5/17/2017

筋トレの疲労と回復方法

前提知識として、前回の記事「疲労のメカニズム」を参考に。


★筋トレのセッション中の疲労原因
高負荷・低レップ: ATPやPCrやCa2+や中枢系の疲労
中負荷~低負荷・中レップ~高レップ: 上に加えてH+やK+の蓄積がある考えられる。セット数が多くなるとグリコーゲンレベルの低下や筋肉のダメージもあるだろう。



★疲労からの回復時間
それなりに強い疲労状態からの各メカニズムの回復時間の目安。

ATP: 数十秒程度
PCr: 2-4分程度
H+: 数十分?
K+: 数十分?
Ca2+: 数十分~数日間?
グリコーゲン: しっかり食べれば24~48時間で回復
ダメージ: 数日間

疲労度合いやコンディションや個人差やどの程度までの回復を求めるのかによって回復時間は様々だろう。詳しくは調べていない。筋トレにとっては、ダメージ以外の疲労はあまり重要ではない。何かの競技の試合だと、分単位時間単位の回復は重要だけど、筋トレは一回のセッションでどう回復するかはあまり重要ではなくて、数日後に行う次のトレーニングセッションまでの回復が重要だろう。

筋肉へのダメージは、メカニカルなストレスによる筋原線維へのダメージ(フィラメントやZ線の変形)と、それに続いて起こる細胞膜の変形とカルシウムホメオスタシスの混乱を起こすと考えられている。従って収縮を担う繊維部分のダメージによる筋力低下に加えて、末梢系でのCa2+システムの疲労も起こると考えられる。また炎症性サイトカインによる中枢系の疲労も起こるだろう。筋肉痛だと痛みが邪魔して力が入らない(中枢系の運動指令が低下する)というのもある。

参考サイト:骨格筋の構造と筋収縮|動作のしくみから理解する(2)

疲労メカニズムの中では、たぶんダメージが最も回復に時間がかかる。トレーニングから1日や2日経っても1RMが数%程度低下しているのは、筋肉のダメージが主な要因だろう。トレーニングに慣れていなかったり、筋肉が伸びた状態でのエキセントリック動作をみっちりやったりするとダメージは大きくなる。また高ボリュームのトレーニングほどダメージが大きく回復に時間がかかる。

グリコーゲン以外の疲労は、EPOC(excess post-exercise oxygen consumption)のレベルと継続時間が、おおよその疲労のレベルと回復時間に一致する感じがする。筋トレ後数十分はEPOCが大きく、疲労も大きく、1RMの低下も大きい。24時間~48時間経過すると、EPOCはあっても数%程度で、1RMの低下も数%程度。(慣れたトレーニングを行った場合。不慣れなトレーニングだとEPOCも1RMの低下も大きくなる)



★疲労と筋肥大効果のオーバーラップ
おそらく完全にはオーバーラップしていない。疲労を抑えつつ、なるべく筋肥大効果を得ることが望ましい。長期的な成果を得るには、高い質と量のトレーニングを継続する必要がある。高い質と量のトレーニングを継続するには、疲労を適切に管理することが重要になる。

ダメージの大きいトレーニングは直後の筋合成を高めるけど長期的な筋肥大には関係しないという研究があるので、意図的に不慣れなトレーニングを行ったり、筋肉が伸びた状態でエキセントリック動作を集中的に行ったりしてダメージによる筋肥大を狙うのは、費用対効果(疲労-筋肥大のコスパ)が悪い感じがする。それではダメージをなるべく避けたほうが良いかというと、筋肉のダメージはサテライト細胞による筋繊維への新たな細胞核の提供により筋肥大のキャパシティを増やす可能性があるので、ダメージも一概に無駄とは言えないだろう。各種目でエキセントリック動作も丁寧に行う程度が、ほどほどのダメージを得られて良いのではないだろうか。

関連記事:筋肥大のメカニズム

また筋肥大目的で高負荷低レップのみのトレーニングを行うと疲労が強くなるようなので、筋肥大目的なら6-12レップのセットが大半を占めるようにするのが良いと思う。

関連記事:レップ数によるトレーニング効果の違い



★疲労からの回復
・トレーニング中の疲労回復
基本的には特異性の原則が適用され、筋持久力が必要な中レップ高レップトレーニングを続ければ、代謝物の蓄積などへの耐性がついて疲労に強くなる。

高負荷低レップはPCrの影響が大きいと考えられるので、トレーニングセッション中のトレーニングの時間効率を高めるには、全身持久力を高めるトレーニングを行い、PCrの回復速度を上げると良いだろう。

トレーニングセッション中の回復を早めたり疲労を遅らせたりするサプリもある。

ただ数十分以内の疲労対策を行うのは、何かの競技の試合では意味があるけど、筋トレでセット間の回復を早くしたり、疲労を遅らせることで各セットでの追い込み度を引き上げるのは、時間効率を高くする以外にはあまり意味がないと思う。

筋トレの成果にとって重要なのは、長期的に見て高い質と量のトレーニングを継続すること。それには各部位を数日間隔でトレーニングし、次のトレーニングまでに疲労を回復させて高い質と量のトレーニングを継続する。このスパンでの疲労は筋肉のダメージが主要因だと思われるので、筋肉のダメージをいかに回復させるかが重要だろう。



★ダメージの影響の評価軸
筋肉のダメージの影響の評価軸を大きく3つにわけると
- 痛み(筋肉痛)
- 筋力(1RMやジャンプ力)の低下
- 身体組織のダメージ・炎症度合い(クレアチンキナーゼなどの測定)

短いスパンで何かの競技の試合をする人にとっては、身体組織にダメージが残っていても、とりあえず痛みや筋力が早く回復して運動パフォーマンスを取り戻すことが重要だろう。筋トレでは身体組織のダメージが回復するのが重要だろう。

 

★筋肉のダメージの回復方法
筋肉のダメージからの回復方法について、数多くの方法が提案されている。ざっと調べたものを以下に紹介する。Pubmedやgoogle scholarで、EIMDで検索すると色々と出て来る(EIMDはExercise-Induced Muscle Damageの略)。

The Prevention and Treatment of Exercise-Induced Muscle Damage
https://www.researchgate.net/publication/5361673_The_Prevention_and_Treatment_of_Exercise-Induced_Muscle_Damage

筋肉のダメージの予防と事後ケアについて、色々な方法の効果をレビューしている。2008年の論文なので少し古め。

・抗酸化物質(ビタミンC、ビタミンE)
ビタミンC、ビタミンEの摂取による筋肉のダメージへの影響は、改善効果を示すものもあれば示さないものもあり結果が一貫していない。長期的な服用で効果があるかも。

・炭水化物とタンパク質
長時間の自転車こぎで、運動中と運動直後に炭水化物とタンパク質を合わせて摂取すると回復が早まるという研究がある。一方で、大腿四頭筋のエキセントリック動作100レップでは効果がでなかったという研究がある。長時間の運動だと、運動中に栄養供給したほうが良さそう。

HMB 
研究の数が少なく結果も一貫していない。もしかしたらダメージ軽減に効果があるかも。

・NSAIDs
ダメージの緩和効果は一貫していない。ダメージの回復と筋肥大を阻害する可能性があるので使用は推奨されない。

・運動前のストレッチ
スタティックストレッチは筋肉のダメージ軽減に効果なし。パッシブストレッチは少し効果あるかも。

・マッサージ
運動後にマッサージするのは痛みの緩和とダメージ指標の低減にに効果があるようだ。パフォーマンスの改善は見られず。

・電気療法の類
痛みの緩和に効果がありそう。ただ個別の筋肉をアイソレートして刺激することしか出来ないので、あまり実用的ではない。


・軽い運動
一時的に痛みが和らぐが、またもとに戻る。ダメージの回復にはあまり効果がなさそう。

・リピーテッドバウトエフェクト(repeated bout effect)
不慣れな運動は最初は大きなダメージ起こるけど、2度め以降はダメージが小さくなる。これをリピーテッドバウトエフェクトと言う。不慣れな種目を行う時や、休養からトレーニングを再開するときは、最初はボリュームを少なくするのが良い。ボリュームが少なくてもリピーテッドバウトエフェクトは得られる。


・ソイプロテイン
Soy Beverage Consumption by Young Men
http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1300/J133v03n01_03?journalCode=ijds19

Four Weeks of Supplementation With Isolated Soy Protein Attenuates Exercise-Induced Muscle Damage and Enhances Muscle Recovery in Well Trained Athletes: A Randomized Trial.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5098124/

ソイプロテインの継続的な摂取により、抗酸化作用が筋肉のダメージ軽減に効くかも。


・オメガ3脂肪酸
Effect of an acute dose of omega-3 fish oil following exercise-induced muscle damage.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28213750

Omega-3 Polyunsaturated Fatty Acids in Physical Performance Optimization
http://www.cis.edu.rs/wp-content/uploads/kurs/XVII-predavanje/reference/omega-3-fatty-acid-and-sport-performance-ISNEM_2013.pdf

オメガ3脂肪酸は、筋肉痛の緩和とそれに伴うパフォーマンス改善、あと炎症反応の抑制が期待できるかも。結果があまり一貫していない。ただ健康には良いのでオメガ3脂肪酸は積極的に摂取したほうが良い。一日1-3g程度が目安。サプリは高価なのでイワシやサンマなどの100円くらいの缶詰がおすすめ。良質のタンパク質と良質のカルシウムも摂取できる。マグロなど食物連鎖の上位の魚は水銀リスクがあるのでほどほどに。


・クルクミン
Reduced inflammatory and muscle damage biomarkers following oral supplementation with bioavailable curcumin.
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214647416300034
痛みは改善しないが、ダメージの指標がかなり改善。ただこの研究は企業から資金提供を受けている。筋肉のダメージへのクルクミンの効果を調べた研究はこれしか見つからなかった。

Examin.com:Curcumin
https://examine.com/supplements/curcumin/
クルクミンには抗炎症作用があるようだ。クルクミン単体だと人体に吸収されにくいのでピペリンと合わせて飲む。クルクミンサプリは結構高価。ウコンの力は・・・クルクミンの含有量が上の実験で使用したサプリよりだいぶ少ない。


・一時的に血流を止める
The effect of intermittent lower limb occlusion on recovery following exercise-induced muscle damage: A randomized controlled trial.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28153608

一時的に血流を止めるのを繰り返すと(たぶん加圧トレーニングのように縛って圧迫)、身体組織のダメージの回復が早まり、筋力も早く回復するようだ。腕と脚にしか使えない。素人が自己流でやらないほうが良いだろう。

Mechanisms underpinning protection against eccentric exercise-induced muscle damage by ischemic preconditioning.
http://www.medical-hypotheses.com/article/S0306-9877(16)30707-1/fulltext

ダメージの予防として事前に血を止めるのも提案されている。メカニズム的には事前に軽く筋肉にストレスを与えて、リピーテッドバウトエフェクト引き出すようだけど、トレーニング後の回復中にストレスを与えると良くない気がするが・・・。抗炎症作用が高まるようなので、それが事後でもダメージ回復につながるのだろうか。


・フォームローラーやローラーマッサージャー
THE EFFECTS OF SELF‐MYOFASCIAL RELEASE USING A FOAM ROLL OR ROLLER MASSAGER ON JOINT RANGE OF MOTION, MUSCLE RECOVERY, AND PERFORMANCE: A SYSTEMATIC REVIEW
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4637917/

フォームローラーやローラーマッサージャーによるマッサージは、筋肉痛を和らげてパフォーマンスを回復させる可能性があるみたいだけど、筋肉のダメージ自体の回復が早まっているのかは微妙な感じ。血行が良くなることで、栄養と酸素が筋肉に運ばれ回復が早まる可能性はある。筋肉は使い続けると固く縮こまりやすいので、フォームローラーなどで筋肉をケアするのは、長期的には重要だろう。

・冷水に浸かる
What are the Physiological Mechanisms for Post-Exercise Cold Water Immersion in the Recovery from Prolonged Endurance and Intermittent Exercise?
https://www.researchgate.net/publication/295077960_What_are_the_Physiological_Mechanisms_for_Post-Exercise_Cold_Water_Immersion_in_the_Recovery_from_Prolonged_Endurance_and_Intermittent_Exercise

運動直後に冷水に浸かり上昇した体温を下げることで、体温上昇による中枢系の疲労を和らげる、後回しにされていた筋肉への血流を回復させて回復を早める、副交感神経優位にすることで強度の高い運動によるストレスを緩和し回復モードに早く入る(ただしその日の運動パフォーマンスは落ちるので一日のうちに複数回試合を行う場合は避けたほうが良い)、といったメカニズムで疲労回復に効果がありそう。

筋肉のダメージ回復への効果では、全身を使う長時間の持久運動や、ダッシュを繰り返すチームスポーツなどでは筋肉のダメージへの効果が繰り返し示されているが、単関節のエキセントリック運動で筋肉にダメージを与えた場合は冷水に浸かっても回復効果が示されない。筋トレだと、スクワットやデッドリフトで全身が疲れてダルくなった場合はトレーニング後に冷水に浸かると良いかもしれない。特に夏場。

ただ浸かりすぎると筋肥大にマイナスかもしれないので、冷たすぎる水に10分以上浸かるのは止めたほうが良さそう。運動後に頭が熱でぼーっとしてる場合に水に浸かって、それがおさまったらすぐ出るのが良いだろう。ジムにプールが併設されているなら、軽く泳ぐのも良いだろう。


・コンプレッションウェア
Effects of Compression Garment Pressure on Recovery from Strenuous Exercise.
http://research.stmarys.ac.uk/1322/9/The%20effects%20of%20lower%20limb%20compression%20garment%20pressure%20REVISED%20Nov%20V1.pdf

高い圧力のコンプレッションウェアを運動後に着用し続けるのはパフォーマンス回復に効果がありそう。この実験では14.8  ±  2.2  mmHg  at 170 the thigh and 24.3 ± 3.7  mmHg at the calf のコンプレッションウェアを運動後72時間シャワー時以外着用し続けた。Discussionによるとクレアチンキナーゼなどの指標はこの実験では改善しなかったが、他の実験では回復を示すものもあった。この実験では実験で与えたダメージが小さかったのではと考察されている。メカニズムとしては筋肉を支えることで身体組織が無駄に動かず回復が早まる可能性があるが、正確な仕組みはよくわかっていないとのこと。



★最後に
疲労回復の効果は、トレーニングの種類、強度、施術の方法(水温、コンプレッションウェアの圧力、マッサージ系の方法など)、サプリの摂取量、タイミングなどによって変わってくると考えられる。現状の研究では各方法ともベストの量やタイミングを突き詰めることはできていない。またこれまでの研究で効果が出ていないものも、タイミングや量を変えることで効果が出るかもしれない(少なくとも効果が出そうなメカニズムの仮説が存在すれば)。


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