7/29/2018

短期の研究と長期の研究

筋肥大を巡るエビデンスについてちょっと書いてみたい。個別の研究の内容よりも、物事の見方が主旨。


筋肥大に関する研究には主に2種類ある。

1) 短期的な研究: 1回の食事やトレーニングに対しての身体の反応を調べた研究。具体的には、血液を採取してアミノ酸濃度を測定したり、筋肉の組織を採取してタンパク質がどれくらい合成されているかを調べたりする。
2) 長期的なコントロール研究: 数週間~数ヶ月の栄養摂取やトレーニングに対しての身体の反応を調べた研究。具体的には、栄養素の摂取量やトレーニング内容を変えたグループ間で、筋肥大の程度に差が出るかを調べたりする。

よく見る考え方は、「短期の結果が食事ごと、トレーニングごとに積み重なって、長期の結果が決まる」というもの。(長期の研究が不足しているため、ある程度は数が揃っている短期の研究の結果から長期の結果を予測するしかない面もあるのだろうが)

例えば、タンパク質摂取についての短期の研究結果を組み合わせて、筋肥大を最適化するタンパク質摂取のガイドラインを書くと、

・1食あたり20-30g程度のタンパク質を摂取する。(一回にそれ以上摂取しても筋合成はそれほど高まらない)
・食事間隔は3~5時間程度空ける。(血中アミノ酸濃度が高まって30~2時間くらいで筋合成が活発になるが、その後は血中アミノ酸濃度が高くても筋合成レベルが下がるため食事間隔はある程度空ける)
・寝る前にタンパク質を摂取する。(就寝中の筋合成低下を防ぐ)

これは最近の論文に書かれていることで(1)、研究者の間でも主流の考え方だと思う。こういったガイドラインは全て短期の研究結果に基づいている。

一方で、長期的に筋肥大効果に最大の影響を与えるのは、1日あたりのトータルのタンパク質摂取量というのも主流の考え方だろう。(2)

短期の研究と長期の研究を合致するようにガイドラインを書くと、筋肥大を最適化するには毎食20-30g程度のタンパク質を含む食事を3~5時間間隔で1日に4-6回・・・となる。

ここまで厳格に食事管理をしないといけないのだろうか? 個人的にはその必要はないと思っている。(実践面では必要な摂取カロリーが多い場合は食事回数を増やしたほうが食べるのが楽だと思うが)トータルのタンパク質摂取量を確保すれば、1食あたりのタンパク質の量が30gを大きく超えても良いし、食事回数も1日2,3食と4-6食では差が出ないのではないか思う。

ただ個人的にそう思うだけで、それを直接調べた長期の研究は多分無い。(もしあったら教えてください)

食事回数と筋肥大の関係を調べた長期の研究では、1日の食事回数が約6回と4回とを比較した研究がある。結果は食事回数が約6回でも4回でも除脂肪体重の増加に差は無し。(3) ちなみに減量の際の食事回数の違いが体組成変化にもたらす影響を調べた研究はもっと数がある。(4)

また日中にカゼインを摂取しても夜寝る前にカゼインを摂取しても、長期的な筋肥大の程度に有意差なしという研究もある。(5)

一日に約6回食べても食事の度に筋合成が積み重なって4回食べるより有利になるということはなく、また夕食から朝食まで10-12時間程度食べない時間があっても、空腹時間が長くならないよう寝る前にカゼインを摂取するのと筋肥大の程度は変わらない。人間の身体はかなりフレキシブルに適応するのだと思う。

ちょっとした計算をしてみよう。

骨格筋を構成するのは大部分が水分で、タンパク質の割合は25%程度。初級者・中級者の速めの筋肉増加ペースを想定して1ヶ月で0.5-1.0kg程度筋肉が増えるとする。一日あたりだと約17-33g。タンパク質はこの25%なので身体全体の骨格筋で一日あたり約4-8gのタンパク質の増加となる。毎日タンパク質を150gとか摂取してハードなトレーニングを続けてかなり良い結果を出したとしても、長期的にはこの程度のペースでしか増えていかない。上級者になると筋肥大ペースはもっと低くなるので、一日あたりのタンパク質増加ペースはさらに小さくなる。

一回のタンパク質摂取でどれくらい筋肉にタンパク質(アミノ酸)が取り込まれるのかというと、この研究(6)では20gのカゼインタンパク質摂取で11%(2.2g)が腕と脚の骨格筋に取り込まれたと算出している(20%が骨格筋に取り込まれたとも書かれている。これは全身の骨格筋だろうか?)。

仮に摂取したタンパク質の20%が全身の骨格筋に取り込まれるとすると、20-30gのタンパク質摂取で4-6g。上で計算した1日あたりのタンパク質蓄積量を1食か2食のタンパク質摂取で上回る。従って毎食ごとに筋合成の最大化を目指しても、結局は食事と食事の間の空腹時に血中にアミノ酸が放出され、長期的には1食か2食のタンパク質合成量と同程度のペースでしか筋肉が増えていかないことになる。それではタンパク質20-30gを一日に1,2回摂取すれば十分なのかというとそうではなくて、長期的には筋肥大を最大化するには1日に体重1kgあたり約1.6g以上のタンパク質摂取が必要だと現状のエビデンスは示している。(2)

一回のトレーニングに対する筋合成の反応と、長期的な筋肥大の関係も同じようなことが言える。一回のトレーニングで筋合成を最大化しようとするなら、非常に多いボリュームのトレーニングを行うのが良いだろう。(7) しかしボリュームが多すぎても長期的に見て良い結果が出るわけではないし(8)、限度を超えるとオーバートレーニングにもなる。

身体全体でどのようなメカニズムになっているのかわからないけど、筋合成を調べた短期の研究結果でわかる要素以外にも長期の筋肥大に影響を与える要素があるのだろう。オープンな複雑系のシステムにおいて、現時点で人間が理解できている部分のみをもとに全体モデルを組み立てると、実態からかけ離れた間違ったものになる。これは経済学なんかでもよくある過ち。

こういう場合は、細部にはこだわらず全体を俯瞰した大雑把なモデルを考えたほうがうまくいく。

短期の研究結果を根拠に毎回の食事やトレーニングで効果の最大化を目指し、それを積み重ねていくという考え方よりも、「環境への適応の結果、身体に変化が起こるのであり、その環境を長期的な視点に立っていかにセッティングするか?」を考えたほうが良いと思う。

筋肥大についていえば、
・1日のトータルのタンパク質摂取量
・適切なトレーニングボリューム(多すぎても少なすぎてもいけない)。
・漸進的過負荷(重量とボリュームを徐々に増やしていく)

これらの環境を、その時点のその人にとって適切になるようセッティングする。短期の研究で魅力的な結果が出ていても、それに振り回されず長期的な視点で考えるのが良いと思う。


関連記事:
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増量の考え方


参考文献:
(1)Recent Perspectives Regarding the Role of Dietary Protein for the Promotion of Muscle Hypertrophy with Resistance Exercise Training
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5852756/

(2)A systematic review, meta-analysis and meta-regression of the effect of protein supplementation on resistance training-induced gains in muscle mass and strength in healthy adults.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5867436/

(3)Increasing Protein Distribution Has No Effect on Changes in Lean Mass During a Rugby Preseason.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26132746

(4)Effects of meal frequency on weight loss and body composition: a meta-analysis
https://academic.oup.com/nutritionreviews/article/73/2/69/1820875

(5)Daytime and nighttime casein supplements similarly increase muscle size and strength in response to resistance training earlier in the day: a preliminary investigation
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5952515/

(6)Post-Prandial Protein Handling: You Are What You Just Ate
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4640549/

(7)Muscle Protein Synthetic Responses to Exercise: Effects of Age, Volume, and Intensity
https://academic.oup.com/biomedgerontology/article/67/11/1170/604729

(8)Effects of a 12-Week Modified German Volume Training Program on Muscle Strength and Hypertrophy—A Pilot Study
http://www.mdpi.com/2075-4663/6/1/7/htm

(9)How much protein can the body use in a single meal for muscle-building? Implications for daily protein distribution
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5828430/

(10)Effects of protein supplements consumed with meals, versus between meals, on resistance training-induced body composition changes in adults: a systematic review.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29697807

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