スクワットの深さの記事を書いていて気付いたバーの軌道と足裏の重心について書いていきます。
スターティングストレングスの影響なのか、スクワットとデッドリフトでは、重心は常に足の真ん中(ミッドフット)、バーの軌道はミッドフットライン上を垂直(鉛直)に上下すると解説しているところが多いです。バーや重心の位置を不必要にグラグラと動かさないためにそういった意識を持つことは必要だとは思いますが、実際にはバーの軌道は常に垂直ではないですし、足裏の重心も常にミッドフットではないです。そして垂直軌道とミッドフット重心を厳格に守ろうとすると、フォームが破綻します。
「身体の質量があるため、バックスクワットでバーベルが軽いとバーの軌道は垂直にならない」
これは気づいている人もいて、私も認識していました。
「スクワットで尻を後ろに出す時と、ある程度の重さ以上のコンベンショナルデッドリフトでは、足裏の重心はミッドフットから踵寄りに数cm移動している」
これは新たに認識しました。自分で試した感じでもそうなっていますし、バーの軌道分析でもそうなっていることが示唆されます。
はじめに明確にしておくと、踵寄りに重心が移動するといっても、踵の骨までは移動しません。足裏の三点荷重を維持できる範囲で移動します。つま先が浮くくらいまで踵に重心を移動するのは、スクワットでもデッドリフトでも望ましくないフォームです。
ミッドフット:足の真ん中。アーチの高い部分。三点荷重になる(下の絵)。
踵寄り重心:ミッドフットから数cmほど踵寄りの位置。脛の骨の前端の真下あたりから、くるぶりの下あたり。バーベルの重さの影響や、身体の使い方の個人差がありそうで、おそらく点ではなくてレンジ。前側(母指球・小趾球)の踏み圧は弱まるが、つま先は浮かず足裏の三点荷重は維持可能。
踵重心:踵の骨に重心を乗せる。つま先が浮き、三点荷重が維持できない。この重心でスクワットやデッドリフトをやるのは望ましくない。
バーの軌道
まずはバーの軌道の話から。
バーベルが軽い場合にバーの軌道が斜めになっても、身体がぐらついたりせずスムーズにしゃがめているなら、モビリティやスタビリティに問題があるわけではなくて、我々が存在する宇宙の物理法則に従っているだけです。なので気にしなくてOKです。
動画:絶対に強くなるスクワット講座/スクワットのテクニック/スクワットのやり方/パワーリフティング
https://www.youtube.com/watch?v=_Zryr0rUnI0
5:50くらいから、バーのみを担いでのしゃがみ動作解説があります。
バーベルが重たくなってくると、ほぼ垂直軌道になります。
下の動画がわかりやすくて、体重90kgの人が、60kgのバーベルでスクワットをするときのバーの軌道と、195kgのバーベルでスクワットをするときのバーの軌道を比較しています。
動画:Squatting Bar Path | Why a vertical bar path may be holding you back!
https://www.youtube.com/watch?v=_KsEnz8UI6U
足裏の重心
足裏の重心がミッドフットから移動することがあるのに気付いたのは、ウェイトリフター型スクワットの下降時と挙上時の画像を見比べていたときでした。
上のLu Xiaojun選手は体重80kgで220kgのバーベルだし大腿骨が短くて前後のバランス的にはそれほど尻が後ろに出てないから、肉眼でわからないくらいバーベルが前方に動いている可能性があるのかもしれない・・・でも下の画像の人は体重90kgで150kgのバーベルで、尻も結構後ろに出ているから、バーベルの位置が変わらないのは変だな・・・。
力学を考えれば、下降時と挙上時でバーベルの位置が変わらないのなら、挙上時は尻が後ろに出るぶん足裏の重心が踵寄りに移動していることになります。
実際に、自分で挙上時に尻を後ろに出すスクワット動作をやってみると、足裏の重心がミッドフットから数cm踵側に移動しています。ハイバーで担いで、膝と股関節を同時曲げ始めて、真下に尻を落としていきます。このしゃがみ局面では、ミッドフット重心を維持しています。ボトムで切り替えして、パラレルを超えてから尻を後ろに出して股関節に負荷を乗せると、重心が踵側に移動しています。高重量のバーベルでなくても確認できますし、ゴブレットスクワットでも確認できるので、興味がある方は試してみてください。
先程の動画の体重90kgで195kgのバーベルのスクワットを見てみると、バー軌道はしゃがみ局面ではミッドフットラインのわずかに前です。しゃがみ局面では、ミッドフットに重心を置きながら、後ろに出た尻などの身体部位とバランスを取っていることが示唆されます。
挙上フェーズに入ってパラレルを超えて尻を後ろに出して股関節に負荷をかける時、バーがわずかに後ろに移動してミッドフットラインに乗ってきます。後ろ側にある身体部位が重いので、この時、足裏の重心はミッドフットではなく少し踵寄りになっていると考えられます。
ウェイトリフターの高重量スクワットでも、しゃがみの時にくらべて、立ち上がりでは尻が後ろに出て、バーがわずかに後ろに移動しています。
動画:Weightlifting 85kg class Toshiki Yamamoto training [muscle training]
https://www.youtube.com/watch?v=W3dpSo354Fw&t=166s
ロウバーでも同じことが起こります。しゃがみ局面よりも少し尻を後ろに出しながら立ち上がる人は多いです。この場合もおそらく、踵寄りに重心が移動しています。
動画:Squat: 500 lbs x 5 reps
https://www.youtube.com/watch?v=9mlKbck08AE
すこし捻れて担いでいてプレートの位置だと比較しにくいので、赤丸の担ぎ位置でバーの高さを揃えました。バーの前後位置は、しゃがみと立ち上がりほぼ同じか、僅かに後ろに移動。挙上では尻が後ろに出ているので、おそらく重心移動が起きています。
関連記事:スクワットの深さ/推奨のスクワット方法
股関節にあまり負荷を乗せなければ、立ち上がりもミッドフット重心を維持することは可能です。下の動画のケースだと、膝メインに立ち上がることで、おそらくミッドフット重心を維持したまま挙上しています。しゃがみは股関節から曲げ始めていて、バーの軌道が立ち上がりの軌道よりも後ろ側なので、しゃがみは踵寄り重心かもしれません(直立時に踵の骨に重心を乗せて無駄な力を使わないようにしているので、そのポジションからしゃがみはじめるとこの動きになりやすいのかも)。
動画:【Weightlifting Motion】スクワットの軌道確認
https://www.youtube.com/watch?v=ROHG_RlvVxA
立ち上がりで尻を後ろに出して重心移動して股関節に負荷を乗せるのが良いのか、ミッドフット重心を維持して膝メインで立ち上がるのが良いのか、どちらが良いのかは価値観や目的(大腿四頭筋を鍛えたいとか)によると思います。ただ、体重の2倍以上を挙げるようなスクワットだと、ウェイトリフターもパワーリフターも、だいたい立ち上がりで尻を後ろに出して股関節に負荷を乗せています。最高のパフォーマンスを目指すと、股関節の力をフルに引き出すフォームになるのでしょう。(特に意識せずスクワットをしている人も、セット終盤のきつい場面では自然と尻が後ろに出て重心移動が起きやすくなります)
デッドリフト
おそらくコンベンショナルデッドリフトでミッドフット重心になるのは、バーベルが軽い場合のみで、バーベルの重さが自分の体重と同じくらいになるあたりから、踵寄りの重心になってくると思います。スクワットで尻を後ろに出しながらミッドフット重心を維持すると、バーベルの重さで前側に引っ張られるのと同じで、尻が後ろに出るデッドリフトでミッドフット重心を維持すると、バーベルに引っ張られて前側に身体が倒れそうになります(そして腰に危険な負担がかかります)。デッドリフトはバーベルが重たくなってきたら、踵寄り重心です。バランス面でもそうですし、股関節に負荷を乗せて臀筋に力を入れるのも踵寄り重心のほうがやりやすいです(踵重心ではなくて、踵寄り重心です。念の為)。
デッドリフトは、バーの軌道の研究があります(スクワットのバーの軌道研究も探したのですが、意外なことに見つかりませんでした。もし存在するなら、ご存知の方は教えてくださるとありがたいです)。
A Biomechanical Analysis of Straight and Hexagonal Barbell Deadlifts Using Submaximal Loads
https://www.semanticscholar.org/paper/A-Biomechanical-Analysis-of-Straight-and-Hexagonal-Swinton-Stewart/5253f8c87d8aafb100454d8b38f2145eba415a7d
被験者は19名の男性パワーリフター。平均で、身長181.5cm、体重114.5kg、ストレートバーのデッドリフト1RMが244.5kg、ヘックスバーのデッドリフト1RMが265.0kg。
10%1RMから80%1RMのデッドリフトを、ストレートバーとヘックスバーで行った時のバーの軌道を調べています。挙上は最速で、と指示して測定しています。
水平距離の0(スタートポジション)は、ほぼミッドフットの位置でしょうから、ここをミッドフットラインだと考えます。軌道のデータから、バーベルが軽い場合、中くらいの場合、重い場合の3つに分けて分析しますと・・・
バーベルが軽い場合、バーベルと身体の合成重心はほぼ身体の重心になり、ミッドフットに重心を乗せて立ち上がるとバランスを取りやすいです。バーベルは身体の厚みに押し出されて前に出ます。
バーベルが中程度の重量(自分の体重と同じくらい)の場合、バーの軌道はほぼミッドフットライン上を通ります。身体の重心はミッドフットラインの後ろ、踵の真上あたりです。このくらいの重量から足裏重心はミッドフットではなくて踵寄り重心になります。
バーベルが重たくなってくると、膝を超えてから踵側にバーを引きつけて、太腿にバーを沿わせる挙上になります。70%1RM、80%1RMのバー軌道のカーブには、それが表れていると考えられます。この動きになる理由は、股関節とバーの水平距離が縮まる、太腿の坂を滑らすことで横方向に引っ張る力を上方向の力に変換できるようになる、といったものだと思います。垂直方向の移動距離が短くなるのは、バーベルの重さで肩が下がるためでしょう。
動画:【初心者】正しいデッドリフト講座【筋トレ】
https://www.youtube.com/watch?v=YXvcaAAToKo
動画:Deadlift form check - sideview
https://www.youtube.com/watch?v=xTb6aXLYkmw
動画:Deadlift side view. 80kg. 6reps. Do I drop my hip low enough?
https://www.reddit.com/r/formcheck/comments/m63d9u/deadlift_side_view_80kg_6reps_do_i_drop_my_hip/
動画:Side view, 425x3 deadlift.
https://www.youtube.com/watch?v=5P04qdapryc
ヘックスバー
ヘックスバーの軌道についても、軽く触れておきます。
ヘックスバーは身体の厚みの影響が無いので、垂直軌道になりやすいです。軽い重量でバーがやや前に出るのは、後ろに出た尻の重さとバランスを取るためだと思います。バーベルが重くなってくると、バーの軌道は踵寄りになってきます。
ヘックスバーは膝トルクの寄与が大きめになるので、軽~中程度の重さまではほぼミッドフット重心だと思います。バーの軌道も、足裏重心もミッドフットになります。バーベルが重たくなってくると、股関節の力をフル活用しようとして踵寄り重心になり、バーの軌道も踵寄りになっていると考えられます。高重量のスクワットで尻を後ろに出すのと同じ身体の使い方をしているのでしょう。
まとめ
足裏重心とバーの軌道がミッドフットライン上にあることを厳格に守ろうとすると、スクワットもデッドリフトもフォームが破綻するので、気をつけたほうが良いでしょう。安全に力が入る足裏の重心位置をキープ出来ていて、身体がぐらついたりしなければ、バーの軌道は気にしなくて大丈夫です。
尻を後ろに出して股関節に負荷を乗せる場合、スクワットもデッドリフトも、足裏の重心はミッドフットから少し踵寄りに移動しています。股関節の力を安全にフル活用しようとすると自然とこの重心移動が起きるので、スクワットやデッドリフトに慣れている人は、意識しなくても出来ていると思います。初心者を脱して、スクワットとデッドリフトの重量が増えてきた人は、この身体の使い方を覚えると安全に高重量を扱いやすくなるでしょう。記事に貼った動画のフォームを参考にして試してみてはいかがでしょうか。
スクワットのバーの軌道がどうも鉛直方向にならないことを悩んでいたところ、ふらっと立ち寄らせてもらったこちらのサイトで解決できました。
返信削除どうもありがとうございます。
ハヤシさん、
削除コメントありがとうございます!参考になったようで幸いです。