6/05/2021

スターティングストレングスの正しさの範囲

Mark Rippetoe のスターティングストレングス(=パワーリフティング基準でのBIG3)について、色々と書いていきます。否定的なことも書きますが、パワーリフティング基準でのBIG3を「ルールのある遊び」として楽しむことを否定するわけではありません。そこは個人の価値観です。

私がモヤモヤするのは、「パワーリフティング基準でのBIG3は安全で効果的。正しいフォームでやれば怪我リスクの低いトレーニング方法だ」といった主張に対してです。YouTubeにたくさんある「正しい〇〇のやり方」といった動画にも、モヤモヤしたものを感じます。それは誰にとって正しいのか?と。(「宇宙一正しいスクワット」という動画は勢い良すぎてクスッとしました)

昔の私のような準備の出来ていない初心者がバーベルトレーニングで怪我をしたり、経験の浅いトレーナーがスターティングストレングスに傾倒して正しさの範囲を意識せずにクライアントに適用したり・・・そういったことを少しでも減らしたいです。そこら辺をつっついていく記事です。

バーベルトレーニングは筋肉量やストレングスの向上にとても効果的だ、という点には強く同意します。BIG3を否定したいわけではなく、多くの人が安全に効果的にトレーニングできるよう問題点を洗い出して改善していきませんか、という問題提起がしたいです。


スターティングストレングスの正しさの範囲

関節の痛みなどの問題がなく、筋トレで筋肉量やストレングスを向上させたいと考えている人が前提です。その中で、スターティングストレングスに書かれているフォームが概ね正しいと言えるのは、姿勢・モビリティ・スタビリティが良好で、パワーリフティング基準の動作範囲に骨格が適している、もしくはパワーリフティング基準でBIG3をやりたい人です。それ以外の人にとっては、本に書いてある通りにやると、色々と問題が出てきやすいです。






自分の筋トレ史

スターティングストレングスを逆張りでdisりたいわけではないことを理解してもらうため、自分の筋トレ史を書いておきます。


2012年頃 筋トレを始める

フリーウェイトは怖いので、マシン中心にトレーニングしていました。やり方がわからなくて怖いのと、フリーウェイトエリアに入るのが怖かったです(雰囲気的に)。


2014年 スターティングストレングスを読む

これが本当の筋トレだ! ベンチプレスはバーを胸につける! スクワットはロウバー! デッドリフトは床引きコンベンショナル! BIG3やってやるぜ!!!!


関連記事:[書籍] Starting Strength: Basic Barbell Training

2016年 Eric Cresseyを知る(姿勢・筋肉・動作のバランス)

だんだん重量は増えてきたけど、なんだか腰とか肩とか股関節とか痛い・・・・。

Eric Cresseyの書いた記事などを読んで、「BIG3+懸垂」といったトレーニングメニューだと、筋力のバランスが崩れて姿勢が悪くなり痛みが出やすくなることを知りました。色々と見直して、猫背・反り腰は良くなり、肩周りもマシになりました。

関連記事:バランスの取れたトレーニング種目の選択-メカニズム編-

それと子供が生まれ、育児と仕事のストレスでハゲそうになり、トレーニングにあまり力を入れられない日々が続きました(子供は可愛いですが、育児は基本ブラック労働です・・・)。


2019年 PRIと出会う(腹圧・体幹・姿勢・アシンメトリー)

腹圧について、「腹圧のかけ方か? これから俺がお前の腹にパンチをするから腹に力を入れて気張れ」みたいな脳筋説明がよくあるのですが、自分の身体には納得感がありませんでした。ちなみに脳筋は英語でmeatheadです。

PRIは、なぜそうなるのかというメカニズムの説明と、それを実践に落とし込んだ具体的なエクササイズを提供してくれました。そしてこれが非常に効く。

おかげで腹圧のかけ方・体幹の固め方へのモヤモヤしたものが消えました。ちゃんと言語化して説明できるようになり、体幹を強く固められるようになりました。あと背中と腰の張りがかなり改善されました。

関連記事:筋トレでの腹圧の高め方・体幹の固め方

この段階で、コンベンショナルデッドリフトが自分の身体にフィットした種目だと感じるようになりました。

関連記事:デッドリフト 腹圧のかけかた 体幹の固め方

アシンメトリー(左右非対称)も筋トレの邪魔をしない程度には矯正できました。今でも少しは残っていますが、自分の身体との付き合い方がわかってきたので、あまり問題を起こさないようになりました。

関連記事:アシンメトリー

PRIは、背中の伸展筋を使いすぎて背中が反ってくる問題への対処、腹圧・体幹のコントロール、アシンメトリーへの対処と、ハードな筋トレとの相性が非常に良いので、もっと普及すればいいのになと思います。英語圏だとストレングストレーニングに組み込んでいるのを見かけるのですが、日本はあまり見かけません。プロ野球の楽天がPRIに基づいた風船を膨らませるエクササイズを導入していましたが、個人的には風船はあまり重要ではないかなと思います(試したことありますがしっくりこなかった)。

2021年 スクワットのフォームを90-110°に変える

きっかけは、Joel Seedmanという人の書いた記事でした。最初、これらの記事を読んだ時は、「皆が同じスクワットのフォームになるはずないだろう、それも膝屈曲90°なんて浅すぎる」と思いました。

Why Everyone Can & Should Squat the Same: 101 Truths

Why 90 Degrees or Parallel is Better than ATG Squats

それで、自分の身体で試したわけですが、「あ、あれ? これイイデスネ・・・」と好感触で、それからはスクワットの深さの論文を調べ直したり、自分の動作を撮影したり、YouTubeで色々な人のフォームを分析したりして、筋肥大目的のスクワットは屈曲90-110°が効率的だという結論に至りました。自分の考えについては下の記事に書きました。

関連記事:スクワットの深さ/推奨のスクワット方法

Joel Seedman は、まともなことと詭弁を織り交ぜて主張をゴリ押ししていくスタイルが池田信夫を彷彿とさせ、やや胡散臭いのですが、身体の動かし方はかなり参考になります。身体感覚が優れている人なのかもしれません。

90-110°スクワットに変えてからは、膝と股関節がトレーニング後もスッキリした感じで、筋肉メインに負荷がかかるようになりました。トレーニング翌日は筋肉は張っているけど、関節は軽快です。以前パラレル下までしゃがんでいたときは、膝の内部が少しむくんだ感じで股関節も変な感じがしていたのですが、今から考えると関節に軽い炎症が起きていたのだと思います。スクワットはそういうものだと思ってましたが(強い力には代償が伴う・・的な)、間違っていたようです。

この段階でようやく、スクワットが自分の身体にフィットした種目だと感じるようになりました。パラレル下までしゃがむスクワットだと、動作範囲が自分の骨格にはフィットしていなかったようです。

ベンチプレスは、肩甲骨の動かし方を理解できるようになって、快適に出来るようになりました。下ろし局面では「肩甲骨は内転+肩甲骨の内側が寝る」、挙上局面では「肩甲骨は外転+肩甲骨の内側が立つ」という動きが安全面と出力面で最も優れた肩甲骨の使い方だと思いますが、この動きを明確に説明しているのは書籍でもインターネットでも見たことがないです。この肩甲骨操作が出来ないと肩甲骨と上腕骨の軸がズレて、肩関節が脆弱なポジションになり怪我をしやすくなります。

関連記事:ベンチプレスでの肩甲骨の動き



スターティングストレングスの問題点

問題点1:合う人と合わない人がいる

スターティングストレングスのやり方は、姿勢・モビリティ・スタビリティの準備が出来ていて、骨格がフィットした人は良い結果を出せますが、そうでない人は怪我も多くなり、筋肉量やストレングスも伸びにくいです。

恵まれた素質の人は良い結果を出せるけど、それ以外の人はあまり結果を出せず苦労する、というのは、筋トレ全般について同じことが言えます。世の中にあふれる筋トレ情報の多さに反して、望むような結果を出せる人の数は少ないです。その状況を少しでも良くしたいと思い、トレーニングと栄養については本にまとめました。身体の使い方については、まだまだ書くべきことがあるので、最近はその分野を中心にブログを書いています。

話を戻しますと、パワーリフティングのケガ率の研究では、良いフォームでトレーニングしているであろう若いパワーリフターの7割が現在進行系で痛みを抱えています。これだけ痛みを抱える人がいるということは、個人のフォームの良し悪しの問題ではなくて、種目に問題があるのだと思います。

関連記事:パワーリフティングのケガ率/BIG3の調整

怪我をしたり痛みを抱える場合、「フォームが悪い、疲れが溜まっている、ハードなトレーニングには多少の怪我はつきもの」といった言葉で、そこで原因探求が打ち切られがちです。

実際にそういうケースもあるでしょうけど、パワーリフティング基準の動作範囲に、個人差を考慮せず画一的に当てはめてトレーニングをするのが怪我の原因のこともあるでしょう。

バーが胸につくまでバーベルを下ろしてベンチプレスをする、パラレルを下回るまでスクワットをする、特定のプレートの半径に合わせた高さからデッドリフトをする、いずれも人間の筋肉や骨格を考えて作られた基準ではありません。

BIG3を競技の目的としてではなくトレーニングの手段として行う場合、やり方を調整することで怪我や痛みを減らせるはずです。


問題点2:動作範囲が最適とは限らない

BIG3をパワーリフティング基準でおこなうと、その人の骨格によって関節の動く範囲が大きく違ってきます。骨格やモビリティが適していないなら、スクワットでパラレルまでしゃがむ必要はないですし、コンベンショナルデッドリフトを床から引く必要はないですし、ベンチプレスのバーを胸につける必要はないです。関節の怪我リスクを低くし、筋肉に適切な刺激を入れるには、関節を適切な角度の範囲で動かすことが重要です。

自分語りで恐縮なのですが、私は高校生の頃バドミントン部に所属していて、トレーニングの一環でヒンズースクワットをやることが多々有りました。皆で手をつないで輪になって同じペースでヒンズースクワットを数百回やるのですが、ひたすら苦しく、他の人のペースについていけなくて劣等感を持つこともありました。今から考えれば長身で脚が長い体型なため、モーメントアームが大きくて負荷が強く、またしゃがんで立ち上がるときの距離も長いので、他の人と同じペースでやるのが難しかったのだと思います。

筋トレ業界は残念ながら、BIG3の重量マウントや、スクワットの深さマウントが見られることがあります。BIG3の重量ベースでの初心者、中級者、上級者の分類もあります。骨格がBIG3にあまり向いていない人などは、劣等感を持ったり嫌な気持ちになったりして、筋トレから離れてしまうこともあるでしょう。そういった面でも、パワーリフティング基準の動作範囲を教条的に押し付けるのはあまりよろしくないと思います。

 

問題点3:難易度が高い 

例えるなら、スターティングストレングスは、F1のレーシングカーの運転方法の詳細な説明が書かれているような本です。そして、運転方法の詳細な説明を読んで、いきなりレーシングカーを運転しろと言っているようなものです。

身体が出来てなくて運転経験が無い人がそんなことをしたら、車をコントロール出来なかったり加速に耐え切れなかったりして事故を起こして怪我をします。

同じように、身体が出来てなくて筋トレ経験がない人が、いきなり難易度の高いバーベルトレーニングをしたら、身体が耐えられなかったりバーベルをコントロールできなかったりして怪我をします。(「スターティングストレングス」という書名からすると、初心者を念頭に書かれた本です)

F1もパワーリフティングも男性目線だとかっこいいので憧れてやりたくなるのはわかります。ただ、運転したいだけならF1のレギュレーションで運転する必要はないのと同じで、筋肉量やストレングスを向上させるための筋トレだったらパワーリフティングの基準でBIG3をやる必要はありません。バーベルトレーニングが効果的なのは、全身の大きな筋肉と細かいスタビライザーの筋肉を同時に使って高重量を扱えるからであって、パワーリフティングの基準でトレーニングをするからではないです。


問題点4:姿勢・モビリティ・スタビリティ・呼吸についての記述が乏しい

本の扱う範囲ではないのかもしれませんが、不親切だなと。バーベルトレーニングに必要な姿勢・モビリティ・スタビリティの程度や、足りない場合はどうやって準備をしていけばよいのかが書かれていません。マシントレーニングなら姿勢・モビリティ・スタビリティがあまり整っていなくても怪我をしにくいですが、バーベルトレーニングはこれらの準備が出来ていないと怪我をしやすいです。マシントレーニングを否定するなら、バーベルトレーニングの準備面について詳細に書いて欲しいものです。

BIG3も身体機能の要求度合いが高いですが、オーバーヘッドプレスはもっと高いです。ショルダープレス系の準備の仕方や難易度調整について以下の記事に書いたのですが、同じような感じでBIG3それぞれについて、準備の仕方と難易度調整の方法が書かれていると多くの人が安全にトレーニングが出来るようになると思います。

関連記事:ショルダープレス-肩のトラブル回避と難易度調整-


問題点5:ストレートバーの制約

バックスクワットは肩周りのモビリティが問題になりやすいですし、肩・肘・手首に無駄な負担がかかりやすいです。パワーリフティング基準でやる人以外は、使えるならセーフティスクワットバーでスクワットをしたほうが良いです。

コンベンショナルデッドリフトは人によっては床引きが難しい場合があります。ミスって腰を痛めると、トレーニング全般に大きな支障が出ます。トラップバーのほうが万人向けです。ストレートバーしか使えないなら、スクワットスタンスのデッドリフト(ナロー寄りのスモウデッドリフト)が幅広い層で実施可能です。

ベンチプレスは、腕を曲げたときと腕を伸ばした時で、関節に負担がかかりにくいグリップ角度が変わるので、ストレートバーだとどうしても肩・肘・手首のどこかに捻れのストレスがかかりやすいです。



最後に

スターティングストレングスに書かれているやり方は、自己流でやるよりはずっと良いです。しかしスターティングストレングスのやり方が最適ではない人もたくさんいます。本に書いてあることや動画サイトの正しい○○のやり方を鵜呑みにせず、各自の身体に合うようにチューニングしていったほうが良いと思います。怪我や痛みは楽しくないですから。なるべく多くの人が楽しく快適に筋トレが出来るのが望ましいです。

パワーリフティング基準でのBIG3には、重量を過去の自分や他の人と比較したり、目標を持ちやすかったりといったメリットがあります。骨格がフィットしないけどパワーリフティング基準でBIG3をやりたい場合は、補助種目を多めにしたり、種目にバリエーションをつけるなどして、関節の負担を減らすと良いと思います。

また、フルスクワットのみ行ったグループと、フル+パーシャル(膝屈曲100°)で行ったグループとを比較したら、フル+パーシャルのほうがフルスクワットの1RMが伸びる傾向があったという研究(1)もあるので、常にパワーリフティング基準の動作範囲でやるのではなく、動作範囲をいくつか変えて組み合わせるのも選択肢になるかもしれません。




<参考文献>

(1)The efficacy of incorporating partial squats in maximal strength training
https://journals.lww.com/nsca-jscr/fulltext/2014/11000/the_efficacy_of_incorporating_partial_squats_in.2.aspx



5 件のコメント:

  1. 私もStartingStrengthが初心者向けの良書かと言われると首をひねりますね。
    Big3の解説に関して言えばGreg NuckolsのStronger by Science、スクワット動作とモビリティワークに関してはSquat Universityのほうがわかりやすくて(自分にとっては)実践的でした。オーバヘッドプレスも好きで色々試したのですがSSの記述は正直ちょっとおかしいと思います、ウェイトリフターの方の解説を色々みて最近やっとしっくりくるようになりましたが…

    骨格の向き不向きは本当にあると思います、自分もコンベンショナルデッドリフトで股関節の柔軟性が足りなくてずっとしんどさを感じていたのですが、スモーをメインに据えるようにしたら全然気楽にトレーニングできるようになってよかったです。
    競技ルールはモチベーションに繋がりますけど、無理に型にはまって辛いのは嫌ですね。

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  2. SADHIさん、コメントありがとうございます!

    スターティングストレングスを読んでも、自分のフォームを見つけるには他に情報をあたったり試行錯誤したりが必要ですよね。バーベル種目を楽に習得できるメソッドを上手く作れないものか・・・と考えています。Squat Universityはわかりやすいですよね。私もいくつか動画を見たことがあります。

    オーバヘッドプレスは、私は肩の機能チェックに軽くやる程度で詳しくないのですが、スターティングストレングスのどのあたりがおかしいのか教えていただけるとありがたいですm(_ _)m

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  3. オーバヘッドプレスの解説で一番納得が行っていないところは股関節の動きで挙上する、というところですね。図解を見るとさもありなんという感じなのですが、腹圧を入れて臀筋を収縮させた状態でその動きを挙上の補助にするのは自分は不可能でした。
    おかしいと言うと言いすぎかも知れませんがキューとしてはあまり適切でないと感じています。
    SS学派のAlanThrall氏の動画などもよく見たりしていましたが、そもそも欧米人の典型的な肩甲骨の付着位置と日本人のそれで違いが大きいため、SSの提示する理想的な挙上フォームがとても再現しづらいのではないかと思っています。
    自分の柔軟性の低さの問題も大きいとは思うのですが、ジムで見かける外国籍の方が苦もなくSS的理想フォームの挙上をしているのを見てそう思いました(その他のトレーニングフォームはリフター的ではない)

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  4. 股関節伸展→ニュートラルに戻す力で挙上するという下りですね

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  5. SADHIさん、返信ありがとうございます。

    股関節を直立状態からさらに伸展できるかは個人差がありますね。筋肉が固いなどの制約がなければ、平均では10-15°くらい伸展できるみたいです。股関節屈筋(腸腰筋と大腿直筋)のストレッチをしてから、ヒップスラストの動作で臀筋を強く収縮させて限界まで伸展してみて、それでも骨盤と大腿骨がまっすぐの状態から伸展できないなら、おそらく股関節の骨の形の問題だと思います。大腿骨頭が太かったり、ボール・ソケットの「はまり」が深かったりすると、屈曲も伸展も可動域が出にくくなります。

    Alan Thrall と言えば、下の動画を出していて、スターティングストレングスのあるあるネタに笑いました。

    FAHVE stages of a Starting Strength coach
    https://www.youtube.com/watch?v=amndeFWhDQ4

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