8/12/2021

伸長短縮サイクルの話

予備動作なしに筋肉を収縮させるよりも、まず筋肉を伸ばしてから収縮させたほうが、より強い力とパワーを発揮できます。この筋肉の使い方を、伸長短縮サイクル(SSC:Stretch-Shortening Cycle)と呼びます。例えば、しゃがんだ状態からジャンプするよりも、立った状態から素早くしゃがみこんでジャンプしたほうが高く跳べます。

主にプライオメトリクス(ジャンプ力を上げたりするトレーニング)の領域の話なのですが、レジスタンストレーニングでもエキセントリックからコンセントリックへの切り返しや、エキセントリックのスピードをどれくらいにすれば良いのか、といった点で関わってきます。もともとは、筋肥大とストレングス向上に効果的なコンセントリックとエキセントリックのレップ速度を調べていたのですが、これらの変数調整について説明するには、まずSSCのメカニズムを理解する必要があるな・・・と思い、この記事を書くことにしました。それと、スターティングストレングスの影響なのか、筋トレ業界ではSSCと伸張反射を混同しているのを見かけるので、正確な知識が普及したほうが良いなと。

下の2010年の記事を参考にしましたが、その後の研究でSSCに対する理解が大幅に変わっていたら申し訳ないです(たぶん大丈夫だと思います)。

The Stretch-Shortening Cycle: Proposed Mechanisms and Methods for Enhancement
https://journals.lww.com/nsca-scj/fulltext/2010/08000/the_stretch_shortening_cycle__proposed_mechanisms.10.aspx




予備知識 筋肉-腱

筋肉は腱を介して骨につながっていて、筋肉が収縮すると腱を通じて骨が動き、外部に力を伝えます。


筋肉も腱も伸び縮みします。筋肉は自分の意思で収縮させられますが、腱は自分の意思で収縮はできず、受動的に伸びたり縮んだりする固いゴムみたいな組織です。

関節を外部からの力で動かすと、筋肉-腱が伸ばされますが、その時の筋肉の固さによって腱と筋肉それぞれがどれくらい伸ばされるかが変わってきます。筋肉がリラックスしていると、筋肉は柔らかいので、あまり腱は伸ばされず筋肉が伸ばされます(静的ストレッチ)。筋肉が収縮して固くなっていると、腱が伸ばされる割合が高まります(陸上のスプリントやジャンプ競技での踏み込みの瞬間)。普段何気なく行っている歩行動作でも、ふくらはぎの筋肉とアキレス腱が協調して働いてSSCを行い、エネルギーを節約しながら長時間歩き続けることを可能にしています。



SSCの仕組み

SSCによりパフォーマンスが上がる主な要因は、予備的な筋力発揮と、弾性エネルギーの利用です。伸張反射も関わらないことはないのですが、寄与は小さいと考えられています。それぞれレジスタンストレーニングとの絡みも含めて解説していきます。


(1)予備的な筋力発揮

筋肉がリラックスしている状態からいきなり強い力を出そうとしても、脳から神経を通じて筋肉に指令を出して各筋繊維に電位差が伝わってカルシウムイオンの放出やらが起こって筋肉が収縮しだすまでにはタイムラグがあります。それと、腱には少したるみがあって、筋肉が緊張してそのたるみを取るのにも少し時間がかかります。

エキセントリックフェーズで予め筋肉が力を発揮していると、コンセントリックフェーズに入った瞬間に強い力を出せるようになります。できるだけ高くジャンプしたり、できるだけ速く走ったりしたい時に、踏み込みの瞬間に筋肉が強い力を出せるかは非常に重要です。(すぐに足は地面を離れるので、遅れて強い力を発揮しても意味がない)

レジスタンストレーニングだと、シビアなタイミングでの出力発揮は必要ないです。コンセントリック収縮を始めてから最大出力到達まで1秒くらいかかったとしても、バーベルやダンベルやマシンに力を加え続けることができます。ただ、フリーウェイト種目のエキセントリック局面で予備的な筋力発揮をせずに自由落下させると、コンセントリックへの切り返しで関節に大きな負荷がかかります。またエキセントリックでの筋肉の負荷が小さくなると、筋肥大効果も下がりやすいです。

それとスクワットやベンチプレスでは、ボトムで切り返してすぐにスティッキングポイントがくるので、切り返し直後に最大出力を出せるよう予備的な筋力発揮をしておき、そこに弾性エネルギーを乗せていくと、スティッキングポイントをクリアしやすくなります。

(2)弾性エネルギー

腱も筋肉もゴムのような弾力的な要素があるので、エキセントリック局面で引っ張られることにより弾性エネルギーが溜まり、もとの長さに戻るときにそのエネルギーを放出します。これにより、コンセントリック局面では筋肉の収縮で発揮される力に加えて、弾性エネルギーの力を上乗せすることが出来ます。

SSCでは主に、筋肉のクロスブリッジとタイチン(チチン)、そして腱に弾性エネルギーが蓄えられます。その中でも腱の弾性エネルギーが最も高いです。したがって、スプリントやジャンプでは、踏み込みの瞬間に筋肉を固くして腱が伸びるようにし、腱に弾性エネルギーを溜めて利用するのが、高いパフォーマンス目指す方法です。

溜めた弾性エネルギーは時間経過とともに熱エネルギーに変換され失われていきます。そのため、弾性エネルギーをできるだけ利用するには、エキセントリックからコンセントリックへの切り返しフェーズ(償却局面と呼びます)は短いほうが良いです。

静的ストレッチのように筋肉に力を入れずに筋肉を伸ばすと、筋鞘と筋膜に弾性エネルギーが蓄えられますが、強い力を出して運動しているときは、これらの組織の弾性エネルギーは出力アップにほぼ貢献しないようです。

筋肥大目的でのレジスタンストレーニングの場合、腱の弾性エネルギーを優先的に利用しても筋肥大につながらないですし、ウェイトを乗せた状態で高速エキセントリックからの急速な切り返しをすると関節を痛めやすいです。レジスタンストレーニングでは、腱に負荷を乗せて反発力を得るのではなく、主に筋肉に負荷を乗せて筋肉を伸び縮みさせて鍛えることを目指します。

足と膝は腱が強いです。特に足のアキレス腱が強くて、人体の腱の中で最強です、レジスタンストレーニング初心者だと関節を突っ張らせながら、反動をつけてガチャコンガチャコンと速い動きでマシンを動かしているケースが見られます。

レッグエクステンション、レッグプレス、カーフレイズといった膝と足の種目では、慣れないうちはエキセントリックを3-4秒くらいのゆっくり目で行い、筋肉に負荷を乗せる感覚を覚えると良いと思います(種目ごとのエキセントリックのレップ速度の考察は次の記事で書く予定です)。

(3)反射

デプスジャンプといった強度の高いプライオメトリクスでは、着地の瞬間に筋肉-腱が急激に伸ばされ、反射が起こります。

動画:Max Effort Plyometrics: Depth Jumps
https://www.youtube.com/watch?v=AzPJZHOmGEg

この着地の瞬間に、筋紡錘とゴルジ腱器官で反射が続けて起こります。

・筋紡錘:急激に伸ばされる筋肉のダメージを抑えるために筋肉を収縮させ硬直させる(伸張反射)。

・ゴルジ腱器官:伸張反射で筋肉が急に固く収縮しようとするので、それによる筋肉と腱のダメージを抑えるために筋肉を緩める。

上の2つの反射が続けて起こり、ゴルジ腱器官の反射が上書きして筋肉が一時的に緩みます(100-200msecといったごく短い時間)。プライオメトリクストレーニングを続けると、このゴルジ腱器官の反射を抑えることで、着地の瞬間の筋肉の固さを維持できるようになるようです。

ジャンプやスプリントにおいて、腱に弾性エネルギーを溜めてそれを有効利用するためには、筋肉の固さが必要です。もし筋紡錘の伸張反射がSSCに寄与するとしたら、プライオメトリクストレーニングを続けることでゴルジ腱器官の反射が抑制されて、伸張反射が筋肉の固さを補助し、腱の弾性エネルギーを利用しやすくなるという経路です。したがって伸張反射はSSCでパフォーマンスが上がるメインファクターではありません。それと、バックスクワットなどの普通の筋トレの動作スピードで、筋肉の出力アップに利用できるようなものでも無いでしょう。

(4)筋肉の長さ

エキセントリック局面で筋肉に力を入れながら筋肉-腱を伸ばすと、筋肉を脱力して筋肉-腱を伸ばしたときよりも、筋肉が伸ばされにくくなります(そのぶん腱が伸びる)。筋肉には強い力を発揮しやすい長さがあって、筋肉が伸ばされすぎると筋肉の出力が下がります。関節を深く曲げる動作の場合、わずかであっても筋肉が有利な長さでコンセントリック収縮を行えば、それが筋肉の出力増加につながると考えられます。

例えば、パラレルの深さからエキセントリックなしにピンスクワットをするのと、パラレルまでしゃがんでそのまま立ち上がる普通のスクワットを比較してみます。エキセントリックなしだと、わずかな差だと思いますが相対的に腱が伸びずに筋肉が伸びた状態で挙上をすることになり、ボトム付近での筋肉のコンセントリック収縮による出力がわずかに下がると考えられます。

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