座りっぱなし(sedentary)の生活が、肥満や健康リスクと相関するという研究が近年多く出ています。私も気になってはいたのですが、そこそこ運動していて肥満を避けるようにしている自分には関係ないだろう・・・観察研究だと交絡因子があるかもしれないし・・・と思いながらスルーしていました。しかし、1日や2日でも座りっぱなしの状態にすると、脂質代謝に悪影響が出るといったRCTが出てくるようになって、これは身体のメカニズム的に何かあるなと思って調べました。
身体活動と体組成に関する新たな考え方
今回調べてみて、新たな考え方を導入するにいたりました。自分の中でのパラダイムシフトは、こんな感じです。
「太るか痩せるかはカロリー収支の問題である」
「太るか痩せるかは生理学的にはカロリー収支の問題ではあるが、活動量が少ないと食欲のコントロールが失われ、ついつい食べすぎになることで太りやすくなる」(関連記事:運動と食欲)
「座りっぱなしの時間が長いと、脂質代謝の異常やインスリン感受性の低下により、摂取カロリーの振り分け(カロリーが筋肉にいくか体脂肪にいくか)が体組成変化にネガティブに働き、カロリー収支以外の面でも生理学的に太りやすくなる可能性がある」 ←New!
座りっぱなしによる健康リスク
座りっぱなしの時間が長いと、心血管疾患や糖尿病などのリスクが上がるという研究は複数あります(1)(2)(3)。運動不足だとそういった病気になりやすいのは一見すると当たり前に思えるのですが、問題はある程度の運動(週に150分以上)をしていても健康リスクが残ることです。もちろん運動をしないよりはしたほうが良いのですが、座りっぱなしの時間が長いことによる悪影響は、多少の運動では完全に打ち消せないようです(ただ毎日長時間の運動をすれば、そのぶん座りっぱなしの時間は短くなるので、座りっぱなしの悪影響は消えます。程度の問題です)。
週に35.5Mets-h(換算すると速歩き~ジョギング程度の運動を毎日60-75分)している場合は、一日8時間以上の座りっぱなしの悪影響が消えるという観察研究のメタ解析はあります(4)。ただ、あとで見るように、RCTでは歩行数を減らしたり長時間座りっぱなしにしたグループは1時間の有酸素運動をおこなっても座りっぱなしの悪影響が消えていません。日常生活で長時間動かない生活をすると、1時間程度の運動をしても悪影響が消えないと考えられます。
座りっぱなしによる脂質代謝や血糖値への影響
先程言及した、座りっぱなしの時間と健康リスクの相関を調べた研究は観察研究です。相関関係は必ずしも因果関係を意味しない・・・のですが、日常生活での活動量(歩行数)をコントロールして、脂質代謝や血糖値への影響を調べたRCTがあります。
歩行数を減らした研究では、筋肉のインスリン感受性が低下して血糖値に影響が出たり、内臓脂肪が増えたりしています(5)。また、運動(1時間の有酸素運動)をした翌日の脂質代謝を調べた研究(6)では、運動外での歩行数が少ないグループは食後の血中脂質が下がりにくく、エネルギー消費に占める脂質代謝の割合が低くなるという結果が出ています。
有酸素運動をすると、その後1-3日は食後の血中脂質や血糖値の上昇が緩やかになります。運動にはこのような即時性の健康効果があるのですが、運動外での日常生活であまり動かない(歩行数が少ない)生活をしていると、この運動の即時的な健康効果が得にくくなることがわかってきています。これは「エクササイズ・レジスタンス」と呼ばれていて、一日の歩行数がだいたい5000歩を下回ると、エクササイズ・レジスタンスが出やすくなってきます。8000歩くらいで身体の反応が正常になります。
日常生活で筋肉を長時間使わないと、糖や脂質を扱う筋肉の能力が低下する感じです。(6)の研究では、2日間の歩行数減少のあとに1時間の有酸素運動をして筋肉をたくさん動かしていますが、歩行数減の悪影響は運動では消えていません。脂質代謝については、脂質を分解する酵素(LPL)の活動が低下する可能性が考えられています。
下のグラフは(6)の研究のものです。血糖値や血中脂質の測定は、1時間といった間隔を空けて血を抜いて測定するので、血を抜いていないときの身体の状態はわからず(1時間の間に上がって下がったのかもしれないし横ばいだったのかもしれない)、また数値のブレも結構大きいため、これだけだと「中性脂肪については差は出てるけど、血糖は差がないし・・・うーん・・・」といった感想なのですが、
呼気を調べて計算した消費エネルギーに占める脂質と炭水化物の割合は明確な差が出ているので、座りっぱなしだと脂質代謝に何かしらの変化が起きるのは確実性が高いです。
座りっぱなしの生活をすると筋肉にカロリー(糖や脂質)を送り込みにくくなり、余剰分のカロリーが内臓脂肪として蓄えられやすくなるのかもしれません。体重の増減はカロリー収支の問題ですが、体組成の変化はカロリーの振り分けが影響します。なるべく多くのカロリーが筋肉に行き(エネルギー利用、エネルギー貯蔵、筋肉合成)、なるべく少ないカロリーが体脂肪に行けば、体組成は改善します。
座りっぱなしによる筋肉への影響
歩行数を減らすと、筋肉合成が低下するという研究はあります(7)。この研究では筋トレはしていません。筋トレをした場合に、座りっぱなしの悪影響が出て筋トレの効果が低下するのかは不明です(探したけど見つからず)。歩行数減少+有酸素運動の研究のように、歩行数減少+筋トレの実験をしてみて欲しいところです。
座りっぱなしの悪影響を打ち消すには
長時間のデスクワーク+1時間続けての運動といった生活だと、座りっぱなしの悪影響が出る可能性があります。座りっぱなしの悪影響をどのような運動で減らすことができるのか調べた研究を見ていくと、
・「座りっぱなし」と「座りっぱなし+20分おきに2分歩く」を比較。20分おきに2分歩いたほうが、座りっぱなしよりも血糖値が上がりにくい。(9)・「座りっぱなし」と「座りっぱなし+1時間おきに4秒×5(45秒インターバル)のサイクルマシンでのスプリント」を比較。1時間おきにサイクルマシンでのスプリントをしたほうが、食後の血中脂質について良い結果。(10)
・「座りっぱなし」と「立ちっぱなし」と「座りっぱなし+30分おきに2分歩く」を比較。「座りっぱなし+30分おきに2分歩く」がインスリン感受性について良い結果。立ちっぱなしはあまり意味がなさそう。(11)
・「14時間座りっぱなし」と「13時間座りっぱなし+1時間運動(激しめの自転車漕ぎ)」と「8時間座りっぱなし+4時間歩く+2時間立つ」を比較(14時間座りっぱなし以外は身体活動部分の消費カロリーは同じ)。インスリン感受性と血中脂質は、歩く&立つのほうが良好な結果。(12)
「長時間座りっぱなしで筋肉を動かさない+1時間の運動でまとめて筋肉を動かす」よりも「20-60分おきに短時間筋肉を動かす」ほうが座りっぱなしの悪影響を防ぎやすいようです。筋肉を長時間動かさない状態を続けると、筋肉の糖や脂質を扱う能力が低下しやすくなると考えられます。
実践面では、こまめに歩いて1日のトータルで1時間程度(5000歩程度)を目指すと良いでしょう。たとえば30分おきに、100歩/分のペースで2分歩くと12時間で48分(4800歩)です。このくらい歩くと、他の日常生活であまり動かなくても合計で8000歩を達成しやすいです。
こまめに歩き回るのが難しい場合は、20-60分おきにその場で自重筋トレをしたり、繰り返しジャンプしたり、踏み台昇降運動をしたりすると効果的だと思います。
あとは余暇時間のスマホやテレビに気をつけると良いですね。ダラーンとした姿勢で長時間筋肉を動かさないまま画面を見続けないようにすると、座りっぱなしの悪影響を避けられるでしょう。
<参考文献>
(1)Sedentary Time and Its Association With Risk for Disease Incidence, Mortality, and Hospitalization in Adultshttps://www.acpjournals.org/doi/abs/10.7326/M14-1651
(2)Too Much Sitting: The Population-Health Science of Sedentary Behavior
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3404815/
(3)Associations of mutually exclusive categories of physical activity and sedentary time with markers of cardiometabolic health in English adults: a cross-sectional analysis of the Health Survey for England
https://link.springer.com/article/10.1186/s12889-016-2694-9
(4)Does physical activity attenuate, or even eliminate, the detrimental association of sitting time with mortality? A harmonised meta-analysis of data from more than 1 million men and women
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(16)30370-1/fulltext
(5)Reduced physical activity in young and older adults: metabolic and musculoskeletal implications
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/2042018819888824
(6)Daily Step Count and PostprandialFat Metabolism
https://exerciseismedicine.gr/wp-content/uploads/2021/02/Daily_Step_Count_and_Postprandial_Fat_Metabolism.10.pdf
(7)One Week of Step Reduction Lowers Myofibrillar Protein Synthesis Rates in Young Men.
https://europepmc.org/article/med/31083048
(8)Sedentary behaviours and their relationship with body composition of athletes
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/17461391.2021.1874060?journalCode=tejs20
(9)Breaking Up Prolonged Sitting Reduces Postprandial Glucose and Insulin Responses
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3329818/
(10)Hourly 4-s Sprints Prevent Impairment of Postprandial Fat Metabolism from Inactivity
https://www.researchgate.net/publication/340869292_Hourly_4-s_Sprints_Prevent_Impairment_of_Postprandial_Fat_Metabolism_from_Inactivity
(11)The effects of prolonged sitting, prolonged standing, and activity breaks on vascular function, and postprandial glucose and insulin responses: A randomised crossover trial
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7781669/
(12)Minimal Intensity Physical Activity (Standing and Walking) of Longer Duration Improves Insulin Action and Plasma Lipids More than Shorter Periods of Moderate to Vigorous Exercise (Cycling) in Sedentary Subjects When Energy Expenditure Is Comparable
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3572053/
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