5/15/2021

パワーリフティングのケガ率/BIG3の調整

過去のパワーリフティングのケガ率の研究で、パワーリフティングのケガ率は低いというものがあります。同じようにウェイトリフティング(五輪の重量挙げ)のケガ率が低いという研究もあり、マッチョ寄りのフィットネス業界ではそれらの研究をもとに「バーベルを使ったウェイトトレーニングは、正しく行えばケガ率が低く安全である」と言われることが多いです。

しかし、それらの研究での怪我は、トレーニングや試合出場を中断せざるを得ないレベルの怪我のことでした。今回紹介する研究では、怪我を「痛みと、トレーニングに影響を与える機能障害」と定義し、記録上位25%のエリートレベルを除くパワーリフターにアンケートを送って、現在の怪我、過去12ヶ月の怪我について回答を集めています。調査はスウェーデンで行われました。

Prevalence and Consequences of Injuries in Powerlifting: A Cross-sectional Study
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5954586/

バーベルを使って趣味でBIG3をする場合、パワーリフティング系、特にRippetoeのスターティング・ストレングスのやり方をする人も多いと思います。このブログの過去記事にもスターティング・ストレングスのやり方は紹介していますし、自分もそのやり方をやっていました。

ただ、趣味でBIG3をやるなら、パワーリフティング系のやり方から何箇所か調整したほうが、怪我リスクを下げられます。

今回のパワーリフティングの怪我リスクの研究をもとに、BIG3で怪我をしやすい部位、原因、趣味でやる場合の調整方法などを考察していきます。

(今回はパワーリフティングについての研究なのでパワーリフティングのみ取り上げていますが、ウェイトリフティングのケガ率も似たようなものだと思います。トレーニングや試合出場を中断せざるを得ないレベルの怪我は少ないが、痛みを抱えるケースは多いでしょう)



アンケート結果まとめ

約7割の回答者が、現在怪我をしているという結果になりました。


男性 女性
年齢 30.1歳 26.7歳 
身長 177.5cm 165.4cm
体重 90.9kg 69.6kg
パワーリフティング歴 5.1年 2.2年
ウィルクス・ポイント 363 313
スクワット1RM 196.5kg 111.0kg
ベンチプレス1RM 140.0kg 64.0kg
デッドリフト1RM 229.0kg 138.6kg
週のトレーニング時間 8.1h 6.8h
週のトレーニング回数 3.8回 3.5回
現在怪我している 72.5% 67.9%
過去12ヶ月以内に怪我をした 78.4% 81.1%
徐々に痛くなった(guradual) 64.4% 75.6%
何かがきっかけで痛めた(acute) 42.2% 40.0%




怪我が多い部位

怪我をした人は、どこの部位の怪我が多いか(怪我がある・あったと回答した人が分母)。





<怪我の数>

現在怪我があると回答した人のうち怪我が1箇所なのが49%、2箇所と3箇所が合わせて47%、4箇所以上が4%。

<怪我の原因(自己判断)>

23%がボリュームと強度が高すぎたと回答、6%がテクニックが悪かったと回答、6%がモビリティが足りなかったと回答、24%が他の原因と回答。

<怪我のきっかけ(部位)>

・腰・骨盤の怪我の52.4%が、デッドリフトのトレーニング中に発生。
・肩の怪我の56.3%が、ベンチプレスのトレーニング中に発生。

<怪我のきっかけ(種目)>

・43%の回答者がスクワットのトレーニング中に怪我が発生。
・27%の回答者がベンチプレスのトレーニング中に怪我が発生。
・31%の回答者がデッドリフトのトレーニング中に怪我が発生。
・3%の回答者がスクワットの試合中に怪我が発生
・4%の回答者がベンチプレスの試合中に怪我が発生
・7%の回答者がデッドリフトの試合中に怪我が発生
(複数箇所を怪我している人がいるので合計が100%を超える。他にも日常生活中に怪我が起きるケースもある)


男性の怪我は、自分が男性なこともあり、怪我をした経緯が想像つくのですが、女性の怪我が男性と結構違っています。

一般的に女性のほうが首の痛みが出やすいみたいですが、なぜパワーリフティングでは大きな差が出ているのか不明です。女性がBIG3をやる場合は、デッドリフトとスクワットで首を反らさない、ベンチプレスで首と後頭部をベンチに強く押し付けないといった点に気をつけると良いかもしれません。

女性に上背部の痛みが多いのも原因が不明です。ロウバーで担ぐ時に、女性は筋肉量が少ないので、肩・腕・肩甲骨を寄せすぎになりがちだからでしょうか?




パワーリフティングのやり方でBIG3をすると怪我をしやすい可能性がある

多くの競技では、エリートレベルになれば身体能力向上のギリギリを攻めるトレーニングをするので怪我がつきものだと思います。しかしこの研究でアンケートに回答したパワーリフターは、一般的な感覚からすれば高重量を扱えますが、エリートレベルではありません。

趣味として本格的に取り組んでいる人たちだと思いますが、全国大会に出て上位を狙おうといった層ではないでしょう。パワーリフティングジムに所属して、フォームやトレーニングのやり方の指導も受けているでしょうから、フォームやトレーニング方法が大幅に間違っている可能性は低く、パワーリフティング界で望ましいとされるやり方でトレーニングをしていると考えられます。それでも回答者の7割が現在進行系で身体のどこかに痛みを抱えています。

BIG3で怪我をする場合、「フォームが悪かった」で済まされがちですが、若くてエリートレベルではなくてフォームもおかしくはないであろう人たちの半数以上が痛みを抱える状況は、パワーリフティングのやり方自体に何か根本的な問題があるのだと思います。

競技として取り組むなら、痛みを承知で取り組めば良いと思います。パワーリフティングをくさすつもりは無いです。パワーリフティング方式でBIG3に取り組むのは、トレーニングの目的になりますから。

ただ、趣味で筋トレをする場合や、何かスポーツをやっていて競技力向上のために筋トレをする場合は、ベンチプレスやスクワットやデッドリフトのやり方をよく考えたほうが良いと思います。BIG3は目的ではなくて、手段に過ぎません。これらの種目を避けるべきと言いたいわけではなくて、パワーリフティングスタイルに固執せずに、やり方を少し調整すれば怪我リスクを下げつつ、筋肥大やストレングス向上の効果を得られるのでは?というわけです。


BIG3の怪我リスクが高くなるポイントと調整方法の考察 

一般的な認識の「良いフォーム」が出来ている前提です。良いフォームでやらないと、もちろん怪我します。ここでは、良いフォームでやっても怪我をしやすくなるポイントとその調整方法を考察していきます。

<レップ数>

ベンチプレスとスクワットの高重量・低レップは怪我リスクが高いです。最低でも5レップは出来る重量でトレーニングしたほうが良いでしょう。

床引きでのコンベンショナル・デッドリフトは、高レップだと背中の疲労で腰が曲がりやすくなるので、5レップ以下が良いと思います。RDLは8レップとかでもわりと大丈夫だと思います。個人的には床引きスモウも8-10レップくらいやっても大丈夫な感じです。

<疲労 追い込み度>

最も多くの回答者が怪我の原因として挙げたのが、トレーニングのボリュームと強度が高すぎたという点です。疲労が溜まっている時のトレーニングメニューや、セットごとの追い込み度には細心の注意を払ったほうが良いでしょう。


<動作範囲・バーベルによる関節の制約>

・ベンチプレス
ベタ寝ベンチプレスに比べれば、軽く背中のアーチを作り、挙上距離を制限するパワーリフティング系統のベンチプレスは肩の負担が軽いです。ただ、骨格によって肩関節の負担が大きすぎる場合もあるので、腕が長くて胸板が薄い場合は、バーにスクワットパッドを巻くなりして動作範囲を制限したほうが良いでしょう。

ストレートバーのベンチプレスは、関節の動きの自由度が低く、肩・肘・手首の負担が大きいです。胸のトレーニングを全てストレートバーのベンチプレス(フラット、インクライン、デクラインなど)でやるのではなくて、ダンベルプレス、腕立て伏せ、ディップス、ケーブルクロスなどを取り入れたりすると肩の負担を下げられます。フットボールバー(スイスバー)は関節の負担が軽くなるので使えるなら使うと良いでしょう(順手とパラレルの間くらいのハの字グリップが関節の負担が軽くなります)。


・スクワット
多くの人にとって、パラレル以下の深いスクワットは膝関節と股関節の負担が大きいです。可動域の限界付近で強い負荷がかかるので、関節を痛めやすいです。ウェイトリフティングに比べれば、パワーリフティングのスクワットの深さはマイルドですが、今回のアンケートで膝と股関節に怪我をしていると回答した人は多いです。パワーリフティングだとロウバーで尻を後ろに引くスタイルのスクワットをする人が多く、股関節の可動域の限界付近で強い負荷がかかることで、股関節の怪我が多くなるのでしょう。股関節の可動域が足りずバットウィンクでパラレル以下にもっていくケースも見られるので、その場合は腰も痛めやすくなります。

じゃあ趣味でスクワットをする場合はどうすればいいかというと、パラレルちょっと上で止めます(大腿骨が短い場合はほぼパラレル)。具体的には、膝と股関節の屈曲を90°~110°くらいにして(直立時の屈曲が0°)、膝と股関節の両方に負荷が分散するように、ゆっくりとしゃがむ。両腕を振って全力で垂直跳びをする時のしゃがみ込みと同じしゃがみ方です。尻を下に落とす普通のハーフスクワットだと股関節の伸展筋に負荷がかかりにくいですが、このしゃがみ方なら股関節の伸展筋にも負荷がかかります。他の記事で細かく解説しますが、おおよそパラレルちょっと上の関節角度を境目に臀筋と大腿四頭筋の出力は低下していきます。フルボトムのフォームでしゃがんでも、これらの筋肉の出力が高くなるのはパラレル以上の関節角度です。

動画:スクワット(90-110°)
https://www.youtube.com/watch?v=35_YYv8wJkc


このやり方をすると関節の負担も軽くなるし、セット間インターバルの回復も速いし、翌日以降の大腿四頭筋と股関節伸展筋のダメージ回復も速いし、全身疲労も軽いです。

本格的にトレーニングしたい人には物足りないフォームに見えるかもしれませんが、バーベルを担いでも安全に効率よく負荷をかけられます。私は以前はパラレルちょっと下までしゃがんでいたのですが、最近スクワットの深さについて色々と考え、自分の身体でやり方を試し、このパラレルちょっと上のスクワットが下半身の筋肉量増加と全般的なストレングス向上にベストだという結論になりました。スクワットの深さについての考察と、趣味の筋トレで望ましいスクワットの詳しいやり方は近いうちに書きます(書きました↓)。

関連記事:スクワットの深さ/推奨のスクワット方法 


・デッドリフト
コンベンショナルは、股関節の屈曲の可動域が足りないと腰が曲がり、腰を痛めやすくなります。股関節で骨同士がぶつかると、股関節の前側付け根に痛みが出やすいです。上体の傾きが大きく腰に強い負荷がかかるので、元気なときは可動域が十分でフォームが良くても、疲れている時にやると腰を痛めやすいです。

スモウは、股関節の外転の可動域が足りないと、股関節の内側付け根に痛みが出やすいです。股関節の骨の噛み合わせがスモウに向いていない人は、ワイド寄りのスモウはやらないほうがいいです(私は痛めたことがあります)。上体の傾きが小さいので、腰は痛めにくいです。

可動域が足りない場合はコンベンショナルでラックプルでも良いですが、床引きデッドリフトをするなら、スクワットスタンス(ナロー寄りのスモウ)のデッドリフトが、わりと多くの人に勧められます。

動画:High Rep Deadlifts (Squat-Stance Ed Coan Style)
https://www.youtube.com/watch?v=9bn0Gx4mfrY


コンベンショナルほど上体が傾かないので背骨への負荷が下がり、体幹の固め方にそれほど気を使わなくても腰を痛めにくいです。一般的に脚を少し開いたほうが深くしゃがめるので、コンベンショナルのスタンスよりも股関節の屈曲の可動域を出しやすいです。一方で、普通のスモウほどワイドではないので、股関節の外転の可動域があまりない人でも股関節を痛めにくいです。

上体の前傾がコンベンショナルほどきつくないので、背中の疲労と全身疲労の面で楽です。高レップも安全にでき、翌日以降の回復も速いです。コンベンショナルが問題なく出来る人も、部分的にスクワットスタンスのデッドリフトを取り入れると背中と全身の疲労管理がしやすくなると思います。

デッドリフトは、エキセントリックフェーズ無しで体幹を固めて、股関節の伸展メインで強い力を発揮できれば良いので、スクワットスタンスのデッドリフトで役割は果たせます。また、初心者がダンベル縦置きデッドリフトで練習して、そのままのフォームでバーベルに移行できます。


股関節の可動域と上体の傾き問題を解決するには、トラップバーのデッドリフトも良いのですが、トラップバーが置いてあるジムはあまり無いので、ストレートバーで床引きデッドリフトをやるならスクワットスタンスのデッドリフトが多くの人に勧められるやり方になります。トラップバーが使えるなら、トラップバーを使うのもおすすめです。


<筋力・動作バランス・姿勢>

筋力と動作のバランスが偏ったり、姿勢が悪くなると怪我をしやすくなります。これまでも同じようなことは書いているので繰り返しになりますが・・・。

3種目とも背中の伸展と胸郭の開きを強化しがちなので、背中の反りと胸郭の開きを抑制したいです。

・All Fours Belly Lift

・プランク

・ベアクロール

関連記事:タイプ別の姿勢矯正方法

3種目とも肩甲骨が下制で固定され、肩甲骨の動きがないので、肩甲骨を動かしたいです。特に、肩甲骨の内転・外転・上方回旋をやりたい。肩甲骨が下に押さえつけられ、なで肩になっている場合は挙上も。胸椎の動きもないので、胸椎と肩甲骨をなるべく動かしたいです。

・腕立て伏せ

・水平方向のローイング

・片手ランドマインプレス

・オーバーヘッドシュラッグ

関連記事:ショルダープレス-肩のトラブル回避と難易度調整-

関連記事:肩周りのウォームアップ

関連記事:怪我をしにくいロウ・プルのやり方

 

海外のストレングスコーチだと動作バランスや姿勢のことをちゃんと考えている人もいて、私も多くを学びました。例えば、Eric Cresseyのところだと、

参考サイト:The Issue With Most Powerlifting-Specific Programs

ただ、Eric Cressey自身が最近膝の半月板手術をしました。経緯としては、数年前から深いスクワットなどの際に膝が痛むことがあった。去年の暮れに、スクワットのトレーニングを終えてプレートをラックに戻す際の何気ない動作で、(おそらくダメージの蓄積が閾値を超えて)決定的に痛めたみたいです。

Eric Cressey は怪我の時点で39歳、若い頃はパワーリフティングで高いレベルまでいっています。現在は多くの大リーガーに教える優秀なストレングスコーチです。ヤンキースと契約もしたとのこと。

本人のトレーニングフォーム、身体の使い方、姿勢、コンディショニングなどは完璧にやっているはずですし、クレバーな人なので重量やボリューム面で無理をするようなこともないと思います。私は以前からこの人すごいなあと思って参考にして尊敬しているのですが、スクワットは本人も教えているアスリートもパラレルちょっと下くらいの深さでやっている動画が多いです。

この件もスクワットの深さについて考え直すきっかけになりました。フォームや動作バランスや姿勢の対策を完璧にやろうとも、深いスクワットは膝にダメージを与えるのではないかと。


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