前回の記事の続きです。
関連記事:ベンチプレスでの肩甲骨の動き
今回は、バーの握り方とブリッジについて。
バーを握る手幅と握り方
バーの握り方の基本は、手首を寝かせて、指の付け根から被せるように握ります。指先で握ると肩を怒らせる力の入れ方になりやすいですし、バーを手の甲側に押し込むことになるので、手首に負担がかかります。指の付け根を曲げて握ると、手の甲側にバーが転がりにくくなるので、手首を寝かせても手首を痛めにくくなります。
上級者の人がバーは強く握り込まないと言っている場合もありますが、ピンポイントで前腕骨に荷重を載せられるのが前提なので、慣れないうちは親指以外の指(特に小指)をしっかり握って、バーがズレないようにするのも良いと思います。指の付け根から強く握ろうとしても、わしづかみのようにはならないので困ったことにはなりにくいです。
親指に力を入れると、拇指球のあたり(親指の付け根付近)が固く盛り上がって、バーを乗せにくくなるので、親指には力は入れないほうが良いです。拇指球付近の肉厚な部分を柔らかくしておいて、そこにバーを「むにゅっ」と押し付けると安定します。
<手幅>
ワイド、ナローといった手幅は、その人の体格との相対的な面もありますが、ざっくりと定義すると、
・ワイド:81cmラインに人差し指を当てて握る・ナロー:81cmラインに薬指か小指を当てて握る、もしくはもっと狭く握る。
<握る向き>
手のひらをバーにどう当てるかで、握る向きにバリエーションがあります。大きく3つに分けると、
・ニュートラル
・ハの字
<手幅と握る向きの組み合わせ>
体格の影響もあるのですが、手幅と握る向きの組み合わせは一般的には下の3パターンになります。肘をバーの下に置いて効率よく持ち上げようとすると、組み合わせが絞られます。
・ワイド×逆ハの字・ワイド×ハの字
・ナロー×ニュートラル
それぞれのパターンについて、適したフォームと注意点を書いていきます。著名選手がこの手幅と握る向きだからと、そこだけ真似すると、フォームがフィットしていない場合は怪我をします。
<ワイド×逆ハの字>
ワイド手幅で逆ハの字グリップは、肘を横に張り出し、胸の上の方に下ろすフォームにフィットします。このフォームはバーの軌道が垂直に近く、ボトムでの脇角度が大きくなります。
これから様々なフォームの画像を載せていきますが、フォームを見るときは、バーが胸についたときの肘の位置に注目すると、安全に実施できるかどうかが理解しやすくなります。
背中の柔軟性があって、高いブリッジを組めるケース。
動画:ベンチプレスが強くなる技!ロックしながらバーを下げる。肩甲骨の寄せ!
https://www.youtube.com/watch?v=uvJy4LWtvbs&t=2s
胸が厚くて、腕が短いケース。肩幅があるのでグリップはニュートラルに近い逆ハの字だと思います。
動画:【ベンチプレス】人生初体重100kg!!真に最強のベンチプレッサーを目指す【パワーリフティング】
https://www.youtube.com/watch?v=1geLwmMFiYA
<ワイド×ハの字>
ワイド手幅でハの字グリップは、斜め軌道で腹のほうに下ろすフォームに適しています。ワイドだと肘が横に張り出しやすいので、前腕を回外して肘を内側に向けると、スムーズに腹側にバーを下ろしやすくなります(他の動画で解説していますが、この人はハの字グリップです)。前腕を回外して肘を内側に向けた状態でバーを握ると、ハの字になります。このフォームも、胸の位置が高くて挙上距離が短くないと肩に負担がかかりやすいと思います。
動画:【ベンチプレス 】日本記録更新に向けて!!大会1週間前の最終練習
https://www.youtube.com/watch?v=a_mfaatE_OQ
動画:【ベンチプレス】これで最強?!ベンチプレスのグリップ解説
https://www.youtube.com/watch?v=tPTWe4btF5M
<ナロー×ニュートラル>
バーの軌道が斜めで、ボトムでの脇角度45°くらいのフォームに適しています。このフォームだと胸の位置が高くなくても関節に負担がかかりにくいので、趣味の筋トレでのベンチプレスにおすすめです。握り方も、バーに前腕を垂直に当てて握ればいいので簡単です(ワイドになればなるほど、バーに前腕を斜めに当てる必要があるので手首と手のひらのポジション調整が難しくなります)。
動画:John Haack | 205kg/451lb Bench Press | 85kg Body Weight
https://www.youtube.com/watch?v=JiXhig5qwko&t=12s
フォーム、手幅、握り方を決める順序
1. 自分の体格と柔軟性で実行可能で、ボトムでの肘の位置が安全ゾーンになるフォームを選ぶ。2. そのフォームで肘がバーの下にくるように腕の位置を調整し、その腕の位置で手首が捻れないようにバーを握る。
そうすると、フォーム・手幅・握り方は、だいたい先程の3パターンの組み合わせになると思います。
安全ゾーンについては下のイメージです。ワイド手幅で胸の上のほうに下ろすほど、安全に下ろせる距離が短いです。
手幅とフォームがフィットしていない実例
ワイドで握って脇を開くと、本能的に力を入れやすく感じますが、胸の薄い人、ブリッジの低い人がこのフォームで胸まで下ろすと肩の怪我リスクが高いです。
上は指導者(児玉大紀選手)のフォーム、下が怪我リスクの高いフォームの実例です。ボトムでの肘の位置が大きく違います。https://www.youtube.com/watch?v=e29IworC-1Y
ラックアップ後に止めなく雑に下ろし始めたり、カラーを付けてないのも気になりますが・・・まずはボトムでの肘の位置を安全ゾーンにもっていくために、手幅とバーの軌道を変えたほうが良いです。
動画:ベンチプレス世界王者児玉大紀選手が教える肩が痛い時の練習方法?!
https://www.youtube.com/watch?v=-iYvx6lz1zc
経過を観察してみると、やはり肩を痛めています(1つ目の動画から5ヶ月後の動画)。児玉選手が「少々の痛さはやらないとダメです。痛いときにしか痛くないフォームは身につかない。」と言っていますが、昭和の根性論ですかね・・・。
動画:ベンチプレス世界王者児玉大紀選手指導90kg達成動画
https://www.youtube.com/watch?v=9GBTEC_XYR4
最新動画でもワイド手幅で脇角度が大きく、ボトムでの肘の位置が深いです。このフォームだと、肩をまた痛めるでしょう。教えられている人は若くて体格が良いので、100kg付近までは伸びるでしょうけど、そのあたりから肩の怪我が増え始めてトレーニングを続けにくくなると思います。
ブリッジについて
パワーリフターやベンチプレッサーの真似をして、全身を弓なりにして高いブリッジを組もうとしても、多くの場合は上手く行かないです(私も上手くできないです)。ブリッジは胸をピークにする必要がありますが、腹がピークの低いブリッジになりやすいです。
腹ピークのブリッジだと下半身の力を使えないのでブリッジをする意味がないですし、腰を反った状態で体幹に圧縮方向の力を加えるので、腰を痛めやすくなります。
個人的には、趣味の筋トレでのベンチプレスでは高いブリッジを目指す必要はなく、むしろ目指さないほうが良いと思っています。その理由は、
・技術的に難しい
趣味で筋トレしている人が中途半端に高いブリッジを組もうとしても、そう簡単に重量が上がるわけではなく、逆にフォームが不安定になりやすいです。
・柔軟性の問題で出来ない人もいる
モビリティワークを続ければ、ある程度は背骨を反ることができるようになりますが、関節の可動域の限度には個人差があります。あと、可動域の限界を攻め続けるモビリティワークをやったほうが良いかは・・・。どの関節であっても、可動域の限界をゴリゴリ攻め続けることはしないほうが良い、というのが私の考えです。猫背矯正くらいだったやったほうが良いですが。
・首への負担
高いブリッジでは首をグリグリとベンチに押し付けるので、首を痛めるケースがあります。仮に肩を壊しても、「痛くて不便だな」程度ですが、背骨を壊すと人生に多大な影響があります。個人的には、ベンチプレスの重量が1割伸びるかもしれないといった程度のことを目指すのに、背骨の可動域限界を目指したり、頚椎に負担をかけることはしたくありません。
参考サイト:ベンチプレスなどで痛めやすい首痛緩和ストレッチ
書いているのは競技者の人です。以下、引用「ブリッジを高く強く組もうとすればする程、顎を強く引く+首の付け根(頸椎6~7番辺り)をベンチ台に強く押し付ける事が必要になるので、そこにダメージが蓄積してきます。」
・肩の接地面が滑ることがある
通気性が良くてサラサラした肌触りのTシャツだと、高いブリッジは肩の接地面が滑りやすいです。対策としては、綿100%のTシャツや、背面に滑り止めがついたTシャツを着用する、もしくは滑り止めシートを使うといった方法になります。
動画:着るTシャツによってベンチプレスの重量が変わるって話
https://www.youtube.com/watch?v=e0utjWHLbuE
・背中と脚が疲れる。腰に負担がかかりやすい。
デッドリフトやスクワットも熱心にトレーニングしている場合、脚の疲労や背中の張りが下半身種目に影響しやすくなります。また下半身種目の疲労も、ベンチプレスのトレーニングに影響しやすくなります。
・挙上距離を縮めすぎると、筋肥大効果が低下する。
トップ付近で短い挙上距離のトレーニングだと、筋肥大効果が低下しやすいです。
関連記事:パーシャルとフルレンジの筋肥大効果の比較
・重量の上乗せは1割程度
技術的に最高のブリッジが出来るようになると、下半身の力を全く使わないのに比べて、おそらく重量は1割程度増えると考えられます。
ブリッジでどれくらい重量が伸びるかを推測するうえでは、下半身を使わないパラリンピックのベンチプレスの記録が参考になります。パラリンピックのベンチプレスの世界記録は(以下すべて男性の記録)、59kg級で211kg、65kg級で221kg、72kg級で230kg、80kg級で241kg、88kg級で240kgです。健常者のノーギアのベンチプレス記録は、ドーピング検査の有無が影響しそうなのですが、全てひっくるめてだと67kg級が228kg、75kg級が245kg、82kg級が252kg、89kg級が277kgです。ドーピング検査有りに絞ると、67kg級が226kg、75kg級が240kg、82kg級が248kg、89kg級が250kgです。
どちらの競技もトップ選手はベンチプレスのための筋力と技術が人間の限界まで達していると仮定、脚の筋肉量の違いが10-15kgだと考えられるので、これを考慮すると、ブリッジによる重量アップは1割程度と考えられます。例えば、パラリンピック59kg級の選手の脚に健常者と同程度の筋肉がついたとすると体重は69-74kg程度で記録が211kgです。この記録を、体重69-74kgの健常者のトップ選手が下半身を使わないベンチプレスをした場合の水準と考え、同体重の健常者のベンチプレス記録が230-240kgくらいなので、下半身を使わないベンチプレスとブリッジを使ったベンチプレスの差は1割程度かなと。
健常者の選手が足上げベンチプレスをしたケースを見ていくと、児玉大紀選手の場合はベスト記録は226kgで、練習での足上げだと190kgくらいです。
動画:練習Part.9 児玉大紀 足上げワイド 200kg&190kg
https://www.youtube.com/watch?v=SIGEzH1ikjM
動画:【ベンチプレス】日本チャンピオンは足上げにしたら何キロあがるのか!?衝撃の結末が…
https://www.youtube.com/watch?v=jRGYQinql10
競技としてベンチプレスをやるのでなければ、重量アップのために最高のブリッジを組むことに労力を使うよりも、上半身の筋力を伸ばすことに労力を使ったほうがリターンが大きいです。上半身の筋力が上限に達している人は少数でしょうから、ほとんどの人は上半身を鍛えたほうが伸びしろがあります。また、やり方はあとで書きますが、下半身の力をほどほどに使う簡単なブリッジをすれば、最高のブリッジとの差は1割よりも小さくなります。
パラリンピック選手のフォーム
パラリンピック選手のベンチプレスを見ると、高いブリッジやレッグドライブの必要性に対する先入観が覆ります。動画:Sherif Osman sets new World Record at Rio Paralympics
https://www.youtube.com/watch?v=bqE_EU8Senw
59kg級 211kg(画像の上の選手)
動画:Powerlifting | World record lift from Nigeria's Paul Kehinde | Rio Paralympic Games 2016
https://www.youtube.com/watch?v=UfzI6JarMeE
65kg級 220kg(画像の下の選手)
動画:Men's -65kg | Powerlifting | Rio 2016 Paralympic Games
https://www.youtube.com/watch?v=3pBzFs1bmPk
様々な選手のフォーム。
パラリンピック式ベンチプレスのフォームの特徴を書いていきます。
・高いブリッジをしないと言っても、上半身だけで作れるブリッジはしている。胸を張って肩甲骨を起こしている。
・下半身の力で押し返せないので斜め軌道が難しい。そのためバーの軌道は、ほぼ垂直。
・手幅は様々。ワイドの人もいれば、ナローの人もいる。
・バーはニュートラルで握る人が多い。
・ワイド手幅の人は胸の上の方、ナロー手幅の人は胸の下の方に下ろしている。
・肩甲骨は強く下制はせず、ニュートラルくらいの位置で腕と肩甲骨をセットアップしている感じ(肩周りの筋肉量が多いので、骨の位置がわかりにくい)。
実際に自分で試してみましたが、ナローで握り、肩甲骨を下制しないでセットアップすると、乳首あたりにまっすぐおろしても、肩の引っかかりや詰まり感はなく、怪我リスクが低いフォームだと感じました。ただ慣れていないので、腕と胸の筋力面できつかったです。
それと肩周りが窮屈でなくなるので、バーの軌道の自由度が高くなります。自由度が高いので、斜め軌道だと軌道が安定しにくいと感じました。下半身を強く踏ん張れる場合でも、肩甲骨を下制しないでセットアップする場合は、パラリンピック選手みたいに乳首あたりに垂直に下ろすとバーの軌道を安定させやすいかもしれません。
肩甲骨をある程度下制すると肩周りが窮屈になるので、軌道の自由度が低くなります。自由度が低いと、斜め軌道は安定しやすいです。ブリッジを高くできる場合は、強めに下制したほうが良いと思います。
パラリンピック式のフォームも、肩の怪我リスクを抑えてトレーニングを続けるという点で正解のフォームの一つです(不正解のフォームだったら200kg挙がりませんし)。
こちらはパワーリフターの人のコラムです。私はこのコラムを読んで視野が広がりました。
参考サイト:パラリンピックパワーリフターのベンチプレスを学んで
簡単なブリッジの作り方
競技者向けのブリッジは難しいので、簡単なブリッジの作り方を紹介します。ポイントは、
・足を引きすぎない。楽に踏ん張れる場所に足を置く。
下半身を固めたあと、いったん息を吐ききると上半身がしっかりリラックスします。それから鼻から息を吸い込んで胸を張ると、腰が反りにくくなります。尻は臀筋に力を入れて固くして、ベンチにどっしり乗せます。
胸を起こす練習は、フォームローラーを使った下図のエクササイズが効果的です。脱力してフォームローラーに乗っかるのではなくて、アクティブに胸を起こす練習です。一気に強い力をかけると背中を痛めるかもしれないので、少しずつ力を入れていくと安全です。5秒×10レップと書いてありますが、苦しかったら5レップとかでもOKです。
<肩甲骨の下制度合いのコントロール>
肩甲骨をどれくらい下制するかで、ブリッジのピークの位置、バーの軌道を微調整できます。
解剖学的に正しいかよくわからないイメージの話なのですが、肩甲骨がくっついている範囲内では胸椎を伸ばせないので、肩甲骨を下制すればするほど、胸椎を伸ばし始める位置が下の方になって、ブリッジのピークが腹に近くなります。これでもブリッジが高ければ、力の入るポイントでバーを迎えることが出来ますが、ブリッジが低いと力の入るポイントを通り過ぎて、腹寄りの位置にバーが下ります。
背骨の柔軟性があまりない場合は、肩甲骨を限界まで下制せず、ニュートラル付近か少しだけ下制したくらいの位置で、肩甲骨と腕のセットアップをすると、胸の上のほうにブリッジのピークを持ってくることができ、力が入りやすくなります(それと肩甲骨をあまり下制しないと軌道がやや垂直寄りになります)。
ナロー手幅での高いブリッジの競技ベンチプレスと、パラリンピック選手のベンチプレスの中間くらいのフォームです。個人的には、こんな感じでやると楽に出来るのでおすすめです。ただ、正解のフォームになる組み合わせはいくつもあるので、手幅、胸の高さ、肘の位置、肩甲骨の下制度合いを調整して、自分に合ったフォームにしていくと良いでしょう。
ベンチプレスは、肩の怪我をせず、いかにトレーニングを続けるかが重要な種目です。上級者になると肩・肘・手首の酷使による怪我も出てきますが、中級者まででトレーニングのつまづきになるのは肩の怪我が多いでしょう。怪我をしない技術を磨いていくのが、筋力アップと重量アップの近道だと思います。
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