拷問みたいなハードなストレッチをすると、普通に筋トレするのと同等に筋肥大するという研究が出てきています。筋力(アイソメトリック)についても、普通の筋トレと同等の伸びになっています。実用性の面では疑問符が付きますが、学術的に興味深い内容なので取り上げます。
ストレッチによる筋肥大研究のこれまでの流れについては、こちらの論文が詳しいです。ざっと概略を書きます。
(1)Physiology of Stretch-Mediated Hypertrophy and Strength Increases: A Narrative Review
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10587333/
動物実験では、ストレッチによる筋肥大について明確な効果が示されています。ただし、重りで無理やり筋肉を引っ張るのを毎日24時間続けるといった、人間対象では不可能な方法です。
人間対象のストレッチ研究は、ストレッチで筋肥大が起きたり、起こらなかったりと結果がばらついています。
ストレッチをする時間の長さと、ストレッチの強度が重要なファクターになっていると考えられます。
一日数分程度の普通のストレッチだと、筋肥大はほぼ起こらないです。短時間のストレッチでも効果があったとする研究が一部ありますが、効果なしの研究のほうが多いです。
一日一時間といった長時間、または筋肉に非常に強いテンションがかかり、痛みを強く感じるストレッチだと、確実に筋肥大が起こりそうです。また、効果が示された研究では、整形外科的な器具を用いて、筋肉を強制的にストレッチ状態で固定しています。
ストレッチで筋肥大が起こるのは、筋肉への力学的な張力(メカニカルテンション)が主要な経路だろうと推測されていますが、詳しいメカニズムははっきりとはわかっていません。筋肉が引っ張られて薄くなることで虚血が起こり、酸欠による筋肥大が起こっている可能性もあるようです。
ストレッチグループと筋トレグループを直接比較した研究が2つあるので、それぞれ見ていきます。対象の筋肉は、大胸筋とふくらはぎの筋肉です。
(2)Influence of 8-weeks of supervised static stretching or resistance training of pectoral major muscles on maximal strength, muscle thickness and range of motion
https://link.springer.com/article/10.1007/s00421-023-05413-y
<実験内容>
被験者:若い男女 普段から何かしらの運動している
トレーニング内容
・ストレッチグループ:一回15分 週4回
・筋トレグループ:バタフライマシン 10-12レップ×5セット 週3回
期間は8週間
ストレッチ方法は、大胸筋に最大限の痛み・不快感を感じるレベルまで引っ張る。ストレッチに用いた器具は筋力測定と同じ方式のもので、テンションが緩んだらさらに引っ張ってテンションを維持する機器を使用している(かなりハードなストレッチのため、比較的短い時間でも高い効果が出たと思われる)。
筋力測定は、フライ動作のアイソメトリック。
筋肥大測定は、超音波検査で筋肉の厚みを測定。
<結果>
ストレッチグループと筋トレグループとで、筋力、筋肥大の向上は同等だった。可動域の向上は、ストレッチグループのほうが上だった。
・ストレッチグループ +10.16%
・筋トレグループ +10.30%
筋肥大(左大胸筋)
・ストレッチグループ +6.46%
・筋トレグループ +7.25%
筋肥大(右大胸筋)
・ストレッチグループ +5.65%
・筋トレグループ +5.35%
可動域
・ストレッチグループ -8.86%
・筋トレグループ -2.38%
(3)Comparison of the effects of long-lasting static stretching and hypertrophy training on maximal strength, muscle thickness and flexibility in the plantar flexors
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10363083/
<実験内容>
被験者:若い男女 普段から何かしらの運動している
トレーニング内容
・ストレッチグループ:毎日一時間
・筋トレグループ:レッグプレスマシンでのカーフレイズ動作を10-12レップ×5セット 週3日
期間は6週間
ストレッチ器具は、10段階評価で7-8レベルの痛みを感じる状態で装着。
筋力測定は、踵上げ動作のアイソメトリック。
筋肥大測定は、超音波検査で筋肉の厚みを測定。
<結果>
ストレッチグループと筋トレグループとで、筋力、筋肥大、可動域の向上は同等だった。筋肥大は筋トレグループのほうがやや優位な部位もあるが、おそらくその部位はストレッチで伸ばされにくかった。
筋力(膝180度)・ストレッチグループ +18.00%
・筋トレグループ +13.36%
筋力(膝90度)
・ストレッチグループ +9.58%
・筋トレグループ +9.96%
筋肥大(腓腹筋外側頭)
・ストレッチグループ +4.68%
・筋トレグループ +8.5%
筋肥大(腓腹筋内側頭)
・ストレッチグループ +7.72%
・筋トレグループ +8.42%
可動域(膝を壁に近づける)
・ストレッチグループ +10.75%
・筋トレグループ +8.97%
可動域(ゴニオメーター)
・ストレッチグループ +12.46%
・筋トレグループ +9.09%
コメント
表面上の結果だけ見ると、ストレッチは、
・普通の筋トレより可動域が向上する
となっていて、ストレッチが筋トレの上位互換みたいな感じですが、特殊な器具を使って拷問みたいなストレッチをやらないといけないので、普通の人にとっては実用性はあまりないでしょう。(2)の大胸筋ストレッチの研究では、ストレッチグループに入りたがらなかった参加者もいたとのことです(Limitationsに書かれている)。
筋トレもきついですが、きつい数十秒を数回繰り返すだけですし、トータルで見ればインターバルの時間のほうが長いですから、筋トレのほうが楽でしょう。
筋力測定については、特異性の面でストレッチグループが有利なので、スポーツパフォーマンスなどの実用的な筋力面では、ストレッチにどれだけの効果があるかはわかりません。また、筋肉の断裂や関節の怪我リスクも高そうですし、最大の力を発揮する筋肉の長さ・関節の角度が変わりそうなので、スポーツパフォーマンス面では採用されないかなと思います。
健康面でも、エネルギーを消費する筋トレのほうが健康に良さそうな感じはしますね。心肺機能や耐糖能、骨を丈夫にするといった健康面で、筋トレのほうが効果的でしょう。
強い痛みを感じるストレッチが実行可能な筋肉も限られています。主要な筋肉だと大胸筋、ハムストリングス、内転筋、カーフ、前腕屈筋くらいですかね。
長期的視点だと、漸進的過負荷が必要なのか、もし必要ならどうやるのかが不明です。一定強度と時間のストレッチでずっと筋肥大が続くのか。もしくは、さらに時間を長くしたり、さらにきつくストレッチするのか。研究ではストレッチを普段してない人を集めているため、新鮮な刺激で高い効果が得られたと考えられます。
他には、ハードストレッチによる筋肥大が、筋トレされてない筋肉にのみ有効なのか、筋トレされていて既にだいぶ筋肥大した筋肉にも有効なのか不明です。もし仮に、筋トレによる筋肥大に上乗せ可能なものならば、最大限の筋肥大を目指すボディビルダーには有用だろうと思います。(普通の筋トレも、コンセントリックフェーズでの筋肥大要素と、エキセントリックフェーズでの筋肥大要素に分けられ、ハードストレッチは後者に近いのかなと思います)
あとは、怪我やリハビリ過程でハードな筋トレが難しい場合に、筋肉が衰えるのを防ぐためにハードストレッチが使える場面がありそうです。
超高強度のストレッチは骨折の危険性高いと思いますね。
返信削除コメントありがとうございます。怪我リスクは高そうですね。
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