筋トレの疲労回復の研究では、筋肉にダメージを与えるハードな筋トレ(エキセントリック主体や高ボリュームの筋トレ)をして、その後数日間の回復度合いを調べます。回復度合いは以下の3種類の項目の1つ、もしくは複数で測定されることが多いです。
・主観的な筋肉痛の度合いの測定
・クレアチンキナーゼなどの筋肉のダメージ指標の測定
・ストレングス・パワーの落ち込み度合いの測定筋トレ歴なしの若年者と高齢者の比較
筋トレを続けている人にはあまり関係ないのですが、ざっくりと関連研究(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)のまとめを書きます。もし高齢の初心者に筋トレ指導をする機会があったら参考にしてください。(筋トレ歴なしの若年者と中年者を比較した研究は数が少なく、後ほど筋トレ歴のある若年者と中年者の比較を見ていくこともありここでは割愛。各研究の要約を参考文献のところに書いてあります)
高齢者のほうが筋肉痛がひどくなりにくい傾向があります(筋肉痛を起こす反応が小さい and/or 痛みを感じにくい)。
ストレングスについては、若年者よりも高齢者のほうが低下する研究もあれば、逆もあります。普段筋トレをしていない高齢者の場合は、筋肉に十分な負荷をかけられるほど追い込めるか?という問題や、関節の可動域が若年者よりも狭くなりがち(=ダメージが出にくい)という問題があって、それが結果のばらつきに影響していそうです。
筋トレを複数回続けた研究(6)(9)もあって、それらの研究では若年者も高齢者も筋トレに適応し、筋トレを繰り返すごとにダメージが小さくなっています。初心者の高齢者が筋トレを始める場合は、筋肉の疲労回復と適応についてはそれほど気を使わなくても大丈夫な感じです。若者に比べるとペースは遅いかもしれませんが、高齢になってもちゃんと適応が起こります。高齢者の場合は、関節に痛みが出ないか、可動域が確保できるかといった点が問題になりやすいかもしれません。
筋トレ歴ありの若年者と中年者の比較
筋トレ歴ありの被験者を対象として、若年者グループと中年者グループの疲労の残り具合を比較した研究は4つ見つかりました(10)(11)(12)(13)。順に見ていきます。
(10)Tumor necrosis factor-alpha and soluble TNF-alpha receptor responses in young vs. middle-aged males following eccentric exercise
https://www.researchgate.net/publication/320406507_Tumor_necrosis_factor-alpha_and_soluble_TNF-alpha_receptor_responses_in_young_vs_middle-aged_males_following_eccentric_exercise
被験者:平均21.8歳と平均47.0歳 男性 筋トレ歴あり
種目:膝の伸筋のコンセントリック&エキセントリック 10レップ×8セット
測定筋肉:膝の伸筋
結果:筋肉痛、ダメージ指標にグループ間で差なし
膝の伸展動作を180°/sのアイソキネティック(等速性筋収縮)でトルクとパワー(いずれもピークと平均)を測定しています。ベースラインからの変化にグループ間で差があるかは書かれていません。それぞれのグループでベースラインに比べて有意差があるかは書かれています(グラフ中の * と ^)
IPは直後、120Pは120分後、24Hが24時間後、48Hが48時間後、YAが若年者グループ、MAが中年者グループです。翌日以降の回復を知りたいので24h、48hのみ見ると、トルクは24時間後、48時間後で同程度の回復ですが、パワーは中年者グループのほうが回復が鈍い傾向です。
(11)Comparisons in the Recovery Response From Resistance Exercise Between Young and Middle-Aged Men
https://www.researchgate.net/publication/319413895_Comparisons_in_the_Recovery_Response_From_Resistance_Exercise_Between_Young_and_Middle-Aged_Men
被験者:平均21.8歳と平均47.0歳 男性 筋トレ歴あり(おそらく(10)の研究と同じ被験者)
種目:膝の伸筋のコンセントリック&エキセントリック 10レップ×8セット
測定筋肉:膝の伸筋
結果:筋力、筋肉痛、ダメージ指標にグループ間で差なし
アイソメトリック(等尺性筋収縮)
アイソキネティック(等速性筋収縮)
各トルクのベースラインからの変化はグループ間で有意差は無しとのことですが、アイソキネティックのトルクは中年者グループのほうが回復しにくい傾向です。
(12)A Series of Studies—A Practical Protocol for Testing Muscular Endurance Recovery(Experiment 3: Endurance Recovery inMiddle-Aged vs. Younger Men)
https://www.academia.edu/24347954/A_Series_of_Studies_A_Practical_Protocol_for_Testing_Muscular_Endurance_Recovery
被験者:平均22.6歳と平均56.4歳 男性 筋トレ歴あり
普段の筋トレ頻度:若年者グループ3.4/週 中年者グループ2.75/週
普段の種目あたりのセット数:若年者グループ3.4 中年者グループ2.4
種目:全身8種目 10RMの重量で3セット限界まで
測定:8種目の限界レップ数
結果:
この研究は、他の研究と違って限界レップ数の推移を測定しています。
グラフはいずれも、ベースライン、24時間後、48時間後、72時間後、96時間後の限界レップ数の相対的な推移を表したものです。限界レップ数は8種目の平均です。上の2つが被験者ごとの限界レップ数の推移(個人データ)。下が若年者グループ平均と中年者グループ平均の比較。
若年者グループは平均すると、72時間後以降は限界レップ数がベースラインよりも上振れています。トレーニング効果により限界レップ数が増えたと考えられます。被験者ごとの推移を見ると48時間後以降は限界レップ数が増えている人が多いです。中年者グループは、平均では48時間後以降はベースラインと同じ。被験者ごとの推移だと48時間後以降もベースラインより下振れしている人が多いです。中年者グループは、48時間後以降も疲労が残っている被験者が多かったと考えられます。
(13)Exercise-Induced Muscle Damage and Recovery in Young and Middle-Aged Males with Different Resistance Training Experience
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6628445/
被験者:平均22.3歳と平均39.9歳(筋トレ歴あり) 平均44.4歳(筋トレ歴なし) 全員が何らかのスポーツをやっている。スクワット1RMが若年者130.8kg、中年者(筋トレ歴あり)109.3kg 中年者(筋トレ歴なし)98.4kg。筋トレ歴なしの中年者は、筋トレはしてないけどスクワットができる人を選んだとのこと。
下の表は普段の筋トレ頻度と一回あたりの時間。中年者よりも若年者グループのほうが筋トレ頻度も一回あたりの時間も多い。
種目:スクワット 10レップ×10セット@60%1RM
測定:膝の伸筋(自分で力を入れるのと電気刺激で収縮させるのを両方)、スクワットのピークパワー
結果:
筋肉痛、ダメージ指標、膝の伸展力(自力)、膝の伸展力(電極による電気刺激)、スクワットピークパワーを順に見ていきます。
・筋肉痛
筋トレ歴ありの若年者(YG)と中年者(MT)では差なし。筋トレ歴なしの中年者(MU)は筋トレ歴ありの2グループに比べて、おそらく強い筋肉痛が出ています。筋トレ歴なしのグループはスクワットに慣れてないので、慣れているグループに比べると強い筋肉痛が出やすいと考えられます。
・ダメージ指標
24時間後は、筋トレ歴なし中年者グループ(MU)が高い傾向。
・膝の伸展力(自力)
自分で最大限に力を入れて大腿四頭筋を収縮させたときの膝の伸展力。神経系と筋肉自体の出力が反映されます。
若年者グループ(YG)は24時間後の落ち込みが小さく、72時間後にはかなり回復しています。中年者グループはトレーニング歴あり(MT)も無し(MU)も落ち込みが大きく、72時間後もあまり回復していません。
・膝の伸展力(電極)
電極を当てて電気刺激で大腿四頭筋を収縮させたときの膝の伸展力。自分の意思で(脳から信号を送って)筋肉を収縮させるわけではなく、筋肉自体の出力が反映される。
筋トレ歴ありの若年者(YG)と中年者グループ(MT)は、72時間後には実験前の水準まで回復しています。筋トレ歴ありの中年者グループは自力での膝の伸展力は72時間後では回復していないので、筋肉自体の出力は72時間後で回復しているけど、神経系が回復せず自力での膝の伸展力が落ち込んだままだと考えられます。中年者が高ボリュームのスクワットをやると、神経系の疲労がなかなか回復しない可能性があります。
・スクワット・ピークパワー
20%1RMと80%1RMでどれだけ素早く挙上できるか。
筋トレ歴ありの若年者グループと中年者グループは同じような回復度合いです。筋トレ歴なしの中年者グループは回復が遅いです。
まとめ
普段から筋トレをしていても、中年者の回復は若年者に比べて遅い傾向があります。考えられる要因は2つあって、
a. 中年者グループは加齢により回復力が落ちている。
b. 若年者グループは普段の運動量が多く、高ボリュームのトレーニグに適応している。
おそらく、加齢と適応の両方が影響しているでしょう。普段のトレーニングボリュームが同じくらいの被験者を集めて実験してみて欲しいところです。ただ、現実では高頻度でハードな運動をする中年者は少ないでしょうから、研究での中年者グループは現実を反映した被験者群と考えられます。
アイソレート種目の研究のほうが、若年者グループと中年者グループの回復の差が小さいように見えるので、中年トレーニーはアイソレート種目を上手く組み入れて筋肉に刺激をいれていきましょう。片脚種目も全身疲労が小さいので、回復が早いと思います。スクワットやデッドリフトなど、全身疲労がきついコンパウンド種目を高ボリュームでおこなうのは、疲労回復の面から避けたほうが良さそうです。
関連記事:
<参考文献>
(1)Aging and Recovery After Resistance-Exercise-Induced Muscle Damage: Current Evidence and Implications for Future Research
https://hartpury.pure.elsevier.com/ws/portalfiles/portal/21125627/Ageing_and_recovery_after_resistance_exercise_induced_muscle_damage_Current_evidence_and_implications_for_future_research.pdf
(2)Comparison between old and young men for changes in makers of muscle damage following voluntary eccentric exercise of the elbow flexors
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16770348/
被験者:平均19.4歳と平均70.5歳 男性 筋トレ歴無し
種目:肘の屈筋のエキセントリック動作
測定筋肉:肘の屈筋
結果:若年者のほうが筋力が低下、若年者のほうが筋肉痛が強い、若年者のほうがダメージ指標が高い
(3)Fluctuations of isometric force after eccentric exercise of the elbow flexors of young, middle-aged, and old men
https://www.researchgate.net/publication/6496058_Fluctuations_of_isometric_force_after_eccentric_exercise_of_the_elbow_flexors_of_young_middle-aged_and_old_men
被験者:平均20歳と平均48歳と平均71歳 男性 筋トレ歴無し
種目:肘の屈筋のエキセントリック動作
測定筋肉:肘の屈筋
結果:筋力低下は若年者と中年者で差なし 高齢者は他2グループに比べて筋力低下が小さい
(4)Changes in markers of muscle damage of middle-aged and young men following eccentric exercise of the elbow flexors
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17350334/
被験者:平均19.4歳と平均48.0歳
種目:肘の屈筋のエキセントリック動作
測定筋肉:肘の屈筋
結果:若年者のほうが強い筋肉痛 ダメージ指標と筋力は若年と中年で差なし
(5)Comparison between old and young men for responses to fast velocity maximal lengthening contractions of the elbow flexors
https://www.researchgate.net/publication/5270211_Comparison_between_old_and_young_men_for_responses_to_fast_velocity_maximal_lengthening_contractions_of_the_elbow_flexors
被験者:平均25歳と平均64歳 男性 筋トレ歴無し
種目:肘の屈筋のエキセントリック動作
測定筋肉:肘の屈筋
結果:高齢者のほうが筋力が低下 若年者のほうが強い筋肉痛 ダメージ指標はグループ間で差なし
(6)Aging is not a barrier to muscle and redox adaptations: Applying the repeated eccentric exercise model
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0531556513001071
被験者:平均20.6歳と平均64.6歳 男性 筋トレ歴無し
種目:膝の伸筋のエキセントリック動作
測定筋肉:膝の伸筋
結果:高齢者のほうが筋力が低下 筋肉痛はグループ間で差なし
(7)Active muscle regeneration following eccentric contraction-induced injury is similar between healthy young and older adults
https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/japplphysiol.01350.2012
被験者:平均22.5歳と平均75.8歳 男女 筋トレ歴無し
種目:足底屈筋(主にふくらはぎの筋肉)のエキセントリック動作
測定筋肉:足底屈筋
結果:筋力、筋肉痛、ダメージ指標にグループ間で差なし
(8)The Effects of Resistance Exercise on Muscle Damage, Position Sense, and Blood Redox Status in Young and Elderly Individuals
https://www.researchgate.net/publication/317865805_The_Effects_of_Resistance_Exercise_on_Muscle_Damage_Position_Sense_and_Blood_Redox_Status_in_Young_and_Elderly_Individuals
被験者:平均22.1歳と平均66.9歳 男性 筋トレ歴無し
種目:スクワット(スミスマシン)
測定筋肉:膝の伸筋
結果:高齢者のほうが筋力が低下、筋肉痛とダメージ指標にグループ間で差なし
(9)Monitoring exercise-induced muscle damage indicators and myoelectric activity during two weeks of knee extensor exercise training in young and old men
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0224866
被験者:平均25.1歳と平均64.5歳 男性 筋トレ歴無し
種目:膝の伸筋のコンセントリック&エキセントリック
測定筋肉:膝の伸筋
結果:筋力低下と筋肉痛はグループ間で差なし、ダメージ指標は高齢者のほうが上昇
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