6/30/2023

追い込み度の違いによる筋力向上と筋肥大効果への影響(2023年版)

以前調べたときは、限界までやっても、その少し前で止めても、ボリュームを揃えれば筋力向上と筋肥大の効果は同じくらい、という結果でした。

新しい研究が増えてきて、それを分析したメタアナリシスも出てきたので、内容をアップデートしていきます。

大まかな結論を先に書くと、

・筋力向上については追い込むメリットはあまり無さそう。

・筋肥大については、追い込んだほうが効果が高そう。


筋力向上については、「トレーニングの強度(%1RM)が重要で、追い込むメリットはあまり無さそう」で、これまでと同じ認識です。

筋肥大については、「ボリュームを揃えれば限界までやってもあまり変わりないだろう」から、「限界までやったほうが効果が高くなりそう」という認識にシフトしました。

ただ、筋肥大のためには追い込めば追い込むほど良いかというと、現実の運用では疲労コストや怪我リスク、精神的な辛さによるトレーニングの継続性といった問題があるので、ケースバイケースになります。これについては後ほど、細かく条件分けして書いていきます。




研究を見ていきます。新しめのメタアナリシスは2つあります。


(1)Effects of resistance training performed to repetition failure or non-failure on muscular strength and hypertrophy: A systematic review and meta-analysis
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9068575/

1つ目は、限界まで追い込んだトレーニングと、限界まで追い込まないトレーニングを比較した研究のメタアナリシスです。RPE8.5でもRPE5でも「追い込まない」側に分類です。

このメタアナリシスの結果は、筋力も筋肥大も、限界まで追い込むのと、追い込まないのとで有意差なしです。項目ごとに細かく見ていくと、

<筋力>
ボリュームを揃えれば追い込んでも追い込まなくても有意差なし(ES0.01)

下半身は追い込まないほうがわずかに効果的か(ES-0.15,p=0.079 有意差なし)


<筋肥大>
ボリュームを揃えれば追い込んでも追い込まなくても有意差なし(ES0.15 追い込んだほうが僅かに有利かも)

トレーニング経験ありの被験者だと追い込んだほうがわずかに効果的(ES0.15、p=0.039 有意差あり)

上半身は追い込んだほうが効果的かも(ES=0.41、p=0.220 有意差無し)

ES(効果量)は、small (≤0.20), moderate (0.21–0.50), large (0.51–0.80), and very large (>0.80)です。


筋肥大では「トレーニング経験ありの被験者だと追い込んだほうがわずかに効果的(有意差あり)」なのですが、筋肥大を調べた研究のうちトレーニング経験ありの被験者の研究は2つのみで、そのうち1つがボリュームを揃えていて、もう一つはボリュームを揃えていません。ボリュームを揃えているのはこの研究で、約75%1RMの重量で、10レップ×4セットを2分インターバル(限界グループ)、5レップ×8セットを1分インターバル(非限界グループ)の比較です。

データを細かく見ていくと、被験者の初期状態は、非限界グループのほうが除脂肪体重が重くて体脂肪率が低くて、ベンチプレスとスクワットの1RMが高いため伸びしろが小さいです。筋肥大は、外側広筋と肘の屈筋と前部三角筋の厚みを測定していて、明確にグループ間で差が出ていて限界グループが効果が高いという結果が出たのが外側広筋のみです。測定方法は、各部位について一箇所の厚みのみ測定で、筋肉の体積変化を測定したものではないですし、被験者数が各グループ9名で個人差の影響も出やすいです。

というわけで、「トレーニング経験ありの被験者だと追い込んだほうがわずかに効果的(有意差あり)」という点については、大げさに捉えないほうがいいかなと思います。


上半身の種目では追い込んだほうが筋肥大に効果的かもというのは、経験則的には、上半身のトレーニングは疲労コストが軽く、追い込んでも回復できボリュームを積みやすいことが影響しているかもしれません。

下半身トレーニングの限界セットは疲労コストが重いです。追い込みすぎると回復できず、長期的に見ると効果を出しにくいと思います。この手の研究は、トレーニング頻度を週2回にしている研究が多いので、回復が遅い下半身をこの頻度で全セット限界までやるのは回復面がネックになってメリットが薄いのかもしれません。



(2)Exploring the Dose-Response Relationship Between Estimated Resistance Training Proximity to Failure, Strength Gain, and Muscle Hypertrophy: A Series of Meta-Regressions
https://sportrxiv.org/index.php/server/preprint/view/295/590

2つ目の研究は、限界まであと何レップか(RIR)による筋力向上と筋肥大の効果を算出してグラフにしています。

RIR(Repetitions In Reserve 限界まで残り何レップか) RIR0=RPE10 RIR1=RPE9 RIR2=RPE8・・・

メタアナリシスの対象は、ボリューム(セット数or総レップ数)を揃えた研究のみです。

分析結果のグラフは、





細かいところも含めて結果を書いていくと、

<筋力>
筋力については、追い込み度を高くしても効果が上がらない。

筋力アップ狙いなら強度(%1RM)で重いのをもつのが重要。


<筋肥大>
追い込み度が高いほうが筋肥大効果は高い。

高強度(約80%1RM以上)だと追い込み度の影響は小さくなる(限界までやらなくてもあまり差がでない)。

低強度だと追い込み度の影響が大きい(限界までやるメリットが大きい)。


ただこの研究は、解析対象の各研究の追い込み度の定義が揃ってないですし、追い込み度を挙上速度がどれだけ低下したかで判断している研究もあります。これらは研究者が、このぐらいだろうと追い込み度を推定してデータにしています。それと、グラフのドットを見てわかるように、個別のデータは非常にばらついています(特に筋肥大データのばらつきが大きい)。



コメント

筋肥大については、ボリュームが同じなら限界付近(RPE10や9)までやったほうが効果が高そうです。

じゃあ、常に全セット限界までやるのが最適かというと、そうではありません。限界セット(RPE10)を目指す追い込んだトレーニングにもデメリットがあって、

・精神的にキツイ。特に、運動経験があまり無い初心者に追い込んだトレーニングを強いると、トレーニングを継続しにくくなる。トレーニングを継続している人でも、仕事などで精神的な余裕があまり無いときにRPE10のトレーニングはメンタルにくる。

・怪我リスクが高い。特にフリーウェイト種目で限界を目指すのは怪我リスクが高い。

・疲労コストが重い(回復に時間がかかる)。トレーニングで効果を出すには、長期的に見てどれだけトレーニングを積んでいけるかが重要。

・そもそも筋トレをする全ての人が最高効率の筋肥大を目指しているわけではない。RPE7や8でも十分に筋肥大する。



限界セットの有効な使い所を考えてみますと、

・追い込み度が低すぎる場合
自己判断だと多くの人が軽すぎる重量を選び、追い込み度も低すぎるという研究があります。初心者の頃は何をやっても伸びますが、ある程度トレーニングに慣れた後はそのままだと効果が出にくいです。全員が果てしのない筋肥大を目指しているわけではないでしょうけど、もっと筋肥大したいけどなかなか育たないな、という場合は追い込み度が低すぎるのかもしれません。その場合は限界までやってみるのもいいでしょう(限界がどこかわかったら、その後は平均RPE8くらいでやったほうが継続しやすいです)。


・トレーニング刺激を確保する
BIG3のプログラムで、強度とレップ数とセット数をジャストフィットに調整したプログラムを作るのは難しいです。そこで、「限界セットを1セット+追い込み度の低いセットを数セット」といった構成にして、一定のトレーニング刺激が確保されるようにする手法があります(限界セットといっても、フリーウェイト種目はRPE9で止めたほうが安全です)。

この手法を用いたプログラムでは、最初のセット、もしくは最終セットを限界セットまでにするパターンが多いです。残りのセットはRMの半分くらいのレップ数にします。例えば、80%1RMだとRMは8レップくらいなので、

限界セット@80%1RM + 4レップ×4セット@80%1RM

みたいな組み方です。この組み方をするのは高強度の重量で、普通は75%1RM以上です。60%1RM~70%1RMくらいだと、この組み方はあまりしないと思います。強度が高いと、追い込み度が低くても筋肥大効果が低下しにくいという(2)の研究結果ともマッチしていて、高めの強度でボリュームも確保したい場合にこの組み方は効果的だと思います。


・1RMがどんどん伸びる場合
伸び盛りの初中級者だと想定1RMがどんどん伸びていくので、限界セットを組み込み、現時点の1RMを推定し、重量に反映させる方式にすると伸びが速くなりやすいです。


・低ボリュームのトレーニング
時間があまりなく、少ないセット数でトレーニングを終わらせたい場合は限界セットが効果的です。


・低強度・高レップのトレーニング
低強度のトレーニングが好きな場合や、自宅での自重トレなど強い負荷をかけにくい場合は、限界まで追い込むと筋肥大効果を高めやすいでしょう。


・高ボリューム・低頻度のトレーニング
トップレベルのボディビルダーがやるような、5、6分割して各部位週1回の頻度でトレーニングする場合は、限界セットを多数やっても次の同部位のトレーニング日までに回復できるでしょう。ただ体力とメンタルが必要なので、普通の人にはあまりおすすめできないです。



種目、トレーニングレベルごとにどう限界セットを入れるか具体例を書いてみます。

◆種目◆

<BIG3>
BIG3は、頻度を上げたほうがスキルが向上して伸びやすいです。そのため全セット追い込むといった方法は、次のトレーニング日までの回復が難しくなるため、一般的ではありません。

強度ごとに考えると、高強度(80%1RM以上)で、限界付近のセットを多数やるのは怪我リスクが高いです。疲労コストも重いです。限界セットをやるにしても、一回のトレーニングで1セットまでにしたほうがいいと思います。

ベンチプレスやスクワットで、60%1RMや70%1RMの強度なら限界付近のセットはそれほど怪我リスクが高くないです(フォームが安定していることが前提ですが)。ベンチプレスで挙上距離が短いフォームなら、限界セットを多数やっても回復しやすいと思います。

デッドリフトは中・高レップでの限界セットは危ないですね。やるなら85-90%1RMの強度が良いと思います。


<主働筋の補助種目>
スクワットの補助種目にレッグプレスなどをやる場合。動作をきっちりコントロールしきれるなら、全セットRPE9や10でもいいと思いますが、部位あたりのトレーニング頻度が週2回以上だと、次のトレーニングまでに回復できるかが問題になります。限界セットをやるにしても最終セットのみRPE9や10にして、大部分のセットをRPE8程度にするのが無難です。


<アイソレート種目>
他の種目のトレーニングに影響がなく、次の同部位のトレーニングまでに回復出来るなら、好きに追い込んでOKです。ただ、トータルボリュームを優先したほうが良いので、トータルのボリュームを確保できる範囲で追い込みましょう。最初の1,2セットを限界までやって、残りのセットがボロボロになったらあまり意味がありません。



◆トレーニングレベル◆

<初心者>
それほど重量が扱えないのと、体力がまだあまりなくて高ボリュームが出来ないので、限界までやっても疲労コストが軽く、回復しやすいです。初心者なら何をやっても伸びますが、おそらく限界までやったほうが伸びやすいです(特に若い人は)。ただ、初心者のうちはフォームが安定していないので、限界までやると怪我リスクが高くなります。初心者の追い込み度をどうするかは、なかなか難しい問題です。

よほどフォームが安定していない限りは、バーベルのフリーウェイト種目はRPE8くらいで止めたほうが安全だと思います。セット終盤にフォームが崩れるのが自分でわかるなら、フォームが崩れだしたら止めるのも良いでしょう。

マシンや、ダンベルのアイソレート種目は、限界付近までやってもそれほど怪我リスクが高くないので、高い目標を持つ人は、限界までやるのも良いと思います。

健康目的で筋トレをする場合は、あまり追い込まないほうが良いでしょう。追い込むのはメンタル面で辛いですからね。追い込まなくても十分に筋力向上と筋肥大は起こります。楽しく継続するのが最優先です。



<中級者>
重量とボリュームが上がってくるので、回復に時間がかかるようになります。種目・部位を週2回の頻度でやっていく場合は、限界セットを多用しないほうが良いでしょう。フリーウェイト種目は一回のトレーニングで限界セットは1セットまで、補助種目の限界セットは最終セットのみといったやり方が良いと思います。

肩や背中や腕のアイソレート種目を低強度・高レップでやる場合は、追い込んだほうが高い効果を得られます。これらの部位は回復もしやすいので、高いレベルの筋肥大を目指す場合は追い込み度を高くしたほうが良いでしょう。

それと、追い込めるかどうかには個人差があって、中高生のときに運動部で激しい運動をしていた人と、あまり運動経験のない人だと、追い込み度・精神的なキツさへの耐性が違うことがあります。

ハードな運動部の経験がある人は限界までやりたがる傾向があるので、限界まで追い込むことはあまり推奨せず、「RPE8で止める」を目安にしたほうがいいですね。

あまり運動経験のない人だと追い込むのが苦手な場合があるので、トレーニングに慣れてきたら、もうちょっと頑張るのを目指すと良いと思います(本人がさらなる向上を望むなら)。



<上級者>
BIG3を中心にトレーニングする場合は、限界セットの疲労コストが重いので、限界セットは多用しないほうがいいと思います。

研究だと筋力向上に追い込み度はあまり関係がないという結果ですが、上級者が筋力向上目的で、高強度の限界付近セットを実施するのは効果があるかもしれません。例えば3-4レップ@90%1RMといった限界付近セットだと、筋繊維がフル動員されて、メンタル面でも相当集中しないといけないので、1RMチャレンジのときと肉体的・精神的に近い状況になります。


ボディビル系だと、現実の国内トップビルダーは部位あたり週1回の頻度で、追い込み度の高いセットを多用するやり方の人が多いです。極限まで筋肥大したい場合は、限界までやることに意味があるのだと思います。筋肥大させるには、「やべえ、適応しなきゃ」と筋肉に思わせるトレーニング刺激を与える必要があるので、上級者になってからさらに筋肉に危機感を持たせるには、限界までやったほうが良いのでしょう。

4 件のコメント:

  1. 前々から思っていたことですが筋力向上という単語を語る際には等尺性筋力のことなのか1RM重量の向上なのかをハッキリ明記させていただけると適切だと思います。
    追い込まないことでの筋力向上はあくまで1RM重量の向上であり、ひょっとしたら単なる練習頻度を上げやすさから技術が向上するだけでは?という疑念がぬぐえないのです。
    追い込まないことが、より等尺性筋力向上になるのなら素晴らしいことだと思いませんか?

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    1. コメントありがとうございます。

      この記事の論文だと、アイソメトリックもアイソトニックも、単関節も複合関節も、マシンもフリーウェイトも、まとめてメタ解析しています。個人的には分けてほしいものですが、それだと数が揃わないのでこの手のメタ解析研究だと全部まとめてやるのが普通です。

      また一般的に、科学研究だと、モダリティに関わらず筋力(strength)と書かれるので、それに従って私も筋力と表記しています。モヤモヤする気持ちはわかりますし、経験者が6週間でBIG3の1RMが20%伸びたとかの研究は大部分がスキル向上だろうなと思いますが、そういった研究でも筋力の向上と書かれています。個別の研究についての記事では、筋力の測定方法が何なのか書くようにしています。

      追い込み度と筋力の関係についていえば、レッグエクステンションやアームカールなど単関節種目でも、追い込まずに筋力向上することは示されています。例えばこの研究だと、30秒間隔で1レップずつという極端なやり方でもアイソメトリックの筋力が向上しています。
      https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1724546/

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    2. 全部まとめられちゃうのが悲しいですね
      筋力強化は高重量で追い込まない。筋肥大は追い込めればOK
      恰も科学は筋力強化と筋肥大は別物の如く扱っています。
      では本質的に固有筋力を強くするにはという問いには科学は何も答えてくれません。
      結局最大限に筋力強化したければ筋肥大させろという趣旨は何も変わってないですよね。

      1RM重量を筋力とする風潮を科学界隈の中だけでも消えないんでしょうかね。
      詳しい解説ありがとうございます。

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    3. トレーニング関連の研究は、現場で実施されていることを後追いで再確認した、みたいなものも多いですね。一方で、インターバルを短くして成長ホルモンを出したほうが筋肥大するという理論が否定されたり、筋肉痛が必ずしも筋肥大につながるわけではないことがわかってきたりと成果も出ています。現場知識と科学研究がうまくタッグを組んで、トレーニングに対する理解が深まっていくと良いですね。

      筋繊維全体の発揮する力を強くするには、運動単位の動員と発火頻度が最大になったあとは、筋原線維を太くするしかないでしょう。細かいことを書くと、追い込んだほうが筋肥大効果が高い、というのは主に低強度や中強度での話なので、もしかすると高レップでの追い込みによる代謝ストレスで筋形質が肥大し、筋肥大効果を高めているのかもしれません。その場合、追い込みよるプラスアルファの筋肥大効果は、筋力向上にはつながりにくい可能性があります(筋形質の選択的な肥大が起きるかは、はっきりとわかっていないので、ここの話は思いつきで書いています)。

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