6/07/2017

ストレッチとウォームアップ

運動前にストレッチとウォームアップをどのように行っていけば良いのか書いていきます。

運動前の準備で行いたいことは、

高いパフォーマンスを発揮し、トレーニング効果をしっかり得られる身体の状態にもっていくこと

関節の可動域が足りなかったり、特定の筋肉が固くて姿勢が歪んでいる場合、そのコンディションでトレーニングを行っても、質の高いトレーニングを行うことは出来ず、 トレーニング効果を得にくくなります。競技を行う場合も高いパフォーマンスが発揮できません。

運動前の準備に必要な要素を2つのフェーズ分けて書くと、

<フェーズ1(主にストレッチ)>

・可動域の確保
これから行う運動に必要な関節の可動域を確保する。

・アラインメントの修正
アラインメント(身体のパーツの配列)に異常がある場合、簡単に言えば姿勢が悪い場合は、なるべく正常に近づける。

・ 筋肉・筋膜のインバランスの修正
緊張して固くなっている筋肉・筋膜を緩める。緩んで伸びている筋肉をアクティベートし、力が入るようにする。

<フェーズ2(主にウォームアップ)>

体温上昇と脈拍上昇、それと運動に必要な動作の予習(フォーム確認と力の発揮)を行う。

 

これらの要素を達成し、運動前の準備を完了するために、静的ストレッチ、動的ストレッチ、フォームローラー、全身を動かす軽い有酸素運動、競技特有のウォームアップといった手段を使います。それぞれ得意な要素、不得意な要素、また得意な関節・筋肉、不得意な関節・筋肉があるので、身体の状態に合わせて適材適所で組み合わせてコンディションを作っていきます。

例えば、アラインメントの修正や、筋肉・筋膜のインバランスの修正は、静的ストレッチやフォームローラーが適しています。可動域を広げるのは動的ストレッチでも静的ストレッチでも出来ますが、やりやすさは関節と筋肉によって異なり、例えば前腕やふくらはぎの筋肉を伸ばしたいといった場合は、動的ストレッチよりも静的ストレッチのほうが適しています。体温上昇と脈拍上昇は、動的ストレッチや軽い有酸素運動が適しています。

「運動直前の静的ストレッチは運動パフォーマンスを低下させたり、筋肥大効果を低下させたりするから、運動前には静的ストレッチをやらないほうが良い」といった主張を見ることがありますが、運動前の準備に必要な要素を理解し、ストレッチとウォームアップの目的を明確にし、各手段を使い分けていくことが重要です。

ストレッチをどう使えば良いのか理解するため、まずは静的ストレッチと動的ストレッチについての予備知識から。

 

静的ストレッチによる短期的なパフォーマンス低下

静的ストレッチを行ってすぐに運動をした場合、パワー(ジャンプ力など)、ストレングス(1RMなど)、スピード(スプリントなど)が低下することを示す研究が多くあります。

中レップ・高レップのレジスタンストレーニングをする場合でも、最大レップ数が低下しやすいです。筋トレの直前に静的ストレッチを行うと、行わなかった場合に比べてトレーニングボリュームが低下し、筋肥大効果が低くなることを示す研究もあります。

静的ストレッチの影響は実施時間や強度によっても変わり、長い時間(30-60秒以上)やったり、痛みが強くなるレベルまでハードにやると、パフォーマンスが大きく低下する傾向があります。

ただ、こういった研究は、レッグエクステンションの直前に大腿四頭筋を静的ストレッチするといった、現実にあまり関係のないデザインです。静的ストレッチをすると、筋肉-腱が緩んで直後の出力が低下するのは事実ですが、高い出力が求められる主働筋を静的ストレッチする必要があるケースはあまり無いです。上の例で言えば、ほとんどの人は大腿四頭筋のストレッチをしなくても、膝の可動域はレッグエクステンションをするのに十分です。



静的ストレッチの長期的な効果

静的ストレッチを長期的に行うと、柔軟性が向上します。長期的には、運動パフォーマンスの低下は無いとする研究が多いです。

静的ストレッチを数週間続けると筋力が向上したという研究がいくつかあります。しかしこれはエキセントリックトレーニングと似たメカニズムで筋肉に負荷がかかったためでしょう。普段から筋トレしている人にとっては、ストレッチでの負荷では過負荷にならないので、筋力向上や筋肥大は起きないと思います 。

長期的な静的ストレッチによる身体の変化を考えると、理論的には運動パフォーマンスに微妙な影響が出るかもしれません。長期的な静的ストレッチでエキセントリックトレーニングと同様に筋肉の長さがが変わる可能性があって、そうすると最も力を発揮できる筋肉の長さ(関節の角度)も変わります。実践面では、競技に必要な関節の可動域を得たら、あとはそれを維持する程度に静的ストレッチを行えば良いでしょう。


動的ストレッチの効果

動的ストレッチは可動域を拡げつつ、運動パフォーマンスを向上させます。運動パフォーマンスが向上するのは、体温上昇と脈拍上昇といったウォームアップとしての効果があるからでしょう。ただ、強度の高い運動をするなら、動的ストレッチだけではウォームアップとしては不十分だと思います。

動的ストレッチは長期的に行っても、柔軟性の向上は起こらないようです。長期的に柔軟性を向上させるには、静的ストレッチかフォームローラーが良いでしょう。


ストレッチが筋肉-腱に及ぼす影響の推定メカニズム

推定メカニズムはいくつかあるのですが、そのうちの1つだけが正しいわけではなくて複合的に効果を発揮すると思われます(かなり難しいです。間違いがあったら申し訳ないです)。

- 神経-筋肉がリラックスする説。持続時間は短期か。

- 筋肉-腱が伸ばされるときの抵抗が小さくなる説。持続時間は短期と長期か。

- 筋肉が伸ばされると身体が筋肉断裂の警告を痛みとして発するのですが、ストレッチでこの痛みに慣れることで警告が発せられるラインを引き上げる説。このメカニズムだけだと本当に筋肉が断裂する危険域は変わらないので、警告から断裂までの安全マージンが小さくなって、筋肉が伸ばされる競技だと怪我のリスクが上がるかもしれない。持続時間は短期と長期か。

- 筋肉-腱の粘弾性が低下する説。筋肉-腱が伸びたゴムみたいになる。エキセントリックからコンセントリックに移る際の弾性エネルギーの蓄積が減り、コンセントリックフェーズでの力の発揮が低下する可能性。持続時間は短期か。

- 筋節が直列に追加されて筋繊維が長くなる説(長期的な効果)。人間が行う普通のストレッチで起こるか疑問だという考察もあるが、エキセントリックトレーニングで筋束が伸びることが示されていてそれは筋節の追加によるものだと推測されているので、静的ストレッチでも筋節が追加されて伸びるのではないだろうか。2017年の研究でも長期的な静的ストレッチで筋束が伸びることが示されている。


怪我のリスク

運動前にストレッチをしても特に怪我のリスクが低下するわけではない、とする研究が多いです。

メカニズム的には、運動前に静的ストレッチをやりすぎると神経-筋肉の反応が遅れ、咄嗟の動きが鈍くなって怪我リスクが上がる可能性があります。また前述のように安全マージンが小さくなって、競技によっては筋断裂リスクが上がる可能性もあるかもしれません。



以上がストレッチについての予備知識です。次にストレッチの組み込み方を考えていきます。


運動前にやるべきこと

記事の最初のほうでも書いたように、ウォームアップ以外で運動前にやるべき準備を3つ挙げると、

(a) 可動域の確保
これから行う運動に必要な関節の可動域を確保する。

(b) アラインメントの修正
アラインメント(身体のパーツの配列)に異常がある場合、簡単に言えば姿勢が悪い場合は、なるべく正常に近づける。

(c) 筋肉・筋膜のインバランスの修正
緊張して固くなっている筋肉・筋膜を緩める。緩んで伸びている筋肉をアクティベートする(これはストレッチでは難しい)。

関節の可動域が足りないと、運動でパフォーマンスを発揮しにくくなったり、怪我をしやすくなったりします。例えば股関節の可動域が足りないままデッドリフトを行うと、背中を丸めてバーに手を届かすことになり、腰を痛めやすくなります。他には、背中が丸まって猫背になっている状態でベンチプレスをやると、肩を痛めやすいです。また、アラインメントと筋肉・筋膜のバランスが悪い状態でトレーニングすると、過度に使われている筋肉ばかりを悪い姿勢のまま使うことになり、症状が悪化してしまいます。

可動域の確保は静的ストレッチでも動的ストレッチも効果がありますが、動的ストレッチはパフォーマンス低下が起こらないので、可動域の確保のみが必要な場合は動的ストレッチを優先的に行ったほうが良いでしょう。ただ、前腕やふくらはぎなど、動的ストレッチだと伸ばしにくい関節・筋肉もあるので、そこは適材適所でやっていきます。

静的ストレッチを主に使う目的は、アラインメントの修正、筋肉・筋膜のインバランスの修正です。これらは動的ストレッチではなく、静的ストレッチで丁寧にやったほうが良いです。

フォームローラーも、可動域の確保、アラインメントの修正、筋肉・筋膜のインバランスの修正にそれぞれ効果があるので併用すると良いでしょう。フォームローラーは運動パフォーマンスの低下がないようなので、フォームローラーだけで目的を達成できる部位は静的ストレッチより優先したほうが良いかもしれません。またフォームローラーは、筋肉を伸ばしすぎるリスクが無いのもメリットです。(例えばハムストリングスをストレッチで伸ばしすぎると痛めたりするので、そういった筋肉はフォームローラーのほうが適しています)

どの部位をどのくらいストレッチすべきかは、その人のコンディションと行う運動次第になります。良いコンディションの人はウォームアップを兼ねて軽く動的ストレッチをするだけで十分な場合もあるでしょう。


ストレッチを行う具体例

運動前の静的ストレッチは、ストレッチされた筋肉のストレングスやパワーを低下させる可能性が高いです。ただ後述しますが、静的ストレッチのあとにウォームアップを行えば、静的ストレッチによるパフォーマンス低下を打ち消せるので、静的ストレッチに対してあまり神経質になる必要はありません。

筋トレのトレーニング種目を考えていきますと・・・単関節種目だと、主働筋のストレッチが必要なケースはあまり無いと思います。アームカールの前に上腕二頭筋をストレッチする必要はないですし、トライセプスエクステンションの前に上腕三頭筋をストレッチする必要はないですし、レッグカールの前にハムストリングスをストレッチする必要はないですし、レッグエクステンションの前に大腿四頭筋をストレッチする必要はないです。

ストレッチが必要になるのは、複数の関節を連動させて動かす場合です。

例えばデッドリフトで、ハムストリングが固くて股関節の可動域が足りない場合は、トレーニング実施前にハムストリングをストレッチしたり、フォームローラーでほぐしたりすると良いでしょう。セット間インターバルには、静的ストレッチはやらないほうが良いです。

骨盤が前傾している場合は、トレーニング前に股関節の屈筋を静的ストレッチしてこれらの筋肉を緩め、同時に臀筋に力をいれてアクティベートすると、骨盤の前傾を矯正できます。股関節の屈筋には大腿直筋も含まれるので、スクワットなど大腿四頭筋を主働筋とする種目の直前やセット間インターバルに、股関節屈筋の静的ストレッチをするのは避けたほうがよいでしょう。

セット間インターバルに静的ストレッチをしても問題ないケースとしては、ベンチプレスがあります。骨盤が前傾しているとベンチプレスでブリッジを組みにくいので、その場合は、ベンチプレスの直前やセット間インターバルに股関節の屈筋の静的ストレッチをしても悪影響は出ないです。

猫背・巻き肩の人は、肩のトレーニングをする前にフォームローラーなどで胸椎を伸ばし、静的ストレッチで大胸筋や広背筋を伸ばすと良いでしょう。ベンチプレスのセット間インターバルで大胸筋の張りを取りたい場合は、軽く両腕を開いて動的ストレッチをすると良いでしょう。

また長時間のデスクワークなど一定の姿勢を取り続けた後は、短縮ポジションに置かれて固くなった筋肉をストレッチすると良いです。

どういうコンディションの人が、何の運動ために、どの筋肉をストレッチするのかを考えて、適材適所でストレッチをやっていくことが重要です。


ウォームアップによるパフォーマンス低下の回復

主働筋を静的ストレッチする場合は、静的ストレッチのあとに全身ウォームアップと競技特有のウォームアップを行うことで、低下した運動パフォーマンスを元に戻せるようです。完全に戻るかどうかは、ストレッチの強度やウォームアップの程度、ストレッチからトレーニング実施までの時間間隔や、求められるパフォーマンスによります。

静的ストレッチ後の運動パフォーマンス回復についての研究を見てみると、

- 何もしなくても10-15分位である程度は運動パフォーマンスが戻る。

- 静的ストレッチの後にジョグや動的ストレッチをするとある程度戻るが動的ストレッチのみ実施した場合に劣る。

- 静的ストレッチの後に競技特有のウォームアップをすると動的ストレッチと差なしになる。

- 先にウォームアップしてから静的ストレッチをすると、静的ストレッチのパフォーマンス低下が残る。

実際の運用面では、必要があれば静的ストレッチをしたりフォームローラーを使ったりして、その後に動的ストレッチを行い、5-10分の軽い有酸素運動を行って、最後に競技特有のウォームアップを行うのが理想だと考えられます。この順序で行えば、主動筋の静的ストレッチをやったとしても、運動パフォーマンス低下は無くなっているでしょう。

運動前の静的ストレッチは一部位1セットあたり10-20秒程度を2,3セット、ゆっくりと伸ばしていき心地よい痛みを感じる程度にしておくとパフォーマンスが低下しにくいです。長期的に柔軟性を向上させたい人は、運動後や就寝前などに30秒くらいの長めの静的ストレッチをすると良いと思います。

運動にもよりますが、あまり時間がない場合は、動的ストレッチや負荷の軽い運動をすれば、有酸素運動を省いても大丈夫です(私は筋トレ前に有酸素運動はやらず、動的ストレッチと、ランジやスクワットなど自重種目で身体を温めています)

筋トレでの競技特有のウォームアップは、BIG3などコンパウンド種目のウォームアップになります。トレーニング重量の50%くらいで10レップくらい→75%くらいで5レップくらい→トレーニング重量付近もしくは90%1RMくらいで1-3レップといった一般的なやり方を参考にして、自分がやりやすい方法で行うのが良いでしょう。




参考文献:
The Effects of Stretching on Performance
http://journals.lww.com/acsm-csmr/Fulltext/2014/05000/The_Effects_of_Stretching_on_Performance.12.aspx

The Effects of Stretching on Strength Performance
https://www.researchgate.net/publication/6479273_The_Effects_of_Stretching_on_Strength_Performance

Effect of acute static stretch on maximal muscle performance: a systematic review.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21659901

Effect of the flexibility training performed immediately before resistance training on muscle hypertrophy, maximum strength and flexibility.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28251401

Acute and chronic effects of a static and dynamic stretching program in the performance of young soccer athletes
http://www.scielo.br/scielo.php?pid=S1517-86922013000400003&script=sci_arttext&tlng=en

Influence of strength and flexibility training, combined or isolated, on strength and flexibility gains.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25268286

長期的なストレッチが筋力に及ぼす影響―他動ストレッチと自動ストレッチでの検討―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2013/0/2013_0569/_article/-char/ja/

Does stretching really change muscle length?
https://www.strengthandconditioningresearch.com/2013/11/18/stretching/

Stretch training induces unequal adaptation in muscle fascicles and thickness in medial and lateral gastrocnemii
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/sms.12822/abstract

Acute Effects of Foam Rolling, Static Stretching, and Dynamic Stretching During Warm-Ups on Muscular Flexibility and Strength in Young Adults.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27736289

THE EFFECTS OF SELF‐MYOFASCIAL RELEASE USING A FOAM ROLL OR ROLLER MASSAGER ON JOINT RANGE OF MOTION, MUSCLE RECOVERY, AND PERFORMANCE: A SYSTEMATIC REVIEW
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4637917/

Negative effect of static stretching restored when combined with a sport specific warm-up component.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18768355

Secondary warm up following stretching on vertical jumping, change of direction and straight line speed
https://www.researchgate.net/profile/Alan_Pearce/publication/232896502_Secondary_warm-up_following_stretching_on_vertical_jumping_change_of_direction_and_straight_line_speed/links/02bfe50e609bc244f3000000/Secondary-warm-up-following-stretching-on-vertical-jumping-change-of-direction-and-straight-line-speed.pdf

3 件のコメント:

  1. フォームローラーを使ったことないんですが、静的ストレッチ並に可動域は広がるのでしょうか。

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  2. Acute Effects of Foam Rolling, Static Stretching, and Dynamic Stretching During Warm-Ups on Muscular Flexibility and Strength in Young Adults.
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27736289

    この研究だと、フォームローラーの方が、静的ストレッチと動的ストレッチよりも柔軟性が高まったという結果が出ています。

    本文読めないのでそれぞれの方法にどれだけ時間をかけたかは不明です。静的ストレッチは時間をかければそれだけ柔軟性が高まるので、かける時間次第では結果がひっくり返るかもしれません。ただ静的ストレッチは長時間やるとそれだけ運動パフォーマンスが低下するのであまり現実的ではないでしょう。

    動的ストレッチは長時間やっても柔軟性には違いがない上、無駄に疲れるので運動パフォーマンスが低下するようです。
    Acute effects of different volumes of dynamic stretching on vertical jump performance, flexibility and muscular endurance.
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24438386

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  3. 返信ありがとうございます、以前からフォームローラーには興味があったので試してみたいと思います。

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