9/26/2019

筋肥大研究の見方

一般的に筋肥大研究のイメージは、「レジスタンストレーニングを続けると、筋繊維内の筋原線維に筋節が付着することで筋繊維が太くなる。超音波や電磁波を用いて筋肉の厚みや断面積を測定したり、微量の筋肉組織を採取して筋繊維の断面積を測定したりすることで、筋肥大がどれだけ起こったかを計測することができる」

筋肥大の測定の難しさを具体的に見ていくと、現実はそれほどシンプルではないことがわかる。以下の論文を参考にして、筋肥大の様々な測定方法の留意点や問題点、筋肥大研究を評価する際に考慮することを書いてみたい。

A Critical Evaluation of the Biological Construct Skeletal Muscle Hypertrophy: Size Matters but So Does the Measurement
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphys.2019.00247/full


★筋肉の構造
筋肉の構造を階層化して書くと、以下のようになる。

筋外膜に包まれた筋肉
- 筋周膜と筋内膜に包まれた筋繊維の束(筋束)
-- 筋繊維内の筋原線維、ミトコンドリア、筋小胞体、T管、グリコーゲン、トリグリセリド
--- 筋原線維を構成する筋節
---- 筋節を構成するアクチン、ミオシンなどのタンパク質 

筋繊維内の組織の役割を大雑把に分けると、
a) 筋原線維は収縮することにより筋力を発揮する。
b) ミトコンドリアや筋小胞体など筋原線維以外の部分は、ATPの供給やイオン輸送により筋原線維が収縮と弛緩を繰り返すのをサポートする。

理屈の上では、
a) 短い時間の強い筋力発揮を続けると、筋原線維が肥大する。
b) 持久運動(筋原線維の持続的な収縮と弛緩)を続けると、筋繊維内のサポート部分が肥大する。(組織の肥大およびグリコーゲンやトリグリセリドの貯蔵量の増加)

ただ、これを直接調べた研究は現時点では乏しく、ヒト対象の研究で継続的なレジスタンストレーニングにより筋原線維の筋節が増加したことを明確に示すエビデンスはまだ無い。除脂肪量、四肢の周径、CTなどの方法は、筋肉全体が肥大ことは示せても、筋肉のどの部分が肥大したかはわからない。

筋肉組織を採取し筋原線維のタンパク質量が増えたかを調べる(例えばミオシン濃度の変化などを調べる)研究があるのだけどまだ数が少なく、また通常は被験者にとって新たな刺激となるトレーニングを数カ月間行う実験デザインなので、その場合は筋繊維のダメージの修復やミトコンドリアや筋小胞体などサポート部分の強化によるトレーニングキャパシティの増大が初期段階として起こり、筋原線維の肥大はその後起こる可能性がある。そのため、数カ月間しか行わない研究では筋原線維タンパク質の増加は示されにくいかもしれない。

ただ長期間のレジスタンストレーニングにより、筋肉が大きく肥大し筋力が大きく増加するのは事実なので、筋原線維の肥大は起こるはずではある。




★筋肉の組成
主に水分、タンパク質、貯蔵エネルギー源(グリコーゲン、トリグリセリド)から組成される。筋肉全体で見れば、筋細胞内のタンパク質は15%程度。筋細胞内のタンパク質のうち筋原線維のタンパク質は60-70%程度。


★筋肥大の測定方法と問題点
筋肥大の測定方法は、大きく分けてマクロレベル、ミクロレベル、分子レベルの3つがある。マクロレベルは非侵襲的な方法で、除脂肪量や筋肉の太さを調べることができる。ミクロレベルは筋肉組織を採取し、筋肉を構成する筋繊維の太さを調べることができる。分子レベルは筋肉組織を採取し、筋細胞の各組織を構成するタンパク質の濃度を調べることが出来る。


・マクロレベル
- 全身の除脂肪量を測定する各方法:水中体重秤量法、空気置換法、生体電気インピーダンス法、二重エネルギーX線吸収法(DXA)など。除脂肪量イコール骨格筋ではない点に注意。
- 超音波で測定する方法:変化を測定できるのは筋肉の特定の箇所の厚み(1次元)に限られる。筋肉の幅や長さの変化はわからない。また機器使用者のスキルによって測定値に差がでやすい(例えば皮膚にどれくらいの圧力で押し付けながら測定するかで測定される厚みが変わってくる)。測定箇所を少しずつずらし、得られたデータをつなぎ合わせることで2次元、3次元のデータを作る方法もある。
- EFOV超音波:少しずつずらして通常の超音波計測を行い、それを繋ぎ合わせて筋肉の断面画像(2次元)を得ることができる。
- 3次元超音波:2次元超音波検査と位置トラッキングシステムを組み合わせることで、筋肉の3次元モデルを得ることが出来る。今後有望な測定方法。
- 二重エネルギーX線吸収法(DXA):全身だけでなく、腕や脚といった部位ごとの測定もできる。体脂肪と骨と筋肉を分けて測定することはできるが、筋肉の部位を分けて測定することはできない(例えば外側広筋と大腿直筋の区別は出来ない)。また身体の保水量の影響を受けやすく、食前と食後で測定結果が大きく変わる。最近では、生体電気インピーダンス分光法を組み合わせることで、水分量の変化を除いた除脂肪量変化を推測する方法も出てきている。
- CT:人体の断面のスキャン画像(2次元)を得ることができる。手動で皮下脂肪、筋肉、各筋肉の部位を分けて、それぞれの面積を算出する。短所は、放射線への暴露と費用が高いこと。
- pQCT:CTと同じように断面画像を得られる。筋肉内の脂質の濃度も測定することができる。
- MRI:高い解像度で筋肉の断面画像を得ることができる。誤差の小さい信頼性の高い計測方法だが、費用も高く筋肥大研究で使われることは稀。少しずつずらして撮影した断面画像のデータから、筋肉の部位ごとの体積を求めることも出来る。

マクロレベルの測定方法に共通する問題点は、測定誤差や水分量の変化に対して変化量が小さいこと。一般的にこれらの測定方法では、数カ月の実験期間で一桁%しか変化しない。そのため有意差も出にくい。また筋肉内のトリグリセリドや水分やグリコーゲンの変化、筋繊維内のどの組織(筋原線維や筋小胞体)が肥大したのかわからない。


・ミクロレベル
注射器の針みたいな器具を筋肉に突き刺し、微量の筋肉組織を採取して、凍らして薄切りして着色処理などをして顕微鏡で拡大し筋繊維の断面積を調べる。数ヶ月のトレーニングで筋繊維の断面積が20-30%増加することもある。

注意点は、全く同じ筋繊維を二度採取することは出来ないこと。近い部分の筋繊維は平均断面積が同じだろうという仮定に基づいている。また筋肉は3次元の物体で、例えばレッグプレスを続けたことによる外側広筋の肥大は、場所によって肥大の仕方は異なると思われるが、この計測方法では組織を採取した一箇所の変化しか測定できない。また水分やグリコーゲン貯蔵量の変化による断面積変化と、筋原線維の変化による断面積変化と、筋小胞体やミトコンドリアの変化による断面積を区別できない。筋肉組織の処理や測定手順が研究によって異なり、具体的な手順が論文に詳しく書かれていないことも多いので、研究間の数値の比較は困難。


・分子レベル
微量の筋肉組織を採取して、筋繊維内の各組織を構成するタンパク質がどれくらい含まれているか、それぞれのタンパク質の濃度がトレーニングによって変化するかを調べることで、筋繊維内の筋原線維や筋小胞体やミトコンドリアのどの組織が肥大したのかを推測する。研究によって結果がまちまちで、数ヶ月のトレーニングで筋原線維のタンパク質濃度が80%増加したものもあれば、変わらなかったものもあり、逆に濃度が低下した研究もある。

筋原線維のタンパク質の濃度変化は、筋原線維以外の組織や水分の変化との相対的なものなので、筋肉全体で見て筋原線維の絶対量が増えていても、その他の部分のほうがより増えていれば濃度は低下する。


★各レベルの測定方法の結果が一致するか
同一の実験で、被験者をマクロレベル、ミクロレベル、分子レベルでそれぞれ測定すると、それぞれのレベルの結果が一致しないことも多い。DXAでは除脂肪量が数%増加、筋繊維の断面積は数十%増加、筋原線維のタンパク質濃度は低下、といった研究もある。



★筋肥大の質
筋肥大が起きたとして、筋肉のどの組織、どの成分が増加しているのか。肥大する組織を大きく3つに分けて考える。

・結合組織の肥大
細胞外基質の増加。

・筋形質の肥大
筋細胞内の筋原線維以外の部分、具体的には筋鞘や筋形質(ミトコンドリア、筋小胞体、T管、酵素など)の増加。

・筋原線維の肥大
筋肉の収縮部分である筋原線維の肥大。



★測定誤差
この論文著者の研究室で、測定誤差ではないだろうと言える変化率を測定方法ごとに求めている。以下の表で、右端の変化率(95% CI)を上回ると測定誤差ではないだろうと言える。例えば、DXAの除脂肪量測定では、トレーニング前後で除脂肪量が1.81%以上増加すると、測定誤差ではなさそうと言えることになる。この研究室でのデータを使って求めた数値なので、他の研究にそのまま適用できるわけではないけど、測定方法ごとにどれくらい測定誤差の影響があるのか目安になる。(私は統計に詳しくないですが、たぶんこういうことをやって数値を出している)





★信頼性の高い筋肥大研究はどういうものか
a) 被験者数が多い
レジスタンストレーニングに対する筋肥大の反応は個人差が大きいので、その影響を小さくするために被験者数は多いほうが良い。実験途中でグループを入れ替えるクロスオーバー手法や、被験者の右脚と左脚でそれぞれ異なるトレーニング方法を割り当て、利き脚振り分けをランダム化することで筋肥大反応の個人差をなくす方法もある。

b)実験期間が長い
測定誤差の影響があるので、実験期間をなるべく長くして、筋肉の断面積や筋繊維の太さの変化率が大きくなっていると良い。

c) 複数の計測方法を採用している
ミクロレベルとマクロレベルの両方があると良い。例えば、CTなどで筋肉の断面積変化を調べ、それに加えて筋肉組織の採取により筋繊維の断面積変化を調べ、それぞれの結果で筋肥大が示されていると、研究結果の信頼性が高まる。分子レベルの計測方法については今のところ採用が限られているし、測定するのは濃度変化で絶対量の変化ではないので解釈が難しい。ただ分子レベルの計測方法の精度が上がり、トレーニングの種類と筋細胞内組織の反応に一貫した関連性が示されていくと面白い。例えばストレングスが重要な階級制競技の選手の場合、なるべく体重を増やさずに筋力を上げたいので、筋原線維が優先的に肥大するトレーニングを行いたい。

d) 水分量の変化を考慮している
上述のようにDXAに生体電気インピーダンス分光法を組み合わせることで水分変化を除いた除脂肪量の変化を求める方法を採用していると信頼性が高まる。また、トレーニングを始めると筋肉への水分の引き込み(浮腫)により筋肉が太くなるので、これを考慮した測定タイミングにしていると水分量変化の影響を抑えやすい。例えば、トレーニング開始して1,2週間後に測定して、数ヶ月のトレーニング実施後に測定するといったやり方や、トレーニング開始直前に測定して、トレーニング終了後一週間くらい経って浮腫が抜けてから測定といったやり方が考えられる。またマクロレベルの除脂肪量測定だと食事の影響も大きく、グリコーゲンの貯蔵具合も影響するので、1日のうちで同じタイミング(食後◯時間)で測定すると良いだろう。

8/28/2019

効果が頭打ちになるトレーニングボリュームの研究

★背景
トレーニングボリュームとトレーニング効果の関係は逆U字型になると言われている。ある程度までは、ボリュームを増やすとトレーニング効果も上がる。そのままボリュームを増やしていくと効果が頭打ちになり、さらに増やすとトレーニング効果が小さくなっていき、さらにボリュームを増やすとトレーニング効果がマイナス(筋肉量が減ったり筋力が低下したりする)になる。


具体的にどの程度のトレーニングボリュームで頭打ちになり、どの程度のトレーニングボリュームでトレーニング効果が低下していくのか。ここ数年でトレーニング歴のある被験者を対象としたボリューム関連の研究が増えてきたのでまとめてみた。今回の観点は、「1回のトレーニングセッションにおける部位あたりのボリューム上限」。



★低ボリュームと高ボリュームの効果を比較した研究
(1)Evidence of a Ceiling Effect for Training Volume in Muscle Hypertrophy and Strength in Trained Men - Less is More?
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31188644

被験者:若い男性。ベンチプレス10RMが100kg弱。
グループ分け:5セット、10セット、15セット、20セット
実験期間:24週間
追い込み度:全セット限界まで

トレーニング内容:週3回トレーニングを行う。部位ごとに見ると週1回ペース。

<結果>



ストレングス:ベンチプレス、レッグプレス、ラットプルダウン、スティッフレッグドデッドリフトの10RMの伸びは、5セットグループと10セットグループがほぼ全ての種目で、15セットグループと20セットグループを上回った。

筋肥大:有意差なしだが24週時点では5セットグループと10セットグループが優位な傾向。15セットグループと20セットグループは12週時点から24週時点の比較で筋肉の厚みが減っている傾向。

ストレングスの伸びも筋肥大も、5セットと10セットグループが最も良い結果となっている。15セットと20セットグループはトレーニング効果が低下していて、トレーニングボリュームが過多だったと考えられる。

この研究は他の研究に比べてかなり綺麗な結果が出ている。この研究グループは、女性を対象とした同じデザインの研究も行っていて、そちらも同様に綺麗な結果が出ている。この手の研究は結果がばらつくことが多いので、結果が綺麗すぎる気もする。

気になる点は、上半身種目は既にこれだけの重量を扱えるのに、24週間でかなりストレングスが伸びていること。被験者の平均体重は80kg台前半なのだけど、1RM換算でのベンチプレス約130kgが半年で約160kgになっている。5セット週1回(ベンチプレス自体のセット数は2セット)で、このような高レベルの人のベンチプレスがこれほど伸びるのは普通のことなのだろうか?

※2020年7月21日追記
この研究者(Matheus Barbalho)は複数の研究でデータの捏造っぽいことをやっている可能性が高いので、この研究の結果は考慮に入れないことにする。

Improbable Data Patterns in the Work of Barbalho et al: An Explainer
https://www.strongerbyscience.com/barbalho/?ck_subscriber_id=699589358


(2)Dose-Response of Weekly Resistance Training Volume and Frequency on Muscular Adaptations in Trained Males.
https://research.birmingham.ac.uk/portal/files/54153731/Heaselgrave_et_al_Dose_response_of_weekly_International_Journal_Sports_Physiology_and_Performance_2018.pdf

被験者:若い男性。トレーニング歴あり。
期間:6週間
グループ分け:低ボリューム、中ボリューム、高ボリューム
追い込み度:10-12レップで、限界まで2レップ残し。

トレーニング内容:
a)低ボリュームグループ
週1回トレーニングで、アームカール3セット、ベントオーバーロー3セット、プルダウン3セット
b)中ボリュームグループ
週2回トレーニングで、両日ともアームカール3セット、ベントオーバーロー3セット、プルダウン3セット
c)高ボリュームグループ
週2回トレーニングで、アームカール5セットor4セット、ベントオーバーロー5セットor4セット、プルダウン4セットor5セット

<結果>
ストレングス:上腕二頭筋の筋力やプルダウン1RMは、低ボリュームに比べて中ボリュームと高ボリュームが優位。ベントオーバーロー1RMは低中ボリュームに比べて高ボリュームが優位。

筋肥大:上腕二頭筋の厚みを測定。増加率に有意差なしだが、効果量比較では中ボリュームが優位。

上腕二頭筋のような小さな筋肉のアイソレート種目は1回あたり3セット程度にするのが良さそう。頻度は週1回よりも2回のほうが効果が高くなるだろう。上半身のコンパウンド種目は、1回のトレーニングあたりプルとロー合わせて5-10セットが効果の上限になりそう。


(3)The effect of weight training volume on hormonal output and muscular size and function
https://www.researchgate.net/publication/232177076_The_Effect_of_Weight_Training_Volume_on_Hormonal_Output_and_Muscular_Size_and_Function

被験者:若い男性。スクワット1RMが130kg前後、ベンチプレス1RMが90kg弱。
グループ分け:各種目1セット、2セット、4セット
期間:10週間
追い込み度:全セット限界まで

トレーニング内容:
部位ごとに3種目ずつ行っているので、部位あたりのボリュームは3セット、6セット、12セットを週1回。

<結果>
ストレングス:スクワット1RMとベンチプレス1RMの伸びはグループ間で有意差なし。

筋肥大:大腿直筋の断面積と上腕三頭筋の厚みはグループ間で有意差なし。

いずれも有意差がないだけでなく、ボリュームの増加に伴い伸びが高くなるといった傾向もなし。テストステロン/コルチゾール比の変化では、高ボリュームグループがオーバートレーニングの可能性。


(4)Effects of a Modified German Volume Training Program on Muscular Hypertrophy and Strength.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27941492

中身が読めないので拾ったこの画像で判断。有意差があるのかもわからないが、被験者数が少なくて有意差が出にくいだろうから、全体的に見てどちらが効果的か見ていきたい。
被験者:若い男性。トレーニング歴あり。
グループ分け:5セット、10セット
実験期間:6週間
追い込み度:60%1RMで10レップ

トレーニング内容:
day1) ベンチプレス5セットor10セット、ラットプルダウン5セットor10セット、補助種目はインクラインベンチプレス・シーテッドロー。
day2) レッグプレス5セットor10セット、ランジ5セットor10セット、補助種目はニーエクステンション・レッグカール・カーフレイズ。
day3) ショルダー・プレス5セットor10セット、アップライトロー5セットor10セット、補助種目はアームカール・トライセップスプッシュダウン

部位ごとのボリュームを計算すると(補助種目は各種目のセット数が不明なので3.5セットで計算)、
大胸筋:8.5セット or 13.5セットを週1回  
広背筋:8.5セット or 13.5セットを週1回
大腿四頭筋:13.5セット or 23.5セットを週1回
ハムストリングス:足幅によるがランジである程度使いそう。レッグカールは両グループとも3セットか4セット。
腕の筋肉は計算と判断が難しい。コンパウンド種目でどれだけ上腕二頭筋・上腕三頭筋に負荷がかかるかは個人差が大きい。

<結果>
ストレングス:ベンチプレス1RMとラットプルダウン1RMの伸びは5セットグループが10セットグループよりも大きい。

筋肥大:
- 大胸筋と広背筋をまとめて胴体の除脂肪体重で見ると5セットグループのほうが増えた。
- 大腿四頭筋については、腿の前側の筋肉の厚みは5セットの方が増えた。
- ハムストリングスについては、腿の裏側の筋肉の厚みは10セットの方が増えた
- 腕の除脂肪体重は5セットが上、上腕二頭筋の厚みは5セットが上、上腕三頭筋の厚みは10セットが上。

上半身は部位あたりの1日のセット数が10セットを超えていくと効果が低下するようだ。上半身のコンパウンド種目は部位あたり1回5-10セットが良さそう。上半身に比べると脚は上半身よりもボリュームを増やしても大丈夫な感じがするが、1日に部位あたり20セット以上は多すぎると思われる。


(5)Effects of a 12-Week Modified German Volume Training Program on Muscle Strength and Hypertrophy—A Pilot Study
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5969184/
(4)の研究と同じグループによるもの。実験期間が12週に伸びている以外はほぼ同じ研究デザイン。

被験者:若い男性。ベンチプレス1RMが80kg前後 除脂肪体重60kg程度。
グループ分け:5セット、10セット
実験期間:12週間
追い込み度:種目によって異なる。60%1RM~80%1RMで10レップ。

トレーニング内容:
部位ごとのボリューム計算も(4)の研究とほぼ同じになる。

<結果>
ストレングス:被験者数が少ないので有意差が出にくいが、両種目で両グループとも実験前後では1RMは伸びている。グループ間の効果量比較だとベンチプレス1RMは5セットグループがまあまあ優位。レッグプレス1RMは10セットグループが少し優位。

筋肥大:
- 除脂肪体重は両グループとも僅かに増えた。グループ間比較だとほとんど差なし。
- 部位別の除脂肪量の効果量比較は全般的に5セットグループが僅かに優位。胴体は5グループが僅かに優位。腕の除脂肪量は5セットグループが僅かに優位。脚の除脂肪量は6週時点では10セットグループが僅かに優位だが、12週時点では5セットグループが僅かに優位で、0週→12週の変化だと10セットグループの効果量は僅かにマイナス。

脚の除脂肪量は10セットグループは6週時点では増加しているのに、12週時点では減少していて、オーバートレーニングになっていると考えられる。レッグプレス10セット・ランジ10セット・ニーエクステンション4セットを1日でやるのはボリュームが多すぎるのだろう。

注意点は、実験前後の体脂肪率変化を見ると5セットグループは増えていて、10セットグループは減っているので、5セットグループのほうが摂取カロリーが多く筋肥大に有利だった可能性がある。


(6)Resistance Training Volume Enhances Muscle Hypertrophy but Not Strength in Trained Men
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6303131/

被験者。若い男性。スクワット1RMが100kg強、ベンチプレス1RMが100kg弱。
グループ分け:各種目1セット、3セット、5セット
実験期間:8週間
追い込み度:8-12レップを限界まで

トレーニング内容:
週3回のトレーニングは全て同じ内容。以下の各種目をグループごとに1セット、3セット、5セットずつ行う。
ベンチプレス、ミリタリープレス、ラットプルダウン、シーテッドロー、バックスクワット、レッグプレス、レッグエクステンション

1回のトレーニングでの部位ごとボリュームを計算すると、
- 大腿四頭筋:3セット or 9セット or 15セット
- 上腕二頭筋(プルとロー):2セット or 6セット or 10セット
- 上腕三頭筋(プレス):2セット or 6セット or 10セット

注意点は、大腿四頭筋はスクワットでもレッグプレスでもレッグエクステンションでもフルに負荷がかかるけど、上腕二頭筋と上腕三頭筋は個人差があるがコンパウンド種目ではフルに負荷がかからないこと。

<結果>
ストレングス:ベンチプレス1RMとスクワット1RMはグループ間で伸びに有意差なし。ボリュームの増加に伴い伸びが大きくなるといった傾向も無し。

筋持久力:ベンチプレス50%1RMで何レップ出来るかはグループ間で伸びに有意差なし。

筋肥大:
- 上腕二頭筋は1セットグループに比べて5セットグループのほうが厚みの増加率が高かった(有意差あり)。
- 上腕三頭筋は厚みの増加にグループ間で有意差なし。
- 大腿直筋は1セットグループに比べて5セットグループのほうが厚みの増加率が高かった(有意差あり)。
- 外側広筋は1セットグループに比べて5セットグループのほうが厚みの増加率が高かった(有意差あり)。

筋肥大は各部位ともボリュームが多くなるにつれて、厚みの増加率が高くなる傾向があった。脚は1日あたりのセット数が10セットを超えても、筋肥大面では効果が高くなっていくかもしれない。ただ、(4)(5)の研究結果を考えると、1日に20セット超えは脚でもボリューム過多だろう。腕についてはコンパウンド種目でどれだけ負荷がかかるかは個人差が大きいので、あまり参考にならないと思う。プレスやプルのあとに腕に余力があれば、アイソレートで3セットほどやっておけば良いのではないだろうか。

このSCHOENFELD他の研究をライル・マクドナルドが叩きまくっているけど、1日の部位あたりボリューム上限の観点では他の研究と大きな食い違いが出るわけではない。週ベースのボリューム上限の観点では、5セットグループのボリュームを週3回ペースだと、追い込み度を下げないと回復が追いつかないと思う。



★まとめ
以上の研究結果を参考に、トレーニングレベルが中程度の人にとって、1回のトレーニングで効果が頭打ちになるセット数の目安を書くと以下のようになる。時間と体力に余裕がある人はこのくらいのセット数を行うのが、高いトレーング効果を期待できて良いだろう。

脚:同系統の種目合わせて5-15セット程度。例えば、スクワット5セットとレッグプレス5セットで10セット。

上半身のコンパウンド種目:同系統の種目合わせて5-10セット程度。例えば、フラットベンチプレス4セットとインクラインベンチプレス3セットで7セット。シーテッドロー4セットとラットプルダウン3セットで合わせて7セット。

腕の単関節種目:上半身のコンパウンド種目をやっている前提で、アームカールやトライセップスエクステンションを3セット程度。

トレーニングレベル中程度の目安は、ベンチプレス1RMが体重の1.0倍~1.2倍程度、スクワット1RMが体重の1.2倍~1.5倍程度。トレーニグでの想定レップ数は6-12レップ程度で、追い込み度は限界まで2レップ残し以内(RPE8以上)。

これらは1回のトレーニングセッションあたりのトレーニングボリュームの上限の目安。週あたりのトレーニングボリュームの目安だと、週2回なら回復できるだろうからもっと多くなると思う。全セット限界までを週3回だと回復できないかもしれない。



★ボリュームを考える時の注意点
研究に基づいて目安のボリュームを示すことは出来るが、人によって適切なボリュームは変わってくる。影響を与える要因としては、

・トレーニングレベル。長くトレーニングしていてハードなトレーニングに適応している人はそれだけ多くのボリュームに耐えられる(また多くのボリュームがさらなる向上に必要となる)。

・部位によってボリューム上限は異なる。普段から強い負荷がかかる大きな筋肉ほど多くのボリュームに耐えられると考えられる。一般的に下半身(特に大腿四頭筋)がもっとも多くのボリュームに耐えられ、次に上半身のコンパウンド種目(広背筋や大胸筋メイン)、そして腕の単関節種目。あまり鍛えてこなかった部位をトレーニングする際は、ボリュームを少なめにすると良いだろう。

・追い込み度。限界までやるか、限界まで数レップ残すか。限界までやると効果が頭打ちになるトレーニングボリュームは少なくなると考えられる。ただ、フォームの崩れや怪我リスク、メンタル面での消耗、その日行う予定の他の種目への影響を考えると、フリーウェイトのコンパウンド種目では全セット限界までやらないほうが良いと思う。アームカールなどの単関節種目なら限界までやっても良いだろう。

・レップ数。おそらく高重量低レップ(だいたい5レップ以下)のほうが、効果が頭打ちになるセット数は多くなり、トータルのレップ数は小さくなる。例えば、3レップ10セットと10レップ3セットだったら、前者の方が強い刺激になる。

・筋肉の反応の個人差。同程度のトレーニングレベルの人を集めて同じトレーニングメニューを行っても、トレーニング効果の反応は大きくばらつく。この辺はわかっていないことだらけなので何とも言えない。


関連記事:
筋肥大トレの推奨ボリューム

筋肥大トレの推奨ボリューム2

7/30/2019

インターバルの過ごし方によるパフォーマンスへの影響

The effect of inter-set strategies on acute resistance training performance and physiological responses: A systematic review
https://www.researchgate.net/publication/330753178_The_effect_of_inter-set_strategies_on_acute_resistance_training_performance_and_physiological_responses_A_systematic_review

レジスタンストレーニングのセット間インターバルに何をすると回復が早まり、次セット以降のパフォーマンスを維持しやすくなるのか。具体的には、スクワットやベンチプレスのインターバルでは、座って休んで息を整えるのが良いのか、筋肉が張るのでストレッチするのが良いのか、うろうろ歩き回って身体が冷めないようにするのが良いのか。

今回紹介するシステマティックレビュー論文では、レジスタンストレーニングのパフォーマンス維持に着目して、インターバルでの行動により以降のセットでのパフォーマンス(主に可能なレップ数)が変化するか調べた研究を集めている。

セット間インターバルの活用方法には他にも観点はあって、例えば怪我リスクを低くすることを優先したり、アラインメントやフォームの維持を優先したり、ペアードセットなどによって時間効率を高めることを優先したりといったことが考えられる。


★ストレッチ・フォームローラー・マッサージ
基本的には、ウォームアップにおいてのストレッチの扱いと同じ。トレーニング直前と同様に、インターバルでは主働筋の静的ストレッチやフォームローラーを長時間行うのは避けたほうが良いだろう。

インターバルに拮抗筋の静的ストレッチを行うと、その後のレップ数が多くなる可能性がある。メカニズムにはいくつか仮説がある。
1)拮抗筋に無駄な力が入らなくなり、差し引きの関節トルクが上がる。いくつかの研究で拮抗筋のEMGに違いがないことが示されているのでこの説は可能性が低いようだ。また拮抗筋に力が入らなくなっているわけではないので、関節の安定性に問題はないと思われる(拮抗筋の適度の緊張は関節の安定に寄与している)。
2)筋肉-腱-関節の硬さ(局所的硬さ及び伸張反射による神経系含めての硬さ)を低下させる。主働筋が収縮し拮抗筋が伸張される際に、拮抗筋とそれに付随する腱や関節周りがブレーキになりにくくなる。この説はありえそう。
3)拮抗筋のストレッチにより、主働筋収縮・拮抗筋伸張の際に拮抗筋の伸張反射が抑制される。拮抗筋の伸張反射が起こると相反性神経支配により主働筋が抑制されるので、主働筋収縮時は拮抗筋の伸張反射を抑制したほうが主働筋がより強く収縮することが出来る。拮抗筋の静的ストレッチで主働筋のEMGが高くなっているので、この説はありえそう。

拮抗筋の静的ストレッチで可能レップ数が多くなるメカニズムは、主働筋-拮抗筋のペアードセット関連のメカニズムと一部共通している感じがする。拮抗筋を収縮させてから、すぐに主働筋を動かすと限界までのレップ数が伸びる。

<個別の研究結果一覧>
静的ストレッチ
- 主働筋:3つの研究。3つともレップ数に違いなし。1つの研究で挙上速度の低下。
- 拮抗筋:2つの研究。2つの研究とも種目はシーテッドローで、40秒の大胸筋の静的ストレッチで何もせず休むよりもレップ数が伸びた。

動的ストレッチ
- 主働筋:3つの研究。2つでレップ数に違いなし。1つの研究で何もせず休むのに比べて限界レップ数が2倍近くになっているが、ちょっとありえないレベルの差なので再現されるまで扱いは保留。
- 拮抗筋

バリスティックストレッチ
- 主働筋:1つの研究。レップ数に違いなし。

PNF
- 拮抗筋:1つの研究。レップ数に違いなし。今回のシステマティックレビュー論文に入っていない研究でレップ数が伸びた研究が1つ有る。

フォームローラー
- 主働筋:2つの研究。インターバルでのフォームローラーでレップ数低下。
- 拮抗筋:1つの研究。インターバルでのフォームローラーでレップ数低下。フォームローラーの研究は3つとも同じ研究室によるもので、実施種目もすべてニーエクステンション。

マッサージ
- 主働筋:1つの研究。有意差なし


★冷やすor温める
インターバルに主働筋や手のひらを適度に冷やすのはレップ数を増やすのに効果がありそう。温めるのは現時点では効果なしの研究が多い。

・主働筋を直接冷やす、もしくはクライオセラピーでまとめて冷やす。
→筋肉が長く働ける温度に保つ。筋肉は低温でも高温でも疲れやすくなる。あと痛みの知覚を鈍らせることでレップ数が伸びる可能性がある。冷やし過ぎに注意。

・手のひらを冷やす
ベンチプレスのインターバルに手のひらを冷やすと、何もしないのに比べてレップ数が多くなったという研究が複数ある。考えられるメカニズムはいくつかあって、
1)ローカルの疲労のシグナルが脳に送られる際に、他の信号(ここでは冷たいという信号)を同時に送ることで脳が疲労を感じにくくなる。痛い部位を冷やしたり温めたり振動させたり擦ったりすると脳が痛みを感じるのが誤魔化されるのと同じように。
2)血液を冷やすことで深部体温を下げ、脳の疲労感を低下させる。

ちなみにスクワットのインターバルで足の裏を冷やした場合は、レップ数は違いなしで、RPE(主観的辛さ)が冷やしたほうが低かった。


★軽い有酸素運動
スクワットならRPE7以下といった各セットの追い込み度が低くインターバルが長い場合、ベンチプレスなら各セット限界まででも、インターバルでの軽い有酸素運動(軽い自転車漕ぎなど)は回復を早める可能性がある。筋肉からのH+の排出を促進してアシドーシスを抑えたり、血中乳酸塩のリサイクル利用を促したりといったメカニズムが考えられる。


★姿勢
研究は一つ。スラスター(フロントスクワット+ショルダープレス)とデッドリフトを、それぞれ80%3RM(換算表だと74.4%1RM)を10レップ3セット。各セット非限界だけど、限界ぎりぎりの追い込み度だと考えられる。セット間インターバル2分、種目間インターバル5分。結果は仰向けに寝るか座って休むほうが、歩くよりも仕事率(時間あたりのトレーニングボリューム)が高く、心拍数、呼吸数、酸素消費量が低かった。仰向けが最も仕事率が高い。

クロスフィットを想定した研究デザインになっている。コンパウンド種目を毎セット限界に近いレップまでやり、インターバルが短い場合は、インターバルでは座るか寝っ転がるのが良さそう。このような強度の高いトレーニングでは、インターバルでは酸素を大量に取り込み有酸素代謝によるATP-PC系の再補充を急いで行う必要があるので、他の動作で酸素を使うと競合して主働筋の回復が遅れると考えられる。


★心拍数
長距離のトレーニングでは心拍数を見ながらトレーニング内容を管理することが行われているが、レジスタンストレーニングでもその手法が使えるのか。インターバルに何かをやるわけではなくて、心拍数ベースで休む時間を決めたらどうなるかという研究。研究は一つだけで、インターバル1分と心拍数が低下するまで休むとを比較し、心拍数が低下するまで休んだほうがレップ数が多かった。心拍数ベースのほうは4セット目以降のインターバルが2分超えなので、単に長く休んだからより回復しただけと言える。

これはインターバルの長さを決める方法としては、面白いアプローチだと思う。心拍数が落ち着けば、それだけATP-PC系の再補充が十分に行われた状態と考えられるので、次のセットを行う準備ができたということ。心拍数ではなくて主観(次のセットが行えると自分が感じたら)でもボリュームを確保できるという研究もある。心拍数ベースでも主観ベースでも、後半のセット間インターバルほど長くなっているので、インターバルの時間は固定せず序盤短め、後半長めでやると時間効率が良くなりそう。


★パフォーマンスを維持しやすいインターバルの過ごし方まとめ
下半身のコンパウンド種目で、追い込み度が非常に高くインターバルが短い場合(簡単な目安としてはセット直後に息がゼーゼーする場合)。
→仰向けに寝る。ベンチに座るのも良いが仰向けに寝たほうが回復は早い。

下半身のコンパウンド種目で追い込み度が低い、もしくはベンチプレス。
→軽い自転車漕ぎ。

拮抗筋の静的ストレッチもトレーニングボリュームを増やすのに効果があるかもしれない。ただ拮抗筋の静的ストレッチで効果が示されている研究はシーテッドローのみなので、他の種目、例えばスクワットやベンチプレスで効果があるのか不明。スクワットについては、ジャンプ動作の拮抗筋ストレッチ(股関節屈筋と足関節背屈筋を静的ストレッチ)でジャンプの高さアップという研究があるので、股関節屈筋の静的ストレッチが効くかもしれない(背屈筋はスクワットだとそれほど伸ばされない)。ベンチプレスは肩甲骨固定で拮抗筋が伸ばされるわけではないので、広背筋や三角筋後部や肩甲骨を寄せる筋肉をストレッチしても効果がなさそうな感じがする。

インターバルに主働筋や手のひらを冷やすのは、器具が用意できてうまく使えば良さそう。主働筋を冷やす場合は冷やしすぎないように注意する。手のひらを冷やす研究では専用の器具を使っているので、例えば家から持ってきた保冷剤を握って効果があるのかは不明(推定メカニズム的には効果がありそうだが)。

時間効率を優先する場合は、インターバルで息がゼーゼーしないなら、その種目で使わない細かい筋肉をトレーニングしたり、ゴムバンドなどを使った姿勢矯正やスタビライザー強化の軽いエクササイズをしたり、その日はもうトレーニングをする予定がなく固く縮むと姿勢に悪影響を与えやすい筋肉をストレッチしたりすると良いと思う。単関節種目なら主働筋-拮抗筋のペアードセットも時間効率面で優れていると思う。

6/28/2019

プロバイオティクスのスポーツへの利用

★背景
最近はプロバイオティクスのスポーツへの利用可能性を調べる研究が増えてきている。(1) またエルゴジェニック効果を謳ったプロバイオティクスのサプリメントも出てきている。スポーツ関連では、プロバイオティクスは何に効果があって何に効果がないのか調べてみた。


★プロバイオティクスとは
人体に有益な健康効果をもたらす生きた微生物。用いられるのはビフィズス菌や乳酸菌が多い。


★プロバイオティクスの腸における効果
微生物叢の調整、病原菌からの防御、免疫システムの調節、腸内粘膜による防御壁の維持など。腸内は体外であり、腸壁は臓器などがある体内を病原菌の侵入から守る機能がある。プロバイオティクスはこの防御機能を維持・強化することで、有益な健康効果をもたらすことが期待されている。

プロバイオティクスが腸内で作用する推定メカニズム((14)の研究から引用)



★プロバイオティクスのスポーツへの利用(要約)
プロバイオティクスには上気道感染症(風邪など)と胃腸の不調(ストレス性の下痢など)にかかるリスクの低減、また症状を軽くする効果があることが期待できる。継続的なトレーニングや試合でのパフォーマンス発揮を妨げるこれらの症状のリスクを下げ程度を緩和することで、プロバイオティクスは間接的にスポーツのパフォーマンス向上に貢献すると考えられる。

直接的なパフォーマンス向上であるエルゴジェニック方面では、パワー、ストレングス、持久力の向上に効果がないとする研究がいくつかある。効果があったとするものでは、35℃という高温の条件下で長距離走の疲労を遅らせるという研究が一つある。またハードな筋トレ後の疲労回復を早めるという研究もある。ポジティブなものはいずれも企業出資の研究が少数あるのみで、プロバイオティクスのエルゴジェニック効果については現時点でわかっている限りでははほとんど期待できないと考えられる。

以下、詳しく見ていく。


★プロバイオティクスと上気道感染症
ハードなトレーニングをすると、免疫力が低下して上気道感染症(風邪、喉や鼻の充血や痛み、咳など)にかかりやすくなる。プロバイオティクスの摂取は、上気道感染症にかかるリスクを低下させ、またかかった場合の症状の重さや期間を軽減する可能性が高い。(1)

アスリートの上気道感染症のかかりやすさは、トレーニング量の増加、長距離の移動、睡眠不足、不十分な栄養摂取などが影響する。長距離走、水泳、トライアスロン、自転車など持久系アスリートが上気道感染症のリスクが高い。毎日何時間も持久トレーニングをするアスリートは身体にかかるストレスがかなり強いので、それだけ免疫力が低下しやすい。また長時間に渡る過度の呼吸により喉や鼻の粘膜に刺激が入りやすい。水泳やシンクロナイズドスイミングなどプールで長時間トレーニングする競技だと、塩素による刺激も粘膜に入りやすい。このようなアスリートの場合、上気道感染症は細菌・ウィルス感染以外にも、空気中のアレルゲンや呼吸のし過ぎによる炎症が原因になるケースも多くある。

腸内環境は、身体全体の粘膜の免疫システムの調整に重要な役割を果たしている。腸の粘膜のコンディションはリンパや血液を通じて、喉や鼻の粘膜のコンディションにも影響を与える。プロバイオティクスの摂取は、腸の粘膜の防御機能を維持・強化することで、喉や鼻の粘膜の防御機能にも良い影響を与え、上気道感染症のリスクを低下させると考えられている。

どのくらい上気道感染症のリスクを低下させるか定量的なデータを探してみると、12の研究をメタアナリシス(対象はアスリートに限らず老若男女)したものではプロバイオティクス摂取により上気道感染症にかかる人の数が約半分になり、症状の出る期間が約2日短くなったという研究がある。(2) ただ対象とした多くの研究が研究デザインの質が低く、またプロバイオティクス関連企業に出資を受けてその会社の製品に含まれるプロバイオティクスを使った研究もいくつかあるので、このような大きな効果は期待しない方が良いのではないか思う。個別の研究ではプロバイオティクスを摂取しても何も効果がなかったという研究はいくつもある。


★胃腸の不調
持久系アスリートは、長時間のハードなトレーニングや競技により心身ともに強いストレスに晒される。これによりストレス性の下痢、また腸壁のバリア機能低下による細菌転位や内毒素血症が引き起こされる。

胃腸の不調に効果が出ることを示す多くの研究がある。内毒素血症については現時点では少数の研究が行われているのみだが、有望な結果が出ている。ただ胃腸の状態が悪化したという研究もあり個人差が大きいと考えられる。


★プロバイオティクスがハードな筋トレ後の回復を早めるという研究
プロバイオティクス摂取によりハードな筋トレ後の回復が早まったとする研究がある。(3)  プロバイオティクスの抗炎症作用とタンパク質消化吸収促進作用が、筋肉のダメージの回復を早めるのではないかというロジックに基づいてこの実験を行っている。タンパク質消化吸収促進作用の論拠となる研究は生体外での実験でプロバイオティクスの同時投与によりミルクタンパク質の消化吸収がわずかによくなるといったもの(こちらの研究の主目的は乳糖不耐症対策としてプロバイオティクスを使う)。(4) 筋合成においてタンパク質の消化吸収は通常はボトルネックにならないので、このロジックは無理があると思うが・・・以下に実験内容を見ていく。

実験プロトコルは、片脚をかなりハードにトレーニングし、その後の筋肉痛の程度や筋肉のダメージ指標や運動能力の回復度を測定。トレーニング内容は片脚レッグプレス10セット×10レップ、片脚レッグエクステンション5セット×10レップ、片脚スクワット5セット×10レップ。

1回目のトレーニング時はプロテインのみ摂取。2回目はプロテインとプロバイオティクスを摂取しながら、もう一方の脚に切り替えてハードトレーニング。プロバイオティクス摂取時のほうが体感での筋肉痛、ダメージ指標であるクレアチンキナーゼの上昇レベル、トレーニング後の運動能力テストの一部において優れた回復を見せた。ハードなトレーニングへの慣れ(repeated bout effect)を避けるため片脚ずつトレーニング、腸内に残ったプロバイオティクスの影響を避けるためプロテインのみ摂取の実験を先に実施という研究デザインになっている。

結果が綺麗に出ていてこれを真に受けると、プロバイオティクスに筋肉のダメージ回復効果があると言えることになる。ただ、これも当然のようにプロバイオティクス関連企業出資の研究で、論文の書き方もかなり企業寄りな感じ。ニュートラルな立場の研究者により同様の結果が繰り返し再現されないと何ともいえない。あとこの研究デザインだとcross educationの影響があるだろう。cross education は片腕や片脚のみトレーニングすると、トレーニングしなかったほうの腕・脚のストレングスも向上する現象(5)のことなのだけど、repeated bout effectにもcross education効果があることが報告されている(6)ので、プロバイオティクス摂取の2回目のトレーニング後に回復が早まったのは、 1回目の片脚のハードトレーニングがcross educationにより2回目でトレーニングされるもう一方の脚にrepeated bout effectをもたらしたためと考えられる。

ちなみにcross educationは、使ってない腕・脚の筋肉の衰えを防ぐ効果もあるので、片腕や片脚が怪我で動かせない時は、もう片方の元気な腕・脚をトレーニングしておくと動かせない方の衰えを緩和することが出来る。

ハードトレーニング後の回復への効果を調べた研究はもう一つある。(7) ハードトレーニング後の運動パフォーマンス(ピークトルク)の落ち込み幅が、プロバイオティクス摂取した場合のほうが小さかったというもの。被験者15名を2グループに分けてクロスオーバーしているけど、分け方の内訳が書いてない。2回目の人数が多い方がrepeated bout effectで有利になる。トレーニング内容は10レップの最大エキセントリック収縮を5セット。留意点は、被験者が少なく、確実に筋肉痛を起こすためとはいえ、実際のトレーニングとはかけ離れた内容の実験方法となっていること。またデータを見るとトレーニング前の運動パフォーマンスの水準はプラシーボグループの方が高いため落ち込み幅が大きくなるが、落ち込んだあとの運動パフォーマンスの水準自体はほぼ同じなので、この結果は単なる偶然で、差が出るデータを無理に見つけている感じがする。むしろこの結果を真に受けるなら「プロバイオティクスを摂取すると元気な時の運動パフォーマンスが低下するが、ハードなトレーニング後の落ち込み幅は小さくなる」と言えることになる。(15名を2つにわけ各人がプラシーボとプロバイオティクスを一回ずつ行うクロスオーバーなので両群の元々の運動能力は同じ)


★プロバイオティクスのエルゴジェニック効果を調べた研究
良い結果が出た研究のみ表に出てくるバイアス(パブリケーションバイアス)があるなかで、大半の研究がプロバイオティクスのエルゴジェニック効果には否定的な結果を示している。エルゴジェニック方面でのプロバイオティクスの利用については、ニュートラルな立場の他の研究室で繰り返し再現されるまで眉唾扱いで良いと思う。以下、個別の研究について、ざっと概要を書いていく。

・プロバイオティクス摂取により35℃という高温下での長距離走で疲労を遅らせる効果があったという研究。(8) サプリメント会社出資の研究。エルゴジェニック効果を示した研究はこれしか見つからなかった。

・前述のダメージ回復の論文(3)と同じ研究室のものと思われる研究。(9) プロバイオティクス摂取グループのみ垂直跳びのパワーに改善傾向があった(有意差なし)という結果。この人たちの論文の書き方は企業寄りの書き方なので信頼性が低い。逆に言えば精一杯企業に忖度して、ほぼ意味ないという結果しか出てないとも言える。これらの研究は、この製品の販売促進目的でしょうね。

・プロバイオティクスorプラシーボを摂取してストレングス・パワー系のトレーニング。体組成や運動パフォーマンスに有意差なし。(10)

・プロバイオティクスorプラシーボを摂取してサーキットトレーニング。ストレングスに有意差なし。(11)

・プロバイオティクスorプラシーボを摂取して長距離走のトレーニング。パフォーマンスに有意差なし。(12)

・プロバイオティクスorプラシーボを摂取して自転車のトレーニング。VO2 maxに有意差なし。(13)


★身体全体の免疫システムやストレス関連
身体全体の免疫システムやストレスに関連する各指標には研究によって効果があったりなかったりする。メカニズム的には良い効果がありそうだが、これらの指標が示す変化が実際の運動パフォーマンスに影響を与えるとしても、トレーニングや休息の質をわずかに高めるといった間接的なものだろう。効果は数ヶ月から数年のスパンで見ないとわからないかもしれない。長くても数ヶ月の実験では、運動パフォーマンスへの影響を調べるのは難しいだろうう。


★プロバイオティクスの副作用
胃腸の調子がおかしくなるケースがある。身体に合わない場合は、止めたほうが良いだろう。基本的には健康で運動できる人なら問題ない。免疫力が極端に低下した人や新生児は、ネガティブな影響が出るケースが報告されているので医師に相談する。


★プロバイオティクスの摂取がおすすめの人
・トレーニング量が多く、長時間に渡る過度の呼吸により喉や鼻の粘膜に刺激が入りやすい持久系アスリート。
・心身ともに強いストレスがかかるボディビルやボディメイクや階級制競技での減量期。この時期はタンパク質摂取量が多く、食物繊維摂取量が少なくなり、腸内環境が悪化しやすいのでそれの予防にもなる。
・アスリートではない人も上気道感染症のリスクを下げることが期待されるので、金銭的コストを受容でき、副作用が出ない人は摂取するのも良いだろう。(特に風邪を引きやすい冬場)

個人的には、金銭面での負担や副作用リスクを考えると、プロバイオティクスはコストが低くベネフィットはそれなりに期待できると思われるので、生活の質を高めたい人は摂取を続ける価値があると思う。また普段の食事で、ヨーグルトや納豆やキムチなど発酵食品を積極的に摂取するのも良いと思う。


★摂取期間
最低でも2週間、できれば1ヶ月くらいは摂取を続けたい。摂取開始してすぐに効果が出るわけではない。


★どのプロバイオティクスを摂取すべきか
どの種類のプロバイオティクスがどの人にどれだけの効果があるのかわからない。研究によって使われている微生物はばらつきがあるし、複数の微生物を組み合わせて摂取している研究も多くある。コスパを気にするなら、売上が大きくてコストダウンされていると考えられるプロバイオティクスのカプセルを飲めば良いと思う。iHerbなどで「プロバイオティクス カプセル」で検索すると出てくる。

死んだ菌でも同等の効果があるのかは不明(効果が低いかもしれないし高いかもしれない)。死んだ菌でも免疫アップに効果があるとする記述もあるが、メーカーのポジショントークかもしれない。逆に「生きて腸に届く」ことをアピールするのも、メーカーのポジショントークかもしれない。現状では人間を対象にしたRCTでなんらかの微生物を摂取した際の健康への影響を調べた研究は、生きた菌を用いたものが多い。



★死菌はどうか
死菌(熱処理した乳酸菌など)は、現時点ではプロバイオティクスの定義に当てはまらないのでプロバイオティクスと呼ばれないが、プロバイオティクスと同じような健康効果をもたらすとする研究もある。(14) 微生物の細胞壁や細胞質など死んだ後に残る物質にも有用な効果があると考えられている。

なぜ熱処理して殺菌するのかというと、生きた菌を医療目的で投与する場合、免疫機能が低下した重い病気の人や新生児にはリスクがあるから。具体的には、腸内細菌が腸管外組織(他の臓器や血液)に移行する細菌転移が起きるケースなどがある。それと殺菌しておくと保管や輸送の面でメリットがある。

Amazonで「乳酸菌 タブレット」で検索して出てくるような商品は死菌のものが多いようだ。新ビオフェルミンSは乾燥した錠剤だけど、メーカーの説明だと「乳酸菌の活動を止めた状態で製剤化しています。腸内に届くと水分や栄養分を吸収して再び活性状態に戻り、増殖を開始します」とのこと。

粘膜のコンディション維持や炎症抑制には死菌でも効果があるようなので、メカニズム的には上気道感染症にも効果がありそうな感じがする。粘膜は生きた菌の侵入を防ぐので、粘膜の奥深くに入って免疫システムを刺激するような働きは、死んだ菌がバラバラにならないとできないだろう。一方で、腸内でのリソースの競合により病原菌の増殖を抑えるといった経路での健康効果は、死菌では期待できないかもしれない。

あと調べていて「たしかに・・・」と思ったのは、生きた菌を摂取するプロバイオティクスの研究でも腸に届く頃には部分的に死んでいるだろうし、腸内でしばらくしてから死ぬ菌もあるだろうしで、生きた菌と死んだ菌の寄与を切り分けるのは非常に困難だなと。実験によって生きて届く割合が異なるだろうから、これもプロバイオティクスの研究結果がばらつく一因にもなっていそうだと思った。

死菌でプロバイオティクスと同じような効果を示している研究は動物実験が多い。現状で推定されるメカニズム的には、死菌でもプロバイオティクスと似たような効果がありそうだが、このメカニズムはあくまで現時点での推定であって、最終的な判断はしにくい。

プロバイオティクスは、人間を対象とした数ヶ月間のRCTを多く繰り返している。人間を対象とした死菌摂取の研究はまだ少ない。推定メカニズムが正しかろうが間違っていようが、プロバイオティクスを摂取した人間の身体をブラックボックスとして扱っても、

プロバイオティクス摂取→「ブラックボックス」→上気道感染症や胃腸の不調のリスク低下

という結果が出ているので、効果の蓋然性を考えると現時点ではプロバイオティクスの利用が望ましいと考えられる。

ざっと調べた感じでは、プロバイオティクスと死菌(乳酸菌タブレットなど)の価格はあまり変わらない。1日あたり30-50円程度。


★プロバイオティクス研究の注意点
プロバイオティクスと一括りにされることが多いが、研究ではそれぞれ違った種類の微生物を使っていて、投与量や投与期間も様々。一種類のみ投与のケースもあれば、複数を組み合わせて投与のケースもある。風邪リスクだと季節も影響するだろう。また腸内環境は個人差が大きいことから、特定の種類の微生物がその人に効果があるかはやってみないとわからないと考えられる。

あと菌と身体の関わり合いは非常に複雑なので現状ではわかっていないことがとても多い。○○に効果があります!と簡単に断言するような宣伝文句には騙されないようにしたい。この分野は企業が出資し、その企業の製品で使用されている種類の微生物を使って良い結果が出たとする研究が非常に多い。上気道感染症や胃腸の不調にしても、一部の研究では効果がマイナスだった(感染リスクが上がったり症状が悪化したり)というケースもある。




参考文献:

(1)Probiotics and sports: is it a new magic bullet?
https://www.researchgate.net/publication/328441621_Probiotics_and_sports_is_it_a_new_magic_bullet

(2)Probiotics for preventing acute upper respiratory tract infections
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006895.pub3/full

(3)Probiotic Bacillus coagulans GBI-30, 6086 reduces exercise-induced muscle damage and increases recovery.
https://www.researchgate.net/publication/305636591_Probiotic_Bacillus_coagulans_GBI-30_6086_Reduces_Exercise-Induced_Muscle_Damage_and_Increases_Recovery

(4)Survival and metabolic activity of the GanedenBC30 strain of Bacillus coagulans in a dynamic in vitro model of the stomach and small intestine
https://www.wageningenacademic.com/doi/pdf/10.3920/BM2009.0009

(5)The Cross-Education Phenomenon: Brain and Beyond
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5423908/

(6)Repeated Bout Effect and Cross-Transfer: Evidence of Dominance Influence
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3763328/

(7)Probiotic Streptococcus thermophilus FP4 and Bifidobacterium breve BR03 Supplementation Attenuates Performance and Range-of-Motion Decrements Following Muscle Damaging Exercise
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5084029/

(8)Effects of probiotics supplementation on gastrointestinal permeability, inflammation and exercise performance in the heat
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00421-013-2748-y

(9)The effects of probiotic supplementation on lean body mass, strength, and power, and health indicators in resistance trained males: a pilot study
https://jissn.biomedcentral.com/articles/10.1186/1550-2783-11-S1-P38

(10)Effects of Probiotic (Bacillus subtilis DE111) Supplementation on Immune Function, Hormonal Status, and Physical Performance in Division I Baseball Players
https://www.mdpi.com/2075-4663/6/3/70/htm

(11)The effects of combined probiotic ingestion and circuit training on muscular strength and power and cytokine responses in young males
https://tspace.library.utoronto.ca/bitstream/1807/80593/1/apnm-2017-0464.pdf

(12)Oral administration of the probioticLactobacillusfermentumVRI-003 and mucosal immunity inendurance athletes
https://pdfs.semanticscholar.org/9b35/772ca9d46551d33324c30f1cd34e31362a6c.pdf

(13)Lactobacillus fermentum (PCC®) supplementation and gastrointestinal and respiratory-tract illness symptoms: a randomised control trial in athletes
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3083335/

(14)Health Benefits of Heat-Killed (Tyndallized) Probiotics: An Overview
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6566317/

(15)The probiotic paradox: live and dead cells are biologicalresponse modifiers
https://pdfs.semanticscholar.org/fece/ddd141363ce5903309ee9f2a6f6b9fb35a86.pdf

(16)Probiotic supplements might not be universally-effective and safe: A review
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332218345657

(17)Supplementation of Probiotics and Its Effects on Physically Active Individuals and Athletes: Systematic Review.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30676130

(18)Upper Respiratory Symptoms, Gut Health and Mucosal Immunity in Athletes
https://link.springer.com/article/10.1007/s40279-017-0846-4

(19)Probiotic supplementation in sports and physical exercise: Does it present any ergogenic effect?
https://www.researchgate.net/publication/321652372_Probiotic_supplementation_in_sports_and_physical_exercise_Does_it_present_any_ergogenic_effect

5/28/2019

肩の健康を考慮した筋トレ

上半身の筋トレで人気のあるエクササイズ種目は、肩の健康を損ねやすいものも多い。肩のトレーニングでは、どのようなポジションで負荷をかけると怪我リスクが高くなるのか、どのような対策を取れば肩の健康を保ちやすくなるのかを書いていきたい。


★ショルダープレスやラットプルダウン
肘を上げて、肩関節を外旋させ、腕を開いた状態で強い負荷をかけると、肩関節の前部が緩んで肩関節が不安定になりやすい。
種目例
- ビハインドネックのショルダープレス
- ビハインドネックのラットプルダウン

◇対策◇
ビハインドネックでのラットプルダウンやショルダープレスは避け、身体の前側で動作を行う。つまり普通のラットプルダウンやショルダープレス。上腕を30度ほど前に出して、上腕骨が肩甲骨と同一平面で動くようにすると、肩関節への負荷が軽くなる。ラットプルダウンは上体を後ろに30度ほど倒すのも良い(僧帽筋中部・下部の収縮を意識しやすくなる)。



★ベンチプレスやダンベルフライ
肘が胴体よりも大幅に後ろにある状態で肩関節に強い負荷をかけると、肩関節の前部が緩んで肩関節が不安定になりやすい。


種目例
- ベンチプレス系
- フライ系
- トライセプス・ベンチ・ディップス
- ローイング動作での引きすぎも肩関節前部に負担がかかる。

特にワイドグリップでのベンチプレスや腕が長い人のベンチプレスでは、肘が胴体よりも大きく後ろに来て肩関節に負担がかかりやすい。

◇対策◇
ベンチプレスでは脇はあまり開きすぎず、肘は後ろに引きすぎない。目安は肩関節の外転(脇の角度)45度以内、伸展15度以内。

脇をあまり開かず、みぞおち付近にバーを下ろすフォームでベンチプレスをする際は、背中は軽くアーチを作るとやりやすい。コツは腰椎を反るのではなくて、胸椎を反ること。

参考記事:ベンチプレスの背中のアーチ

ワイドグリップでのベンチプレスや脇を大きく開いて鎖骨付近に下ろすボディビルスタイルのベンチプレスは避ける。手幅は肩幅の1.5倍以内にする。

胸にタオルを置いたり、バーにスクワットパッドを巻いたりすると、バーの下ろす深さを制限できる。また鎖を使うとボトム付近での負荷を下げることができる。鎖をバーベルにぶら下げると、バーが下がるにつれて地面に着く鎖が長くなり負荷が軽くなる。

インクラインのベンチプレスは避けたほうが良いだろう。インクラインのプレスをやるならダンベルを使うと良い。デクラインベンチプレスやリバースグリップ(逆手)でのベンチプレスは肩関節への負担が軽い。

ダンベルでのフラットベンチプレスで、持ち方をニュートラルグリップにすると肩関節への負担が軽くなる。ニュートラルグリップで握れるswiss bar(fottball bar)があればそれを使うのも良い。


ダンベルフライやペックフライは、可動域の限界まで開かない。肘が胴体の横かすこし後ろに来る程度で止める。脇の角度も90度に近すぎないほうが良い。ケーブルマシンを使うのも良い

トライセプス・ベンチ・ディップスは避け、普通の腕立て伏せやケーブルマシンなどを使って上腕骨三頭筋を鍛える。腕立て伏せはボックスやベンチの角などを使って行うと、手首への負担も減る



★サイドレイズやアップライトロー
肩関節が窮屈な状態で負荷をかけると、ローテーターカフの腱や滑液包が肩峰の下のスペースで挟まれて炎症を起こしやすい(肩峰下インピンジメント)。サイドレイズでもアップライトローでも、肘を高く上げると特に怪我リスクが高くなる。

種目例
- サイドレイズ
- アップライトロー
- プルオーバー

◇サイドレイズの対策◇
肘を肩より上に上げない。ショルダープレスと同様に上腕を前方に30度ほど出して肩甲骨平面上で動作を行う。

サイドレイズにはいくつかやり方があって、通常の手のひらを下に向けて行うやり方は肩峰の下のスペースが狭くなるので怪我リスクが上がる、ただ、健康な肩の人なら、このやり方でも肘を上げすぎないことに注意すれば、それほど怪我リスクは高くならないと思う。肩の調子が悪い人は避けたほうが良いだろう。

他には、フル缶、エンプティ缶というやりかたがあって、フル缶が親指が上を向くようにダンベルを握る、エンプティ缶が親指が下を向くようにダンベルを握る。飲み物の入った缶を中身がこぼれないように持つのがフル缶、中身が全部流れ落ちるように持つのがエンプティ缶。

動画:Full Can Raise
https://www.youtube.com/watch?v=fgHZlFy7Ho0


動画:DB Empty Can Raise
https://www.youtube.com/watch?v=CIqtc_7QWQY


フル缶は肩関節の健康を保ちやすい(肩峰下スペースが広い、肩甲上腕リズムが自然、肩甲骨が後傾)が、筋肥大の観点からは三角筋中部後部への負荷が小さい。エンプティ缶は三角筋中部後部への負荷を上げられるが、肩の健康の観点からはあまり良くない(肩峰下スペースが狭い、肩甲上腕リズムが不自然、肩甲骨が前傾)。

ベンチにうつ伏せになってフル缶のレイズを行うやり方もあって、これだと三角筋中部後部を動員できる。うつ伏せフル缶の肩の健康への影響を調べた研究はざっと探したけど見つからなかったが、自分でやってみた感じでは肩関節への負担は軽そうだった。やり方は脇の角度が100°くらいになるようにして行う。


◇アップライトローの対策◇
種目自体を避ける。やるなら肘を肩より上に上げない。


◇プルオーバーの対策◇
肩関節を過度に屈曲させて負荷をかけると肩峰下インピンジメントが悪化する。プルオーバーをやるなら、可動域の限界までやらない。もしくはラットプルダウンで広背筋を鍛える。


懸垂のやり過ぎによる怪我リスク(肘と肩)の記事でも書いたが、肩峰下のスペースはBIG3+懸垂を熱心にやると狭くなって、肩の怪我につながりやすい。本格的に筋トレする人は、肩のトレーニングの際に上記のポイントに気をつけることに加えて、肩周りのストレッチを念入りに行うことで肩峰下インピンジメントを予防すると良いだろう。


★肩甲骨と上腕骨の連動
肩周りの筋トレは、肩甲骨と上腕骨が連動して動き、大きな筋肉(三角筋や大胸筋や広背筋)と小さな筋肉(ローテーターカフや前鋸筋)の両方を動員できる種目を多くやったほうが良い。これは短期的な怪我リスクよりも、長期的に見て肩関節を良好なコンディションに保つために意識すると良いこと。

肩甲骨と上腕骨の連動を切って、三角筋や大胸筋や広背筋をアイソレートして鍛えると、見た目は良くなりやすいし、短期的にはそれほど怪我をしないだろけど、肩関節の正常な動作が失われやすくなるので、長期的には肩関節の健康が損なわれやすくなる。



関連記事:
肩関節の基礎知識

肩周りのストレッチ

プッシュとプルのバランス


参考文献:
Avoiding Shoulder Injury From Resistance Training
https://www.researchgate.net/publication/232204583_Avoiding_Shoulder_Injury_From_Resistance_Training

Characteristics of Shoulder Impingement in the Recreational Weight-Training Population
https://pdfs.semanticscholar.org/f962/896c767355405a14a06cde7ab7b012c76edd.pdf

Ultrasound evaluation of the subacromial space in healthy subjects performing three different positions of shoulder abduction in both loaded and unloaded conditions.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27776926

Shoulder Coordination During Full-Can and Empty-Can Rehabilitation Exercises
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4732390/

Electromyographic Analysis of the Supraspinatus and Deltoid Muscles During 3 Common Rehabilitation Exercises
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2140071/

Exercise Modification Strategies to Prevent and Train Around Shoulder Pain
https://www.researchgate.net/publication/312266298_Exercise_Modification_Strategies_to_Prevent_and_Train_Around_Shoulder_Pain

EVIDENCE-BASED ALTERNATIVES TO POPULAR EXERCISES
https://journals.lww.com/acsm-healthfitness/fulltext/2017/11000/EVIDENCE_BASED_ALTERNATIVES_TO_POPULAR_EXERCISES.7.aspx

Comparison of chain- and plate-loaded bench press training on strength, joint pain, and muscle soreness in Division II baseball players.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19050650

4/19/2019

セーフティスクワットバーとバックスクワットの比較

A Comparison of Back Squat & Safety Squat Bar on Measures of Strength, Speed, and Power in NCAA Division I Baseball Players
http://article.sapub.org/10.5923.j.sports.20180805.01.html
バックスクワットとセーフティスクワットバーでトレーニングを続けた際の運動パフォーマンスへの影響を比較した研究


★背景
スクワットは下半身の強化に効果的なトレーニング種目だが、ストレートバーでのバックスクワットは肩や肘に負担がかかる。特に野球の投手は、投球時に肩関節の水平外転+外旋でのポジションで強い負荷をかけているため、それに近いポジションでバーを握るバックスクワットは肩にさらなる負担をかけることになる。

セーフティスクワットバーは肩関節への負荷が小さいが、気になるのはバックスクワットに比べてトレーニング効果が十分にあるのかどうか。もしセーフティスクワットバーで十分なトレーニング効果を得ることが出来るのなら、バックスクワットの代わりにセーフティスクワットバーでのスクワットを行うことで肩に負担をかけずスクワットのメリットを得ることが出来る。




★被験者
大学の野球選手で男性のみ。平均年齢19歳。NCAA Division 1 と書かれているのでエリートアスリートと思われる。


★グループ分け
- バックスクワットグループ:投手以外の選手14名
- セーフティスクワットバーグループ:投手のみ14名

グループ分けがランダムではないのでエビデンスレベルは通常のRCTより低くなる。体格はセーフティスクワットバーグループのほうがやや大きい。

被験者の年齢と体格。BSがバックスクワットグループ、SSBがセーフティスクワットバーグループ。


★トレーニング期間
9週間


★トレーニング内容
- トレーニングは週2回。
- 1日目がスクワットメインの日で、グループ分けに従ってバックスクワットかセーフティスクワットバーでのスクワットを行う。あとグループ共通の補助種目。
- 2日目はルーマニアンデッドリフト・ヘックスバー(トラップバー)デッドリフトをメインに補助種目色々。グループ間で同じトレーニング内容。

主旨からは外れるけど、補助種目がアスリート向けって感じで良い。床引きデッドリフトはテクニックの習得に時間がかかるし、股関節の骨のかみ合わせの問題でどうやっても出来ない人もいるので、RDLやトラップバーを使うのは良い選択。片脚種目が多いのも良い。プッシュ・プレス系は肩甲骨を動かす種目になっているし、体幹種目はpallofプレスやメディシンボールを使っている(野球は捻り方向の負荷が体幹にかかるのでそれを鍛えている)。


★運動パフォーマンス測定
以下の3つについてパフォーマンスを測定。スクワット1RMは複数レップのマックスから推定。
- 54.86m走(60ヤード走)
- 垂直跳び
- スクワット1RM(バックスクワットグループはバックスクワットで測定、セーフティスクワットバーグループはセーフティスクワットバーで測定)


★結果
実験前後の比較では、両グループとも同程度の運動パフォーマンス向上が得られた。具体的には、垂直跳びとスクワット1RMは両グループとも実験前後で有意にパフォーマンス向上。54.86m走は両グループともタイムが縮まったが実験前後で有意差は無し(効果量は小~中程度)。

グループ間のパフォーマンス向上の比較では、垂直跳びと54.86m走は有意差なし。スクワットはセーフティスクワットバーグループのほうが有意に向上。開始時点でセーフティスクワットバーグループのほうが体重が重くてスクワット1RMが低かったので、伸びやすかったのかもしれない。


★まとめ
肩を酷使する競技を行っていたり、肩に痛みがあったり、肩関節が緩んで不安定になっている人にとって、セーフティスクワットバーは肩関節への負担を小さくしつつ、バックスクワットと遜色のないトレーニング効果を得ることのできる有用なトレーニング種目と考えられる。また関連記事でも書いたようにバックスクワットは技術的に難しいので、バックスクワットを専門にやらない人にとっては、セーフティスクワットバーを使うことでテクニックの習得にかかる時間と労力を減らすことが出来、butt winkになりにくくなることで怪我のリスクを下げられると思われる。

パワーリフティングスタイルのスクワットに慣れている人は、セーフティスクワットバーだと扱える重量が下がると思う。動作に不慣れなのと、ロウバースクワットに比べて上体が起きることで重量が落ちる(ハイバーやフロントスクワットに近い身体の使い方になる)。慣れればある程度は重量が近づくと思うけど、多くの人がロウバースクワットのほうがハイバースクワットやフロントスクワットよりも高重量を扱えるので、上体が起きている分の差は無くならないだろう。

Effects of the Safety Squat Bar on Trunk and Lower-Body Mechanics During a Back Squat.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30363042
パワーリフティングの選手を被験者にして、ストレートバーでのバックスクワットとセーフティスクワットバーでのスクワットを行い、挙上重量および各筋肉のEMG測定を行った研究。セーフティスクワットバーのほうが重量が下がり、腹直筋やハムストリングスや外側広筋の活動レベルが低下した。

競技としてスクワットをしている人はセーフティスクワットバーでのスクワットをやるかどうかは考えたほうが良さそう。それ以外の人は、セーフティスクワットバーのほうがメリットが多い。ロウバースクワットに比べると股関節伸展を行う筋肉への負荷が少し下がると考えられるが、デッドリフト系種目で補完すれば良いだろう。


関連記事:
butt winkの話

バックスクワットでのバーベルの担ぎ方

3/27/2019

バックスクワットでのバーベルの担ぎ方


バックスクワットにはハイバースクワットとロウバースクワットの2種類がある。一般的に認識されているハイバースクワットとロウバースクワットの大まかな特徴を書くと、

・ハイバースクワット
- 僧帽筋上部にバーを乗せる。高い位置にバーを担ぐので high bar。
- しゃがんた時に上体はあまり傾かず、膝が前に出る。
- 大腿四頭筋に負荷をかけやすい。

・ロウバースクワット
- 三角筋後部にバーを乗せる。低い位置にバーを担ぐので low bar。
- しゃがんだときに上体は傾き、膝はあまり前に出ない。
- 臀筋や脊柱起立筋群に負荷をかけやすい。


ただ、担ぐ位置とフォームに厳密な定義があるわけではなくて、その人の肩周りの柔軟性や骨格によって、担ぎやすい位置とフォームは少しずつ変わってくる。ハイバースクワットでもある程度上体を傾けることも出来るし、ロウバースクワットでもバーが後ろに転がり落ちない範囲で、膝を前に出してある程度上体を立てることも出来る。


★バーの担ぎかた
一般的に担ぎやすいやり方はあるけど、つまるところ安全にバーベルを担げれば何でも良い。スクワットでの膝関節と股関節と体幹の使い方と鍛えられる筋肉は、日常生活にもスポーツにも大いに役立つが、バーを担ぐテクニックはスクワットにしか役に立たないので、安全であればやりやすいやり方で良い。

一般的に安全に担ぎやすくなるポイントとしては、
- 肩甲骨を寄せ上背部を固める。
- 肘は下方向へ、内側へ。肘を脇腹に近づけるイメージでやると上背部を固めつつバーを固定しやすい。
- バーベルを握る手幅を狭くしたほうが上背部は固めやすいが、肘や手首が痛くならない範囲で行う。
- バーの負荷が首にいかないようにする。バーの負荷は胴体で受け止めること。
- バーは筋肉に乗せる。骨にゴリゴリ当たらないようにする。
- 腕力でバーベルの重さを支えない。

以下、ハイバースクワットとロウバースクワットの担ぎ方を、具体的に見ていく。



★ハイバースクワットの担ぎ方
足首の柔軟性と、胴体に対しての大腿骨の長さによって、しゃがんだ時にどれくらい上体が傾くかが違ってくる。足首の柔軟性があり大腿骨が短いと、上体の傾きは小さくなる。足首の柔軟性があまり無くて膝が前に出ず、胴体に比べて大腿骨が長いと、上体はある程度傾かざるを得ない。

◇上体がほとんど傾かない人は、僧帽筋上部の上に乗せると良い。

動画:Lu Xiaojun 🇨🇳 255kg / 562lbs x3 Squat Session 2018 World Championships Training Hall [4k]
1:25~のスクワットが僧帽筋上部の上に乗せているのがわかりやすい。
骨格と柔軟性が上体を立てたスクワットに向いているのに加えて、重量挙げ用の踵が高い靴を履いているので膝が前に出やすい。


◇上体がある程度傾く人は、僧帽筋上部の中程に乗せると良い。僧帽筋上部の上に乗せて上体を傾けると、バーベルの負荷が首に行く。あと頚椎の一番下の骨(C7)の出っ張りにバーが当たって痛いと思う。

動画:280kg/617lbs ATG Squat for a Triple! - Training with Zack Telander
2:25~のスクワットが実例。僧帽筋上部の中程に乗せているのがわかる。



いったん肩甲骨を寄せて上げると、僧帽筋上部を厚くしてクッションにしやすい(スクワット動作に入るときは肩甲骨を下げる)。僧帽筋上部を筋収縮によってどれくらい固くするかは、個人の好みでやりやすいやり方で行う。僧帽筋上部がバーの圧力で痛い場合や、筋肉量が少なくて骨に当たってしまう場合は、無理せずスクワットパッドを使うのが良いだろう。スクワットパッドを使う場合も、バーベルの負荷が首にいかないように注意する。上体が傾く場合は担ぐ位置を少し下にする。スクワットパッドの厚みのぶん、バーの重心は上に移動し、上体が傾くと首に負担が行きやすくなるので注意する。スクワットパッドを使いたくないなら、僧帽筋上部の筋肉量を増やし、筋肉が圧迫される痛みに慣れるしかない。

ハイバースクワットはロウバースクワットに比べて、肩周りの柔軟性があまり必要とされず、肘・肩・手首への負担が小さい。


★ロウバースクワットの担ぎ方
三角筋後部に乗せる。肩甲骨にバーがゴリゴリ当たらないようにする。筋肉をクッションにすれば痛みは出にくい。三角筋後部の筋肉量が少し足りない場合は、肘を後ろにグイと上げると三角筋後部の肉が盛り上がってバーを乗せやすくなる。だがそうすると胸椎が丸まりやすくなるので、肩周りの柔軟性との兼ね合いで、背骨の姿勢をニュートラルに保てる範囲で肘を後ろにグイと上げる。ロウバーでスクワットパッドを使うとバーが転がりやすくなるので使わないほうが良いと思う。

ロウバースクワットは肩周りの柔軟性が必要で、柔軟性が足りないと肘や手首や肩が痛くなることがある。手首を伸ばし、サムレスでバーを押さえる感じにすると肘や手首や肩への負担が小さくなる。

動画:Low Bar Squat : Rack Position / Shoulder Warm-Up
4:00~がサムレスでのバーの握り方の実例


肩や肘や手首が痛くなったり、三角筋後部の筋肉量が少なくてバーがうまく乗せられない場合は、ハイバースクワットをするかゴブレットスクワットをすると良いと思う。股関節の伸展動作をメインに鍛えたいなら、デッドリフト系の種目という選択肢もある。



★僧帽筋上部の上に乗せながら尻を後ろに引く
ハイバースクワットの位置でバーを担ぎながら、膝を前に出さず尻を後ろに引くと、上体が大きく傾いて首に負荷がかかりやすい。危ないのでこのやり方は避けたほうが良い。


★肩周りの柔軟性が足りない場合

以下のストレッチやエクササイズをやっておくと良いでしょう。





★バーベルの重量による違い
上体がどれだけ傾くかは、バーベルの重量も影響する。上の絵では便宜的に、足の真上にバーベルが来るように描いたが、実際にこれで重心のバランスが取れるのは、バーベルが非常に重い場合だけ。バーベルが軽いと、後ろに突き出た胴体や尻や大腿部の重さと釣り合わせるため、上体を傾けて頭部とバーベルを前に出す必要がある。

普通の人は非常に重いバーベルを担げないので、上に書いた図よりも上体は傾くことになる。ハイバーで担ぐときは首に負荷がいかないよう注意しないといけない。




★フォームに合った担ぎ方の必要性
運動歴の浅い人にパーソナルトレーナーが無理してバックスクワットをやらせているのをよく見かける(今回の記事を書くきっかけはそれが気になったから)。だいたいがへっぴり腰か、極端に広いスタンス。背中の柔軟性がある若い女性だと背中が大きく反っているケースもある。なぜそうなるのか説明していく。


◇へっぴり腰
へっぴり腰になるのはバックスクワットに慣れてないせいもあるだろうけど、ハイバーの高い位置で担ぎながら尻を後ろに引くことで上体が傾き、首に負荷がいくようになり、身体が怖がって上手くしゃがめなくなっているからだと思われる。膝を前に出さないことを意識しすぎると上体が傾く、上体が傾くとバーの負荷が首にかかる、そうすると怖くてしゃがめなくなる。


◇極端に広いスタンス
スタンスを広くすると、横から見た際の大腿骨の長さが短くなって、上体を立てることが出来る。こうすることで上体を立てながら膝を前に出さないスクワットができる。股関節の柔軟性が必要とされ、ちゃんと開脚できないと膝が内側に入って怪我しやすくなるので注意が必要。

普通のスタンスでスクワットをするのに比べると内転筋の負荷が上がる。大腿四頭筋や臀筋群が最大に発揮する筋力は、普通のスクワットと同程度と考えられるが、極端に広いスタンスだと深くしゃがむことが困難なため、動作範囲が狭くなり筋肥大効果は劣るかもしれない。ストレングスの観点からは、広いスタンスで力を発揮する必要のある競技(相撲など)を行っているなら広いスタンスでスクワットをするのも良いと思う。日常動作やスポーツへの汎用的な効果を考えるなら普通のスタンスのほうが良いだろう。

◇背中を大きく反らせる。
背中を大きく反らせればハイバーで担いでも首に負荷がいかず、なおかつ膝を前に出さない股関節メインのスクワットも出来る。butt winkの話で書いたように、背中を過度に伸展させたフォームは身体機能の面からも怪我リスクの面からもメリットが無いと思う。




★バックスクワットは難しい
スクワットの膝関節と股関節の動作は、日常で使う動作なので上手く行うのは難しくはない。バーを上背部に担ぎながらスクワットをするのが難しい。butt winkの話で書いたように、胸が開きやすいという問題点もある。負荷が足りるなら、無理してバックスクワットをするよりもゴブレットスクワットをしたほうが良い。ゴブレットスクワットだと負荷が足りず、バックスクワットしか選択肢が無い場合は、バーを担ぐ位置と上体の傾きが安全な組み合わせになるように意識してバックスクワットを行う。

(競技としてスクワットを行っている人以外が)スクワットの負荷を上げたい場合は、セーフティスクワットバーがベストだと思う。首に負荷が行きにくく、肘や肩や手首に無駄な負担がかからず、胸が開かないので体幹に力を入れやすい。ただ普通のジムにはなかなか置いてない。セーフティスクワットバーがもっと普及すると良いなと思う。


動画:How to Use a Safety Squat Bar with Steve Slater

セーフティスクワットバーは yoke bar とも呼ばれる。yoke(くびき)に似ているから。




関連記事:
butt winkの話

スクワットの深さ


2/18/2019

エビデンスの考え方

最近は、「科学的に証明された健康に良い食事方法」や「最新の研究によるダイエット」や「科学的に正しいトレーニング方法」などといった記事や書籍が多く見られる。

ただ科学研究の結果がそのまま実践に適用できるかどうかには多くの注意点があって、例えばマウス実験の結果をそのまま人間に当てはめて、○○は健康に悪い、○○の時間帯に食べると太る、というようなことを断言することは出来ない。こう書くとバカバカしいように思えるが、実際にそういうケースは見かける(例えばBMAL1)。個人的には、エビデンスをまともに扱えていない主張は疑似科学と紙一重だと思っている。

健康やダイエットやトレーニングについてのエビデンスを、人体の取扱説明書みたいに考えているならそれは間違いで、エビデンスはまだまだ人間には理解できない人体の複雑な仕組みを少しずつ解明するための手段であり、何らかの処置により健康の増進や体型の改善や運動パフォーマンスの向上といった、より良い結果を得るための不完全なツールにすぎない。

今回の記事では、どのようなエビデンスに信頼を置くべきなのか、エビデンスをどう使えば実践に活かすことが出来るのかを書いてみたい。なお医療におけるEBMの考え方をベースにしている。

参考サイト:根拠に基づく医療


★エビデンスのレベル
全てのエビデンスが同じ重要度で扱われるわけではなく、エビデンスにはレベルの高低がある。健康やトレーニングといった分野においては、ざっくり分けると以下のようになる。メタ解析が最もレベルの高いエビデンスで、下にいくにつれてエビデンスレベルは低くなっていく。

1. メタ解析
複数のランダム化比較試験(RCT)のデータを集めて解析した研究。メタ解析はRCTの弱点である被験者数の少なさを補うことが出来、最もエビデンスレベルの高い研究になる。解析対象とする研究の選択基準や、個別の研究の実験方法のばらつきをどうデータに反映させるかなどで、研究者のバイアスをかけることも出来るので、メタ解析研究であっても内容の吟味は必要となる。


2. ランダム化比較試験(RCT)
被験者をランダムにグループ分けし、効果を調べたい食事方法やトレーニング方法を施したグループと、そうではないグループとで効果に違いがあるかを調べる研究。要因と結果の因果関係を示しやすい。一般的に被験者数は数十人程度で、実験期間は数時間~数ヶ月程度。発生までに時間がかかる病気の研究などには向いていない。

RCT内でも強弱があり、被験者のグループ分けは適切にランダム化されているか、介入がもたらしうる効果やグループ分けは被験者や実験者に隠されて(盲検化されて)いるか、被験者の数は十分に多いか、被験者のドロップアウト・カットオフの基準は明確か、適切な統計処理がなされているかといった点がRCTの強弱を決めるポイントになる。コントロール度合いも重要で、例えばダイエットの研究なのに食事は自己管理になっているとエビデンスとしては弱くなる。


3. 観察研究
大勢の人のデータを集めて、どのような生活習慣の人がどのような病気になりやすいかを調べたり、稀な病気の個別ケースについて経過を報告したりするもの。要因と結果の相関関係を示しやすいが、因果関係を強く示せるかは研究手法による。横断研究や前向きコホート研究など色々な種類があり、調査に時間経過があるか、バイアスや交絡因子の影響の排除は十分か、といった点がエビデンスレベルを高くするポイントになる。


4. 専門家の知見
バイアスなどに左右されるが、弱いエビデンスになる。分野によってはレベルの高いエビデンスがあまりない場合があり、専門家の知見も有効に活用する必要がある。例えば審美的なボディメイクに関わるような研究は社会的に見て優先度が低いので、健康な若いトレーニング歴のある人が筋肉を増やしたり低い体脂肪率を目指すような研究は数が少ない。このような場合は、専門家の知見や経験則を上手く取り入れることで、良い結果を出せる蓋然性が高まる。


以上はすべて人間を対象とした研究で、動物実験は人体に関するエビデンスとしてはかなり弱い。

エビデンスレベルの高い研究で何度も繰り返し再現されると、それは科学的に見て確実性の高い方法であると言える。レベルの低いエビデンスが少数しかない場合や再現性が乏しい場合は、その方法は科学的に見て確実性の低いものになり、ベネフィットが大きくコストが小さいのなら試してみても良いかな・・・といった程度のものになる。研究で良い結果が一回出ただけで、それが科学的に正しいと証明されるわけではない。



★動物実験
エビデンスとして用いる場合、動物実験は無価値なのかというとそうではなくて、メカニズムを推定し、エビデンスを補強する役割を持つことは出来る。

例えば、喫煙が肺がんリスクを高めるか?という研究を行う場合、人間の被験者を対象としたRCTは、倫理面やガン発生にかかる時間の長さおよびガンの発生率を考えると実施不可能なので、観察研究でリスク度合いを算出し、人間とはシステムが多少違うが動物実験で腫瘍発生のメカニズムを推定したりするというやり方が出来る。

逆に、人間を被験者として容易にRCTを行えるような研究なのに、マウス実験ばかり繰り返してもエビデンスは弱いまま。特定の時間帯に食べると太るとか、特定の栄養素(例えば糖質)を摂取すると太るとか、そういったことを主張したいのなら、人間の被験者を実験室に数週間閉じ込めて、食事と運動を管理したRCTを行えば良い。



★一般メディアでエビデンスが利用されている場合のチェックポイント
「最新の科学研究に基づいた○○」といった記事や主張を見たら、以下のように考えると良いだろう。

・人間を対象とした研究か
動物実験(大抵はマウス・ラット)しかやっていないなら無視して良い。


・RCTか、観察研究か
質の高いRCTは考慮に値する。観察研究はレベルが一段落ちるが、観察研究でしか行えないタイプの研究もある。観察研究の中でも、既存のデータを用いて低コストで行える横断研究は、相関関係は示せるが因果関係を示す力がとても弱いので参考程度に考えておく。


・研究の期間と対象範囲
ごく短時間の変化や、身体のごく一部のメカニズムを調べた研究か、それとも長期間の身体全体の変化を調べた研究か。例えば、栄養素を摂取してから数時間の筋合成や脂肪合成を調べたような研究や、特定のホルモンが特定の栄養素の蓄積を促すといった研究は、それらの研究結果がそのまま長期間の人体の体組成変化につながるとは限らないので注意する。

短時間の研究や部分的なシステムについての研究は人体のメカニズムの推定には使えるが、身体に何らかの処置を施してより良い結果を得ようとするなら、数週間や数ヶ月といった長期間にわたって身体全体の変化を調べたRCTの結果が最も重視される。


・原則に沿っているか
トレーニングによりストレスを与えると、人体はそれに適応する。その時点の身体が慣れているレベルより少し強いストレスを与えていくと、適応がスムーズに行く(漸進的過負荷)。また与えたストレスの種類に特化した適応が起こる(特異性の原則)。

食べたカロリーはどこかに消えたりしない。○○を食べないダイエットや、○○の時間帯は食べないダイエットといった主張を見たら、カロリー収支がどうなっているのか考える。

これらの原則から外れているように見える研究結果が出たら、注意深く内容をチェックする。


・異なった研究者(研究室)の間で繰り返し再現されるか
同じ結果を示す複数の研究が見つかっても、全て同じ研究室のものということもある。出来れば違う研究室でも再現されることが望ましい。


・出資者
サプリメントについては特に、出資者がどうなっているのかチェックすると良い。サプリメーカーが出資している研究しか行われておらず、1,2回良い結果が出ただけだとエビデンスとしてはかなり弱い。またお金が絡む場合、否定的な結果の研究は表に出てきにいので、そのサプリの効果に対して否定的な結果が出ていても葬り去られ、偶然に良い結果が出た研究だけ表に出てきている可能性がある。甘味料(異性化糖 vs 砂糖 vs 人工甘味料)のようにライバルにネガティブな研究結果を出すインセンティブがある業界もあるので、背後に大きなお金が絡むかを考えると良い。


・科学界のバイアス
全ての研究者が無私無欲の科学の徒というわけではなく、研究者には自分のキャリアのために成果を出すインセンティブとバイアスがある。良い研究結果を出すためのデータの良いとこ取りを行う手法は、単なる不手際からかなり悪どいものまで様々ある。

また、科学界全体で見ると良い結果を出せた研究が表に出てきやすく、統計的に有意でないというつまらない結果で研究者のキャリアアップにつながりにくい研究は表に出てきにくいというバイアスがある。良い結果を出せた研究には偶然そういう結果が出ただけの偽陽性のものも含まれるため、実際に行われた研究全体よりも、表に出てきた研究のほうが偽陽性の割合が高くなる。極端な例を出すと、100回同じ実験をして、95回が有意差なし、5回偶然に有意差あり、という結果で、有意差なしのものは全て表に出てこず、有意差ありのものだけ表に出てきた場合、有意差ありを示す5個の研究(しかし全て偶然の結果)のみが人々の目に触れることになる。

参考サイト:When To Trust Research Findings
https://www.strongerbyscience.com/trust-research-findings/



★実践への適用
エビデンスを実践へ適用する場合は、以下のようなポイントに注意すると良いだろう。

・蓋然性
レベルの高いエビデンスが数多く揃うと、その方法は効果的である確実性が高いといえる。レベルの低いエビデンスが少数ある場合は、その方法が効果的である確実性は低いと言える。黒か白かの二択で考えるのではなく、蓋然性で考える。


・費用対効果
科学的に見て効果的である確実性が高い場合でも、その効果がどれほどのものか考える必要がある。例えば毎日飲み続けると1年間で体重が0.5kg減るお茶(1本200円)があったとする。個人的には、ダイエットのためにこのお茶を飲み続けるのは費用対効果がかなり低いと感じる。


・適用可能性
その人に適用可能か。例えば、肥満の人を対象としたダイエット研究はボディビルダーの減量の参考になるか。例えば、高価なサプリメントがもたらすわずかな運動パフォーマンス向上や減量効果は、趣味でトレーニングしている人に必要か。


・個人差
年齢、性別、肥満度、運動歴、遺伝子などにより、反応が異なる栄養素やトレーニング方法もある。属性が近い被験者を対象とした研究を参考にするのが良い。ただ同じ属性の被験者を集めた研究でも個別の被験者の結果のばらつきが大きいものもある。

例えば既存の研究だと、同じトレーニングを行っても大きく筋肥大する人もいれば逆に筋肉が少し減ってしまう人もいるし(平均では筋肥大する)、同じ量を食べすぎてもほとんど太らない人もいればしっかり脂肪がつく人もいる(平均では太る)。

研究結果が示すのはあくまで平均であり、実践に適用した場合にその人がどういう反応をするかを予測するのは困難で、反応を見ながらトレーニング内容や食事内容を調整していく必要があるだろう。遺伝子ベースのトレーニングの研究も出てきているけど、お金の匂い(遺伝子検査の販促とか)がするので、現時点では話半分で受け止めるのが良いと思う。

関連記事:トレーニング効果の個人差


・好みや目的
トレーニングでも健康でも、その人が興味を持って自主的に続けていかないと成果が出ない。好みや目的にフィットしていることが重要。ただトレーニングをするにしろダイエットをするにしろ、ひたすら楽なことをしていては効果が出ない。ある程度のストレスを与える必要があるので、その人にとって快適なやり方のほうが長続きするだろう。

ウェイトトレーニング、サーキットトレーニング、HIIT、クロスフィットなど、好みや目的にあったトレーニング方法を選ぶのが良い。ここではエビデンスは、トレーニングの効果の種類(筋力、筋肥大、筋持久力、全身持久力など)や効果の程度、それに怪我リスクを推測するのに利用できる。もちろんトレーニング歴、体力レベル、スキルレベルによって効果の程度や怪我リスクは異なる。

また同程度の効果が期待できるのなら、より楽なやり方を選んだほうが長続きするだろう。例えば、軽い重量で高レップを行う筋力トレーニングでも、重い重量でのトレーニングと同等に筋肥大することが複数の研究で示されているが、高レップトレーニングは主観的にかなり苦しいので、そういうのが好きな人や関節に不安がある人以外は普通の筋トレをするのが良いだろう。また各セットを限界レップまで追い込んでも、限界一歩手前で止めても、(特に初心者は)効果は大きく変わらないと考えられるので、ハードなのが好きな人以外は限界一歩手前で止めるのが良いだろう。

関連記事:各セット限界まで追い込むべきか


・人体の反応と人間の性向
生理学的に人間の身体がどう反応するかと、実際の生活において人間がどういう行動を取りやすく、どういう結果になりやすいかは異なる。例えば、運動によって消費カロリーを増やしても、食事を減らすことで摂取カロリーを減らしても、カロリー収支への寄与の点では同じであり、アスリート並の体力があるのでなければ運動で大きなカロリーを消費するのは困難なので、理屈の上ではカロリー収支を改善したいのなら食事を減らすのが効率が良いことになる。しかし運動量が少ないと食欲のコントロールが難しくなり、ついつい食べすぎてしまうことが研究で示されているので、カロリー収支を改善したいのなら適度な運動を行ったほうが良い結果を得やすいと考えられる。

関連記事:運動と食欲



参考サイト:

The Levels of Evidence and their role in Evidence-Based Medicine
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3124652/

Levels of Evidence
https://www.essentialevidenceplus.com/product/ebm_loe.cfm?show=oxford

Evidence-based practice in Exercise and Nutrition: Common Misconceptions and Criticisms
https://www.lookgreatnaked.com/blog/evidence-based-practice-in-exercise-and-nutrition-common-misconceptions-and-criticisms/

1/16/2019

butt winkの話

★butt winkとは

スクワットで深くしゃがむときに、骨盤が後掲して腰椎が丸まること。butt(尻)がウィンクしているように見えるから。


動画:"Butt Wink" Squat Myth (EVERYONE HAS IT)
https://www.youtube.com/watch?v=R-Qcl_IRth4
この動画の主張には同意できない部分があるけど画像がわかりやすいので引用。

高重量のバーベルスクワットでは背骨に強い負荷がかかっている。その状態でbutt winkが起きて腰椎がクネクネ動くと、腰椎の怪我リスクが高まる。

またスクワットで深くしゃがめないケースも、それ以上深くしゃがんだらbutt winkが起きて腰が丸まってしまうと身体が怖がっていて、深くしゃがめない可能性がある。

butt winkの原因に対処することで、スクワットで安全に深くしゃがむことが出来るようになることを目指す。



★butt wink(もしくはスクワットで深くしゃがめない)の原因
a) 骨の構造上の問題
股関節の骨(大腿骨と骨盤)の形と噛み合わせには個人差があって、ある一定の深さ以上しゃがもうとすると骨と骨がぶつかって、それ以上はしゃがめなくなる。さらにそれより深くしゃがもうとすると、股関節ではなく骨盤を後傾し腰椎を曲げることで、深くしゃがむ動作を達成する。これは骨の問題なのでどうしようもない。

ただフルボトムのスクワットならこの骨の問題が発生するケースが多いだろうけど、パラレル付近までしゃがむ前に骨の問題でbutt winkが起こるのはそれほど多くないと思われる。


b) 関節の柔軟性(筋肉や腱や靭帯や関節包の柔軟性)の問題
スクワット動作では、股関節(屈曲と内旋)と足首(背屈)の柔軟性が要求される。骨の構造上の問題と同じく、柔軟性が許す可動域以上に深くしゃがもうとするとbutt winkが起きる。

股関節の柔軟性については、股関節の屈曲と内旋の拮抗動作である伸展と外旋の筋肉(臀筋や内転筋など)の柔軟性が足りないと、深くしゃがめなくなると考えられる。ストレッチやフォームローラーなどで個別にこれらの筋肉の柔軟性を高めるか、もしくはある程度負荷をかけながらスクワット動作を繰り返すことで徐々に股関節の筋肉の柔軟性が高まる。ハムストリングのストレッチも対策として言われることがあるが、ハムストリング(の二関節筋の部分)はスクワットの間は長さがあまり変わらず、むしろ深くしゃがむにつれて少し短くなるので、ハムストリングの柔軟性はおそらく無関係。

参考サイト:股関節の機能解剖 - 大腿直筋・ハムストリングス・殿筋群・内転筋群・梨状筋他
https://www.kinyo.fit/kaibo/crotch-joint.html

足首が固いと、しゃがむ際に膝が前に出ず、尻を極端に後ろに引くことで上半身が大きく傾き、股関節の角度が鋭角になり、股関節の可動域が足りなくなって、腰が丸まってしまう。この場合は、ふくらはぎの筋肉やアキレス腱のストレッチなど足首の柔軟性を高めるエクササイズをすると、膝を前に出すことが出来るようになりスクワット動作が改善される可能性がある。


c) 身体コントロール能力の問題
butt winkは、深くしゃがむときに骨盤が後傾し腰椎が丸まること。身体(特に体幹)をコントロールし、骨盤と背骨を良いポジションに保つ能力が足りないと、関節の可動域が十分であってもbuttwinkが起きる。

またふくらはぎや尻の筋肉がエキセントリック動作に慣れていないと、負荷をかけた状態では足首や股関節が深く曲がらなくなることがある



問題の切り分け方法については後述するが、一般的には、普段から運動をよくする若い人がbutt winkが起きたり、深くしゃがむのが難しかったりする場合は、a)骨の構造上の問題 か c)身体コントロール能力の問題 の可能性が高いと考えられる。運動をあまりしない中高年の人がbutt winkが起きたり、深くしゃがむのが難しかったりする場合は、b)関節の柔軟性の問題 と c)身体コントロール能力の問題 の可能性が高いと考えられる。



★受動的可動域と能動的可動域
外部から力を加えたときに動く関節の可動域(受動的可動域)と、自分で筋肉に力を入れながら身体を動かすことのできる関節の可動域(能動的可動域)は異なる。

関節の柔軟性が足りないのではなくて、身体のコントロールがうまく出来ていなくて関節の可動域が狭いケースも多い。闇雲にストレッチを行う前に、まずは負荷がかかってない状態で関節がどこまで動くか試してみる。

・股関節の受動的可動域チェック例。四つん這いになって脚や尻の筋肉の力を抜き、腰が丸まらないように意識しながら尻を後ろに引いていく。
動画:Quadruped hip rockers
https://www.youtube.com/watch?v=Gzj9AOn4KDY

・足首の受動的可動域チェック例。足の裏全体を地面につけたまま足首を曲げていきどれだけ膝が前に出るか。
動画:EricCressey.com: Do You Really Have Poor Ankle Mobility?
https://youtu.be/kFZpFgDcysA?t=164

受動的可動域が狭い場合は、骨の構造か関節の柔軟性のどちらかに問題があると考えられる。受動的可動域チェックの後に、ストレッチやフォームローラーやマッサージを行い、再び受動的可動域を調べてみる。可動域が広がっているなら関節の柔軟性に問題があると考えられ、ストレッチなどを行うことでスクワット動作が改善することが見込まれる。



★身体コントロール能力の鍛え方
股関節と足首の柔軟性チェックで、関節の受動的可動域に問題がなかった場合は、身体(特に体幹)のコントロール能力に問題がある可能性が高い。

かかとの高い靴を履いたりプレートを踵で踏んだりして踵を上げる、足幅やつま先を極端に大きく開いたスタンスでスクワットを行う、といった小手先のbutt wink対策はあるけど、関節の可動域に問題がなければ、まずは身体のコントロール能力を鍛えるのが良いだろう。良い動きが出来ないのに小手先の対処法で誤魔化しながら負荷を上げていくと、どこかで歪みが出て怪我をしやすくなる。

スクワットの際に身体を適切にコントロールする能力を鍛えるエクササイズ例をいくつか紹介する。

1) デッドバグ
デッドバグは、体幹に力が入る良い姿勢を保ちやすい。床からのフィードバックにより、骨盤のポジションを意識しやすいのもメリット。

デッドバグのやり方
- 仰向けに寝て腹式呼吸で息を深く吐く。ドローインの要領。
- 下腹部の筋肉に力が入り、肋骨が締まる。
- 骨盤はやや後傾し腰の部分も含めて背中全体が床にべったり付く。
- 後頭部も床につける。首の筋肉に変な力を入れず顎を引く。
- 胸が開かないよう(肋骨が広がって上がらないよう)に意識する。胸の開きについては後ほど詳しく説明する。
- 上半身はこの状態を維持しながら、片脚ずつゆっくりと上げ下ろしする。
- 脚を上げ下げするときに骨盤と腰椎が動かないよう意識する。骨盤と腰椎を動かさず、股関節を動かす。骨盤が動き腰椎が反ると、床から腰の部分が浮くので、そうならないよう注意する。
- きつい場合は、脚を伸ばしきらない、靴を脱ぐといった方法で負荷を軽くする。
- 最初は腕を前に出したままにすると胸が開きにくくなりエクササイズを行いやすい。
- 慣れてきたら腕の位置を変えながら行う。腕の位置を変えても胸が開かないように注意する。
動画:HighPerformanceHandbook.com: Dead Bug
https://www.youtube.com/watch?v=rbemelnkHag

体幹を鍛えるには、プランクも良いと思う。

関連記事:プランクのやり方


2) ヒップスラスト
ヒップスラストを行うと臀筋を意識しやすくなる。臀筋がうまく使えないと、股関節と骨盤が同時に動いてしまいがちで、股関節の曲げ伸ばしと同時に腰が丸まったり反ったりしてしまう。腰が丸まらないように意識しすぎて腰が反っている人は特に臀筋に力が入りにくくなっている。

臀筋に力が入ると、大腿骨の前方シフトが抑制され、股関節の屈曲の際に大腿骨と骨盤の衝突が起こりにくくなり、深くしゃがみやすくなる。

ヒップスラストもデッドバグと同じように、骨盤と背骨を動かさず、股関節を動かす。

関連記事:ヒップスラストのやり方

デッドバグもヒップスラストも骨盤の前傾対策になるので、BIG3中心に熱心にウェイトトレーニングを行う人は、これらの種目も併せてやっておくと良いと思う。

関連記事:骨盤の前傾の矯正


3) ゴブレットスクワット
ゴブレットスクワットでスクワット動作をトレーニングする。ゴブレットスクワットは体幹を良い姿勢に保ちやすいし、重りが身体の前にあることで、尻を後ろに下ろしながらしゃがみやすい(前側に持ったダンベルの重さと後ろに出した尻の重さでバランスが取れる)。

腰が丸まらないことを意識しながらゆっくり行う。ボトムでしばらく止まってみたり、ボトム付近で少し上下に動いてみたりすると、ボトム付近での身体コントロールを学びやすい。

動画:Dumbell front squat
https://www.youtube.com/watch?v=vG6xU7Hq4JE

ゴブレットスクワットが上手く出来ない場合は、前段階としてなにかに掴まりながら、後ろに尻を下ろす動作を練習する。

動画:Pole Squat - Primal Blueprint Fitness
https://www.youtube.com/watch?v=slR0Nweib34



★胸が開くとは
肋骨を広げずに締めると体幹が安定しやすい。お腹から深く息を吐いていくと肋骨を締める感覚を得やすい。背中が丸まって猫背にならないよう、胸の中心を上げるイメージを持つと良い姿勢を作りやすいと思う。デッドバグではこの胸が開かず強い負荷に耐えられる体幹の作り方を学ぶ。



胸で息を大きく吸い込んだ状態が、胸が開いた(肋骨が広がって上がった)状態。胸を張るイメージで姿勢を作るとこうなりやすい。同時に腰も反りやすい。体幹が不安定になるので、体幹に強い負荷がかかる種目ではこの姿勢は避ける。


体幹に負荷がかかる種目では、胸を開かないよう注意する。肩周りを使う種目でも胸が開くと肩関節が使いにくくなるので、胸を開かないほうが良い。スクワットでもデッドリフトでもローイングでも懸垂でもショルダープレスでも胸は開かない。胸を開いたほうが良い種目はたぶんベンチプレスだけ。



★バックスクワットは難しい
そもそもストレートバーでのバックスクワットは体幹を良い姿勢に保ちにくく、骨盤周りの筋肉の力が抜けやすい。ショルダープレスと同様に、腕を上げる際に肩関節の可動域が足りないと、胸を開き腰を反ることで腕を目的の位置まで上げることになる。すると、前側の体幹の筋肉や臀筋に力が入りにくくなる。

関連記事:ショルダープレス

また腰が丸まらないことと膝を前に出さないことを意識しすぎて、腰が反り尻が後ろに突き出しているスクワットをやっているケースもある。胸が開いて腰が反っている状態からしゃがんでいくと、体幹の姿勢維持が難しくなることで、深くしゃがむ際に腰が丸まりやすくなる。

あと腰が反っている(骨盤が前傾している)と、内股気味になりやすく、膝を痛めやすい。スクワットでは股関節の内旋の可動性も要求される。内股だとスタート地点から内旋しているため、そこからさらなる内旋の可動域が要求され、深くしゃがむのが困難になる。

ネットで拾った画像にコメントをつけた。たぶんこのフォームだと首も反ってしまっている。首は反らず、顎を引いたほうが良い。


それと膝を前に出さないことに固執して、首のあたりにバーベルを乗せながら腰を後ろに引いて上体を大きく傾けているケースも見る(下図Bのようなやり方)。これは首に負担がかかって危ない。バーベルの重量が上がってくると身体が危険を察知して、上体を大きく傾けて首が危険に晒されるのを防ぐため、深くしゃがめなくなるかもしれない。腰を引いて上体を傾ける場合は、ロウバーのポジションでバーベルを担いだほうが良い。またある程度のバーベルの重さがないと、上体を大きく傾けて頭部を前に出すことで尻の重さと重心のバランスを取ることになる。下図Bのように膝を前に出さないフォームでも、バーベルが重くなれば上体を大きく傾けて頭部を前に出す必要がなくなり、上半身がもう少し起きるようになる。バーベルを担ぐと上手くしゃがめなくなる場合は、バーを担ぐ位置とフォームとバーベルの重さが適合しているか確認すると良いだろう。軽いバーベルで膝を前に出さないバックスクワットをやるのは、重心のバランスの面から難しい。



個人的な考えだけど、ストレートバーでのバックスクワットは、高重量のバーベルを担ぎやすいというのが唯一のメリットで、身体機能の面からいえば何もメリットがない姿勢に思える。もちろんスクワットの動作は下半身のトレーニングとしては素晴らしいが、ストレートバーでのバックスクワットの腕と肩のポジションは体幹の姿勢維持が難しく、肩や肘に無駄な負担がかかる。競技としてスクワットをやる人以外は、buffalo barやyoke barなどが使えるならそういうバーを使ったほうが良いし、ゴブレットスクワットで重量が足りるならゴブレットスクワットをやったほうが良いだろう。とはいっても普通のジムにはストレートバーしか置いていないだろうから、本格的にトレーニングを行いたい人にとってはストレートバーでのバックスクワットは主要種目になる。

ストレートバーでのバックスクワットを行うなら、体幹の姿勢が崩れないよう肩周りの柔軟性も高める必要がある。

関連記事:肩周りのストレッチ

またデッドバグで、バックスクワットの腕の形に近いポジションでエクササイズを行うと、バックスクワット時の体幹コントロールに役立つ。やってみればわかるが、腕を前に出すデッドバグよりも体幹の姿勢の維持が難しい。


◆ベルト
スクワットのフォームがしっかり固まらないうちは、ベルトをしないほうが体幹の姿勢を意識しやすいと思う。

ベルトは接している箇所にある筋肉に力を入れやすくする効果がある。ベルトが接する場所(腹直筋の中部から上部と脊柱起立筋群の腰椎付近)は、体幹に負荷がかかると受動的に自動的に力が入るけど、体幹を固める際に意識して力を入れる筋肉ではない。これらは背骨を曲げ伸ばしする筋肉なので、意識して力を入れると背骨を曲げ伸ばしする力が加わって体幹が不安定になりやすいし、必要以上に力を入れると背骨に無駄に圧縮方向の力が加わる。体幹の安定のために意識して力を入れるなら、下腹部と臀筋が良い。


スクワットやデッドリフトでとにかく高重量を挙げるなら、ベルトで腹回りを固めながら腹圧を高めるのが良いのだろうけど、骨盤と脊椎をコントロールし臀筋をしっかり動員しながらの動作を行いたいならベルトはしないほうがやりやすいと思う。ベルトに頼って高重量を持ち上げると、脚と背中で持ち上げる感じになりやすいので、腰と股関節の付け根(鼠径部付近)を痛めやすいと思う。

まあこの話は多分エビデンスはないし、自分の感覚が根拠でしかない。私はスクワットはベルトは着けず、最近はデッドリフトも90%1RM以下で低ボリュームのトレーニングの時はベルトは着けない。デッドリフトとルーマニアンデッドリフトでトレーニングボリュームを多くする時は、体幹周りの筋肉が先にへたるのでベルトをする。

自分自身の話をすると、運動をしなかった20代は腰を痛めやすくて、ぎっくり腰も2回ほどやった。30代でジムに行くようになったけど、デッドリフトでよく腰を痛めていた。骨盤の前傾対策で、ヒップスラストやデッドバグ、広背筋や股関節屈筋のストレッチなどをやっていたら、腰を痛めることはなくなった。腰が張ることもほとんどないし、身体を機能的に使えている実感がある。熱心に筋トレをしているけど腰に不安があってベルトが手放せないという人は、是非これらのエクササイズをやってみてほしい。



◆運動パフォーマンスの話
座った状態から立ち上がる際に、腰が反って骨盤が前傾しているよりも、骨盤がニュートラルのほうが大腿四頭筋(内側広筋斜頭と外側広筋)の活動が活発になったという研究がある。従ってスクワットの際には、骨盤がニュートラルのほうが大腿四頭筋に力を入れやすいと思われる。

Activation of the vastus medialis oblique and vastus lateralis muscles in asymptomatic subjects during the sit-to-stand procedure
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4395737/



★スクワットの深さ
下の関連記事に書いたが、スクワットではハーフからパラレル付近までしゃがめば筋肥大効果は十分に得られると考えられる。ストレングスの観点では、オリンピックの重量挙げなど、競技の特性上ふかくしゃがまないといけない競技を行っている人は、深くしゃがむスクワットを行う必要があるけど、多くの競技ではそれほど深くしゃがむ必要はないと思われる。深くしゃがむ位置から強い力を出す訓練をしたとしても、たぶんほとんどの競技では深くしゃがんだ状態になった時点で負けなので、その姿勢にならない練習をしたほうが良いだろう。走ったり跳んだりという動作をする時は深くしゃがむ姿勢になったら最高のパフォーマンスは出せないし、ラグビーのようなコンタクトスポーツだったら深くしゃがむ姿勢になったらそのまま潰される。

柔軟性と身体コントロール能力を高め、butt winkが起きない範囲で、可能ならパラレル付近までしゃがむスクワットを行うのは、趣味で筋トレをしている人にとってもアスリートにとってもメリットがあることだと思うけど、特定の競技の選手以外は無理にフルボトムのスクワットを目指さす必要はないと思う。

関連記事:スクワットの深さ



butt winkについて調べていて、いくつか気になる主張があったのでコメントしておく。

★腰椎が伸展ポジションからニュートラルになるbutt winkは良いbutt winkという主張
スタート(直立時)では腰椎が伸展ポジション(骨盤が前傾)になっていて、ボトムでそれがニュートラルになるだけなら問題ないという主張がある。腰椎が屈曲するのは危険だけど、伸展なら安全という理屈。スタートで腰椎を伸展ポジションにするのは、背中へのせん断力に耐えるために脊柱起立筋群を強く収縮させておくのと、バーベルの重さで多少腰椎が動いてもいいようにニュートラルポジションまでのバッファーを作っておく、という理由。

前述したように腰椎が伸展ポジション(骨盤が前傾)なのは身体の安全で効率的な動作にマイナスであり、ニュートラルまでのバッファーであっても高負荷の状況下で腰椎が動くのは怪我リスクを高めるだけであり、また腰椎が伸展している状態(反り腰)で強い負荷をかけるだけでも腰痛の原因になる。腰椎が屈曲している状態で強い負荷をかけると一発で動けなくなる事故的な怪我をしやすいのに対し、腰椎が伸展している状態で繰り返し強い負荷をかけると事故的な怪我はしにくいが長期的で慢性的な痛みにつながりやすい。

あらかじめ腰椎を伸展させておくのは、単に体幹コントロールが出来ていないことを誤魔化すためだろう。体幹をコントロール出来るようし、ニュートラルポジションを維持したほうが良い。


★ニュートラルポジションの許容レンジ
腰椎のニュートラルポジションは単一の点ではなくてレンジであり、このレンジ内なら腰椎が動いても怪我リスクは低いという主張。

ニュートラルポジションはレンジであるという主張は間違っていない。ただ、怪我リスクが低くなるニュートラルポジションのレンジは負荷によって変わる。自重のスクワットなら腰椎がクネクネ動いても怪我リスクは低いだろうが、高重量のバーベルを担いでのスクワットなら安全なニュートラルポジションのレンジは相当狭くなる。


★高重量を挙げているアスリートがやっているからOK
オリンピックリフターやパワーリフターがやっているからOKという主張。彼らの最優先事項は競技パフォーマンスであり、長期的な身体のコンディションではない。また生存バイアスもあり、怪我をして競技から離れた選手は我々の目に入らない。butt wink問題に限らずこの手の主張はよく見かけるけど、アスリートと趣味のトレーニングとでは優先事項が異なるのでナンセンス。




参考サイト:
Should You Wear Olympic Lifting Shoes?
https://ericcressey.com/should-you-wear-olympic-lifting-shoes

Butt Wink Is Not About the Hamstrings
https://deansomerset.com/butt-wink-aout-hamstrings/

What really causes butt wink?
https://www.strengthandconditioningresearch.com/perspectives/buttwink/

Checklist for Determining Movement Dysfunctions and How to Get Over Them
https://deansomerset.com/checklist-determining-movement-dysfunctions-get/

Checklist for Determining Movement Dysfunctions: Part 2
https://deansomerset.com/checklist-determining-movement-dysfunctions-part-2/

How Deep Should I Squat?
https://www.t-nation.com/training/how-deep-should-i-squat

Effect of Knee Position on Hip and Knee Torques During the Barbell Squat
https://pdfs.semanticscholar.org/c375/ff851b69346484952590c2d1185252d7792e.pdf