能性がある。そのため、数カ月間しか行わない研究では筋原線維タンパク質の増加は示されにくいかもしれない。

ただ長期間のレジスタンストレーニングにより、筋肉が大きく肥大し筋力が大きく増加するのは事実なので、筋原線維の肥大は起こるはずではある。




★筋肉の組成
主に水分、タンパク質、貯蔵エネルギー源(グリコーゲン、トリグリセリド)から組成される。筋肉全体で見れば、筋細胞内のタンパク質は15%程度。筋細胞内のタンパク質のうち筋原線維のタンパク質は60-70%程度。


★筋肥大の測定方法と問題点
筋肥大の測定方法は、大きく分けてマクロレベル、ミクロレベル、分子レベルの3つがある。マクロレベルは非侵襲的な方法で、除脂肪量や筋肉の太さを調べることができる。ミクロレベルは筋肉組織を採取し、筋肉を構成する筋繊維の太さを調べることができる。分子レベルは筋肉組織を採取し、筋細胞の各組織を構成するタンパク質の濃度を調べることが出来る。


・マクロレベル
- 全身の除脂肪量を測定する各方法:水中体重秤量法、空気置換法、生体電気インピーダンス法、二重エネルギーX線吸収法(DXA)など。除脂肪量イコール骨格筋ではない点に注意。
- 超音波で測定する方法:変化を測定できるのは筋肉の特定の箇所の厚み(1次元)に限られる。筋肉の幅や長さの変化はわからない。また機器使用者のスキルによって測定値に差がでやすい(例えば皮膚にどれくらいの圧力で押し付けながら測定するかで測定される厚みが変わってくる)。測定箇所を少しずつずらし、得られたデータをつなぎ合わせることで2次元、3次元のデータを作る方法もある。
- EFOV超音波:少しずつずらして通常の超音波計測を行い、それを繋ぎ合わせて筋肉の断面画像(2次元)を得ることができる。
- 3次元超音波:2次元超音波検査と位置トラッキングシステムを組み合わせることで、筋肉の3次元モデルを得ることが出来る。今後有望な測定方法。
- 二重エネルギーX線吸収法(DXA):全身だけでなく、腕や脚といった部位ごとの測定もできる。体脂肪と骨と筋肉を分けて測定することはできるが、筋肉の部位を分けて測定することはできない(例えば外側広筋と大腿直筋の区別は出来ない)。また身体の保水量の影響を受けやすく、食前と食後で測定結果が大きく変わる。最近では、生体電気インピーダンス分光法を組み合わせることで、水分量の変化を除いた除脂肪量変化を推測する方法も出てきている。
- CT:人体の断面のスキャン画像(2次元)を得ることができる。手動で皮下脂肪、筋肉、各筋肉の部位を分けて、それぞれの面積を算出する。短所は、放射線への暴露と費用が高いこと。
- pQCT:CTと同じように断面画像を得られる。筋肉内の脂質の濃度も測定することができる。
- MRI:高い解像度で筋肉の断面画像を得ることができる。誤差の小さい信頼性の高い計測方法だが、費用も高く筋肥大研究で使われることは稀。少しずつずらして撮影した断面画像のデータから、筋肉の部位ごとの体積を求めることも出来る。

マクロレベルの測定方法に共通する問題点は、測定誤差や水分量の変化に対して変化量が小さいこと。一般的にこれらの測定方法では、数カ月の実験期間で一桁%しか変化しない。そのため有意差も出にくい。また筋肉内のトリグリセリドや水分やグリコーゲンの変化、筋繊維内のどの組織(筋原線維や筋小胞体)が肥大したのかわからない。


・ミクロレベル
注射器の針みたいな器具を筋肉に突き刺し、微量の筋肉組織を採取して、凍らして薄切りして着色処理などをして顕微鏡で拡大し筋繊維の断面積を調べる。数ヶ月のトレーニングで筋繊維の断面積が20-30%増加することもある。

注意点は、全く同じ筋繊維を二度採取することは出来ないこと。近い部分の筋繊維は平均断面積が同じだろうという仮定に基づいている。また筋肉は3次元の物体で、例えばレッグプレスを続けたことによる外側広筋の肥大は、場所によって肥大の仕方は異なると思われるが、この計測方法では組織を採取した一箇所の変化しか測定できない。また水分やグリコーゲン貯蔵量の変化による断面積変化と、筋原線維の変化による断面積変化と、筋小胞体やミトコンドリアの変化による断面積を区別できない。筋肉組織の処理や測定手順が研究によって異なり、具体的な手順が論文に詳しく書かれていないことも多いので、研究間の数値の比較は困難。


・分子レベル
微量の筋肉組織を採取して、筋繊維内の各組織を構成するタンパク質がどれくらい含まれているか、それぞれのタンパク質の濃度がトレーニングによって変化するかを調べることで、筋繊維内の筋原線維や筋小胞体やミトコンドリアのどの組織が肥大したのかを推測する。研究によって結果がまちまちで、数ヶ月のトレーニングで筋原線維のタンパク質濃度が80%増加したものもあれば、変わらなかったものもあり、逆に濃度が低下した研究もある。

筋原線維のタンパク質の濃度変化は、筋原線維以外の組織や水分の変化との相対的なものなので、筋肉全体で見て筋原線維の絶対量が増えていても、その他の部分のほうがより増えていれば濃度は低下する。


★各レベルの測定方法の結果が一致するか
同一の実験で、被験者をマクロレベル、ミクロレベル、分子レベルでそれぞれ測定すると、それぞれのレベルの結果が一致しないことも多い。DXAでは除脂肪量が数%増加、筋繊維の断面積は数十%増加、筋原線維のタンパク質濃度は低下、といった研究もある。



★筋肥大の質
筋肥大が起きたとして、筋肉のどの組織、どの成分が増加しているのか。肥大する組織を大きく3つに分けて考える。

・結合組織の肥大
細胞外基質の増加。

・筋形質の肥大
筋細胞内の筋原線維以外の部分、具体的には筋鞘や筋形質(ミトコンドリア、筋小胞体、T管、酵素など)の増加。

・筋原線維の肥大
筋肉の収縮部分である筋原線維の肥大。



★測定誤差
この論文著者の研究室で、測定誤差ではないだろうと言える変化率を測定方法ごとに求めている。以下の表で、右端の変化率(95% CI)を上回ると測定誤差ではないだろうと言える。例えば、DXAの除脂肪量測定では、トレーニング前後で除脂肪量が1.81%以上増加すると、測定誤差ではなさそうと言えることになる。この研究室でのデータを使って求めた数値なので、他の研究にそのまま適用できるわけではないけど、測定方法ごとにどれくらい測定誤差の影響があるのか目安になる。(私は統計に詳しくないですが、たぶんこういうことをやって数値を出している)





★信頼性の高い筋肥大研究はどういうものか
a) 被験者数が多い
レジスタンストレーニングに対する筋肥大の反応は個人差が大きいので、その影響を小さくするために被験者数は多いほうが良い。実験途中でグループを入れ替えるクロスオーバー手法や、被験者の右脚と左脚でそれぞれ異なるトレーニング方法を割り当て、利き脚振り分けをランダム化することで筋肥大反応の個人差をなくす方法もある。

b)実験期間が長い
測定誤差の影響があるので、実験期間をなるべく長くして、筋肉の断面積や筋繊維の太さの変化率が大きくなっていると良い。

c) 複数の計測方法を採用している
ミクロレベルとマクロレベルの両方があると良い。例えば、CTなどで筋肉の断面積変化を調べ、それに加えて筋肉組織の採取により筋繊維の断面積変化を調べ、それぞれの結果で筋肥大が示されていると、研究結果の信頼性が高まる。分子レベルの計測方法については今のところ採用が限られているし、測定するのは濃度変化で絶対量の変化ではないので解釈が難しい。ただ分子レベルの計測方法の精度が上がり、トレーニングの種類と筋細胞内組織の反応に一貫した関連性が示されていくと面白い。例えばストレングスが重要な階級制競技の選手の場合、なるべく体重を増やさずに筋力を上げたいので、筋原線維が優先的に肥大するトレーニングを行いたい。

d) 水分量の変化を考慮している
上述のようにDXAに生体電気インピーダンス分光法を組み合わせることで水分変化を除いた除脂肪量の変化を求める方法を採用していると信頼性が高まる。また、トレーニングを始めると筋肉への水分の引き込み(浮腫)により筋肉が太くなるので、これを考慮した測定タイミングにしていると水分量変化の影響を抑えやすい。例えば、トレーニング開始して1,2週間後に測定して、数ヶ月のトレーニング実施後に測定するといったやり方や、トレーニング開始直前に測定して、トレーニング終了後一週間くらい経って浮腫が抜けてから測定といったやり方が考えられる。またマクロレベルの除脂肪量測定だと食事の影響も大きく、グリコーゲンの貯蔵具合も影響するので、1日のうちで同じタイミング(食後◯時間)で測定すると良いだろう。

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