(1)Stimuli and sensors that initiate skeletal muscle hypertropHy following resistance exercise
https://journals.pHysiology.org/doi/full/10.1152/japplpHysiol.00685.2018?rfr_dat=cr_pub++0pubmed&url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org
レジスタンストレーニングによる筋肥大は、どのような刺激によってもたらされるのか、またそれらの刺激はどのようなセンサーによって感知されるのか。現状でわかっていること、わからないことをまとめた2019年の論文です。
以前調べた筋肥大のメカニズムから時間が経ったので、そのアップデートの意味もあります。
関連記事:筋肥大のメカニズム
内容がマニアックなので先に結論を書いておくと、実践面では「力学的な負荷」をかけることを最優先すればOKです。具体的には6-15レップ程度のセットをメインにトレーニングします。筋肥大の刺激の候補には、力学的な負荷以外に「ダメージ」と「代謝ストレス」もありますが、実践面では力学的な負荷を最優先するのが良いでしょう。
筋肉のダメージを増やすために、意図的に強い負荷をかけてエキセントリック動作をしたりするのはどれほど効果があるかはわからないですし、ダメージが大きくなりすぎると筋肥大にマイナスになる可能性があります。代謝ストレスを主目的としたトレーニング(高レップのセットや加圧トレーニング)は、力学的な負荷がメインのトレーニングにプラスしておこなうとさらに効果が高まるのか、それとも力学的な負荷が十分なら代謝ストレスを上乗せしても効果は高まらないのか、はっきりしていません(加圧トレーニングは力学的な負荷が不十分な状態で代謝ストレスを加えています)。
アップサイドリスクとダウンサイドリスクを考えると、ダメージを目的としたトレーニングはアップサイドが不明でダウンサイドリスクが大きいです。従って、ダメージを目的としたトレーニング、例えば高重量・高ボリュームのエキセントリック動作はあまりやらないほうが良いと思います。代謝ストレスを目的としたトレーニングは、アップサイドは不明ですがダウンサイドリスクは小さいと考えられるので、力学的な負荷を目的としたトレーニングに追加しておこなうのは問題ないと思います。
以下、マニア向けの内容。
筋肥大をもたらす刺激とセンサーの定義
筋肥大が起こる流れを簡単に書くと、
[レジスタンストレーニング]
↓
[刺激]
↓
[筋肉内のセンサー]
↓
[筋肥大シグナル]
↓
[タンパク質の合成]
↓
[筋肥大]
レジスタンストレーニングにより筋肉に何らかの刺激が加えられ、その刺激を筋肉内にある何らかのセンサーが感じ取り、mTORC1などの複数の筋肥大シグナルが連鎖的に出され、タンパク質が合成され、それを長期的に続けることで筋肥大する。
今回の論文では、どのような刺激により筋肉の合成反応のスイッチが入るのか、またそれらの刺激はどのようなセンサーによって感知されているのかを調べています。
刺激の種類
刺激の種類は大きく分けて3つある。
・筋肉のダメージ
予備知識として、筋繊維の構造図を載せておきます。
メカニカル(力学的)な負荷
重いものを持ち上げるなどして筋肉にメカニカルな負荷をかけるのが、筋肥大をもたらすメインの刺激と考えられる。力を発揮するために筋肉が強く収縮したり、外部からの力で強く引っ張られたりすると、その適応として筋肉が太く強くなる。
例えば、実験や経験則から、以下のようなことがわかっている。
・筋肉に強いメカニカルな負荷をかけると筋肥大する。ただ、メカニカルな負荷と同時にダメージや代謝ストレスもかかっているので、因果関係を直接証明するのは難しい。ダメージと代謝ストレスがかからないようにメカニカルな負荷だけを与える実験をおこなうのは困難。
筋肥大をもたらすメカニカルな負荷の強さは、非常に重たいものを持ち上げたりしなくても良い。現状のエビデンスでは、30%1RM程度の負荷でも各セット限界までおこなえば、高重量のレジスタンストレーニングと同程度の筋肥大が起こる。
関連記事の筋肥大のメカニズムで紹介した論文だと、メカニカルテンション(力学的な張力)という表現だったけど、筋繊維に加わる張力だけでなく筋繊維の膨張なども刺激になっている可能性があるので、今回の論文では「メカニカルな負荷」という表現になっている。
<メカニカルセンサー候補>
メカニカルセンサーは力学的な刺激を感知し、筋肥大シグナルを活性化させる。センサーの候補はいくつかある。
(a)コスタメア
筋線維の細胞膜(筋鞘)と筋節を接続する部分。筋節の発揮する力を横方向に伝える働きがある。力を横方向に伝え、他の筋繊維に伝達することで、筋繊維同士が協調して収縮するのを助ける。筋繊維が収縮するとメカニカルな負荷がかかるので、コスタメアはメカニカルセンサーの可能性がある。またレジスタンストレーニングによる筋繊維の膨張(パンプ)と、細胞外マトリックスの固さの変化を感知する可能性もある。
(b)チチン
アクチン-ミオシンと平行に配置されている。そのため筋繊維が収縮するとチチンは緩む。筋肉が伸ばされた状態で負荷をかけると、チチンにメカニカルな負荷がかかりセンサーとして働く可能性がある。
(c)Filamin-C と Bag3
z-discに存在する。筋繊維の収縮によるメカニカルな負荷を感知して、各種の筋肥大シグナル(mTORC1、Hippo effector YAP1、オートファジー)を活性化し筋肥大をもたらす可能性がある。
(d)筋核
筋核は筋繊維にくっついている。筋繊維が収縮したり、伸ばされたり、水分を引き込んで膨らんだりすると、筋核も変形しそれを感知する可能性がある。現状では受動的に引き伸ばされるときのみ筋核の変形が確認されている。Hippo effector Yapシグナリングを活性化する可能性がある。
z-disc周辺のコスタメアやFilamin-Cがメインのセンサー候補だが、はっきりしたメカニズムはまだ解明されていない。遺伝子ノックアウトにより特定のセンサー候補をオフにした場合の筋肥大の挙動を確認しようとすると、筋肉自体がまともに働かなくなるケースもあり、切り分けが難しい。
筋肉のダメージ
筋肉のダメージは、慣れない運動、特にエキセントリック動作で起こりやすい。
筋肉のダメージのレベルは軽度のものから重度のものまでさまざまで、特徴としては局所的な炎症反応や、カルシウムイオン制御の混乱、タンパク質分解の活性化、クレアチンキナーゼレベルの上昇などが挙げられる。
筋肉が伸ばされた状態で強い力学的な負荷をかけると、筋肉のダメージが起こりやすい。ただ、このような方法での実験で筋肥大しやすいという結果が出ても、「筋肉が伸ばされた状態で強い力学的な負荷をかけること」で筋肥大が起きたのか、「ダメージ」で筋肥大が起きたのかわからない。
激しい筋肉のダメージを起こしても、より筋肥大するわけではないという結果の研究がある。またダメージが大きすぎると筋肥大を阻害するし、次のトレーニングに支障が出る。それと筋肉のダメージはマラソンのような長距離走でも起こるが、そのような長距離走で筋肥大するわけではない。
現時点では、筋肉のダメージが筋肥大にどのような貢献をするのか結論づけるのは難しい。筋肉のダメージを感知するセンサーと筋肥大につながるメカニズムもよくわかっていない。
筋肉にダメージが起こりやすいトレーニングでサテライト細胞が活性化し増殖しやすいという研究がある。ただ筋肥大の初期は、サテライト細胞は筋核を増やすよりも筋繊維のダメージの修復に使われやすい。サテライト細胞は長期的な筋肥大に必要だと考えられるが、筋肉のダメージがサテライト細胞の増殖に必須なのかは現状では不明である。
代謝ストレス
まず、代謝ストレスの定義をすると、「非定常状態の筋肉収縮の間に起こる、エネルギー代謝と代謝物質の変化」になる。定常状態の筋肉収縮は長距離走のようにずっと繰り返し収縮できるもの。非定常状態の筋肉収縮だと、短時間に限界が訪れる。非定常状態の筋肉収縮では、加水分解された全てのATPが有酸素性代謝のみで再合成されない。クレアチンリン酸がATPの再合成に使われ、筋肉中のクレアチンリン酸の濃度が下がり続ける(PCr + ADP ⇔ ATP + creatine)。さらに乳酸塩の濃度が上がり、pHが低下する。(このへんの代謝の話を詳しく知りたい方は関連記事を参考にしてください)
関連記事:疲労のメカニズム
以下の3つが代謝ストレスの生体指標になる。
・高い乳酸塩濃度
血流制限をすると、筋肉への酸素供給が低下し、有酸素性代謝によるATP再合成の割合が低下し、クレアチンリン酸の分解と無酸素解糖が増える。手術後に関節を固定して筋肉に力学的な負荷がかからないようにした場合、一時的に血流を止める処置をすることで、なにもせず固定しっぱなしにしたよりも、筋肉の衰えをいくらか和らげることができる。また一時的に血流を止め、同時に軽い負荷で筋肉を収縮させる(つまり加圧トレーニングをおこなう)と筋肥大が起こる。血流を一時的に止めて代謝ストレスを加えるのは、何らかの筋肥大効果がある可能性がある。
ちなみに、加圧トレーニングが効果を発揮するメカニズムの候補には、血流制限をすることで動員されやすい筋肉(正確にはモーターユニット)をさっさと疲れさせて、強い力学的な負荷をかけないとなかなか動員されない筋肉を動員しやすくすることで、効果的な筋肥大を引き起こすというものがあるが、動員されやすい遅筋が加圧トレーニングで優先的に肥大したという研究があるので、このメカニズム候補は可能性が低いと言える。従って代謝ストレスがなんらかの筋肥大効果を持つ可能性がある。
普通のレジスタンストレーニングで代謝ストレスを強くするには、低重量・高レップでセット限界までおこなう。筋肉中のクレアチンリン酸の濃度を測定した研究では、10レップ限界までのセットでは50%くらいの低下、25%1RMでは80%以上の低下になった。
ただ、レジスタンストレーニングをおこなった時にだけ代謝物質が出てくるわけではない。代謝は生きているだけで常に行われているので、体内には代謝反応や代謝物質が常に存在する。レジスタンストレーニングによる代謝ストレスが筋肥大につながるなら、常に存在する代謝反応や代謝物質とは違う特別な何かがあるのだろうか。
代謝ストレス関連の筋肥大刺激候補には、乳酸塩、α-ケトグルタル酸(クエン酸回路の代謝物質)、ホスファチジン酸 リゾホスファチジン酸、解糖の代謝流量などが挙げられている。代謝ストレスのメカニズムについてもわかっていないことが多い。
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