7/21/2023

スモウデッドリフトの向き・不向き

前回の記事からの続きです。

関連記事:IPF世界大会でのスモウ・コンベンショナルの割合

デッドリフトで何を鍛えたいか?という視点ではなく、「その人にとってコンベンショナルとスモウのどちらが重量が挙がるか?」の視点で、スモウデッドリフトの向き・不向きを考察していきます。


スモウデッドリフトの向き・不向きを決める要素はいくつか考えられ、ファクトの要素と仮説の要素があります。

ファクトの要素は、

<身長>

身長が高いほど、スモウデッドリフトには不向きになります。身長に関わらずバーの高さは一定なので、身長が高いほど深くしゃがむ必要が出てきて、スモウデッドリフトのメリットが消えていきます。


<横幅>

規格外に巨大な骨格を持ち、横幅が非常に広い場合は、腕の外側に脚を持ってくるスモウの姿勢を取るのが困難になります。


仮説の要素は、

<股関節のスモウ適性>

スモウデッドリフトは、股関節を外旋・外転させた状態で力を入れる必要があります。股関節の形には個人差があり、股関節の形がスモウデッドリフトに適していない場合は、スモウデッドリフトの体勢で力を入れにくかったり、怪我をしやすかったりします。


それぞれ詳しく見ていきます。


身長

スモウデッドリフトの股関節と膝関節の角度は、ワイドスタンスの浅いスクワットみたいなものです。ワイドスタンスでスクワットをすると、浅いうちは力が入りますが、深くしゃがむと力が入らなくなります。

バーの高さは身長に関わらず一定のため、同じ骨格バランスでも、身長が高くなればなるほど深くしゃがむ必要が出てきて、「高い位置から浅い関節角度で引ける」というスモウのメリットが消えていきます。


こちらは実際の選手の比較画像です。軽量級の小柄な選手のほうが腰高で、浅い関節角度のフォームでスタートできます。



Larry Wheels(身長185cm)がスモウデッドリフトを試した時の様子だと、それほど窮屈ではなさそうなので、この身長でもバランス型の骨格で股関節がスモウ向きならスモウはいけそうな感じがします。と、思ったけど、ストラップ使用でサムレスグリップ&バーがしなっているので、素手でバーがしならない場合は185cmだとやはり窮屈かもしれません。


身長185cm以上のサンプルはなかなか集められないですが、スモウは窮屈になりそうです。高身長の人はコンベンショナルでも窮屈でしょうけど、コンベンショナルのほうが重量は挙がりそうな感じはします。バスケやバレーボールの選手に試してみて欲しいところですが、高身長競技のトップ選手のトレーニング動画を探すとだいたいトラップバーかブロックプルですね。身長2mとかになるとストレートバーでのコンベンショナルですら困難です。



横幅

パワーリフティングの120kg超級だと、身長180cm台、体重140~200kgで、骨格が極太で、横幅が広くて、腕と脚が短い体型の選手がほとんどです。男女とも超級の選手は他の階級とは骨格バランスが違っていて、多くの選手がロックアウト時にバーが股間に当たります(前回の記事に画像が載っています)。

横幅が広いので、グリップの位置がかなりワイドになり、スモウだとその外側に太い脚を持ってこないといけなくて、さらに腕と脚が短いため、大きく開脚して深くしゃがまないとスモウデッドリフトができません。そのためスモウデッドリフトでは力が入りにくいと思われます。

Jesus Olivares選手。身長185cm、体重181kg。


女子の84kg超級では、Bonica Brown選手のみがスモウです。体重は144kg。身長は不明ですが、見た感じだと175~180cmだと思います。かなり窮屈そうです。男子の120kg超級だともっと巨大になるので、もしスモウをやろうとすると、さらに窮屈になります。したがって、超級では男女ともほぼ全ての選手がコンベンショナルなのでしょう。


Bonica Brown選手は大会では第一試技と第二試技が失敗判定で、第三試技ではコンベンショナルでした(これも失敗)。過去の動画を見ると競技フォームはスモウですが、コンベンショナルでも近い重量が挙がるのでしょう。ちなみにこの選手は84kg超級で過去7回世界チャンピオンになっています。



身長170cmで幅の広い骨格の三土手さんが、問題なくスモウが出来ています。身長170cm以下なら、幅の広い骨格で腕と脚が短くても、スモウが可能だと思います。





股関節のスモウ適性

股関節の作りには個人差があります。筋肉の柔軟性の話ではなくて、骨の形の話です。股関節については、以前記事を書きました。


関連記事:股関節の骨の個人差とスクワットのスタンス


「スモウデッドリフトの向き・不向きには股関節の作りが影響を与え、その中でも特に大腿骨前捻角の影響が大きい」というのが私の仮説です。理由は、前捻角の大小が股関節の可動域や外旋・外転の筋力に影響を与えること、大腿骨前捻角に男女差があることです。


大腿骨前捻角は大腿骨の先っぽのねじれの角度で、個人差があります。前捻角が大きいほど股関節の内旋が得意で、前捻角が小さいほど外旋が得意です。

また、前捻角が大きいと、股関節の外転・外旋の筋力が低くなりやすいという研究があります。

(1)Femoral anteversion influences vastus medialis and gluteus medius EMG amplitude: composite hip abductor EMG amplitude ratios during isometric combined hip abduction-external rotation
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1050641103000786?via%3Dihub

(2)大腿骨前捻角と股関節外旋筋力の関係
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyushuptot/2010/0/2010_0_202/_article/-char/ja/


スモウデッドリフトは、股関節を外転+外旋して力を入れるので、前捻角が大きくて外転・外旋向きの股関節をしていないと、スモウデッドリフトが苦手になると考えられます。


男女差については、平均で見ると、男性のほうが大腿骨前捻角が小さくて(外旋が得意)、女性のほうが大腿骨前捻角が大きい(内旋が得意)です。

日本人を対象とした大腿骨前捻角の調査データです(カッコ内は標準偏差)

20-30代
女性 13.6°(5.0) 男性7.5°(4.4) 

40-50代
女性 12.8°(2.9) 男性8.9°(2.6)


(3)骨盤・下肢アライメントの年代間の相違とその性差
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/29/6/29_965/_pdf


こちらはアメリカの大学生を対象とした調査データです。

女性17.6°(6.7) 男性8.8°(5.1)

(4)Sex differences in clinical measures of lower extremity alignment
https://www.jospt.org/doi/epdf/10.2519/jospt.2007.2487


平均で見れば、女性のほうが大腿骨前捻角が大きくて、股関節の作りが外旋に向いていません。IPF世界大会のデータでの「男性は超級以外はスモウが多数派で、女性は中量級ではスモウとコンベンショナルが半々に近い」という現象は、大腿骨前捻角の男女差が大きな要因になっていると推測されます。

他に股関節の男女差について調べてみると、寛骨臼(骨盤のソケット部分)の傾斜やQ角も影響があるかもしれません。

参考サイト:股関節の男女差 -形態から考えてみよう!-
https://note.com/tojo/n/nfd1cc01d0f74


女性の軽量級ではスモウが多数派になる理由を考えてみると、おそらく身長が140cm台で低いため、腰高でスタートしやすく、股関節があまりスモウ向きでなくてもスモウで重量が挙がりやすいのかもしれません。実際に各選手のスモウデッドリフトのフォームを見てみると、「ワイドスタンスのコンベンショナル」とでも言うような、上半身の傾きが大きくて膝が前向きのフォームの選手もいます。



76kgと84kg級の選手だと、大柄なため深くしゃがんでスモウデッドリフトの姿勢を取る必要が出てきます。身長が高いと、股関節がスモウ向きでないと力を入れにくく、そのため体重の重い階級ではコンベンショナルが多くなるのだと思います。




大腿骨前捻角の測定

大腿骨前捻角は、骨の画像を取得しなくても、Craig's testという方法で簡単に推測値を測定できます。上で紹介した論文も、Craig's testで測定しています。


動画:【整形外科的テストから判別する】グレイクテストから診た機能的なアプローチ
https://www.youtube.com/watch?v=HLO2s0mE0PY

やり方はうつ伏せに寝て、腿の横側を触り、測定したい脚の膝を90度に曲げながら大腿骨を内旋・外旋して骨(大転子)の出っ張りがもっとも顕著になるところで足を止めます。この足を止めた時の脛の角度が、前捻角の推測値です。大腿骨の出っ張りは外側広筋の付着点のすぐ上なので、チェックしたい足で床を踏んだりして外側広筋をピクピクさせると場所を把握しやすいです。

誰かに手伝ってもらって角度を測るか、自分の真後ろにスマホを設置して、動画撮影して角度を測ると良いでしょう(自分で骨の出っ張りを触りながら股関節を外旋内旋し出っ張りがもっとも大きくなったところで「ここだよ」などの音声を発し、撮影した動画を再生して音声が出たところで動画を止めて角度を測定する)。


前捻角がスモウデッドリフトの向き・不向きに大きく影響するというのは私の仮説なのですが、レベルの高い大会で選手のデータを取らせてもらえれば検証できますね。身長と腕・脚の長さも同時に測定すれば、身長と骨格バランス、前捻角から、スモウデッドリフト向きかどうかを判断できるガイドラインが作成できる気がします。この仮説は結構自信がありますし、面白いテーマだと思うので、どこかの研究者がやってくれないかな・・・。




スモウのほうがコンベンショナルより重量が挙がる条件

ここまで書いてきたことをまとめます。

・股関節の骨の形が、スモウに向いているかが最も重要です。向いていて、身長が高くなければスモウのほうが重量が上がると思われます。筋肉の柔軟性ではなくて、骨の形なので自分ではどうしようもないです。適性が低いのに無理にスモウで高重量を挙げようとしたり、開脚ストレッチを頑張ったりすると股関節を痛めるので止めましょう。

・バーの高さは身長に関わらず一定のため、身長が低いほうがスモウをやりやすいです。身長が高くなると、膝と股関節を深く曲げる必要が出てくるため、よりスモウ向きの股関節が求められます。

・横幅の広い極太骨格で、腕と脚が短い体型の人は、身長170cm台後半からスモウの体勢を取るのが難しくなってくるかもしれません。

・普通の骨格バランスの人は、身長180cm付近からスモウで重量が上がりにくくなってくるかもしれません。腕が長めだと185cmや190cmでも大丈夫かも。

・腕が長くて胴体が短い体型の人は、コンベンショナル向きだと思われがちですが、股関節がスモウ向きならスモウのほうが重量は挙がります。Jamal Browner選手やCailer Woolam選手は、身長180cm付近で、腕が長くて胴体が短く、デッドリフトのために生まれてきたような体型です。二人ともコンベンショナルもスモウも400kg以上挙がりますが、スモウのほうが記録は上です。



身長の違いによるスモウとコンベンショナルの出力イメージ図です。身長が低いとスモウのほうが出力が高くなりやすいです。出力は、それぞれのフォームで十分にトレーニングを積んだ後を想定しています。



股関節の作りがスモウに不向きな人の場合、スモウの出力グラフが下に移動する感じです。そのため身長が低くない限りは、コンベンショナルのほうが出力が高くなります。



腕が長い場合、腰高の姿勢で引けるのでスモウのメリットを活かすことができます。スモウの出力グラフが上に移動する感じです。




大腿骨前捻角の男女の平均値と標準偏差、日本人の平均身長に近い男女の中量級のスモウ・コンベンショナルの割合から、スモウ適性の前捻角の目安をざっくり出してみます(平均値+1標準偏差で8割強の割合になるはずなので男女のスモウの割合と比較して云々・・・という計算をしています)。

日本人の平均身長付近の人の、大腿骨前捻角ごとの適性は、

10度以下 スモウ

10-15度 どちらかわからん

15度以上 コンベンショナル

少ないデータから大雑把に出した目安ですし、大腿骨前捻角がスモウの向き・不向きに大きく影響するという仮説がもとになっていますが、興味のある方は参考にしてみてはどうでしょうか。


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